第175話:癖のある面々
1.
ダンジョンの奥は異世界と繋がっている。
その異世界が現在滅びの危機に瀕していて、次はこの世界が滅びる。
ということをラーセルが順序立てて説明する。
ちなみに、世界が滅びるということが例の
この会議のどこかのタイミングで言おうと思っていたのだが……
ラーセルの正体が掴めていない段階で、俺がそれを知っているということがバレるのはあまりよろしくないような気もする。
そもそも既に露呈している可能性もあるが。
「時間の無駄だな」
ラーセルが話した概要を聞き終えたタイミングで、先程未菜さんと話していたオットー……ドイツの4thが呟いた。
暗い金髪で、掘りの深いマッチョ。
まあ掘りの深いマッショはこの空間だけでも他に結構いるのだけれども。
それに不機嫌そうに顔をしかめた未菜さんが突っかかる。
「聞き捨てならんな、オットー。話を聞いていなかったのか?」
「話を聞いていたから時間の無駄だと言っているんだ、小生意気な小娘が」
「もう小娘と言われる程の年齢でもないのだがな。どうやらこの老人は情報のアップデートに遅れがあるようだ」
売り言葉に買い言葉で煽る未菜さん。
老人て。
30半ばくらいにしか見えないんだけどな、オットーさん。
親父や柳枝さんとそう変わるようには見えない。
機械関係にめっぽう弱い未菜さんがアップデートなんて単語を使っている辺りはツッコミを入れるべきなのだろうか。
「強気だな。9年前に偶然俺に勝てたことを未だに誇りに思っているらしい。あの時は子供だと思って油断していただけなのだがな」
「そら見ろ、昔のことを引き合いに出したぞ、みっともない。なあ柳枝」
「……俺を巻き込むな、伊敷」
後ろに控えていた柳枝さんがげんなりした顔をしている。
いつも損な役回りだなあ、あの人。
にしても、9年前に未菜さんに負けてるのか、オットーさん。
まあ10年前の時点で柳枝さん率いる日本の英雄だったのだから仕方のない話だろう。
「ボクはもちろん信じるよ。ミナの……3rdの持ち込んだ話だしね」
ローラが未菜さんに向かってウインクするのに対し、何故か未菜さんもウインクして返そうとしていた。
しかし上手くできずにほとんど両目をつむっている状態である。
あざとい。
「つまりアメリカはこんな荒唐無稽な話を受け入れるわけか。そもそも主催もあんたらの国だもんな。なあ、2nd」
「私は話を聞きに来ただけだ。
2nd、大統領の護衛だった彼にもオットーさんは噛み付いた。
俺の感じる限りでは彼らの間にそう大きな魔力量の隔たりはない。
もちろん隠していたりもするだろうので一概には言えないが、10位以内の人たちの間にあまり力の差はない感じなのだろうか。
ていうか2ndさん、政治的な意味を持たないって言ってもあんた大統領の護衛でしょう。
絶対情報がそっちに筒抜けになるよな。
別に俺が直接困るわけではないからどうでもいいのだが。
「政治的な意味を持たないってさあ、それならここでする会話に意味なくない? あ、これ言っちゃ駄目だった?」
6thのブラジル人男性があっけらかんと言い放つ。
口を手で抑えてやっちゃった? みたいな風を装っているが、多分わざと言ってるな、あれ。
なんとなくだがそんな感じがする。
20そこそこの青年で、俺とそう歳は変わらないように見える。
「しかし、嘘か本当かを見極めろと言われてもな。申し訳ないが、お嬢ちゃん。今の所は信じられる要素に欠けている」
丸太みたいに太い腕に厳つい植物の蔓のようなタトゥーが入った8thのおじさんが言う。
スキンヘッドで顔も厳つく、タトゥーもかなり怖いのだが声音は優しそうだ。
年齢は40代半ばから50代と言ったところだろうか。
8位は確か……カナダの人だったな。
「オレは4thのオッサンの言ってることにサンセー。でもさおっさん、自分より上の順位の女の人に敵意むき出しなのはダッセーよ」
チャラついた感じの9thの青年……この中では最年少だろうか。
二十歳も過ぎていないような年齢に見える。
確か彼はイタリア人だな。
ブラウンの髪に青い瞳だ。
「程度の低い挑発だな、イタリアのガキんちょ」
「の割にこめかみがひくついてんな、オッサン」
煽りあいが発展しそうだと思ったタイミングで――ガァン!! とすさまじい音が響いて、机が砕かれた。
音の発生源を見ると、椅子の背もたれに思い切りもたれかかった姿勢で両足を砕けた机の上に乗せ、顎をクッとあげたスケバンみたいな女の人がそこにはいた。
彼女は7th。
フランス人で、長い栗毛の細身で美人な女性……なのだが。
えっ。
ガラ、悪くない?
「ピーコラピーコラうるせえな、糞オス共。言葉で牽制しあってねえでとっとと殴り合いでもして決めろや。それでも股間にぶらさがるもんついてんのか、ああ?」
ええ……
こわあ……
タバコどころか葉巻とか吸ってそうな勢いで怖い。
絶対関わりたくないタイプだ。
「こらこら、女性がそんな風に足をあげたらはしたないだろう」
「チッ」
カナダの見た目は厳ついのに優しそうなカナダのおじさん――8thに諌められ、スケバンフランス人は机から足をおろした。
ていうか思い切り砕けてるけど、机。
机としての機能を既に果たしてないんですけど。
「――いがみ合っていても仕方がないでしょう」
不思議と通る声で、10th……中国の黒髪の青年が言った。
年齢は……よくわからん。
俺と同じくらいにも見えるし、イタリアの彼と同じくらいにも見えるし、それよりも上だとしてもおかしくはないような。
ガタイは着痩せしていてぱっと見ではわかりにくいが、かなりいい方だ。
格闘技でもやっているのだろうか。均整の取れた筋肉の付き方である。中国拳法かな?
「それよりも僕は1stの彼に興味がありますね。どんな意見を持っているのか」
彼の方もこちらを見てきたので、自然と目が合う。
うん……?
右目が若干青みがかっているな、あの人。
左目は普通に黒いのだが。
オッドアイというやつだろうか。
かっけえなおい。
それはさておき。
どこまで説明したものか。
一応、事前に知佳やウェンディとは打ち合わせもしてあるし、未菜さんと柳枝さんにもどこまで話すかは伝えてある。
しかしこれまでの話を特に顔色変えずに聞いている、暫定異世界人であるラーセルの存在がある。
……まあ、とりあえず俺の判断でやるか。
駄目そうならそれこそ知佳かウェンディが止めてくれるだろう。
「……まず、俺は信じるとか信じないとかそういう次元にいないことを伝えておこう。なにせ当事者だからな」
2.
異世界人と交流があることや、そこで出会った銀髪の少女――セイラン。
そしてそれらがかなりの脅威であることを説明する。
これはラーセルの説明にもなかった新事実だ。
だが、アスカロンのことは話さない。
もちろん黒水晶のこともだ。
少なくとも、今のところは。
ここで話すにはラーセルが胡散臭すぎる。
そしてある程度の詳細を話した段階で、そのラーセルが納得したように頷いた。
「なるほど、3rd様の持ってきた情報は1st様が体験したものでございましたか」
「そうなるな」
「結局根拠はないままじゃねえか。日本人同士で結託してるだけに見えるぜ、1stサマに3rdサマよぉ」
案の定、4th……オットーさんが突っかかってきた。
「根拠か」
事前の取り決め通り、俺はそのタイミングで未菜さんより若干多い程度に留めておいた、外へ放出する魔力を解放した。
「俺のこの力は異世界で偶然得たものだ。これで異世界の実在の根拠くらいにはなるんじゃないか?」
未菜さんとローラ以外の面々が息を呑む中、俺は平然と嘘をつく。
俺の魔力に異世界は何も関係ない。
自前のものだ。
しかし
ちらりとラーセルの様子を見るが、全く驚いている様子はない。
一般人レベルまで魔力を隠しているので、魔力感知もできない――という設定なのだろう。
しかし最低でもルル並の魔力を有しているのを知っているこちらからすればやはり白々しい様子にしか見えない。
オットーさんが舌打ち混じりに呟く。
「チッ……急に出てきた1位の秘密ってのはそういうことかよ」
「そういうことだ。わかってくれたかい」
「本当かもしれねえって考えくらいは持ってやる」
「それは助かる」
案外柔軟な思考を持っているようだ。
未菜さんと煽り合っている時は少し心配だったが。
「――解せねェな」
低い声で唸ったのは7th――スケバンフランス人女性だ。
「何故テメェが体験したことを3rdに任せてる。探索者の中で有名なサムライガールなら話の通りがスムーズになるとでも思ったか?」
……サムライガールって呼ばれてるの?
俺は思わず未菜さんの方を見た。
彼女も26になる。
ガールという年齢ではないのを自覚しているのだろう。
ちょっと顔を赤くして俺から目をそらした。
いや、十分若く見えますけどね、未菜さん。
並んで歩いてたら俺のが年上に見えてもおかしくないくらいには。
「俺にはやることがあったのさ。大事な用がね」
この件を任せたのは親父のことでごたついてた時だ。
それに今も、ガルゴさんからの連絡待ちではあるが自由に動けない状態である。
「はん、適当なこと言って逃げようたってそうはいかねえ」
7thは立ち上がってこちらへゆっくりと歩み寄ってきた。
俺も立ち上がって出迎える。
というか、ウェンディが対処しようとしたのを察したので止めるのついでに立ち上がる。
「やめておけ、7th。怪我をしたくないだろう」
未菜さんがそう意見するが――
どうやら彼女は聞く気もないようだ。
俺より少し身長が低いので、下から見上げるような形になる。
「女二人のボディガード、しかも片方は子供じゃねえか。その上で3rdまで侍らせるたあさぞ色男なんだろうなあ、1st」
「……彼女は子供じゃなく、立派な淑女だよ。それに
子供呼ばわりされた知佳がムッとしたのを察してフォローしておく。
先程から7thの魔力が高まっているのだが――
この距離感まで来たということは近距離戦闘タイプなのだろう。
殴られるかな、蹴られるかな。
「オレのスキルは
オレっ子だ、わーい。
なんて無邪気に喜べる状況ではない。
エスプリってそういう意味なの? なんかちょっと違う気がするんだけど。
「つまり、今のオレはテメェがどんだけ強かろうと一発でノせちまう程に昂ぶってるんだが――」
ぐいっと胸ぐらを掴まれた。
顔が近い。
美人なので別の意味でドキドキしてしまう。
「一発殴らせろや」
体育会系のノリ――というかスケバン的ノリ?
フランスにもスケバンっているんですね。
日本では絶滅しかけている存在だと思うのだが。
というか絶滅してそうだが。
ブルマとどっちが希少価値高いかなってくらい。
「やめておけと言っている、7th」
未菜さんがもう一度諌める。
「あんたはすッこんでろ、サムライガール」
「あんまりガールって言うのやめてくれないかな……」
未菜さんの小声の抗議は無視され、俺は胸ぐらを掴まれたままとうとう宙に釣り上げられてしまった。
「おら、歯ぁ食いしばれ。1位なら死にはしねえだろ」
そして彼女は右の拳を握りしめる。
やばい、これまじで殴られるな。
未菜さん以外に止めてくれそうな人はいない。
というか、未菜さんが止めようとしてるのは俺を案じてではなく、彼女の拳を案じてのことだろうし。
ローラなんかは普通に面白いことが始まったなーみたいな感じで呑気にこちらを見ている。
最後の希望として柳枝さんの方を見ると、諦めたような顔で首を横に振られた。
カナダの見た目の厳つい温和なおじいさんは止めようか止めまいか悩んでいるようだが、他の面子はむしろ俺のお手並み拝見とでも言わんばかりに興味津々だ。
「一応忠告しておこう。やめておいた方がいい」
「――ああ?」
「女性のことなら幾らでも受け止めてあげたいのは山々なんだけれど、攻撃ならともかく、防御での手加減はできないからね。貴女に怪我をさせてしまうことになる」
「テメェのそのキザッたらしいのもうっとーしいんだよッ!!」
またキザったらしいと言われてしまった。
容赦なく顔面狙いなので先程言った通り、防御で手を抜くわけにはいかない。
ゴシャ、と痛い音が部屋に響いた。
もちろん、痛い音が鳴ったのは俺の顔面ではない。
「――っ、ぐっ……!」
右手を抑えてよろよろと後ろに下がる7th。
言わんこっちゃない。
ウェンディへ軽く視線をやると、溜め息をつきながらも彼女へ遠隔で若干の治癒魔法を施してくれた。
痛みが引いてしまうと怪しまれるので、後遺症が出ない程度に治したのだろうが……
まあ後はなんとでもなるだろう。
「まだ殴りたいと言うのなら殴られてあげてもいい。けど、やめておいた方がいいというのは痛いほどにわかっただろう?」
なんとなくだが、周りの俺を見る目が少し変わったようだ。
魔力が多い、というのを見せるだけでは足りない部分があったらしい。
正直こうなることは織り込み済みで、避けずに受けたのだが。
こうなってくれば俺の言葉にももう少し説得力が生まれるだろう。
犠牲になった7thさんの右手には申し訳ないが。
……ふっかけてきたのはあちらだしね?
でも会議の後に、俺にできる範囲でちゃんと治してあげよう。
ここでウェンディが俺より強いと判明するとまた面倒なことになりそうだし。
こういう諍いが起きる可能性が高いから未菜さんはボディガードを連れてくることを推奨していたのか。
とは言え、ウェンディはともかくボディガードの方が基本的に護衛対象よりも弱いのであまり意味もないような気がしないでもないが。
これも対外的なアピールってやつなのかもしれない。
「俺はここに争いに来たわけじゃないし、誰かといがみ合うつもりもない。むしろ手を取り合うことを提案しに来たんだ」
俺は面々を見渡しながら言う。
「それから、ラーセルさん。ああいう場はあんたが収めてくれると助かるんだがな」
「これは失礼しました。皆様の間に私ごときが入れば、命の保証もありません故」
白々しくお辞儀なんてしてきやがった。
……よく言うぜ、ほんとに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます