第177話:脅し

1.


 会議から2日後。

 ニューヨークをあちこち連れ回されたお陰でどっさりお土産を買い込んでしまったのだが、こちらに滞在した理由はそんなものではない。

 

 大統領との面会をする為だ。

 たっぷり3時間も時間を取ってくれたらしい。

 慌てっぷりから察するに、既にこちらの意図には気付いているのだろう。


 会議場所はホワイトハウスではなく、ワシントンにあるとあるホテルの一室。

 お忍びということだろうか。

 俺としちゃなんでもいいが。


 案内された部屋には既に大統領のマイケル・ジョン・ハミルトンに、USDD……米国ダンジョン省長官のチャールズ・リー・ウォーカー。

 そして2日前にも会った大統領の護衛――2ndがいた。

 部屋にあるソファに大統領とチャールズさんが並んで座り、裏に2ndが控える、以前と同じ形だ。


 俺たちの方も三人である。

 俺、ウェンディ、知佳。

 ことにおいてはこれ以上を考えられないベストメンバーだな。



「随分と早い到着ですね、大統領」


 自分でもかなり冷ややかな声が出たと思う。


「……そうだね。以前も言ったが、君とは個人的に仲良くしたいんだ。怒らせるようなことはしたくない」


 大統領の方はと言えば、以前会った時と変わらない様子――というわけでもなく。

 少し緊張しているように見えた。

 ちなみに、会話は日本語で行われている。

 俺が最初に日本語で話しかけたからだ。


「日本ではこういうのを誠意、と言うのだろう?」

「見せて欲しいのは誠意よりも真実ですが」

「……ああ、もちろんさ」


 俺はソファに腰かける。

 いつもなら俺の膝の上に乗っかってくる知佳も、今日ばかりは空気を読んで後ろにウェンディと並んだ。


「早速本題に入りましょうか。あの男――ラーセルについて」


 そう言う俺に、大統領は少し長めに目を閉じて発言した。


「……君たちはどこまで知っているのかな」

「探るような真似はやめましょう。時間の無駄だ」


 目の前にある大理石のテーブルを人差し指でこつんと小突いた。

 それだけでそのテーブルには大きなヒビが入る。


「マイケル」

「ああ、わかっているチャールズ」


 低い声でチャールズさんが大統領の名を呼んだ。

 流石に、この期に及んでどうにかなるとは思っていないだろう。


「あの男――ラーセルとは、先代大統領の時代からずっと付き合いがある。いや、あった、と言うべきかな」

「俺たちが始末しましたからね」

「どのような流れがあったかは聞いているよ」


 ちらりと2ndの方を見る。

 特に俺の方を見ていないので目も合わなかったが……

 多分彼から聞いているのだろうな。


「つまりアメリカは先代大統領の頃から世界を裏切っている。そういう認識でいいんですか」

「それは違う」

「何がどう違うか、説明してもらいますよ」

「僕が大統領に就任した当日の夜。今から2年前、ラーセルが大統領執務室を訪ねてきた。そしてとある取引を持ちかけてきたんだ」


 ――近い将来、この世界は滅ぶことになる。

 ――しかし自分の要求を飲むのならば、アメリカ国民だけは救ってやる。

 ――もし違えれば、即刻皆殺しにする。


「……アメリカ国民だけ、ですか」

「目の前で超常的な力をもって護衛たちが。彼が国民全員に対して同じことをできないとは、僕には言い切れなかった」


 ……実際のところ、ラーセルがどの程度戦えたのかは未知数だ。

 戦う力をなくす代わりにこの世界に留まっていると語っていた。

 とは言え、それでもあれだけの魔力だ。

 人間にとって驚異的な力を持っていることには違いないのかもしれない。


「前大統領はラーセルとの取引に応じていたそうだ。君も知る、アメリカ発のダンジョンに関わる技術は基本的にあの男からもたらされていたものだと思ってくれていい」

「言うことを聞いていれば、世界中を裏切ってでもアメリカだけは助かる上に既得権益まで獲得できる、ということですか。随分美味しい話ですね」


 しかし納得できる話ではある。

 アメリカへその話を持ちかけた理由というのも、恐らく世界一の大国だからというあたりだろう。

 日本含む他の国がその立場だったとしてもおかしくはない。

 アメリカは貧乏くじを引かされたようなものなのだ。


「……最終的にあの男が約束を守るつもりがないであろうことは薄々勘付いていたよ。それでも可能性に縋るしかなかった……普通の人間は君たちほど強くないんだ」

「俺を監視してたのはラーセルの差し金ですか?」

「いや、むしろ君たちへラーセルがちょっかいをかけるようなことがあれば、すぐに察知できるようにしていたのだが――信じてはもらえないだろうな」

「そうですね」


 そんなことはありません、とは言えない。

 どんな理由であれ、異世界人と繋がりがあったのは事実なのだから。


「無断で俺の周りに監視員を置いたり、政治利用しないはずの会議にちゃっかり後ろの彼がいたり。後でなんと理由付けされようとも、こちらとしては不信感しか募らないでしょう。そもそも何者なんです、彼。アメリカ在住で大統領の護衛なんてやっているのに、名前は非公開のWSRランカー。怪しむのも当然でしょう」


 そこでようやく2ndは俺の方を見た。


「大統領、長官。彼らに隠しておく意味はないように思われますが」

 

 そして口を開く。

 隠しておく――名前をか?

 続いてチャールズさんも。

 

「……マイケル、ラーセルはいない。どうせ滅ぼされるのなら、今のうちに全てを彼らに話して――託すべきだ」

「……そうだな」


 ようやくそれで大統領は決心したようだった。

 なんだ、2ndの本名はそんなに重要な機密なのか?


「彼は現在、デイビッド・レイ・モーガンと名乗っている。しかし本名はイーサン・カーター・ヘイルだ」

「……は?」


 思わず絶句してしまう。


 イーサン・カーター・ヘイル。

 俺がその名を知らないはずもない。

 いや、俺に限らず、全世界の人間がその名を知っているだろう。


 なにせ、イーサン・カーター・ヘイルは世界で初めてダンジョンを単独攻略した人間であり――世界で初めてスキルを手に入れた人間でもあるのだ。

 日本での英雄が未菜さんや柳枝さんだと言うのならば、アメリカの――いや、世界の英雄はイーサンだ。

 誰もがその名前を知っている。


 だが――

 だが。


「……イーサン・カーター・ヘイルは何年も前にダンジョンで殉職しているはずです。日本でも葬式がテレビに流れた程ですから」


 そう。

 筋力を増大させるというシンプルなスキルながら、特殊部隊故に高い戦闘力と順応性を見せた彼はダンジョンで命を落とした。


 世界中が悲しみに暮れたあの日のことを覚えていない者はいないだろう。

 そのイーサンが、デイビッドと名を変えてまだ生きている?

 

「……有り得ない。いや、有り得たとしてもそんなことをする意味がわからない。死んだふりをさせたっていうことですか」

「いいや、違う」


 大統領の答えはシンプルなものだった。


「確かにイーサンは6年前に死んだ。だが、その直後にラーセルの手によって生き返らされたのさ」


 2nd……イーサンと目が合う。

 とても一度死んだとは思えない、生気に満ち溢れた目だ。

 大統領は続ける。


「彼らは生死を司る――超常的な存在なんだ」





 思えば、セイランは俺たちがキュムロスを殺した時も生き返らせることができる、というような趣旨の発言をしていた。

 それに、これは声に出せることではないが――


 言ってしまえば、精霊たちも一度死んでいるようなものなのだ。

 イーサンのことも考えれば、生死を司る――命を操るような力があることはどうやら間違いないようだ。


 だからこそアメリカも迂闊にはラーセルを裏切れなかったのだろう。

 世界が滅んだあと、あるいは本当に自分たちの国民だけでも蘇らせてくれるかもしれないから。


 イーサンは蘇った後、顔も名前も変えて先代大統領の護衛となったらしい。

 それが現在の大統領になった後も続いているということだ。

 WSRに不自然な点が出るという心配はいらない。

 なにせWSRを司っていたのはラーセルなのだから。


 死んだ後も機能しているのは、本人がいなくとも勝手に管理は続けられる――そういう仕組みとしてできあがっているからだろう。


 ちなみにラーセルの遺体は骨まで灰にして海に撒いたそうだ。

 イーサンは骨から蘇ったので、そうしたのだとか。


「……大統領。正直、俺が大統領の立場だったとしても同じことをしていたと思います。けれど、あなた方のやったことは裏切りに他ならない」

「ああ、わかっているよ」

「なので償いをすると約束してください」

「――償い?」

あなた方アメリカにしかできないことです」


 

2.



 翌週。

 世界中を一つのニュースが席巻していた。


 アメリカが公式に「世界の危機が迫っている」という声明を出したのだ。

 もちろんこの件で異世界の存在にも触れている。


 そしてそれに伴い、滅亡の危機へ立ち向かう為に秘密裏に各国が手を結ぶという動きが出ているそうだ。

 今の所それに賛同しているのはアメリカを含めて5ヶ国。

 日本とカナダ、イギリスにフランスだ。

 オーストラリアやドイツも名乗りをあげていると言う。


 これはまだ知佳が得ている情報でさえ噂レベルでしかなく、軍事的な繋がりになるのでまだまだ時間のかかることだ。

 とは言えアメリカが真っ先に動いたということ自体が大きな意味を持つことになるだろう。

 

 あの黒水晶が軍事兵器で破壊できるは今の所不明だ。

 というか、俺としては難しいと踏んでいる。

 アレは硬いとか硬くないとか、そういう次元の話じゃないような気がするのだ。

 しかし周りのモンスターを蹴散らすのには有効だろう。


 キーダンジョンを見つけられず、黒水晶が落ちてきた場合。

 同盟軍に被害を最小限に抑えてもらいつつ、俺たちが最速で塔に接近して破壊する。

 

 まだまだ夢物語だ。

 しかし大統領には頑張ってもらわねばならない。


 裏切り者か、ヒーローか。

 その瀬戸際にいるのだから。



 そして頑張るのは大統領だけではない。

 つい先程、ガルゴさんがこちらの世界へやってきた。


 黒く長い棒のような飛翔物体が確認されたとのこと。


 ――とうとう始まったのだ。

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