第176話:目的
1.
結局。
ラーセルがいる限りは話に進展がないし、そもそも世界が滅びるというのも明確な証拠を提示できなければ意味がない。
たったの10人ですら意見が纏まる様子はなかった。
やはり一致団結など無理なのだろうか。
それはともかく。
「そろそろ事情を説明して頂けると助かるのですが」
特に顔色一つ変えずに、ラーセルはそう言い放った。
会議が終わり、解散するという流れになった際。
俺は彼を名指しで呼び止めたのだ。
黒髪に黒スーツ。
どこか不吉な感じさえ受けるラーセル。
巧妙に隠してはいるが、ルル並かそれ以上の魔力を有しているらしい。
この部屋にいるのは俺とウェンディ、そしてラーセルだけである。
「事情を説明して欲しいのはこっちなんだがな」
そう言うと、ラーセルは目を閉じてハァ、と溜め息をついた。
「やはり隠しきれないものですね。キュムロスを瞬殺したと聞いていたので、念には念を入れていたのですが」
……もう少し粘るかと思ったが、案外早く折れたな。
キュムロスってのは確か、異世界でセイランに出会った時、シトリーが瞬殺した剣士のことだ。
親父にはそう聞いている。
「何が目的だ。答えによっちゃここで殺すぞ」
思ったよりすっと自分の口から殺すという言葉が出てきて、少し驚く。
しかしどう考えてもこいつらに容赦する理由はないんだよな。
「過激ですね、1st様は。我々の目的はシンプルです。あの御方を楽しませて差し上げたい。その一心なのですから」
肩をすくめるようにするラーセル。
ここから逃げることは不可能だということはわかっているだろう。
そのような素振りを見せればウェンディがすぐにでも動くし、俺だってそれなりに修羅場を潜ってきている。
そう簡単には逃さない。
「アメリカとはどんな繋がりがあるんだ」
「大統領に直接お聞きした方が良いのでは? 私の口から説明しても信じられないでしょうから」
繋がりがあることは否定しないのか。
それに大統領……やっぱ何か隠してるんだな。
「じゃあ次の質問だ。この会議を開いた目的を言え」
「1st様も見ていて思ったのではないですか?」
「……何をだ」
「この世界の探索者はレベルが低い、と」
自分のこめかみがひくつくのが分かった。
「この世界の人間で1位から10位までの魔力が多い人間を集めた会議が先程まで行われていたものです。率直にどう思いました? 7th様にも思い切り殴られていましたが」
「俺がどう思おうとあんたには関係ない」
「では私が代弁いたしましょう。なんとレベルが低いのだ。この程度の連中に世界を任せてはおけない――そう思いはしませんでしたか?」
「…………」
そう思っていない……とは言えない。
7thであの程度だったのだ。
スキルや個々の技量によって差は出るだろう。
現に未菜さんはあの中でも頭一つ抜けて強いと思う。
しかしそれでもまだ足りないのだ。
「なのでお手伝いしようと思いまして」
「お手伝いだと……?」
「ええ。あの御方に楽しんでいただくには、やはりある程度の抵抗力がなければいけないですから。1st様やそのお仲間だけでは足りないと判断したので、お手伝いしてさしあげようかと」
一瞬、衝撃的すぎて何を言っているのか理解できなかった。
しかしそれでも必死で頭を回転させる。
要するに、このままだと楽勝すぎるから俺たちを団結させようとしてるってか?
「1st様はゲームをやる際、イージーモードでやりますか? それともハードモードを選びますか?」
ラーセルの口の端が上がっていく。
まるで堪えきれない愉悦が漏れ出ているかのようなその不気味な表情に、俺は眉をひそめる。
「あの御方はハードモードで遊びたがる。なのでこの世界の皆様には、精々抵抗していただく必要があるのですよ」
「ふざけるなよ……!!」
ラーセルの胸ぐらを掴む。
先程7thにやられたのと同じだ。
しかしあれとは威力が違う。
このまま殴れば間違いなくラーセルは絶命するだろう。
「今更怒りますか。この世界はあまりにも基盤が脆すぎた。なので10年前から私が色々と整えてさしあげているというのに。魔石からエネルギーを取り出す方法を教えたり、魔力を測定する機械を貸してさしあげたり。足りない部分を補ってきたのです」
「……な……」
それが本当だとするならば、俺たちは今まで、全てこいつらの掌の上で――
「では何故、マスターのお母様を<座標>としたのです。10年前にこの世界にいられたのならそれは必要なかったはずでしょう」
話を後ろで聞いていたウェンディが口を挟んだ。
そうだ。
10年前からこいつがこの世界にあれこれちょっかいをかけていたというのなら、母さんのことを座標呼ばわりして、ダンジョンから出られないだのなんだの言っていたのがまず前提からしておかしくなる。
「<座標>……ああ。我々も一枚岩ではないのですよ。あなた達にもわかりやすく言えば、現場と営業の差のようなものです」
先程までは気味の悪いほど口角をあげた笑みを浮かべていたというのに、途端につまらなさそうな表情に変わるラーセル。
「私は戦闘行為を行うことができないという制約を己の体に加える代わりに、この世界へと無理やり転移してきました。彼らは戦闘行為を行いたいので、<座標>を作ってみたりビルをダンジョンに変えてみたりとあれこれ工夫しているのでしょう。あの御方は争いと同じくらい血を好みますから。しかし、この世界においては今の所全て無駄に終わっていますがね」
つまり、破壊行為によって貢献し、あの御方――セイランを喜ばせようとする連中と、敵のレベルを上げて喜ばせようとしている連中に別れているということだろうか。
不愉快な話だ。
するとラーセルは再び例の気色悪い笑みを浮かべた。
「全てはあの御方の為ですよ」
ドシュ、と鋭い音がした。
ラーセルの体からだらん、と力が失われる。
「自爆する気配を感じましたので、先んじて命を絶っておきました」
「……そうか」
こいつくらいの自爆じゃ恐らく俺もウェンディも怪我はしないだろうが、ニューヨークのど真ん中にあるビルが爆発するともなれば一般人が間違いなく巻き込まれる。
……とりあえず、大統領にアポを取るか。
最悪、無理やり会いに行ってもいいけどな。
もう大統領だろうがなんだろうが関係ねえ。
あの男を匿っていたのは間違いなくアメリカだったのだ。
きっちり落とし前は付けてもらおう。
2.
「では、2日後に」
スマホを置く。
大統領に会わせろと言って2日後に会えます、というのは多分早い方だろう。
本来なら今日のうちに会わせろと言いたいところなのだが、俺の方でも頭を冷やす為の時間が欲しかった。
ちなみにラーセルの遺体の処理はあちらに丸投げすることにした。
お前らのバックにいた異世界人は始末したぞ、という脅しも込みで。
「はあ……」
先程会議が行われたところからそう遠くないホテル。
転移石で日本に一旦戻ろうかとも思ったが、知佳がせっかくのニューヨークなのだからゆっくり観光したいと言い出したのでまあ2日くらいならということでこちらで泊まることにしたのだ。
ワシントンまでは当日にウェンディ特急で行けば問題ないだろう。
「お疲れ」
ポイッと知佳が何かを投げてきたので受け取ると、マシュマロのでかい袋だった。
なにこれ。
「ホテルの売店に売ってた」
「へえ……」
「こうして食べると美味しい」
ぼっ、と指先に火を灯してマシュマロを炙る知佳。
おお、そういう使い方もあるのか。
なんて思ってると、そのまま俺の方へマシュマロを投げてきたので口で受け止める。
「ナイスキャッチ」
「ていうかホテルの部屋で火なんて使っていいのかよ」
「どうせバレっこないし」
そりゃそうなんだろうけども。
表情は特に変わらないが、案外はしゃいでいるのだろうか。
――と。
ホテルに備え付けられている電話が鳴った。
内線でフロントからだ。
「はいもしもし」
近くにいたウェンディがそれに出る。
「――ええ、はい。わかりました。問題ありません。それでは」
と言ってガチャリと受話器を置く。
「なんだって?」
「お客様です」
「オキャクサマ? 俺に?」
「はい。マスターに」
はて。
ニューヨークで俺を尋ねてきそうなのは未菜さんやローラあたりだが……
事前連絡なしで来そうなのは未菜さんかな。
確か近所のホテルに泊まってると言っていたし。
ちなみに柳枝さんは用事があるとかであの会議の後すぐに日本へ帰っていった。
忙しい人である。
しばらくするとホテルの扉がノックされる。
俺への客だと言うのなら、俺が出る必要があるだろう。
「はいはーい、今出ますよっと」
日本語でそう応じながら扉を開けると、そこにはこちらをガン睨みしてくる見覚えのある顔があった。
フランス版スケバンこと、7thさんである。
「……えっと」
言葉に困る。
もしやお礼参りに来たのだろうか。
いや、だとしたらウェンディがフロントからの連絡が来た時点で通さないような気もするが。
右手をちらりと見ると包帯が巻かれている。
そういえば後でちゃんと治そうと思っていたのになし崩し的な解散になったせいでできなかったな。
「何か用かな?」
フランス語は喋れないので英語で話しかける。
「あんたに会いに来たんだよ」
ギロリと睨まれる。
そ、そりゃそうですよね。
ウェンディも俺の客だと言っていたし。
「リベンジマッチならいつでも受け付けよう――と言いたいところだけれど、実は先約があってね。また今度にしてくれないかな」
「り、リベンジマッチだなんて、そんなことは思ってねえ」
あれ、そうなのか。
どこか焦ったように言う彼女からは、俺のことを一発殴らせろと言っていた時ほどの怖さは感じない。
「ただ、その――あれだ。謝りにきたんだ、オレが間違ってた。すまん」
「いいのさ、よくある勘違いだからね」
もしかして本当に謝りに来ただけなのだろうか。
律儀な人だなあ。
「よ、用は済んだから。それじゃ」
「ああ、少し待って」
そう言って立ち去ろうとする7thを引き止める。
まだ手を治してない。
「ちょっと手を貸してごらん」
「え? あ」
俺は7thの右手を両手で包み――
「この者に癒やしを――ヒール」
俺の使える治癒魔法は、だいぶマシになったとは言えまだ簡単な詠唱付きでギリギリ骨折を治せる程度。
ウェンディたちのように無詠唱で、しかも触れずに完治させるなんてことはできないがこの至近距離ならこのくらいの怪我は治せるのだ。
俺も成長したものである。
「え……? い、痛くない……?」
「綺麗な女性の手を傷つけてしまったことを気に病んでいてね。これで少しでも償えるといいんだが。これからも仲良くしてくれると助かるよ、7th」
ラーセルの言っていたことではないが……
10位以内の面々には強くなってもらう必要がある。
だからまた時間のある時にちゃんとした機会を設けて様々な情報を共有すべきだろう。
「お、おう、そ、そうだな。仲良く、な」
――おや?
怒ってるんだか痛みが引いたことを喜んでいるんだか、様々な表情を浮かべる百面相を披露した彼女の魔力が一瞬だけ爆発的に上昇した。
下手すりゃ今の、未菜さんの倍くらいあったぞ。
俺を殴った時よりもずっと強そうな魔力だった。
包帯越しとは言え、手に触れたのがまずかっただろうか。
「7thじゃなくて、イザベラだ。イザベラ・ベルナール。それがオレの名前だ」
「俺は皆城悠真。悠真でいいよ、イザベラ」
「お、おう。それじゃ…………またな」
「ああ」
そう言って7th改めイザベラは小走りで廊下を走っていってしまった。
本当に謝りに来ただけなのか。
フランス人はあまり謝罪をしないなんて聞いたことがあるような気がするが、そういうわけでもないのかな。
それにしても最後魔力が爆発的に増えたのは、彼女のスキルの影響だろうか。
あれだけの出力が安定して出せるのであればかなりの戦力になりそうだが……
なんてことを考えながら部屋へ戻ってくると、知佳とウェンディが呆れたような顔で俺のことを見ていた。
「すっかり失念していました」
「悠真はこれから日本へ戻るまで英語で喋るの禁止」
……2日後に大統領との面談があるんですけど?
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