第171話:滅びの塔

1.


「見事に突き刺さってんな……」


 シエルがほいっと軽く創り出した100メートルくらいの小高い山の頂上で俺たちは例の黒い飛翔物体を眺めていた。

 明らかに斜めに飛んできていたのに何故か当然のように垂直に突き立っているそれの周りには様々な種類のモンスターがうじゃうじゃいた。

 しかも荒野のように周りの生命が全て枯れ果てているので、あれらを無視して接近するのは難しそうだ。

 中にはかなりでかいのもいる。

 下手すりゃボスクラスなんじゃ……というのも混ざっているな。


 というか、かなりの速度で飛んできていたはずな上にあれだけでかければ当然質量も半端じゃないはずなのだが、何故か周りに及ぼしている影響は荒野と化している程度で、クレーターのようなものすらできていないのはなんでなんだ。

 ……まあ考えたところでわかるわけないか。

 

 本体をよく見ると真っ黒いだけではなく、赤紫色の幾何学的なラインのようなものが入っている。

 

「あの赤紫の発光は魔石のそれに近いね」


 アスカロンがそう分析する。


「ああ、どこかで見たことあると思ったら……」


 言われてみれば確かに似ている。

 というか、ダンジョン化させているのがあの棒だってことがほぼ確定している今、魔石のエネルギーが関わっていてもなんら不思議ではない。

 

 にしてもこの距離感であのサイズ、ざっと東京スカイツリーくらいあるんじゃないか。

 周りのモンスターの数と言い、破壊するのはそれなりに骨が折れそうだ。


 普通ならば、だが。


「どうだ、ルル? 塔の周りに人はいそうか?」

「臭いもしないし、視界にもいないニャ」

「アスカロン、シエル。見える範囲・・・・・に生体反応は?」

「……少なくとも俺は見つけられないね」

「わしもじゃ。いたとしても虫や小動物じゃろうな」

「……よし。やっちまうか」


 事前に打ち合わせていた通り、俺たちは各々で詠唱を始める。

 まずはアスカロンが。


「大気に宿りし力よ、妖精王の願いを受け顕現せよ。この地を穢す不浄へ鉄槌を。我は願う。我らの力による安らぎを」

 

 続いてシエルが。


「闇を穿つ光さす世界に在りし重き枷よ、遥か異なる世界から我は想う。世界の秩序を乱すものへ思い知らせよ。我は乞う。全てを崩壊させる絶望の力を」


 やべえ、こいつらの詠唱かっこいいんだけど。

 俺は覚えている範囲でやるしかないんだけど。


「巡る力へ命ずる 根源たる我が意を得て形となり顕現せよ 手中に収めし魔の力は全てを打ち砕く」



 俺の放った魔弾が俺の目にも留まらぬ程の凄まじい速度で黒い塔へと炸裂した。

 アスカロンとシエルの詠唱は俺の魔弾を補助する為のものだったのだ。

 事前に聞いていた話を俺なりにざっくり解釈すると、アスカロンの魔法は俺の魔弾を後ろから押して加速させる役目。

 シエルの魔法は前から引っ張って加速させる役目――らしい。


 着弾を確認すると共に合体魔法に参加しなかったルルが土魔法で壁の基礎を創り出し、それをシエルとアスカロンが即座に補強する。

 壁が俺たちを覆い隠す。


 外の音は全く聞こえない。

 それ程までに分厚くこの壁を作ったのだ。

 事前に迂闊に放った魔弾でえらいことになったことを伝えたらこうして自分たちへの被害を防ぐことになったのだが――


「そろそろ大丈夫じゃろ」


 シエルがそう言って壁が解除され、俺たちは改めて塔の様子を見ることになる。




 魔弾が着弾した跡なのだろう。

 塔を中心に半径1kmくらいはありそうなクレーターができていて、あれだけ大量にいたモンスターも綺麗さっぱり全て吹き飛んでいる。


 背後を見れば、辛うじて荒野と化す範囲から逃れていた森林も地平線まで全て吹き飛んでいた。

 普段の状況ならば巻き込まれた人がいるかもしれないと気になるところだが、ダンジョン化の影響でほぼ全ての生物が死滅している状況でそんなことを気にしてはいられないだろう。

 一応事前にアスカロンとシエルに生体反応も探ってもらっている。

 巻き込まれた人はいないと信じよう。


 しかし。

 そこまでの大規模な破壊を伴ってなお、塔だけは完全に無傷でピンピンしていた。


 どこまで深く突き刺さっているのか、クレーターができてなおまだそびえ立っているしな。

 地面を掘り返したら倒れるんだろうか。

 でも倒れたとしても機能を失うとは限らないんだよな。


「……やっぱり悠真の<神話級魔法>で破壊するしかないみたいだね」


 神話級魔法。

 消滅魔法ホワイト・ゼロだったか。

 めちゃくちゃ厨二臭いなと思ったのは覚えている。


 最初からそれを試さなかったのは、単に周りにモンスターがめちゃくちゃいたからだ。

 俺のあの魔法は時間がかかる上にある程度近くないと当てられない。けどどのみちあの塔を飲み込めるくらいにはでかくしないといけないとなると、かなり大変そうだな……

 634メートルくらいあるかもしれないわけで。


 アスカロンやシエル、ルルならば問題なくそのモンスターを俺に近づけさせないようにもできるとは思うが、より安全に壊せる可能性のあった<魔弾>から試してみたというわけである。


「まあ、周りにいたモンスターも一掃できたし今のうちに――」

「そう簡単にはいかんようじゃの」


 ……今のは俺がフラグを立ててしまったのだろうか。

 まるで消えたモンスターを補充するかのように、モンスターが大量発生していた。

 しかもさっきより多く、ここにいても感じるほどの強い魔力を各々が持っている。


 下手すりゃ見えているだけでも数万匹はいるのに、全部ボス級と言っても差し支えないほどの強さかもしれない。

 なんだこれ、RPGの裏ボス戦か何かか?


「……君たちがいる時でまだ良かったよ。俺だけだと詰んでたな、これは」

「これは……確かにアスカロンだけじゃどうしようもないだろうな」

 

 もしかしてこれがなのだろうか。

 全てがダンジョン化し、そこにいる人々や生き物が全て死滅すれば確かに世界は滅ぶと言っていいだろう。


 あいつらはフェースがどうこう言っていた。


 今俺が確認できているそれっぽい現象は、まずダンジョンの出現。そして真意層の出現。モンスターがダンジョンの外で湧く現象。それからこの黒い塔……か?


 この世界で建物のダンジョン化があったりするか、強い人が攫われたりしているかは後でちょっとアスカロンに詳しく聞いてみるとして。


 でもこの世界、真意層は無いんだよな……

 うーむ。

 時代が進むにつれてダンジョンも進化したのだろうか。

 謎である。


 しかしこれが世界の滅び――最終フェーズなのだとすれば合点もいく。


 俺はずっと不思議だったのだ。

 あの銀髪の少女がいくら強いとは言え、スノウやフレア、そしてウェンディにシトリー。

 あの四人がそう安々とやられるだろうかと。


 各々の得意分野ではアスカロンやシエルさえも大きく上回る彼女らが四人揃っているならば、ぶっちゃけたアスカロン四人分よりも遥かに強力だろう。

 

 この黒い塔は俺の魔弾ですら破壊できない程の尋常でない硬度だ。

 フレアやシトリーの全力でも破壊できないかもしれない。

 そして俺との契約前なので当然魔力量にも限りはある(俺にも限界は多分あるとは思うが)。

 

 黒い塔を破壊できなければモンスターは湧き続け、単体では明らかに自分たちよりも強い少女の相手もしなければいけない上に、その部下もそれなりに手強い。

 

「これであの銀髪の少女がこの塔を守ってるんだったら、俺たちがいようと詰みそうではあるけどな――」


 かなり昔から生きていそうだったし、有り得ない話ではない。

 幸い、ボスクラスが無限湧きする程度ならばこの戦力でもどうとでもなる。

 シエルにはかなりの負担を強いることになるが、恐らく大丈夫だろう。

 使う魔力源は俺だし。



2.



 塔の近辺まで来ると、流石にモンスターの数が尋常じゃないことになっていた。

 アスカロンやルルは俺ほどの魔力を持っていないので本腰を入れて対応しなければならない程の強敵が現れた時の為に魔力を温存し、基本的にシエルが対応できるくらいの速度で走りつつ蹴散らしているのだが……


「とんでもない物量だなこりゃ……」


 モンスター部屋に立ち入ってしまったらこんな感じなのだろうか。

 しかもゴブリンやオークといった、普段なら雑魚のモンスターでも一体一体がボス並の魔力を放っている。


 普通の探索者なら10秒ともたないだろう。


 ちなみになんらかの手段で上空から近づくというのも考えたのだが、塔の周りには普通にガーゴイルみたいに飛んでいるやつもいるので断念した。

 そこに在るものを利用する方が得意なシエルが主力なので、そもそも空での戦闘はあまり向いていないのだ。

 

 ウェンディがいれば多少はマシなのかもしれないが……


「……いるのう。でかいのが」


 魔法に集中する為、俺におんぶされているシエルが呟く。

 ……シエルが巨乳だったら集中できないのは俺の方だったかもしれない。

 それは冗談として。

 進行方向には10メートルくらいはありそうな単眼の巨人がいた。

 アレは……普通のダンジョンにいるボス級のモンスターが更に強化されているってやつか。

 ひと目で厄介そうなのがわかる。


 

「よし、あれはあたしがやるニャ」


 暇そうにしていたルルがやる気を出していた。


「……大丈夫か?」

「平気ニャ。お前に抱かれてからちょっと調子がいい気がするのニャ」


 それは恐らく魔力そのものがちょっと増えているからだろう。

 天鳥さんの研究によってその手の接触で魔力が増えるというのは判明しているからな。


 だが……


「そんな心配せんでもルルなら大丈夫じゃ。精々、あの巨人から感じる魔力は真意層の番人くらいの強さじゃしな」

「もっとヤベーのが出てきた時の為に悠真とアスカロンはじっとしてるニャ。シエルは周りの雑魚を頼むニャ」

「雑魚と呼べるほどの強さでもないんじゃがのう……」


 ボヤきつつも、シエルの腕前ならルルの邪魔をさせるようなことはないだろう。


 それでも俺はちょっと心配しながら意気揚々と単眼巨人サイクロプスに向かっていくルルを見守っていたのだったが、普通に瞬殺していた。

 猫パンチ一発で沈んでいる。

 危惧する程でもなかったようだ。


 流石に強いな。

 そもそもダンジョンを一人で真意層込みの踏破しているわけで、弱いはずもないのだが。


「しかしこれは、悠真が居らんかったらどうにもならなかったかもしれないのう」


 モンスターたちをばったばったとなぎ倒すシエルがうんざりした顔で言う。

 それにアスカロンも同意する。


「さっきの悠真のあの魔法でも破壊できないとなると、俺にはもう破壊の手段がなくなってしまうからね。それに近づくだけでもこの熾烈さ――接近することが不可能というわけではないかもしれないが、それでも大量の犠牲が出ることになる。案外、君たちがこの世界へ来たのは救世主となる為……だったりしてね」

「そうなれりゃいいんだけどな」


 救世主になってるってことはつまりこの世界の滅び(暫定)を回避できてるわけだからな。

 

「というか、これはヤバすぎだニャ。倒しても倒しても湧くとか有り得ないのニャ」

「あの塔を破壊すれば収まる――と信じたいけどな」


 少なくとも、破壊しないことには収まる可能性すら生まれないだろう。

 しかしこれ、消滅魔法ホワイト・ゼロならば破壊できるという前提だけどもし壊せなかったらどうしよう。

 名前の仰々しさや逸話からして大丈夫だとは思いたいが……


「近づくにつれてモンスターが徐々に強くなっておる。少し速度を落とさねば安全は保証はできんかもしれん」

「……どこまで盛られてんだよ、あの塔の性能……」


 絶対に破壊させないという強い意志を感じるね。

 絶対に破壊してやるが。


「アスカロン、ルル。お前らならついてこれると信じてるぞ」

「え?」

「ニャ?」

「シエル、舌噛むなよ」

「ま、まさかおぬし――」


 塔まではあと数百メートル。

 この距離まで来れば空を飛べずとも――


「いっくぞおらあああ!!」


 ぐっ、と踏み込んで俺は跳躍する。

 飛べないのなら、跳んでやればいい。

 

 空を飛ぶモンスターがこちらに目をつけて襲いかかってくるが、残りの距離も少ないということでシエルがなんとか叩き落とす。

 そして――


 もはや目と鼻の先、というところに俺は着地した。

 少し遅れてアスカロンとルルも同じく着地する。


 やっぱ数百メートルをジャンプするくらいなら楽勝か。


「楽勝なわけないニャ! ギリギリだニャ!」

「俺ももう少し距離が長いと無理だったよ……」

「まあ、結果オーライってことで――」


 ここを拠点として、今からアスカロンとルルも加わって俺の消滅魔法ホワイト・ゼロが塔の全てを飲み込むまで守ってもらう。

 それが作戦だった――のだが。

 

 を感じて、俺たちは同時にそちらを振り向いた。



「この世界の特異点は妖精王アスカロン一人と聞いていたが――どうにも情報と違うな」


 赤い長髪。

 同じく赤い服。

 そして赤く長い剣を持った、キザったらしい男がそこに立っていた。


 赤い髪で一瞬フレアを思い浮かべたが、どちらかと言えばこいつの赤い髪はちょっとどす黒い――血のような色だ。

 しかも、肌で感じる。


 こいつ、強い。

 それもべらぼうに。

 アスカロンと同等か――それ以上かもしれない。


「塔の番人……というわけかい?」


 剣を油断なく構えて訊ねるアスカロンに、赤髪は質問を返してきた。


「妖精王アスカロン。どこからその協力者たちを連れてきた?」

「協力者? 違うね、彼らは俺の友人さ」

「戯れたことを」


 ピリッと空気が張り詰める。


「……悠真。魔法の準備を。シエルさんとルルさんは周りのモンスターを蹴散らして、悠真が魔法に集中できるように」

「あんたはどうするんだ、アスカロン」

「俺はあの男を止めるよ。必要なら始末する」


 そう言って。

 アスカロンは一歩前へ踏み出した。


「邪魔はさせない。この世界の未来の為に」

「滅びを受け入れろ。妖精王アスカロン」


 どちらからともなく、二人は動き出した。


 金属音が鳴り響く。

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