第178話:親父の交友関係
1.
情報を整理しよう。
黒い飛翔物体が各地で確認されたのは昨日のことだと言う。
冒険者ギルドなるものを介してその情報を知ったガルゴさんはすぐにこちらへ転移石で飛んできて知らせてくれたのだ。
そしてその飛翔物体は高さ200メートル程度、直径は30メートル程の円柱だそうだ。
それが最低でも7本あるとのことである。
「……少し小さいような気がするな」
「確かにそれよりは大きかったはずじゃな。複数本飛んできている、という情報に関してはわしらが気付いていなかっただけであの世界でもそうなっていた可能性はあったが……」
ガルゴさんから聞いた情報と、俺達が過去の異世界――アスカロンの世界で経験したものが微妙に合わない。
それに、
「それにオレも直に一本確認したが、お前らから聞いている魔石色で線状の模様というものは入っていなかった」
「ふむ……」
ガルゴさんの言葉にシエルは考え込むようにする。
「まだダンジョン化していないというのなら好都合なのではないでしょうか。影響を及ぼす前に破壊してしまえば良いのですから」
話を聞いていたウェンディがちょいちょいと指を動かす。
風でちょん切るようなイメージだろうか。
しかし確かに、こちらにとっては都合の良い話だ。
多少俺たちの知るものと違うとは言え、このタイミングで飛んでくる塔型の飛翔物体なんて怪しさ満点である。
「そう簡単な話でもない」
しかしガルゴさんはそれを否定した。
聞くところによれば、なんと塔の周りで魔石が採掘できるようになっているそうだ。
それが確認されているのは昨日の今日なので今の所7本中3本の塔なのだが、恐らく全ての塔で同じことが確認されるだろう。
シエルたちの世界では魔石エネルギーがかなり重要なエネルギー資源だ。
俺たちの世界以上に依存していると言っても良いだろう。
それがモンスターを倒さずとも掘れば出てくるような状態になっているのならば、塔を破壊しようとする俺たちは強い反発を受けることになる。
結果的に世界が救えるのならばともかく、その後でお尋ね者になるのは俺たちはいいとしても、シエルやルル、そしてガルゴさんにとっては望まない結果になるだろう。
もちろんいざとなればそんなもの無視して破壊してしまうのが良いのだろうが……
「どのみち一度はその土地の所有者なりと交渉する必要があるわね。やっぱり知佳と綾乃も連れてった方がいいんじゃない? ウェンディお姉ちゃんだけじゃ限界があるわよ」
「うーん……」
スノウの提案に俺は唸る。
ちらりと話を聞くだけ聞いてはいる知佳と綾乃の方を見ると、どちらかと言えばやっぱり二人とも着いてきたがっているように見えるな。
「ははん、悠真はもうアスカロンのことを忘れてるのニャ」
ルルが俺のことを小馬鹿にしたように言う。
「アスカロンのことを?」
「あいつは仲間に頼るって言ってたニャ。それを教えたのも悠真だと言っていたニャ。でもそのお前自身は仲間を置いていこうとしてるニャ」
「なるほど……」
ルルのくせに一理あるな。
知佳の頭脳はウェンディを凌ぐだけのものがあるし、綾乃のスキルはどんな場合でも役立つ可能性は出てくる。
俺が二人を連れていきたくないと思っているのは、二人を危険に晒したくないからという俺のエゴだ。
「悠真ちゃん、そこはもう男らしく『二人とも俺が守ってやるからついてこい』って言うのが正解だとお姉さんは思うな」
「どうするの?」
シトリーの追い打ちを受けて知佳が俺の目をじっと見てくる。
まるでこれから俺がどう答えるか既に見透かしているようにさえ感じる。
「……わかった。二人ともついてきてくれ。俺が絶対に守るから」
シトリーの言ったことをそのままなぞっただけになってしまうが、まあ実際こう言うしかないだろう。
「おお……」
綾乃がなんだか感動したような調子で唸っている。
「なんだよ」
「実際に聞くとこう……なんか良いですね」
「……そうかい」
反応に困る反応だ。
綾乃は定期的に変態っぽくなる。
未だに俺をショタ化させる魔法の開発を諦めていないようで夜な夜なスキルを使っているようだし……
「お兄さま! フレアにも! フレアにも言ってみてください!」
「なんでそうなるんだよ!」
ともかく。
交渉ごとは知佳やウェンディ、そしてシエルの知恵に頼ることが決まった。
シエルに関してはコネもあるしな。
「問題は7本全部破壊するのにどれくらい時間がかかるかってことだよな……」
「私が転移石を持って塔から塔まで移動すれば、数日で全て破壊できるかと思いますが」
「いや、駄目だ。塔の近くでの単独行動は危険すぎる。たとえウェンディでもそれは看過できない」
「……そうですか」
……ウェンディ、今なんでちょっと頬を染めた?
本来、ウェンディほどの強さがあればどんな場合でも対処可能だろう。
しかし相手が相手である。
俺が近くにいる状態での戦闘ならばまだしも、離れている状態でもしアスカロンの世界へ塔の番人として来た敵――バンと同じくらいの奴と出会ってしまえばどうしようもない。
アスカロンは瞬殺していたが、あいつはそもそもそれくらい強い奴なのだから当然だ。
あいつがいれ塔の近くまでとりあえず行ってもらって、俺が転移するまでそこで待ってもらうという動きができるのだが。
そうなれば単純計算で二倍の速さで塔を破壊して動ける。
それだとアスカロンの負担が大きい? あいつなら平気だよ。だって強いもん。
「都市間の転移装置を使うことになるだろうけど、それでも多分ある程度の時間はかかるよな」
「それでもアレを壊せるのは悠真だけじゃからな。フレアやシトリーでも破壊はできるかもしれんが、どのみち近くにいなければ全力は出せないわけじゃし」
「だよな」
シエルの言葉に頷く。
ダンジョン化していない、モンスターが湧いていないという条件があってもなおあの塔の硬さは恐らく健在だろう。
これもやってみないことにはわからないことだが……
多い分、脆くなってるかもしれないしな。
……まあ、望み薄なのはわかってるよ。
多分アスカロンの時と同じく馬鹿みたいに硬くて理論魔法でしか破壊できないようなものなんだろう。
「後はとりあえずあっちで動き始めてから考えるか」
話を聞く限りではどうやらすぐにどうこうなるという問題ではなさそうだが、それでも急いだ方がいいのは確かだろう。
「……本当にカズマには黙っていくのか?」
ガルゴさんが俺へそう訊ねてきた。
「だって言ったら親父ついてきちゃうでしょう。戦力になるのはそりゃわかりますけど……」
親父は強い。
少なくとも、戦力という点で見れば知佳や綾乃よりもよほど動けるだろう。
俺の見立てでは柳枝さんと同レベルか、それ以上だ。
しかもガルゴさんやシエルとの連携を取れるわけなのでそりゃもう役に立つことは間違いない。
「オレも最初はそう考えていた。しかし自分の知らないところで息子が危険な目に遭っていたのを後で知らされるというのを自分に置き換えてみて、少し考えが変わった」
「…………」
「同じ父の身として頼む。カズマにも話はしておいて欲しい。ユウマ、お前だって命の保証があるわけではないだろう」
2.
父として――なんて言われれば流石に断りきれない。
なので結局俺はガルゴさんの頼みに折れる形で、親父と母さんにこの話をすることになった。
とは言え、母さんは既に知っていることなのだが。
「――なるほどな。やっぱ最近話題になってた滅ぶかもしれない異世界ってのは、あの世界のことだったか」
話を聞いた親父は意外と冷静だった。
すぐにでも動こうとするだろうと予想していただけに、本当に意外だ。
「実はお前らが父ちゃんに隠れて何かこそこそしてるというのは気付いていた」
「……本当か?」
「本当だ。一応、コレでもお前の父ちゃんだし――母さんの旦那でもあるからな」
なるほど、俺だけではなく母さんの様子からも読み取っていたというわけか。
親父の隣で話を聞いている母さんが俺の方を見てちょっと申し訳無さそうな顔をする。
こればっかりは仕方ない。
異世界が滅びるかもしれないというニュースもあるし、俺や母さんの様子を見て答え合わせしたのだろう。
遅かれ早かれバレることではあったということか。
「なんで父ちゃんに隠そうとしていたのかも大体は予想がついてる」
「予想が付いてるなら、俺としてはその予想を覆して欲しいもんだけどな」
「そう気負うな。俺はお前らについていくつもりはないから」
さて、どうやって説得したもんか。
親父はこう見えて頑固なところがあるし、自分が世話になったシエルやガルゴさん、そしてルルの危機ともなれば動こうとするだろう。
しかし俺としては――
「って、え? ついていくつもりがないって言ったのか?」
「ああ、そう言った」
「……熱でもあるのか?」
「父ちゃんも悩んださ。でもな……」
親父は母さんの方をちらりと見る。
「父ちゃんは母さんを守るよ。この世界でな」
「…………」
「なんで意外そうな顔するんだよ、二人して」
俺はともかく、母さんも唖然としていた。
「とにかく、だ。あの世界のことは悠真――お前に任せた。母さんは任せとけ。父ちゃんが守るから」
「……そうか」
実際のところ、親父と母さんを守る為にこちらに多少の戦力を残すかは結構迷ったのだ。
シエルやルルもいるし、精霊全員を連れていかなくてもいいかもしれない。
そう考えてはいた。
しかし相手の戦力を考えると、どうしても全力を打ち込むしかなかったのだ。
俺はピンポイントで狙われる理由があっても、親父や母さんはその確率は低いだろう。
いざとなれば転移石もあるし、なんとかなるだろうと。
そう思い込もうとしていたところに、親父のこの宣言だ。
俺がどれだけそれに安堵を覚えたかは言うまでもない。
「……なら頼むよ、親父。でも何かあったらすぐ転移石を使ってくれ」
「ああ、わかってるよ。なにせお前はとっしー……じゃない、利光も信頼してるくらい強いんだろ?」
「……は?」
待て。
今、親父なんて言った?
柳枝さんのことをとっしーと呼んだのか?
しかもそれを訂正してもなお利光呼びって。
「いつの間にそんな仲良くなってたんだ!?」
「いつの間にって、そりゃお前が紹介してくれたんだろ。もう何回か会ってるぞ」
「そういえばちょこちょこ外出してたな……」
自動車の免許を取り直さないといけないとかなんとかで出かけていることもあったのでそれ関連かと思っていたが、既に柳枝さんとそこまで仲良くなるほど接触していたのか。
「いやあ、あいつ強いな。この世界で鍛えたレベルとは思えないくらいだ。しかも最近なんかズルい槍まで手に入れてるし」
二週間前に渡した槍のことだろうか。
「ズルいってどういうことだよ」
「いやあの槍、なんか自在に伸び縮みするんだよな。だから模擬戦とかしてても距離を詰めてもアホみたいに高い技量で躱されるし、距離が開けばやっぱりアホみたいに高い技量で潰されるしでマジで強いんだよ」
「それ俺聞いてないんだけど」
槍が自由に伸び縮みする?
そんな機能初めて聞いたぞ。
「ああ、利光も父ちゃんに話せばお前に伝わると思ってたのかもな。そういや言うの忘れてたわ」
「くっ……」
俺も柳枝さんのことを利光さんって呼びたい……!
柳枝さんと呼ぶのには距離を感じるなと最近思っていたのだ。
結構仲良くなってきたし、そろそろ名前で呼んでもいいかなーなんて思ってたのに!
この糞親父はそれを軽々と超えてきやがったのだ!
「何回かダンジョンにも潜ってるぞ。まだ連携が完璧じゃないけど、ぼちぼちボスに挑んでもいいかもなって話も出てる」
「ぐぅっ……!」
いや、親父を紹介したのは確かに俺だ。
ダンジョンへ潜るパートナーとして。
しかし何故だろう、この敗北感は。
柳枝さんとダンジョンへ潜る約束を先にしていたのはこの俺のはずなのに!
「ともかく、お前が父ちゃんの何倍も強いのはよく知ってる。だから頼んだぞ、あの世界は」
「あ、ああ……」
親父は良いこと言ってるはずなのに、なんか響かない。
親父の件は解決したはずなのに、何故だかすっきりしない。
よく考えたら20過ぎの男がおっさん同士が仲良くしてるのに嫉妬するという謎の構図なのもしっくり来ない。
どうしてこうなった感が強い。
でも冷静になって考えてもやっぱり納得いかない。
俺よりも仲良さそうにしてるのが納得いかない。
……柳枝さんには今度、親父の駄目な部分をたっぷり教えてあげよう。
こっそりそう決心するのだった。
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