第180話:母上の思惑

1.


「これが父上のリュシエル=ミーティア=カーツェだニャ。こっちが母上のルエル=ミーティア=カーツェだニャ」

「よ、よろしくお願いします」


 ルルからの紹介を受けて俺は愛想笑いを浮かべる。


 ルルの親父さんは大きな黒猫が二足歩行で歩いているような人。


 そしてお母さんの方もお父さんと同じく毛並みの良い白猫が二足歩行で歩いているような感じである。

 ただ、小柄だ。

 大型犬くらいの大きさしかない。いや、それでも猫としてはかなり大きいのだが。


 この中じゃルルが一番人間の姿に近いんだな。

 肉親でここまで差が出るものだとは。


 それはともかく。

 お父さん――リュシエルさんの態度が明らかに俺に対しては冷たい。

 1年間連絡のなかった娘がひょっこり帰ってきたかと思えば男連れで、しかもその男はハーレムを形勢しているという、よく考えなくても地獄みたいな状況。

 そりゃもう、男親としては辛いものがあるだろう。

 ちなみにお母さんの方は特に気にしていないみたいだ。


 俺たちの方の自己紹介も一応は終えているのだが、この分じゃ俺の名前を覚えてくれているかどうかも怪しいラインだな。


「……それで、シエル殿。話というのは何ですかな」

「ミーティアの領分に大きな黒い塔のようなものが出来たと思うのじゃが、それを破壊しようと思ってな。周りから魔石が採掘できるようになっているらしいのじゃが」

「ふむ? 黒い塔ですか?」


 シエルの言葉にルルパパ――リュシエルさんは首を傾げた。


 おや?

 もしや把握していないのだろうか。

 まあ落ちたのはここ数日のことだろうし仕方ない……のか?

 いやでも管理している土地のことなのだからもっと早くわかっても良さそうだが。


 シエルは地図を取り出して、ガルゴさんが点を示した位置を指差す。


「竜の背骨とこの海岸の間あたりに落ちているはずじゃが。知らんか?」

「ああ……そこですか」


 俺から見るとほぼ完全に猫なので表情は分かりづらいが、声のトーンが少し落ちる。


「実は今そこはワーティアの領地になっていまして。あの辺りはちょうどよく小競り合いになる場所でして……最近はあちらに強い戦士も多く、押され気味になっているのです」

「ニャに? レオのアホは何してるニャ」


 話を聞いていたルルが割り込んでくる。

 レオ?

 新しい登場人物だな。


「レオよりも圧倒的に強い戦士があちらにはいるのだ。ルル、お前が戻ってきさえすれば――」

「あたしは戻らないニャ。犬との小競り合いとかそういう面倒くさいのは嫌だとずっと言ってるのニャ。そもそもレオより圧倒的に強いって言うんニャらあたしも勝てないニャ。あたしとレオの間にはそこまでの差がないはずだニャ」


 どういう話の流れなのだろう。

 目線で知佳に助けを求めると、仕方なさそうに溜め息をつきつつも小声で解説してくれる。


「ニャンコとワンコで領地の取り合いを代々続けてて、ルルがいないせいで今は負けてるみたい。<滅びの塔>が落ちたのはちょうどワンコに取られたところなんだと思う」


 で、レオってのはルルの代わりの戦士ってことか。

 ルルパパの言葉を鵜呑みするならレオとやらはルルよりも若干劣るくらいの実力っぽい……のかな?

 現在のルルはで魔力が若干増えているのでもしかしたら差は大きくなっているかもしれない。


「ふむ……となると交渉すべきはワーティアの長となるか……?」

「魔石が採掘できるともなると、相手方も相当ゴネるでしょうな……申し訳ありません、シエル殿我らがあの土地を死守できていれば問題はなかったのですが……して、どうしてそのような塔を破壊しようと? 魔石が採掘できるのならば利益をもたらす善いものかと思うのですが……」

「うむ。少々説明は長くなるが――」


 ということで10分ちょい。

 シエルがこの世界の危機や塔の危険性について話し終えると、ルルパパはうぅむと唸り始めた。


「……最悪、我が娘のルルが許婚であるレオと結婚し、より強い子を成せば数十年後にはどうにかなる……と思いましたが、それでは遅すぎるようですな」

「……許婚?」


 思わず反応してしまう。

 そんな話は初めて聞いたのだが。


「勝手に決められてたものニャ。あたしにはそんなつもりは一切ないニャ。父上にも言った通り、あたしがどうするかはもう決まってるのニャ」

「る、ルルだって昔はレオと仲良かっただろう。何故そんなに嫌がるのだ。パパが勝手に決めたから良くないというのなら、一度じっくりお見合いからでも――」

「もう決めてると言ってるのニャ。しつこい父上は嫌いだニャ」

「き、きら……い……!?」


 ガーン、という効果音が聞こえてきそうな程ショックを受けているルルパパ。

 なんだか可哀想にすらなってくる。

 でも、許婚ねえ。

 そういうのを聞くと本当に良いところのお嬢様なんだなと実感するな。

 普段の様子からは全くそんな気配を感じないが。

 特にまたたびを前にすると……いや、この話はやめておこう。両親の前で回想するようなものではない。


「べ、別に許婚のレオと絶対に子を成せとは言わん! しかしこのような弱い人間と結婚するなど、パパは許さんぞ! いざという時にルル自身と子を守れる強さがない奴は男とは認めん!!」


 ああ、そっか。

 初めて来る土地だし、ルルの実家が近くにあるということで驚かせてはいけないと魔力を意図的にかなり抑えているから今の俺は魔力も少なめな普通の人間にしか見えないのか。

 ダンジョン内のモンスターだけでなく、普通に魔物だったり盗賊だったりが現れるこの世界において『強さ』というのは重要な指標になるのだろう。


 そしてそんな話をずっと黙って聞いていたルルママが口を開いた。


「では、こうしたらどうでしょう」


 ぱふ、と右と左の肉球を合わせて提案する。


「パパと、ルルの連れてきた……悠真さんとで決闘するのです。悠真さんが勝てばパパは黙ってルルと悠真さんのことを認める。それでいいわね?」

「……ほう。それは良い考えだな」


 ルルパパの目の色が変わる。


「それと、レオ君とも決闘してもらえば良いじゃないですか。だって、一応はルルの許婚なんですから。筋は通しておかないと」

「ふむ、確かにそうだな! というわけで、そういうことだ。いいな悠真殿」

「え、ええ……?」


 ……つまり俺は今からルルパパと、ルルの幼馴染だか許婚だかのレオってやつと決闘を行わなければならないらしい。

 黙って事の成り行きを見守っていたら大変なことになってしまった。



2.



「ニャハハハハ、あたしを巡って決闘することになるなんて愉快だニャ!!」


 どうにかならないものかとルルに相談したのだが、呑気な猫娘の反応はこんなもんだった。

 舐めたことを言っている猫は後でウェンディあたりにシメてもらうとしよう。

 決闘はあれよあれよと明日やることに決まってしまった。

 ルルパパから感じる魔力の大きさは親父より若干少ない程度だ。

 柳枝さんと同じくらいかな。


 技量も柳枝さんと同じくらいだと仮定しても、簡単に勝てる相手ではないかもしれないが負けもしないだろう。

 で、レオって奴の方だが……


「今どれくらい強くなってるかは知らんのニャ。でもあたしより弱い程度だと思うニャ」


 フレアに睨まれているので大人しくなったルルから情報を聞き出すことに成功する。

 

「どんな奴なんだ、そのレオってのは」

「一言で言うとガキ大将だニャ。事あるごとにあたしに喧嘩をふっかけてきてはボコボコにしてやったのニャ。まあ、そこまで力の差があったわけじゃニャいのは確かだニャ」

「ふぅん……」


 ルルよりも強いとなるとちょっと話は変わってくるが、そうじゃないならまあどうとでもなるだろう。

 しかしガキ大将タイプか。

 昔からそういうタイプの奴とは折り合いが悪いんだよな、俺。

 偉そうにしてる奴には反発したくなるというか。

 本当に偉い人にはそんなことないのだが……

 例えばルルパパともできれば戦いたくない。

 自惚れているわけじゃないが、十中八九俺が勝ってしまうからだ。


 大勢の前で恥をかくというのはあまりよろしくないだろう。

 と思っていたのだが、シエル曰くそうでもないらしい。


「獣人――ティア族はより強い者に負けることを恥と考えん。むしろ誉れ高いことと捉える風習じゃ」

「へえ……じゃあ俺が勝っちゃっても特に問題はないのか」

「ん……まあ、これと言った問題はないじゃろうな」

「?」


 なんとなく含むところがあるようにも感じたが、昔からの知り合いであるルルパパが俺に負けるのが複雑とかそういう心境だろうか。

 それともまさか俺が負けることを心配しているとか……?


「なあシトリー、ルルのお父さんってああ見えて超強いってことはないよな?」

「うーん、悠真ちゃんみたいに極端に魔力を隠している様子もないし、多分想像通りくらいの強さだと思うな」


 だよなあ。

 まあいいか。

 勝てばいい話なのだから。


「それにしても、ルルはずるいです。お兄さまと一緒に過去の世界へ行っただけでなく、全ての乙女の夢のひとつである自分を巡っての決闘を他でもないお兄さまに実践していただけるのですから!」


 フレアがよくわからないところでルルに嫉妬しているが、全ての乙女は明らかに言い過ぎだろう。

 きょうび少女漫画でもそんな展開なかなか見ない気がする。

 少年漫画では言わずもがな、廃れた文化だ。

 まさか自分がこんな状況に巻き込まれることになるとは。


「お約束ってやつ? まるでルルがメインヒロインね」

「ニャ!? スノウ、迂闊なことは言わないで欲しいのニャ! 色んな方面から恨みを買うことになるのニャ!」


 なんでもないように言ったスノウに何故かルル自身が慌てて否定している。

 

「群れではボスに嫌われたら終わりなのニャ……」

「何を言ってるんだお前は」


 そもそもボスって誰だ。

 知佳か?

 

「ま、とりあえず決闘の方は俺がなんとかするとして――それはそうと<滅びの塔>の件もなんとかしないといけないんだよな」


 ミーティアが管理していない領地となると、つまるところワーティアという狼の獣人の方へ交渉しに行かなければならない。

 ルルが一旦戦士として戦えばそれで済む話かもしれないが、どうもそこまで簡単な話でもないようだし。

 

「それについては問題ないかと」

「そうなのか? ウェンディ」

「はい。時が来れば解決することです」

「……どういうこと?」

「それはまだ、私の口からは」


 ……?

 まだ言えないってことか?

 なんで?

 先程のシエルの様子と言い、ちょくちょく何かしらの思惑が俺の後ろで動いているような気がするぞ。


「……どういうことだと思う? 知佳さんや」

「そこまで難しい話でもないけど……悠真もルルのお父さんも気付いてないみたいだしまだ教えてあげない」

「ええ……」


 ルルパパも絡んでるのか?

 いや、気付いていないって言ってるんだからむしろ絡めていないということなのだろうか。

 

「ちなみに綾乃はわかってるのか?」

「え、私ですか? うーん……結論から逆算すれば、ですかね?」


 結論から。

 つまり結局のところなんだかんだで<破滅の塔>を破壊できる展開、というのが結論として……

 そこからどう逆算したら『時が来れば解決すること』になるのだろうか。

 

 俺とルルの子が領地を取り返せるほど成長するまで、というのが『時が来れば』?

 いや……待てよ。

 それよりも手っ取り早い方法があるじゃないか。


「……まさか、ルルパパとはともかくレオって奴とも決闘を行わせようとしてるのって俺をミーティアの代表に据えようとしてるのか……?」

「あ、気付いた。珍しい」


 知佳がぱちぱちと感情の籠もっていない拍手をする。

 綾乃を見るとどこか申し訳無さそうに頷いていた。


「ふーん、そういうことだったの。なかなかどうしてやるじゃない、ルルママも」


 スノウは何故かルルママを評価しているようだが、さらっとレオとかいうやつとの決闘を入れ込んできたのは確かにルルママだ。

 ……ちくしょう、策士だなあの人……というかあの猫?


「別にいいじゃない、話が手っ取り早いわ。ルルパパとそのレオとかいうのをぶっ飛ばして、ワーティアの戦士ってのもぶっ飛ばせばその塔があるのはこっちの領地になるんでしょ? なら壊すのだって自由よね」


 単純明快よ、とスノウは胸を張った。

 まあ単純ではあるのだが、つまりどう少なく見積もっても俺は今から三人の獣人と戦うことになるのか。

 ……未菜さんがいたら羨ましがるだろうな。あの人バトルマニアだから、獣人との戦闘なんて垂涎ものだろう。


 と、知佳がちょいちょいと肩をつついてくる。


「明日の決闘はなるべく派手に戦って」

「派手に?」

「そう。撮影するから」

「……動画を公開するってことか?」

「異世界のことを信じさせるには手っ取り早い」

「……有りだな」


 俺の姿もついでに全世界に公開されることになるが、今更そんなことをどうこう言う理由もないだろうし。

 元々俺もアメリカの世界の危機が訪れているという宣言に合わせて未菜さんのように顔出しして会見でもするつもりだったのだが、こちらの世界のことをなんとかしてからでないとまとまった時間が取れないのでとりあえず先送りにしたのだ。

 その会見の時に実際に異世界へ行っているという説得力のある材料が増えれば増えるだけこちらにとっても有利になる。


「実は道中の魔物や盗賊との戦闘も既に撮影してたりする」

「マジか、流石だな」

「もっと褒めていいよ」

「流石知佳さま! よっ! 日本一!」

「下手くそ」


 …………。

 それは俺も自分でちょっと思った。

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