第七章:黒水晶
第174話:探索者会議
1.
「やあ、よく来たね。悠真くん」
「すまないな、急に呼び立ててしまって」
手配されたプライベートジェットから降りてきた俺たちを出迎えたのはいつものスーツ姿の未菜さんと、同じくスーツ姿の柳枝さんだった。
「いえいえ、事情が事情ですし流石に俺が出席しないわけにもいかないでしょう。あ、それと、柳枝さんにはこれを」
家から持ってきた、九十九里浜ダンジョンの奥で戦った水龍からドロップした槍を渡す。
布でぐるぐる巻きにしてある状態ではあるが、事前に話してあったので「これが例の……」とすぐに受け取ってくれた。
「まったく、柳枝にはプレゼントがあるのに私にはないのか?」
以前にもしたやり取りを茶化すように言ってくる未菜さん。
「刀がドロップしたら渡しますよ」
「楽しみにしておこう。ボディガード役は――知佳さんとウェンディさんか」
未菜さんは俺の後ろにいたいつもの眠そうな表情をしている知佳とやはりいつも通りのクールな様子のウェンディに挨拶をする。
「今のマスターには必要ないかとも思いましたが、語学力の問題がありますので」
「いやあ、英語はともかく他の外国語もあるかもってなるとちょっとな……」
「英語も心配だけど」
知佳の鋭いツッコミが入る。
ええ、俺は英語力もたかが知れてますとも。
何故英語以外の言語も必要になるかって?
それにはまず俺が何故プライベートジェットに乗って未菜さんと柳枝さんのいるこのニューヨークまで来たのかを説明しなければならない。
俺たちがこれから出席するのは、ざっくり言うと『有識者』の集まる会議だ。
世界が滅びるかもしれない。
未菜さんのもたらしたこの情報は各国のトップへ知れ渡ることになった。
本来ならば一笑に付して終わりの世迷い言と思われるだろう。
しかし未菜さんは世界中に名を轟かせる探索者の一人だ。
それを無視することはできず――
まずは情報を精査する為に、世界中の有識者を集めようということになった……というのが事の運びだそうだ。
実際はどこの国が主導権を握るか、という代理戦争じみたものなのだが。
なにせその『有識者』とはWorld Searcher Ranking……通称WSRでの上位10名を指しているのだから。
2.
会場となるのはとあるビルの一室――らしいのだが。
そのビルの入り口にはアサルトライフルで武装したガッチガチの重装備な兵隊がいたり、中にもサブマシンガン(だと思う)を携えた兵隊が角を曲がるごとに二人ずつ待機しているような状態。
今更銃程度で傷つけられることはないとわかっているのだが、それでも見かける度にちょっとびっくりしてしまう。
ウェンディはともかく、銃で普通にダメージを受けるであろう知佳はケロッとしているのでもはや肝の座り方が違うのを見せつけられている気分だ。
「やたら厳重ですね」
「10位以内ともなると、まさしく人類の宝とさえ呼べる程だからな。君はその1位なんだぞ?」
「……10位以内にいるような人たちならそもそもこんな警備必要なさそうですけど」
少なくとも俺も未菜さんも銃でなんとかなる程度の変質者ごときには傷一つ付けられないだろう。
「そうとわかっていても用意せざるを得ないんだろう。世間体の問題でな」
対外的なアピールってやつか。
この会議の主催者にも色々な気苦労があるのだろうな。
ちなみに主催はアメリカだ。
そもそも開かれているのがニューヨークな時点でなんとなくわかるとは思うが。
この時点で『世界の危機』への対抗策として主導権を握る争いではアメリカが一歩リードしていると言っていいだろう。
もちろんこれも対外的にはあくまでも優れた探索者同士が意見を交換する場であって、アメリカの政治家が同席したりすることはないということになってはいるのだが。
エレベーターに乗り、上へ登った先。
広い廊下を挟むようにして幾つもの部屋があるが、一番奥の部屋から並の探索者を遥かに凌ぐ強い魔力を複数感じる。
このビルまで移動する途中に、以前の襲撃事件によって入れ替わった現在の10位の面子を予習してきてある。
名前までは覚えきれなかったが、とりあえずの国籍だけ。
1位 日本(俺)
2位 北米
3位 日本(未菜さん)
4位 ドイツ
5位 北米(ローラ)
6位 ブラジル
7位 フランス
8位 カナダ
9位 イタリア
10位 中国
てな感じだったはずだ。
国ごとにNGな行動とかあるだろうし、気をつけないとな。
部屋の中へ入ると、一斉に俺たちに視線が集まった。
大きな半円形の机に既に7人が座っていて、その後ろにはボディーガードと見られる――こちらもそれなりの腕前がありそうな探索者が大体二人ずつ控えている。
その中に見覚えのある銀髪ショートなボーイッシュなお姉さんがいた。
見覚えがあるっていうか、ローラだ。
俺と目があうと、ウインクされたので軽く手をあげて挨拶しておく。
……未菜さんにしたウインクだったらどうしよ。
ていうかローラは護衛なしなんだな。
まあ彼女の戦闘能力は未菜さんにも匹敵するか、それ以上なので必要ないと言えば必要ないのだが。
席についている順番から察するに未菜さんとローラ以外にいる、あの栗毛の女性は7位のフランスの人かな。
後は全員ゴリゴリムキムキの男だ。
俺も結構鍛えている方なのだが、体つきだとここにいる男の中で一番弱そうである。
ちょっと悲しい。
その中で、一人の男性が未菜さんに向かって話しかけてきた。
暗い金髪で、掘りの深いマッチョだ。
『随分護衛を引き連れてきたな、INVISIBLE』
『久しいな、オットー。勘違いしているようだが、私の護衛は柳枝だけだ』
ドイツ語……かな?
ちょっと自信はないが。
何を話しているかはもちろん全然わからない。
INVISIBLEという単語と、柳枝さんの名前が出たことくらいは理解できる。
あと、オットーって名前なのかな?
『じゃあそいつはなんだ? まさかお前の恋人ってわけでもないだろう』
『違う……とも言い切れないな。しかし、先に言っておいてやるが彼に喧嘩は売らない方がいい。死にたくなければな』
『……なに?』
オットーさん(?)が俺の方を訝しげに見る。
何を話しているのだろうか。
柳枝さんがやれやれと言わんばかりに額を抑えた。
『まさかそいつが?』
『魔力を探ってみれば明白だろう』
未菜さんがこちらを見る。
「さて、座ろうか。ご丁寧に君専用の上座が空いているぞ」
「……海外にも上座下座の概念ってあるんですか?」
「なくはないな」
オットーさんは俺のことを信じられないものを見るような目で見ている。
他の人たちもオットーさんのただならぬ様子を見てか、俺の方へ注目が集まってきた。
うーむ、未菜さんの言う上座ってのは多分、部屋の一番奥側で空いている席のことだよな。
その両隣も空いているのは3位の未菜さんと、どうやらまだ来ていない2位の人の為だということなのだろう。
代わりにウェンディにでも座ってもらおうかなと一瞬邪なことを考えたが、ここまで来て腹をくくらないわけにもいかない。
未菜さんが座った後に、俺もこっそり溜め息をついてから座る。
その瞬間、視線がこちらへめちゃくちゃ集中する。
いやん恥ずかしい。
円卓が大きいせいで未菜さんに話しかけようと思うと目立つので(既に目立っているが)、俺はすぐ後ろにいる知佳に訊ねる。
「なあ、さっき未菜さんはなんて言ってたんだ?」
「隣にいる男が世界一だからすっこんでろ雑魚って言ってた」
「絶対嘘だろ」
「諸説ある」
適当言いやがって……
もちろん知佳はドイツ語を理解している。
恐らくはほぼ完璧に。
わからない俺をからかおうという魂胆なのだろう。
「かなりの意訳……というか色々端折ってはいますが、あながち間違えてもないですよ」
とウェンディのフォローが入った。
マジかよ。
だからオットーさん俺のこと超睨んでるのか。
フレンドリーに行きたいものだ。
笑顔でも浮かべておこう。
――と。
扉が開いて、三人の屈強な男が入ってきた。
後ろにいる二人はともかく、先頭に立っている人には見覚えがある。
赤茶髪で強面のゴリゴリのおじさん。
どこで見たんだっけか……と少し考えて、すぐに思い出せた。
大統領と会った時、後ろで護衛みたいに控えてた人だ。
まさか、と思う暇もなく無言でこちらへ歩いてきて、未菜さんとは逆側の俺の隣――2位の座る席へと腰掛けた。
……
誰も喋ろうとしない。
ローラや未菜さんと喋れたら気が楽なのだろうが、その二人も基本押し黙って真剣な表情をしているのでそうもいかないのだ。
俺だけ後ろ向いて知佳やウェンディと話してるのも感じ悪そうだし……
なんてことを考えていると、今度は全く見知らぬ男が入ってきた。
「皆さん集まっているようですね」
俺たちを見回して、英語で発言する。
黒髪のスーツ姿だが、少なくとも顔立ちからして日本人ではない。
それだけはわかるのだが、なんというか、掴みどころのない顔立ちだ。
目立たない……というか。
町中ですれ違っても10秒後には忘れていそうなイメージ。
半月形のテーブルなので、自然と少し離れた位置の、中央に立つ彼へと視線が集まる。
俺への注目が逸れたのは有り難いのだが、この男、なんか変な感じがするぞ。
なんというか……腰にアスカロンの剣があれば、いつでも抜けるように準備しておきたくなるような気分だ。
――マスター、反応しないで聞いてください。
耳元でウェンディの声が聞こえた。
しかし彼女自身は後ろで控えているままだ。
……風で声を飛ばしているのか。
器用だなあ。
――今入ってきた男ですが、かなりの魔力を隠し持っています。量だけで言えば、ルルと同じくらいかと。
……なんだと?
ルルと同等の魔力を持っている?
そんなことは有り得ない。
本当にそれだけの魔力があったら、WSRでも少なくとも2位か3位にはランクインしているはずだ。
シエルやルル、そして精霊たちが反映されていないのは――恐らくだが異世界人だから。
だとすると、まさかあいつも異世界人なのか?
黒髪の男はたった今抱いた疑念を知ってか知らずか、俺の方を見ながら宣言した。
「私はこの場を取り仕切らせていただく、ラーセルと申します。それでは会議を始めましょうか。共に有意義な時間を過ごしましょう」
3.
「まず取り決めなのですが、会議は基本的に英語で進行させていただきます。そして、各々の呼び方は順位で――」
ラーセルは俺の方を見て。
「――例えば1位の方は
あ、それはちょっと有り難い。
恥ずかしい話なのだが、ぶっちゃけ名前を覚えられる気がしないのだ。
でもまあ、その提案をしたラーセルという男は胡散臭いが。
胡散臭いポイントは二つある。
まず一つは、ウェンディの指摘したルル並の魔力。
そしてもう一つは、俺を見ても何も驚いた様子がなかったこと。
この中で俺の存在を知る者は未菜さんにローラ、そして2位の大統領の護衛の人くらいなはずだ。
……結構知られてるな。
いや、それはともかく。
少なくともラーセルは俺を知らないはずである。
なのに俺を見て全く動じていなかった。
異世界人である可能性が高く、俺のことも知っていたかもしれない。
となれば……だ。
こいつもしかして、あの銀髪の少女――セイランの仲間じゃないのか?
そんな疑念が拭いきれない。
「待ってくれ」
英語で、となっているので英語で制止をかける。
さて、どうしたものか……
セイランの仲間だろう、と聞いても素直には答えないだろう。
それに、異世界人だからと言って絶対にセイランの仲間ではない、ということも俺はシエルやルルの例で知っている。
俺の方を向いたラーセルが変わらぬ様子で反応する。
「どういたしました、1st様」
ええい、ままよ。
「……単刀直入に聞こうか。何故あなたは自分の力を隠しているのかな」
ピクリとラーセルの眉が動いた。
「意味がわかりかねますが」
とぼけるか。
いや、そうするに決まっているよな。
わざわざ魔力を隠すくらいなのだから。
「何かお疑いのようでしたら、別の者を用意いたしますが」
ラーセルは両腕を広げるようにして潔白を証明しようとする。
どうする、変えてもらうか?
いや、変えた先もやはり魔力を隠している怪しい人物かもしれない。
それも変えろと言い始めれば、俺の心象が悪くなる。
世界が危機に陥っているということを直接知っている俺の心象が、だ。
くそ、厄介だな。
――マスター、今は一旦泳がせてみましょう。何かあれば私が対処します。
ウェンディが風でそう提案してくる。
……こちらには人類最高峰の探索者が10人に、柳枝さんや知佳、そしてなによりもウェンディまでいるのだ。
よほど何もできはしないだろう。
警戒すべきは情報の漏洩だが、ここでするのはどうせセイランのことを知っているのならば元々知っているような話。
そこから先へ発展しそうなら別の機会にしてもらい、会議の後にラーセルを問い詰めればいい。
「……いや、すまない。世界の危機なんて暗い内容に、少し気が焦っていたようだ」
「いえいえ。些細なことでも発言はご自由ですから――他に異論はありませんか?」
全員を見渡すラーセル。
誰も異を唱える者はいない。
「それでは早速3rd様が持ち込んだ議題である、<世界の危機>についての話し合いを始めましょうか」
――さて。
どうなることやら。
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