第183話:冒険者デビュー

1.


「兄貴、オレに稽古を付けてくださいっス!!」


 俺たちは今、町の宿泊施設に泊まっている。

 狼獣人たちとの交渉には結構手間取っているようで、既に一週間近くが経過していた。


 合間にちょくちょくあちらの世界に戻って様子見したり、冒険者ギルドなる施設で他の地点にある<滅びの塔>の様子の情報を貰ったり、日替わりで精霊たち綾乃と出かけたりと(なんらかの協定が結ばれているらしいということには流石の俺も気付いた)案外忙しいのであまり長く待たされているような気はしないのだが。


 ちなみにシエルは超忙しそうにしている。

 ダークエルフたちにコンタクトを取ったり、各国のトップと連絡したりとあれこれやることが多いようだ。 それにしても、この世界の通信って水晶みたいなの使ってやるんだな。


 携帯電話のような技術が俺たちの世界から持ち込まれるようなことがあったら一気に技術革新が起きるのではないだろうか。

 この世界だけではなく、俺たちの世界にも言えることだが。


 そんなこんなで今日は何しようかなと思っていたところに、誰から聞いたのか俺たちが泊まっているところへレオが押しかけてきたのだ。

 

「お願いしまっス!!」


 体育会系みたいなノリで腰を折るレオ。

 ルルがいたら大爆笑しているところだろう。

 幸いあいつは朝から用事があるとかでいないのだが。

 族長の娘なのに長いこと町を空けていたせいで、やることがたんまりあるらしい。

 後でまたたびでも差し入れてやろう……じゃなくて。


「いや、教えることなんて無いぞ」

「まったまたぁ、そんなんこと言っても無駄っスよ! 我流って感じの動きではなかったスからね!」


 そうなのか? と様子を見守っているウェンディの方を振り向く。


「私や未菜様、そして過去でアスカロンというお方との手合わせ稽古を幾度となく繰り返していますのである程度は洗練されてきているかと。それにマスターは目が良いですから」


 つまりその三人の戦い方に近いものになっているのか。

 そうなると確かに我流とは言えないかもしれないな。

 ていうかそれが分かる辺り、こいつやはり才能に関しては結構なものがあるんだな。

 あぐらをかいて怠けていなければ今でもルルと同じくらいの強さはあったかもしれない。


「けど俺は稽古を付けるとかは無理だ。さっきも言ったけど俺から教えられることなんて無いんだよ。まだそんなレベルじゃないからな」


 俺が誰かに指導をつけているなんてアスカロンに知られたら間違いなく笑われる。


「じゃあせめて、リュシエル殿の爪を弾いたあの防御魔法を教えてくださいっス!!」


 くださいっスて。

 敬語とか使い慣れてないんだろうなぁ、レオ……

 逆に考えればその使い慣れていない敬語を使ってまで、敗北を喫した俺に教えを請いに来る姿勢は俺的には割と好感が持てる。

 最初の印象は最悪だったけどな。


 それに、レオはルルの故郷の戦士だ。

 仮に何かあった時に戦える人材がいればルルも安心できるだろう。

 これに関しては別に教え渋るほどのものでもないしな。


「防御魔法ってほど高度なもんじゃないけど、簡単に言うとアレは肉体へ施す強化の限界を超える方法なんだよ」

「肉体へ施す強化の限界っスか?」

「ああ、魔力で肉体を強化する時に限界を超えると、体が崩壊していくような感じになるんだけど……わかるか?」


 しかしレオは困惑したような表情だ。


「体が崩壊……ですか?」


 おや?

 案外伝わらないのだろうか。

 

「お兄さま、普通はそこまで無理はしないのです……」


 とフレアからのツッコミが入った。

 なるほど、OK。

 確かにアレは相当無理しないとならない状況か。


「まあ要するに自分の限界を超える手段みたいなもんだ」

「限界を……」

「まず、体の外に魔力を放出する。普段何もしてなくても漏れる魔力じゃなくて、意図的に体の周りに漂わせておくイメージだ。ちょうど今の俺みたいに」


 俺は大体半径50cmくらいの範囲で常に魔力を周囲に固定している。

 他人が感じる俺の魔力はまた別の、普段から漏れてしまうような魔力なのでそれとは関係ないのだ。

 イメージとしては他人が感じる魔力が気体で、周りに漂わせておくのはスライムのような半固形みたいな。


「……その、申し訳ないんスけど、それ本気で言ってるっスか? からかってるとかではなく?」

「いや、からかってはいないけど……」


 伝え方が悪かったのだろうか。

 結構難しいからな、この感覚。

 漫画とかでこういう事をやってるキャラがちらほらいたので俺は簡単にイメージできたのだが……


「あのね悠真、そんなことができるのはあんたやあたし達くらいの魔力を持ってる人間だけよ。同じことをその茶トラ猫にもやらせたら1分も経たないで魔力枯渇を起こして最悪死ぬわ」

「えっ……」


 そうか、同じことをやっているのがシトリーやアスカロンしかいないから失念していたが、その二人とも自前で膨大な魔力を持っている上に、シトリーに至っては俺の魔力も引っ張ってこれるので枯渇という心配はないのか。


「……レオ、悪いが今の話は忘れてくれ」

「ええーっ! そんなぁ!」


 この世の終わりみたいに大げさに嘆くレオ。

 身長190以上ありそうな大男がそんな風にしていると逆に怖さを感じるのだが。


「そんなことより、お前しばらくはこの町で戦士としてワーティアの戦士と戦ってたんだよな? どんな奴だったんだ?」

「あー……オレよりも更に一回り縦にも横にもでかい狼男っスね。オレとは勝ったり負けたりだったんで兄貴なら余裕だと思うっス。気をつけるとしたら狼獣人の固有魔法くらいスかね」

「固有魔法?」


 そういえば猫獣人にもその固有魔法があるとかでシエルたちが教わりに行っていたな。

 

「狼獣人の固有魔法は体内で自分の吠えた声を増幅させて直に聴覚を奪ってくる感じっス。めっちゃでかい音でびっくりさせてその隙に攻撃してくる、みたいなイメージっスね」

「へぇ……わかってれば結構防げそうだけどな」

「いやー、マジでとんでもない音なんで結構ビビるっスよ。耳栓とかしても余裕でうるさいっス。特に獣人同士だと耳がいい場合が多いんで……兄貴も当日は耳の身体強化だけは弱めにしといた方がいいと思うっス」

 

 なるほど、そういうのもあるのか。

 工事現場とかくらいの大きさかな、なんて思ったがどうやらそんなもんではないようだ。

 当日は聴覚の強化をやめて、耳栓も用意しておいた方がいいかもしれない。

 

「流石に音速から逃げるのは無理だもんなあ」

「悠真ちゃん、頑張れば逃げれるよ?」


 暗にだから雷魔法練習しよう? と誘ってくるシトリーは放っておこう。

 確かに音よりも雷の方が速いのでシトリーならその手の魔法も効かないのだろうけど。

 雷魔法、難しいんだよな。

 炎や風、氷ほど身近にないから。

 天候で起きる雷も稲妻自体をあまり見たことがなくて、カッと光ってゴロゴロドーンと音が鳴るイメージなので威力に直結しないのだ。


「参考にするよ、ありがとなレオ」

「兄貴の力になれたのなら幸いっス!!」


 当初の予定を忘れて嬉しそうに帰っていくレオを見て、実はあいつ能天気さもルルとそこまで大差ないのではないだろうかと密かに思うのだった。



2.



「うわっ、荒れ放題ねえ……フレアがいれば一気に焼き払ってもらって終わりだったんだけど」

「いや、どう考えてもそれは駄目だろ」


 俺、スノウ、綾乃の三人はミーティア族の領地であるとある森林へ来ていた。

 あまりにも暇だったので冒険者ギルドなるところで依頼とやらを受けてみたのである。

 親父に話は聞いていたので密かに憧れていたのだ。


 この森林は大量の魔物が出没するらしく、開発を進めたいのである程度魔物の間引きをしてくれとのことだった。


「即興で作った虫除け魔法、結構作用してますね」

「ああ。流石だな綾乃」

「えへへ……」


 照れくさそうにはにかむ綾乃。

 虫除け魔法。

 もちろんそんなものは本来存在しない。

 だが、本来存在しない魔法を作り出すのが綾乃のスキル、<幻想ファンタジア>である。

 森へ行くとのことで急遽開発してくれたのだ。

 

「にしても、確かに魔物の数が多いな」


 この森林に出るのは馬のような魔物らしく、普通に殺してしまうとグロい事になるので今の所全部凍らせて事なきを得ている。

 討伐の証として耳を持ち帰らなければならないそうなので、そこだけ器用に残して、だ。


 もちろんスノウにとってはそんなものお茶の子さいさいなのだが、俺や綾乃にとっては結構な難易度となっている。

 それでも既に30匹近くは倒しているのだが減る気配がない。


「大きさも競走馬くらいありますし、こんなのが大量発生してたら餌に困りそうですけどね……」

「この手の魔物は魔素を栄養としてるから同じような普通の動物よりは燃費のコスパがいいのよ」


 綾乃の言葉にスノウが反応する。

 

「詳しいな?」

「そういえばあたしが元いた世界にも魔物っていたのよ。こいつらを見てて思い出したわ」

「……そうか」


 記憶が戻ることは基本的には喜ばしいことだ。

 だが、俺もシトリーも未だに彼女たちの世界が滅んでいるということを伝えかねている。

 どのみちいつかは伝えないといけないことだ。

 それは分かっているのだが……


「それにしても、の人たちって凄いですよね……ダンジョンと違って後が残るから大変そうですけど」

「基本的には探索者としてやる方が危険だから、多少めんどくさくても冒険者になるんでしょうね。ダンジョンは何があってもおかしくないから」

「なるほど……確かにそれもそうですね」


 冒険者。

 色んな人の依頼を叶えるなんでも屋みたいな人たちのことを言うらしい。

 で、探索者は言わずもがなダンジョンで生計を立てている人たちのことだ。


 魔石やドロップアイテムだな。 

 いや、この世界ではあまりドロップアイテムは重要視されないんだったか。

 

 魔石は結構な値段で売れるようだが。

 持ち込んで売り払った魔石の額は、シエルにそれとなく聞いたところ俺たちの基準で言えば1億近くなるらしい。

 よっぽど贅沢しなければこちらへ滞在している最中になくなるということもないだろう。

 まあなくなったらなくなったでまた魔石を持ってくればいいだけの話でもあるのだが。


 とは言え冒険者も別に稼げないというわけではない。

 この依頼も俺はよくわからなったが、馬の耳ひとつに付き3万円くらいな感覚らしいし。

 つまり既に100万近く稼いでいることになる。

 冒険者ギルドにいた冒険者たちの身のこなしや魔力からして並の冒険者がここまでサクサク倒せるとは思えないが、それでも結構割は良い方なんだろうな。


「にしても、異世界って感じするなあ、やっぱ。こういうのやってると」

「あたしにはよくわからない感覚ね。ダンジョンとそう変わらなくない?」

「全然違うね。プレステとファミコンくらい違うね」

「どっちがプレステでどっちがファミコンよ……」


 どっちだろう。

 ノリで言っただけなので正直あまり意味はない区分である。

 ちなみにファミコンは親父のを大昔にやったことがあるが、ほとんどどんな感じだったかは覚えてない。


「……ん?」


 スノウがふと明後日の方向を向いた。


「どうした?」

「あっちから強い魔力を感じるわね。……この感じ、多分人だわ。見に行ってみる?」


 ミーティアの領地内で未開拓の森林。

 そして強い魔力。

 位置的には<滅びの塔>からさほど遠くない。


「……一応見に行ってみるか」

「邪悪な感じはしないから、多分そこまで危惧する必要もないとは思うけどね」


 それでも一応、だ。

 なにかあってからじゃ遅いからな。

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