第181話:父上の思惑

1.


「……たったの一日でよくもまあここまで準備できたもんだな」


 まるで縁日みたいになっている様相を見て俺は溜め息をついた。「族長であるカーツェ家の娘を賭けてその父親と許婚が相手と決闘をすると言うのだからそりゃあこうもなるじゃろうな」というシエルの言葉を聞いてからは半ば衆目環視の中で戦うことは諦めているが、まんまと金儲けにも利用されている辺り、どうやらルルのお母さんはマジで抜け目ないようだ。


 何故あの厳格そうな親父さんとここまで根回しのいいお母さんからルルアホが生まれてしまったのか。


 会場は町の集会場のようなところで、半径二十メートル程度の大きめな土俵がある。

 

「敗北条件はこの土俵の外に出るか、まいったと言うかのいずれかだ」


 前座などを挟む気はないようで(後で戦うレオってのが本命という見方もあるが)、色んな種類の猫獣人に見守られている中ルルパパから直接ルール説明を受ける。

 どう見ても普通の猫みたいなのも結構いるので、猫好きな人からしたら天国なのだろうか。

 でも見た目可愛らしい猫なのにめちゃくちゃダンディな声で喋ってたりするから脳がバグりそうだ。


「一応言っておきますけど、俺はお父さんが思っている程弱くはないと思いますよ」

「……それくらいはわかっている。こちらとて節穴な訳ではない」


 ……いや?

 わかっているのならわざわざこうして戦う必要はないと思うのだが……


「そんなことより、お義父さんと呼ぶことを許可した覚えはないのだがな、悠真殿」


 多分ニュアンスの認識が互いに異なっていると思うのだが、目の奥が闘志の炎でめらめらと燃えているのを見るに何を言っても意味はなさそうだ。

 ちらりと助けを求めるように後ろを振り返ると、すっかり猫の町の縁日を楽しんでいる女性陣がいた。

 ちくしょう、楽しそうだなあ。

 俺が負けることはないと信頼してくれていると言えば聞こえはいいのだが、ただ興味がないようにも見える。

 チョコバナナらしきものを食べている知佳と目が合うが、「まあがんばれ」みたいな感じのアイコンタクトをされて終了。

 ……あいつには後で別のもんを咥えさせてやる。


 にしても参ったと言わせるか場外へ弾き飛ばせば勝ち、か。

 簡単に参ったは言ってくれそうにないし、場外へ出す方が現実的かな。

 ちなみに互いに素手だ。

 とは言えあちらは爪や牙があるので、対等とは言えないような気もする。

 しかし武器を持てば明確にこちらが有利になってしまうのでまあ仕方がないだろう。


 多分、この土俵って本来はワーティア……狼の獣人たちとの争いに使われるものだろうしな。

 獣人同士なら素手対素手でも有利不利は存在しないだろう。


 まあいいさ。

 これくらいの不利、父親側からすれば当然のものだろうしな。


 勝負開始の合図はルルが取り仕切る。

 コインを弾いて、それが地面についた瞬間にスタートだ。

 

「それじゃ行くニャ」


 そういえば、本当にこの町に来てから語尾にニャをつけている獣人を見かけてないな、なんて関係ないことを考えていると――


「あ、ミスったニャ」


 なんと本来ならば真上に飛ばされるはずのコインが斜め前に飛んだ。

 あいつ下手くそすぎるだろ! 誰だよあいつに開始の合図任せるって言ったやつ!


 真上に飛ぶはずのものが斜め上に飛べば当然地面に落ちるのも早まるわけで、俺は一歩対応が出遅れた。

 一瞬で決めるのが丸いと思っていたのに、先手を取られた。

 

「うおっ……!」


 予備動作も何も無しで、による急加速をしたルルパパの鋭い爪が俺の真横を通っていく。

 下手な刃物よりずっと切れそうだ。

 それに、動きの予測が付けづらい。

 ただの獣ならばそれなりに対処するが、相手は二足歩行でも動ける上に人間と同じ知恵を持っている獣人。

 俺の常識はほとんど役に立たなそうだ。


 手――というか前足をついてそのまま後ろ足の爪でこちらを刻むような軌道の蹴りが繰り出される。

 しかし、予測が付かないということと対処ができないということはイコールではないのだ。


 獣人特有のしなやかな筋肉から繰り出される動きやスピードは確かに驚異的だろう。

 ただしそれは俺が相手じゃなければ、だ。


 次に繰り出された前足でのひっかきを冷静に見切って腕を掴む。

 そして――

 

「――ふん!!」

「む――!」


 思い切り外へ放り投げた。

 こちとら過去で散々アスカロンと組み手をしているのだ。

 冗談みたいに早い動きや卓越した戦略性、馬鹿げた力強さは何度も経験している。

 この程度ならば、どうということもない。


 しかし。

 明らかにそのまま飛んでいけば場外だったのに、ルルパパは空中で制止した。

 いや、アレはただ止まっているのではなく――


 先程までよりも更に速い突進。

 風魔法で場外になるのを防ぎ、更に加速にそのまま転用したのだ。

 

 爪での攻撃は俺とで無傷で済む保証はない。

 下手な刃物よりも鋭い上、恐らく自分の肉体が故に擬似的な付与魔法エンチャントも施されているだろう。

 普通なら避け一択だ。

 だが。


 俺は両腕を上げて防御の構えを取った。


 ギャリィン、と硬質な音が響く。

 ルルパパの爪が右腕と左腕を同時に引っ掻いていく。

 

 ――が。


「……無傷、だと」


 前足を振り抜いた、そのままの姿勢でルルパパが止まっていた。

 これもまたアスカロンの技術だ。

 まあ、これに関してあいつは自分でもよくわかっていないと言っていたものだが。


 過去でアスカロンに負けた、セイランの下僕であるギイという男が言っていた。

 放出している魔力が攻撃を受ける瞬間に収束し、防御に回っていると。

 つまり俺と似たようなカウンター術を持ちながら、その魔力を感知だけではなくそのまま防御や攻撃に使いまわしていたのだ。


 素の魔力による強化に加え、普段は外部へ放出している魔力でも防御力を高める。

 肉体を魔力で直接強化するには限度がある。

 その限度を超えると、灰のようになってしまって肉体が崩れ始めるのだ。

 俺はそれを自分の身でよく知っている。

 だからこそ外へ出ている魔力でそのまま防御するというのは革新的なのだが――

 今のは攻撃が一直線だったのでなんとか成功したが、あいつ程上手くやるのはまだまだ難しそうだな。

 だが、いずれは物にする。


「俺はこの力でルルも守りますよ」

「…………」


 ルルパパは構えを解いて、俺の目をじっと見た。

 ルルと同じ金色の瞳だ。

 そして――

 

「参った。こちらの負けだ」


 あっさりと負けを認めた。

 同時にワッと周りが盛り上がる。

 

「ふぅ……」


 ルルパパの中でどんな葛藤があったのかまでは俺にはわからない。

 だが、案外最初からそこまで本気で反対していた訳ではないのかもしれない。

 ふとそう思った。

 

 しかし、これで一件落着とは行かないのである。



「そんじゃ次はオレってことで」


 シュタ、と上から降ってきた褐色肌で細身の男が俺を見下ろしながら言ってきた。

 身長は190くらいか。

 ルルパパも俺より身長は高いのだが、体格も良いのでただデカイという印象を受ける。

 しかしこの男はひょろ長いというのが第一印象だ。

 ルルと同じくほとんど人に近いようで、しかし手と足の先だけが虎縞模様で猫のような感じになっている。

 髪も同じように茶髪だ。


 なるほど、こいつがレオか。 

 

 そして細身とは言ったが、鍛えていないガリガリという訳でもない。

 単にガッチリとした筋肉が付かない体質なのだろう。

 

「ルルの親父さんもさあ、昔は町一番の実力者とかでブイブイ言わせてたけど――もう歳なんだよ。わかるだろ? 人間」

「何が言いたいんだ?」

 

 ルルはガキ大将と言っていたが――

 どちらかと言えば軽薄そうなイメージだな。

 

「本来なら族長はオレのモンだったって訳。形式的にルルを娶らないと駄目だったから今まであのオッサンでも我慢してたけど、外様のアンタみたいな人間がそれをかっさらうってなるとそうも言ってられんのよ」


 ルルパパが許婚って言っていたから良い奴なのかと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。

 少なくとも俺やルルパパのことは明確に見下しているし、ルルのことも軽視しているとしか思えない。

 まあアホだの猫だの言っている俺がルルについてどうこう言えるかという問題もちょっとはあるようなないような気もするが。


 というか、こいつもしかして自分がルルパパより強いと思っているのか?

 俺にはとてもそうは見えないのだが……

 

「悠真殿、後は頼みましたぞ」


 レオと俺のやり取りに思うところはありそうだったが、ルルパパは黙って土俵から降りていった。

 ルルパパはルルのパパなので反撃しづらいなあとは思っていたが、こいつは俺にとってなんでもない存在なので遠慮なくぶちのめせる。

 そういう意味じゃ楽かもしれない。



「そんじゃ始めるニャー」


 ルルパパとの対戦以上に興味のなさそうなルルがコインを弾くのではなく普通に上へ放り投げた。

 失敗しないという意味ではこちらの方が安牌か。

 というか最初から弾くんじゃなくてそうすりゃ良かったのに。


 チン、と音を立ててコインが地面についた瞬間には、俺は動き出そうとしていたレオの目の前に拳を突き出していた。


「……は?」

「続けるなら次は当てるけど」

「ふっ、ふざ――」


 レオは俺から離れていきながら喚く。


「ふざけるな! 今のはフライングだろ!! 明らかにコインが落ちるより先に動いていたじゃないか!!」


 全然落ちてから動いてたんだけどな。

 ちゃっかり距離を取っているのはどうもまだやる気満々なようだ。

 今のに反応もできない辺り、やはり俺にはどうしてもルルパパより強そうに見えない。

 なんならルルも自分とそう差がないみたいなことを言っていたが、そのルルにすら片手であしらわれる程度にしか見えないぞ。

 才能にあぐらをかいて努力をしてこなかったとかのパターンだろうか。


「……じゃあ次はあんたのタイミングで始めろよ」


 どうせこの手の奴には何を言っても無駄だ。

 ならやりたいようにやらせてそれを上から叩きのめすのが良いだろう。

 俺は目を閉じてやれやれ、というように肩をすくめ――


 バキ、という音と共に俺の側頭部に当たった蹴り足を掴んで外へ放り投げた。

 多分折れたな、今の。

 俺の骨がじゃない。奴の骨が、だ。

 

 隙らしい隙を見せれば、先程ルルパパの爪が効かなかったことも忘れて――あるいはそれを覚えていてもなお攻撃に転じると思ったが大当たりだ。

 足が折れている痛みもあってか、それとも元々それをするだけの技量がないのかルルパパのような風での復帰は見せずにそのまま「ぐえっ」と情けない声を出して場外へべちゃりと落ちるレオ。


 ……やっぱどう考えてもルルパパのが強いよなあ?



2.



「申し訳ない、悠真殿!!」

 

 時は過ぎ、ルル家にて。

 俺はルルパパとルルママから土下座されていた。

 わーこっちでも謝る時は土下座なんだー……じゃなくて!


 慌てて二人に頭を上げさせてから改めて聞く。


「……どういうことですか?」

「……実は町中で悠真殿を一目見た時からこのプランは決めていたのだ」


 ルルパパの話した内容は次の通りだった。

 昔のレオはちょっとやんちゃしてはいたがあれ程までに天狗になっておらず、まだ真面目に鍛錬も積んでいたそうだ。

 なのでルルパパたちも、伝統に則って形式的な許婚としてレオを据えていたそうだ。


 しかし、レオは成長するにつれて目に見えて増長するようになっていった。

 それでもルルがいる間は抑えられていたらしいが、そのルルが町を出ていってからその増長具合は留まることを知らず、遂には己より弱い者全てを見下すようになってしまったそうだ。

 才能だけは本物なのが厄介なところだな。

 

 ミーティア族の古い仕来りで、一度決めた族長の娘の許婚はそう簡単には変更できない。

 もちろん本人が全力で拒否すれば可能だそうだし、次帰ってきた時はそうさせようと思っていたのだがそれだとどうしてもレオは荒れるだろう。


 とは言え力で叩きのめすにしてもやっぱり才能だけは本物なので難しい。

 ルルパパが真剣に戦えばレオに勝つことは簡単だろうが、それでも族長は同じ一族の者と戦えないというこれもまた古い掟があったのでできなかったそうだ。


 そんなこんなで困り果てている中現れたのが俺である。

 ルルパパは一目見てこの男ならばレオを、誉れ高い敗北を与えることができるだろう、と。

 シエルも言っていたが、獣人はことは誉れ高いこととして捉えるらしい。

 僅差で負けて許婚の座を追いやられればレオは何をしでかすかわからなかったが、俺くらいの強者に負けるならば納得もするだろうと。


 ルルも相当強いが、流石に許嫁自身にぶちのめされてお前とは結婚しないニャ! とか言われたら別の意味で立ち直れないだろうしな。


 だがこのような古い決まりを人間は嫌う傾向にあるということをルルパパとルルママは知っていたので、夫婦で一芝居打って俺とレオが戦わざるを得ないような場を設けたらしいのだ。


「……でもそれって、俺とお父さんが戦う必要はなかったのでは?」

「……それはこちらにも、その……意地というものがあってな。それも込みで、申し訳ない、悠真殿」


 ルルパパとの決闘はレオとのことはまた別口で、つまるところルルをタダではやらんぞという父親の意地だった、と。

 というか先に言ってくれれば別に俺だって嫌とは言わないのに。

 俺はもしレオって奴がルルのことを超好きだった奴とかで面倒くさい展開になったらどうしようなんて真剣に考えてたのに。

 いや、ってやつか。

 ルルを想う父親、そして母親としての気持ちは本物だろうし。


「何故か語尾にニャを付けたりする馬鹿な娘だが、よろしく頼む、悠真殿」

「……ええ、任せてください」


 やっぱり肉親にも反対されてるのか、語尾のニャは。

 もうやめればいいのに。


「ルル、悠真殿は信用できる方だ。大事にしてもらうんだぞ」

「任せるニャ。要はあたしが強い跡取りを産めばワーティアなんかとの土地の取り合いで困ることもないのニャ」


 親御さんの前で跡取りがどうとか言わないでほしい。

 ああ、ほら。

 またお父さんの機嫌がちょっと悪くなってる。

 肉食獣の目で俺を見てる。

 やっぱり俺に対して険悪だったのは別に演技でもなんでもなかったのではないだろうか。


「……それで、現在はマスターがルルの許婚という形になり、更にはこの町の戦士となるのですか?」


 一段落ついたタイミングでウェンディが切り込む。

 そうだ、そういえばそういう話だったな。

 先程までのはその話の裏にあった意図の話だ。


「そういうことになる。もちろん悠真殿には辞退して貰っても構わないが、例の土地を得たいのならば……」

「もちろんやりますよ。ワーティアの戦士ってのもサクッと倒して、例の土地を貰っちゃいましょう。で、いつその土地の取り合い? みたいなのが行われるんですか?」

「立ち会いを申し込み、受理されればすぐにでも」


 どうやらゆっくり休んでいる暇はないようだ。

 

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