第182話:屋台デート
「ん」
「さんきゅ」
知佳から手渡されたたこ焼き(?)を受け取る。
狼獣人たちとの決闘まではまだ何日か開くので、各々好きな行動を取りましょうということになったのだ。
シトリー、ウェンディ、シエルの三人は獣人独自の魔法があると聞いたのでそれを教わりに。
スノウとフレア、綾乃は買い物へ出かけている。
ルルは昔なじみのところへ行くそうだ。
で、俺はと言えば暇なのでルルパパに格闘術の指南でも付けてもらおうかなと思っていたところ、同じく暇な知佳に声をかけられてまだ残っていた屋台を巡ることになったのだ。
聞くところによると一度屋台を出したら三日くらいは出しっぱなしらしい。
お祭り好きな種族なのだろうか。
「たこ焼き……ではないなこれ。どっちかと言えばがんもみたいな感じか」
「中に入ってるのは海の魔物って聞いた」
「えっ、魔物って食えるの?」
「タコみたいなやつらしい」
「じゃあタコがんもなのか……」
確かに歯ごたえ強めなタコっぽい感じはするな、中に入っているモノは。
美味いかどうかと聞かれると正直たこ焼きを期待していた分ちょっとマイナス評価なのだが。
「にしても、視線を感じるなあ」
猫たちの視線がビシバシ刺さっている。
俺たちが人間だから――というより、原因はシンプルに決闘だろう。
町一番の戦士と族長を倒したのだから注目だってそりゃ浴びることになる。
「昨日あれだけ目立てばそうなる」
「ルルに関してのあれこれで決闘したのにお前と歩いててあらぬ誤解を受けなきゃいいんだが」
「誤解じゃないのでは」
「誤解じゃなかったわ」
全くもってその通りだわ。
こんな時にレオと遭遇したら逆恨みされかねないぞ。
なんてことを考えていると、ちょうど何故か屋台でフランクフルトらしき何かを焼いているレオと目があった。
気のせいだと思って――というか気のせいだと信じたくて俺はすぐに目を逸らしたのだが、「兄貴!!」とまさかのあちらから声をかけてきた。
兄貴? 誰? 知佳のこと?
なんてとぼける訳にもいかず、俺は溜め息をついてレオの方を向く。
「もう足はいいのか」
「いやー、良くはないんスけどねー。戒めだって言って治癒魔法もかけてもらえませんで。いやでも、兄貴のことは全然恨んだりはしてないス!」
してないスってなんだよ。
それにしてもいい笑顔だな、こいつ。
憑き物が落ちたようだ。
「そりゃ良かった。で、兄貴ってのはなんだ」
「オレは兄貴に負けたんすから、兄貴は兄貴っスよ!」
そんなシステムあるのか? だとしたらルルも俺のことを兄貴と呼んでいるはずなのだが、おかしいなあ。
「そちらの御方は……兄貴の奥さんスか?」
「そんなようなもの」
「よろしくお願いしまっス!」
知佳がそう答えるとレオはフランクフルトを焼いたまま頭を下げた。
鉄板でデコが焦げるぞ。
奥さんではないことはとりあえず置いといて、
「……ルルと一緒じゃないことに対しては何も思わないのか?」
「ははは、冗談はよしてくださいッスよ。兄貴ほどのお方があんなバカ一人相手にして満足するわけないじゃないッスか」
あいつ、やっぱり同郷にもバカだと思われてるのか。
まあ誰もニャなんて付けてない猫の町で未だにニャを付けて喋ってるのはアホにしか見えないので仕方がないことなのかもしれないが。
「あ、すんません、デートのお邪魔でしたッスよね! これサービスするんで、楽しんでくださいっス!!」
そう言って焼き立てのフランクフルト(?)を2本渡されてしまった。
「なんか良い人? 良い猫? になってた?」
流石の知佳も昨日からの変わりように混乱はしていたようで、少し離れた位置で首をひねっていた。
「……自分より圧倒的に強い奴に負けたらそれを誉れと受け取る、みたいなことは言ってたけど、それでまさかあそこまで変わるとはなあ……」
そういう意味じゃ定期的にウェンディや未菜さんに近接戦闘の訓練でコテンパンにされたり、アスカロンという俺の戦闘スタイルの上位互換みたいな奴が身近にいたのは良い刺激だったのかもしれない。
「もし精霊が俺より弱かったりしたらレオみたいに天狗になってたかもしれないしな」
「そうでもないと思うけど」
「そうか?」
「2年前の夏祭り――」
「あーそりゃ黒歴史だ。忘れてくれ」
黒歴史というか若気の至りというか。
今でも若いには若いのだが、あの時はまだ未成年だったし。
成人する前とした後じゃ結構違うと思うのだ。
まあ、それももう5年10年したら19と21とじゃ大差ねえな、みたいな風に思うようになるのだろうが。
「覚えてるよ。ちゃんと」
「さいですか……」
まあ知佳の記憶力で忘れてもらうことなんて期待できないのだが。
幼少期に顔を合わせたことがあるってのを忘れてなかったくらいだし。
これに関しては俺の記憶力がどうこうの問題じゃないと思う。
普通、幼稚園の時の友達なんて忘れるだろう。
少なくとも俺は未だに知佳以外は全く思い出せない。
まあ思い出す必要もないのだが。
「スノウたちに頼んで浴衣でも作ってもらや良かったな」
物質創造魔法は便利だ。
ただしコスパが悪い上に構造を理解していなければ創れないのであまり使えないというだけで。
浴衣程度ならば簡単に創れるだろう。
「……流石にそこまでは協力してくれるかどうか」
「どういうことだ?」
「こっちの話」
どっちの話だ?
よくわからないが、聞いても説明してくれる気配はなさそうなので放っておこう。
知佳がわかってる話ならば俺が理解していなくてもなんとかなる事が大半だ。多分。
「そういや、昨日撮った映像はどうだ? あまり派手には戦えなかったけど……」
「もっと炎とか氷とか出してくれたらベストだったけど、悪くはない」
「そうか。いや、あんまり怪我とかさせるのもな。魔法はいい感じの加減が難しいし」
特にルルパパもレオも普通に戦えば負けることはないとは言え、猛者の部類に入るのは間違いないのだ。
どの程度の威力ならば無力化できるか、という塩梅が難しい。
スノウたちみたいに魔法を手足のように扱えるようになればまた別なのだろうが。
「猫獣人たちの反応もよく撮れたし」
「……まさかそっちがメインだったりしないよな?」
「半々か4:6くらいになる予定」
「どっちが4かは聞かないでおくわ……」
ショックを受けそうだから。
まあ、ルルパパはともかくレオとの戦闘は男と男が戦っているだけなのであまり受けはよろしくなさそうだ。
見た目もそんな派手じゃないしな。
「というか、撮るまで気付かなかったけどあれだけ速いと並のカメラじゃ追いつけない。ハイスピードカメラ買わないと」
「ハイスピードカメラって幾らくらいするんだ?」
「ちゃんと調べてはないけど、100万もあれば買えると思う。業務用とかだとその10倍くらいするかも」
「ていうと1000万か……金銭感覚バグってきてるな」
割と手頃な価格で買えるんだなあと一瞬思ってしまった。
1000万はおろか、100万もどう考えても手頃な価格ではない。
しかし今の俺ならばちょろっとダンジョンに潜って1時間もモンスターを適当に狩れば稼げてしまう金額なのも確かだ。
「別にいいと思う。誰かが迷惑するわけじゃないし」
「基本、周りは身内で固めてるしな」
未菜さんや柳枝さんも相当稼いでるだろうし。
柳枝さんとダンジョンに潜り始めているらしい親父の給料もかなりのものだと思う。
多分、消防士時代よりも良いはず。
唯一普通なのはティナだろうか。
でもあの子もあの子で将来的には探索者になりそうだから、いずれバグった金銭感覚に毒されるのだろうか。
そういやティナと最近会ってないな。元気してるかな。
「他の女のこと考えてる?」
「め、滅相もない」
知佳の目がギラン、と光った気がした。
なんて勘の鋭い奴なんだ。
「油断するとすぐ悠真は誑し込むから」
「誑し込むて」
人聞きが悪いなんてもんじゃない。
女遊びしまくってる極悪人みたいじゃないか俺。
「この間のニューヨークでもそう」
「ニューヨーク?」
「気付いてない辺りが如何にも悠真って感じ」
「俺の名前を形容詞にするのやめないか?」
ローラとアイコンタクトを取っていたことかな。
知佳はローラのことを初めて見たはずだし。
だって他にいた女の人って、未菜さんか
イザベラは俺のこと嫌ってたっぽかったからな。
別れ際にもとんでもない魔力の跳ね上がり方してたから、さぞ俺のことが嫌いなのだろう。
「いつか周りに女の人が増えすぎて私のこと忘れたりして」
「そんな訳ないだろ。実質初恋みたいなもんだしな」
「そうなの?」
「小中高と全く色恋とは関わらなかったからなあ」
親父と母さんがいなくなる前はそもそもそんな情緒が育っていなかったし、いなくなってからはそんなことを意識している余裕が俺にはなかった。
だからこそ大学に入って初恋なんていう歪な恋愛事情になってしまったのだが。
初恋は叶わないなんてジンクスがあったが、あれは間違いだな。
「ふぅん……あれ美味しいよ。綿あめだけどパチパチするから」
「わたパチみたいなもんか? っておい、先行くなよ。転ぶぞ」
珍しくテンションが上がっているのか、先に走っていってしまう知佳。
いや珍しくというか、知佳が走るなんて絶滅危惧種くらい珍しいぞマジで。
その後もしばらく屋台デート(?)は続き、帰る頃にはすっかり日が暮れていたのだった。
夏祭りだったら締めに花火があるんだろうが、流石にそれはなかったのがちょっと残念だ。
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