第172話:いつかまた…
1.
「悠真、早く魔法を完成させてしまうのじゃ!」
俺がアスカロンに加勢して速攻であの赤髪の男を倒せるのならばそうするべきだろう。
しかし二人が剣で打ち合っているのを見て、すぐにわかった。
今の俺じゃ足手まといにしかなれない。
ならば俺がさっさとこの塔を破壊してモンスターの蹴散らす方に周り、シエルを加勢に向かわせるべきだろう。
当のシエルもそう判断したようで、俺に魔法の完成を急がせた。
「巡る力へ命ずる 手中に収めし魔の力よ 我が意に従いこの地を穢す邪を破壊する力を 猛り狂う炎が如き奔流よ」
感覚はあの時のまま。
文句は少し変えたが――
白い炎のような魔力が突き出した右の掌から一気に膨れ上がる。
それを真っ直ぐ前に向け、どんどん巨大化していくようなイメージ。
「膨れ上がれ、そして滅せよ――」
「――
一気にあの水龍を飲み込んだ時ほどまでに巨大化する。
しかし当然大きさはまるで足りない。
なるべく大きくするように意識はしているが、この塔全てを飲み込む程ともなると結構時間はかかりそうだ。
体感的には、5分。
なんとかなるか?
掌へ魔力を注ぎ続ける中、俺はアスカロンと赤髪の男の戦闘を見る。
俺の知る限り最強の近接戦闘能力を持つアスカロン。
そして同じく、俺の知る限り最強に近い能力を持つであろうあの赤髪の男。
それから得られるものは大きいはずだ。
2.sideアスカロン
赤髪の男が振り回す長剣は重く、硬い。
大抵の場合、アスカロンの持つ神剣と打ち合った剣は数合で折れるか良くても刃こぼれするのだが、未だ刃こぼれ一つない。
相当な業物だった。
アスカロンの剣も長いが、相手の剣はもっと長い。
もはや自身の身長を超える程だ。
2メートル以上はあろうかというそれをいとも簡単に片手で振り回し、しかもその速度は自分の剣と匹敵しているのだからとんでもない話である。
「かなりの腕前の剣士だね。何年鍛錬を積んだのかな?」
「貴様が知っても意味はないだろう、妖精王」
「釣れないことを言うなあ」
軽口を叩きあっているようで、この僅かな間にも百を超える刃の応酬が行われている。
互いが互いに一撃必殺となり得るだけの技量を持つ戦いである。
達人同士の戦い、などというレベルにはもはや無い。
超人と超人が争っているのがこの場である。
「俺は君を倒してしまう前に幾つか聞いておきたいことがあるんだけど」
「自惚れるな。貴様らは滅ぶ運命だ」
「まずは名前からでも聞いておこうか」
「死に行く者に名を教える理由がどこにある?」
「ははは、俺は死なないよ」
「空虚な妄言だな。自分は死なないと根拠もなく信じるほど平和ボケしているわけでもないだろう」
「根拠ならあるさ。どうも俺は結婚しておくと死なないらしいからね」
「何を――」
「友人の言葉さ」
アスカロンの用意していた炎弾を赤髪の男は叩き斬って落とす。
お返しとばかりに放たれた岩の砲弾をアスカロンは左手の裏拳で叩き割った。
「……珍しい魔力の使い方をするな。魔力をあらかじめある程度放出しておいて、相手の攻撃が直撃する直前にその魔力を直撃点に収束させることによって通常以上の強度を得ている。流石は妖精王とでも言うべきか?」
「……へえ……」
「気付かれたのが意外だったか?」
赤髪の男はどこか得意そうに薄い笑みを浮かべたが、アスカロンが感嘆の声をあげたのはそのような理由ではない。
(そういう原理だったのか……)
異常な強度の理由を自分でも初めて知ったから。
無意識下で行っていたので自分でも説明できなかったのだ。
しかし悠真はともかく、赤髪の男はシエルも見抜けなかった仕組みをひと目で暴いた。
その事実はアスカロンをより一層、警戒させるに足るものだった。
「滅びを受け入れろというけれど、君は一体何者なのかな」
「何度も言っているはずだ。言う必要は――」
赤髪の男の言葉は最後まで続かなかった。
アスカロンの放った、魔力を伴って飛ぶ斬撃が防御した剣ごと体を押しのけたからだ。
「…………」
男は痺れる両腕と、欠けた己の剣の刃を一瞥してアスカロンの方を向き直す。
「君は俺のことを舐めているようだけれど――俺が何千年、生き続けてきたかわかっていないようだ」
「……なんだと?」
「生まれた時、俺は才能に恵まれていなかった」
キィン、と甲高い音を立てて、辛うじて赤髪の男はアスカロンの刃を防いだ。
「魔法の腕も、剣の腕も、弓の腕も。全てにおいて他のエルフたちより劣っていたんだ」
流れるように繰り出された拳を、男は防ぎきれずに左腕で受けることになる。
無造作に繰り出されたそれは、赤髪の男の魔力による強化を穿つ一撃だった。
「だから俺は、自分を追い込むことにした。仲間のエルフたちからは反対されながらも各地で人々を困らせている魔物を討伐し、何度も死にかけながら強くなったのさ」
休ませる暇は一切与えない。
剣による突きは正確に喉を狙ったものだった。
生存本能による限界を超えた反応で、赤髪の男はそれをギリギリで躱す。
「大丈夫、殺しはしない。情報を吐いてもらうまではね」
「貴様、下等存在の分際であまり調子に――」
またも赤髪の男の言葉は最後まで続かなかった。
今度は途中で攻撃されたから、ではない。
気付いてしまったからだ。
戦闘が始まった瞬間から、既に打たれていた布石に。
己が<妖精王アスカロン>と互角に戦えていた理由に。
今までアスカロンが振るった刃の軌跡がうっすらと青く発光していた。
それは魔法陣の完成の合図。
熾烈な攻撃を繰り出しているようで、1万あまりに及ぶ全ての刃の軌跡は一つの魔法陣の完成へと寄与していた。
「まさか、貴様……!」
先程までの様子から一転し、その場から逃げようとした赤髪の男の左足が無慈悲な一撃により切断される。
「死なないでね。色々聞きたいからさ」
「――――」
赤髪の男は光の奔流に飲まれた。
3.
傍から見ていると、決着は一瞬だった。
最初は互角か、むしろアスカロンが若干押されていくらいに見えたのだが、徐々に速度と練度で圧倒していき、最後は完璧な一撃で留めを刺している。
しかも相手は死んでいないようで、気を失っているところに魔力で創り出した縄で拘束していた。
「よし、これでとりあえずの障害は取り除けたかな。後は悠真がその塔を破壊するだけなんだけど――どうにかなりそうかい?」
軽い様子で訊ねてくるアスカロン。
……そりゃそうか。
精霊と同クラスの実力者なんだもんな。
負けるはずがないのだ。
「全部飲みこんじまって、<圧縮>を始めるまではなんとも言えないな。感触的にはいけそうな気はしてるけど……」
この白い球がこの塔を飲み込むまでに大きくなっても、そこがゴールではないのだ。
そこから握りつぶしていくようなイメージで収縮させていって、最終的に完全に消滅させる。
そこまでがこの
……多分ね。
少なくとも俺の中ではそういう認識だ。
「じゃ、それまでの時間を稼ごうか。ルルさん、交代するよ。俺はまだ余裕あるから」
「やっぱりアスカロンも化け物だったニャ……」
ルルは軽口を叩きながらも素直に下がる。
どうやら限界が近かったようだ。
ルルはシエルや精霊たちと違って俺の魔力を使えるってわけではないから仕方がない。
現在、白い球は塔の見えている部分は既に半分以上飲み込む勢いだ。
地面にもめり込んでいるので、ある程度下まで持っていけるはず。
「心配は不要だったようじゃの」
「そうでもないけどね。それなりに強かったよ、彼」
シエルの言葉にアスカロンはそう返す。
それなり、か。
あれで。
少なくとも剣での対決には割って入れる気はしなかった。
魔力のゴリ押しで、離れたところからひたすら魔法をぶち込み続けるかアスカロンとの決闘でも使った<限定解除>を使えば或いは……と言ったところか。
「……さて」
せっかくフラグを折っておいたのに心配させやがったアスカロンの戦闘も終わったし、こちらも終わらせるとするか。
「――さあ、どんだけでも魔力はやるから、もっとでかくなりやがれ」
そう呟いた途端。
体内の魔力が、体感半分ほど持っていかれた。
「うえっ!?」
まさか今のも詠唱の一部としてみなされたのだろうか。
いや、俺が自分でイメージしながら言ったのが悪いのか。
しかしそのお陰か、白い球は急拡大して塔を優に飲み込むほどの大きさになっていた。
……これ縮めるの逆に大変そうだぞ。
「凄まじい魔力だな……世界中の人間の魔力を足しても悠真ひとりに及ばないんじゃないか……?」
もはや下からでは白い壁のようにしか見えない白い球を見上げてアスカロンが呆然と呟いた。
「流石にそんなことはないと思うけど……よ……!」
広げた掌を渾身の力を込めて徐々に拳の形へと変えていく。
それに合わせ、白い球もどんどん縮まっていく。
や――ばいぞこれ。
この間この魔法を使った時には感じなかったが、どうやら白い球をでかくする作業だけではなく、縮める方にも魔力を消費するらしい。
残りの魔力は体感的に半分。
シエルが使う分も考えれば実質それよりも少ない。
「が、がんばるニャ! すごい面白い顔になってるけど応援してるニャ!」
「後で……覚悟……しとけよてめぇ……!」
ゴリゴリ削られていく魔力。
今までも精霊たちが大規模な魔法を使ったりする度に魔力を持っていかれる感触は感じていたが、ここまでのは初めてだ。
あるいは、大きさ以外にもこの塔の強度自体が魔力消費にも関わっているのかもしれない。
力を込めすぎているのか、それとも魔力消費自体が体に追いついていないのか。
酷い頭痛がしてきた。
まるで割れるようだ――というより、自分で割ろうとしているようだ。
鼻の下に生ぬるい液体が垂れているのがわかる。
これを続けているとヤバい、と体が警鐘を鳴らしている。
「んなもん――知ったこっちゃねえよなあ!!」
力を振り絞って、拳を握り切る。
のと同時に、白い球は最後まで収縮しきり、ぽふっと間抜けな音を立てて消えた。
当然。
そこにあった、そびえ立つ黒い塔と共に。
「――っ」
口を押さえる。
しかし溢れてきたものは止まらず、抑えた手の端から血が垂れてきた。
魔法の負担が大きすぎる。
いや、俺が調子こいて魔力を使いすぎたのが原因でもあるのだろうが――そうだとしても、だ。
あの塔がギリギリ収まるくらいに魔力を抑えていたとしても、ここまで深刻なダメージは受けずとも相当な負荷がかかっていたことには違いないだろう。
「ちょ、大丈夫ニャ!? シエル、アスカロン! 早く治癒魔法をかけるニャ!」
そんなルルの言葉を最後に、俺の意識は途切れ――る前に。
体がふんわりと温かい光に包まれ、俺の感じていた痛みや疲労感は一気になくなった。
「まったく、無理しすぎじゃ、おぬしは……」
「俺に死ぬなと言っておいて、悠真が死にそうになってどうするんだ」
どうやらシエルとアスカロンがすぐに治癒魔法をダブルでかけてくれたようだ。
「モンスターは?」
「湧かなくなったよ。さっきの
「そうか……」
「ダンジョン化も解除されておるようじゃな。悠真が破壊した地面は範囲の大きさ故に元々修復が遅れておったようじゃったが、わしらの戦闘で傷ついた地面も戻っておらん」
「……そうか……」
無理したか――
「無理したかいがあった、とか思ってるようニャら知佳に全部チクるニャ」
「……それは勘弁してくれ」
群れで行動しない猫のくせに、集団の力関係を正確に把握してやがる。
「さて、塔の方は一件落着、と行きたいものじゃが……まだ問題は残っておるな」
シエルがアスカロンの魔力の縄によって捉えられ、未だ目を覚まさない赤髪の男の方へとてくてく歩いて向かう。
何をするのだろう、と思ったら寝転がる男の頭を思い切り蹴飛ばした。
ひどい……
「ほれ、起きるのじゃ」
その後四度ほどに渡って蹴りを入れられた男がようやく目を覚ます。
「な……ここは……」
「先までと場所自体は変わらん。光景は多少変わっておるがのう」
シエルが男の傍でしゃがみこんだ。
目線を合わせるようにして話しかけている。
念の為、俺たちも近くに寄ってきているが――なんだか怖い雰囲気のシエルのお陰で誰も口出しできていない。
「……場所が変わらないだと? 黒水晶――ラクリマを破壊したとでも言うつもりか?」
黒水晶?
あの塔のことだろうか。
色合い的にも、状況的にも。
「そういうことじゃ」
「…………バカな」
赤髪の男は目を見開いた。
あれだけ硬いんだから、まあ破壊されることは流石に想定外なのか。
「そんなことは有り得ない! あの御方でさえ
「そうか、あの御方とやらも大したことはないようじゃの」
「……なんだと……」
赤髪の男はそれで意気消沈してしまったようで、すっかり落ち込んでしまった。
赤髪の男は意外にも拷問するまでもなく素直に情報を吐いた。
どうやらアスカロンの技量にやられ、塔は破壊されでかなり気落ちしてしまったらしい。
男の名は<バン>というらしい。
そして、やはりあの例の銀髪の少女の手下だったらしいのだが、その少女の名を聞き出すことにも成功した。
「ふむ……<セイラン>……か。わしは聞いたことがないのう」
セイラン。
それがあの少女の名らしい。
「アスカロンは?」
「……俺もないね」
当然俺もないし、ルルもなかった。
この世界の人間でもなければ、シエルたちのいた世界の人間でもないようだ。
もちろん、俺たちの世界の人間でもない。
エルフっぽかったし。
耳はちょっと短いように見えたが……
「この世界が滅びの運命にあるだのなんだの言ってたな。あの塔……ラクリマとやらで滅ぼそうとしてたのか?」
「…………そうだ」
バンは素直に答える。
死に行く者に教える名はない、とか言っていたのに随分丸くなったもんだ。
「ダンジョン化して、世界中を飲み込むつもりだったんだな?」
バンは無言で頷く。
「お前ら、今までそれで幾つの世界を滅ぼしてきた」
「……3つだ」
自分の表情が険しいものになったのを自覚する。
こいつらは大量に人々を殺してきている。
許せるものか。
「あの女――セイランは何が目的なんだ。お前らは何故あの女に付き従う」
「あの御方は……神だ」
どこか陶酔的な響きを持たせ、バンは言った。
「そして我らは神に仕える従順な下僕なのだ。神は世界を間引くと言っていた。そして面白い人間のみを己の周りに置く、と」
「……くだらねえな」
すぐにそんな感想が浮かんだ。
世界を間引く? 面白い人間を周りに置く?
何が神だ。
……ふざけんな。
「……そう思っていたのだがな。貴様らは神にすら破壊できないはずのラクリマを破壊した」
「神、ねえ」
セイランは神に選ばれただのなんだの言っていたが、それはつまり、あいつは神などではないということを正しく表しているようなものじゃないか。
つまりこいつの妄言か、騙されているかの二択だ。
「世界を滅ぼすにあたってフェーズがあるんだよな。この世界は最終フェーズまで行き着いたってことか?」
「……そうだ」
「フェーズは全部で幾つある?」
「……滅ぼす世界の規模や状態によって異なる。一概には言えん」
「世界の規模に状態……それは何で決まるんだ。人数や環境か?」
「……そうあの御方が言っていただけだ。俺は詳しいことは知らん」
嘘を言っているようには見えない。
どうやらシエルとアスカロンもそう判断したようで、俺の目を見て頷いた。
「……キーダンジョンってのはなんだ?」
「その単語をどこで聞いた」
バンは俺を睨むようにする。
機密情報だったりするのだろうか。
今更だけどな。
「案外、本来辿るはずだった未来の君から――かもしれないね」
黙って聞いていたアスカロンがそんなことを言い出した。
……そうか。
別に俺がいなくともアスカロンはこの男――バンには勝てていた。
そこで様々な情報を聞き出していたのかもしれない。
本来の世界線でも改変された世界線でもアスカロンにボコされて情報を吐いてるのだと考えると、なんだか不憫な気もしてくる。
だからと言ってこいつらを許す気にはさらさらなれないが。
アスカロンの言った言葉の意味を、何も知らないこいつが理解できたとは思えないがバンはひとつ諦めたように溜め息をつくと喋り始めた。
「……キーダンジョンとはその世界において<フェーズ>を進める為の機能を持ったダンジョンだ。最奥部にてダンジョンの持つ機能に制限をかけられる――そう聞いている」
「つまりそのダンジョンを攻略すれば、それ以上のフェーズの進行を止められるのか」
「恐らくな」
キーダンジョンを探せ。
ダンジョンで出会った、亡霊のアスカロンの言っていた意味がわかった。
結局本来の世界線ではラクリマを破壊できなかったアスカロンは、そのラクリマが飛んでくる前にフェーズの進行を止めろと言おうとしていたのだろう。
「キーダンジョンはどうやって探せばいい」
「探す方法は……知らん。強いて言うならば虱潰しだろう」
虱潰し……か。
現状、シエルたちの世界ではともかく、こちらの世界では最奥部まで行けるのは俺たちのみだ。
ダンジョンの攻略を急ぐか?
いや、それよりも魔法を普及させて、探索者全体のレベルを底上げする方が手っ取り早そうな気もするが……
「……悠真、この男。緩やかにじゃが<死>に向かっておるぞ」
警戒の為に少し離れた位置でバンを見ていたシエルが顔をしかめる。
「どういうことだ?」
「我々番人はラクリマと自らの命が繋がっているのだ。アレが破壊されたということは、直にこの生命も潰えるということ」
「……お前の人生、そんなんでいいのかよ。世界を滅ぼす為のワケのわかんねえ塔に命を繋げられて、失敗したら死ぬって……」
そんなのは使い捨ての道具と同じじゃないか。
「――わからない。良くはなかったのかもしれない。だが、今はそうではない。それだけだ」
「……救えねえな」
「救いを求めてもいない」
バンは短く答えた。
どうやら残されている時間はそうないようだ。
「最期に答えろ。精霊を元の人間に戻す方法を知ってるか?」
「精霊を……?」
「セイランって奴はどうやってか人を精霊にできるんだろ。逆だってできるはずだ」
「……俺はそれを知らない。知っているとしたらあの御方本人か……」
どこか自嘲するようにバンは薄い笑みを浮かべた。
「神くらいだろうな」
バンは静かに目を閉じた。
シエルが首を横に振る。
――死んだのだ。
4.
野晒しにしておくのもなんだったので遺体はとりあえず埋めてやった。
軽く魔法で穴を作って、そこに入れるだけの簡単なものだったが。
ちゃんと弔ってやる気がなかった、というのも理由の一つだ。
だが、もう一つの理由がある。
「……悠真、なんとなくじゃが……」
「ああ、わかってる」
「どうしたんだい?」
アスカロンは首を傾げる。
「この世界に来た目的が果たされたからだろうな……俺たちはもう元の世界に戻るみたいだ」
本当になんとなくの感覚だが、何故かわかるのだ。
そう長い時間が残されていないということが。
「…………」
そんな俺たちを見てアスカロンは少し驚いたような表情を浮かべ――すぐに「そうかい」と言った。
「それは寂しくなるな」
「ちったあ寂しそうにしろよ」
「そう言うユーマが泣きそうなのニャ」
「お前は後で泣かす」
「ニャ!?」
ルルの言う通り、俺はちょっと泣きそうだ。
結構仲良くなれたと思ったんだが……
別れは突然だ。
とは言え、ずっとこの世界にいるわけにもいかないのだから仕方はない。
「悠真」
「なんだよ――っと」
アスカロンから剣の方のアスカロンを投げ渡される。
ややこしいんだよ、これ。
くそ……
「いいのか? 大事なもんなんだろ」
「だから後で返してもらうさ」
「後で……?」
「ああ、何十年後か、何百年後、か、何千後になるかはわからないけどね」
「お前……」
そうか。
こいつは長生きだ。
生きてさえいれば、また会える可能性はある。
未来は変わっているのだから。
少なくとも、俺はそう信じている。
自分たちの体が――存在そのものがこの世界からどんどん消えていくのがわかる。
「いいか、アスカロン――」
もう声が届いているかどうかもわからない。
だが、叫ぶ。
「死ぬんじゃねえぞ!! 絶対にだ!! 生きろ!! 生きてまた俺に会いに来い!!」
――そうして。
俺たちの過去での旅は終わった。
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