第179話:ルル家

1.


 7本の黒い飛翔物体を俺たちは<滅びの塔>と呼ぶことにした。

 シンプルでわかりやすいだろう。

 その<滅びの塔>だが、7本のうち5本は主要な国家へ落ちているそうだ。

 とりあえずこの5本についてはシエルが根回しをしておくにしても対応に時間がかかる。


 万が一に備え、ガルゴさんは自分の家族や仲間を守る為に別行動している。

 その別行動前に確認された7本の位置を地図に記していってくれていた。


 7本が揃っていることで何かしらの模様や魔法陣のようなものが完成するパターンかと思っていたが、どうにも分布の仕方を見るに法則性は無いっぽいというのが俺たちの中の結論だ。


 鋼の錬金術師のイメージだったが


「5本はとりあえず相手の国待ちとして、残りの2本はどんなところなんだ、これ?」


 1本は大きな山脈と海に挟まれている場所。

 もう1本は完全に森の中って感じだ。


「こっちはダークエルフが住んでる森の近くじゃな」


 シエルが森の方を指差す。


「ダークエルフ!」


 そんなのもいるのか。

 やっぱり褐色の肌に豊満な体型だったりするのだろうか。


「しかし、わしとはちと折り合いが悪くてのう……交渉に素直に応じてくれるかどうか」

「やっぱりエルフとダークエルフって仲が悪いのか?」


 お約束っぽい話ではあるが。

 しかしエルフとドワーフで仲のいいシエルとガルゴさんの例もあるしということで一応聞いてみる。


「まあ、有り体に言えば仲が悪いってことじゃろうな」

 

 残念ながらそこはお約束を外してこなかったようだ。

 しかしシエルの人脈を頼れないとなると、後回しにせざるを得ないな。

 となるとあと1本の、山脈と海に囲まれている土地の方だが――


「ここはどうだ? 誰かが統治してたりするのか? そうじゃなければささっと赴いてぱぱっと破壊してしまうのが手っ取り早そうだけど」

「それはルルに聞くのが手っ取り早いじゃろうな」

「ニャ?」


 窓の近くでうつらうつらしていたルルが名前を呼ばれて反応する。

 ルルに聞くほうが手っ取り早い? シエルよりも?

 そんなことあるのか?


 とりあえずルルに地図を見せてみると、なるほど確かにルルに聞くのが一番手っ取り早い話であった。


「ああ、この辺ニャらが管理してる範囲にギリギリ入ってるかもしれないニャ」


 なんてことをさらりと言うのだ。

 そういえばこいつ、姫様的な立ち位置にいる結構偉い猫なんだよな。

 

 そうなれば確かに、1本目に破壊する<破滅の塔>としてはお誂え向きだろう。


 ……待てよ。

 つまり俺はこれからルルの実家に行かなきゃいけないのか?


2.


 ルルの本名はルル=ミーティア=カーツェと言うらしい。

 このミドルネームにあるミーティアというのがルルたち一族の通称だそうで、そして現在、そのミーティアの代表をしているのがカーツェ――つまりルルの実家だということらしい。


 ちなみにワーティアという狼の獣人族やフォーティアという有翼の獣人族もいるらしい。

 要は名前にティアとつくのが獣人に共通しているということだな。

  

 転移装置のある街からはでかいトカゲに運んでもらう馬車ならぬ小型竜車で休憩を挟みつつざっと3日程度らしい。

 1日ごとに転移石で戻りつつ休憩したいところだが、御者もいることだし気軽に転移することはできない。

 部外者が一緒にいると流石に転移石は使えないからな。

 この世界には転移装置があるとは言え、転移石のような小型のものはやはり存在していないのだから。


 俺、知佳、綾乃、そして精霊四人にシエルとルル。

 合計で9人という大所帯なので大きめの竜車を手配し、5匹に引いてもらうという贅沢仕様でもこれだけの時間がかかるのはもう仕方ないとしか言いようがないだろう。


 ちなみに費用は魔石をこちらの世界で売り払って用立てている。

 細かい魔石を残しておいたのが役に立ったということだ。

 こちらの貨幣価値を俺はいまいち理解していないが、まあシエルがいるし知佳やウェンディもいるしきっと大丈夫だろう。


 しかし大きめの竜車とは言えども流石に9人もいれば中は狭い。


 あと、いい匂いが充満しててクラクラする。

 クラクラするというか、早い話がムラムラする。

 これは良くない。

 いや、良いのが良くない。


 御者さんがいるのだから俺は理性を保たなければならないのだ。


 そんな状況でも構わず知佳は膝に乗ってくるわフレアは近いわ、ルルの露出度は高いしシトリーのおっぱいはでかいしで大変な思いをしながら俺は我慢していた。

 未菜さんと天鳥さんがここにいなくて良かった。

 というか、改めて考えると俺は現代日本にあるまじきとんでもないハーレムを築いていることになるなこれ。

 

 最近は自制をしないで好き勝手やっていたせいでこの3日間はとんでもなく辛い行軍になりそうである。

 

 無心になる為に窓の外を眺めているルルの尻……じゃなくて尻尾を眺めていると、竜車が止まった。

 まだ時間的には止まるのがかなり早いのだが、なんだろうか。


 御者台へと続く小窓を開けて訊ねてみる。


「どうしました?」

「じ、実は魔物が行く手を遮っていまして……」

 

 魔物か。

 ダンジョンで出るモンスターとはちょっと違うらしい。

 倒しても魔石にはならず、そのまま死体が残るのだとか。


 親父からちょっと話を聞いている。


「わかりました。約束通り、こっちで対処しますね」


 実はこれだけの竜車ともなれば、本来ならば護衛用の竜車も雇わなければならない。

 しかし俺たちにはそれが必要ないということで、何かあれば自分らで対応すると伝えてあるのだ。

 シエルの顔は相当に広いらしく、ちゃんと実力についても信用はされている。


「ということなんで、俺がやってくる」

「手伝いましょうか? お兄さま」

「いや、な意味で溜まってるから、ちょっと発散がてら俺ひとりで暴れさせてくれ」


 竜車の外へ出る。

 うーん、空気が美味い。

 いや、中の空気も美味いには美味いのだが、意味合いが違う。


 どうやら魔物とはダンジョンにもいた木の化け物――トレントのようなものらしく、辺りに気配を10……いや、20は感じるなこれ。

 いい運動になりそうだ。


 アスカロンから託された剣を構えて、まず最初の一匹に急接近して一撃で斬ってしまう。

 やっぱ付与魔法エンチャントしないでもとんでもない切れ味だな、これ。

 ダンジョン管理局が技術の粋を集めて創り出した<試作型E.W.>が簡単にへし折られるわけだ。


 蔓のような触手が伸びてくるのを、やっぱり俺じゃなくて綾乃あたりに対処させれば良かったかななんて思いながらぶちぶちと素手で引きちぎる。

 俺相手ではこんな蔓、なんの意味も持たないが綾乃くらいならばいい感じに締め上げてくれるだろう。

 

 何本か蔓を束ねて引っ張ってやると、4匹ほどのトレントが釣れたのでまとめて地面に叩きつける。

 ぐてっとしてしなびたのは多分、魔物としての死を意味するのだろう。

 魔石にならないのでちょっとわかりにくいな。


 というか、トレントみたいに見るからに化け物じゃなくてもっと動物っぽい奴だったりしたらもう少しやりづらかったんだろうな。


 背後に気配を感じたので左腕を突き出すと、トレントの内部にその腕を絡め取られた。

 剣はともかく、打撃に対しては耐性があるのだろうか。


「――風よ」


 左腕を中心にして鋭い風が巻き起こり、トレントの体がバラバラに引き裂かれた。

 ウェンディのものほど強いものではないが、これくらいの魔物相手ならば有用らしい。


 炎や氷でも良かったのだが後始末が面倒そうなのでやめた。

 雷も同じだ。

 燃えてしまうとめんどくさい。


 そんな感じで全部で18体いたトレントをばっさばっさとなぎ倒していく。

 ダンジョンの中の独特な雰囲気も感じないお陰で、なんかすごい異世界に来た! って感じがするな。

 

 全て倒し終え、御者さんに報告してから客車に戻ると女性陣はトランプに興じていた。

 どうやら俺の勇姿には全く興味がなかったらしい。


 別に悲しくないけどね。

 別に悲しくないけどね!



3.


 そんなこんなで特に何事もなく3日が経過した。

 道中、盗賊に襲われたり魔物に襲われたりというイベントはもはや俺たちにとっては特筆すべきことでもない。


 ちなみに盗賊は魔力の縄で縛り上げてその場に放置プレイをしている。

 運が良ければ誰かが通りがかって街まで連行してくれるが、運が悪ければ魔物に襲われてお陀仏だろう。

 この世界では山賊行為や海賊行為は極刑レベルの極悪犯罪らしいので魔物に襲われたとしても自業自得ということで。

 御者さんも有名な盗賊グループの一団だと言っていたし、どちらに転んだとしてもどのみち死は避けられないのだろう。

 襲った相手が悪かったな。


 で、だ。

 

 ルルの実家、カーツェ家のある町まで竜車で来たのだが、まあどこを見ても猫耳ばかり。

 中には思いっきり猫っぽいのが二足歩行で歩いている感じのもいたり、あるいは四足歩行の猫でも人語を喋っていたりとどうやらケモっぽさにはかなりの差が出るらしい。

 そう考えるとルルはだいぶ人に近い形なんだな。


「こっちニャ」


 ルルの先導でてくてくと歩いていくと、その途中で立派な黒い毛並みの人間くらいある猫が四足歩行で歩いていた。

 でかいともはや猫というよりもジャガーとかその辺の大型ネコ科動物に見えるなあ。

 

 なんて呑気に考えていると、「あ、父上だニャ」とルルが手を振った。


「ルル!? ルルなのか!?」


 ルルパパがこちらへ駆け寄ってくる。

 こ、怖い。

 食われそうな勢いを感じる。


「久しぶりだニャ、父上」

「久しぶりどころの騒ぎじゃないだろう! この1連絡もなしで何をしていたのだ!?」


 ……1年?

 

「1年くらいでシャーシャーうるさいのニャ。探索者になって出ていったんだからそれくらい連絡がなくても普通ニャ」

「しかしパパは心配で心配で……父上などと呼ばずに、パパと呼びなさい。なあ、ルル……って、シエル殿!?」

「ああ、そんな気を張らんでも良い。楽にせよ」


 途中でこちらに気付いたルルパパがピンと背筋を伸ばすのに苦笑いするシエル。

 猫なのに猫背じゃないとはこれ如何に。


 そういえばルルの名付け親がシエルなんだっけか。

 ルルの両親と交流があるとかなんとか。


「……それで、そちらの方々は……?」


 シエルを除く俺たちのことを言っているのだろう。

 さて、なんと挨拶したものか――なんて考えていると、ルルがさらりと爆弾をぶち込んだ。


「父上、あたしはこの男の子供を産むことにしたニャ」

「――あ゛?」


 あれだけ大きいともはや大型ネコ科動物のようだ、と俺は最初に言ったな。

 アレは撤回しよう。

 先程までの雰囲気はまだ猫だったのだ。


 しかしルルの言葉を聞いて、俺を睨みつけたルルパパの目は紛うことなき捕食者の目だった。

 こ、怖すぎる。

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