第169話:死亡フラグを折る方法

1.


 外の炎が特殊だという話だったが、詳しく聞いてみるとどうやら水で消えない、<粘炎>という炎らしい。

 消す方法はただ一つ。

 氷で炎ごと凍らせてしまうこと。


 これだけの大火になるとそれも容易ではない。

 とは言え。

 俺の魔力量と、シエルの技量があればそう難しいことではなかった。


 結局30分ほどで全ての炎が鎮火し、氷も放っておけば徐々に溶けていくとのこと。


「スノウがおれば3秒で片付いておったじゃろうがの」


 とは完全鎮火した後のシエルの言葉だ。

 まあ、あいつならそれくらいのことは平気でするだろう。

 どうせ使うのは俺の魔力な上に、エルフたちは結界で守られている。

 そうなればスノウからすれば加減をする理由がないからな。



 で――



「オーベロンから話は聞いております。悠真様、シエル様、ルル様。この度は本当にありがとうございました」


 金髪でスレンダーでめちゃめちゃな美人エルフが俺たちの前で腰を折って感謝の意を述べていた。

 彼女の名はリズエット。

 アスカロンの幼馴染で、許嫁らしい。

 

 そのオーベロンことアスカロンは里の面々へ挨拶へ行っているのかなんなのかさっきから姿が見えない。

 リズエットさんに俺たちを押し付けて自分はとっととどこかへ出かけてしまったのだ。


「あいつも薄情な奴ですね。こんな美人の幼馴染置いて旅に出るなんて」

「まあ、美人だなんて……」


 リズエットさんは頬に手を当てて恥ずかしがっている。

 

「知佳やフレアのいない場所で他人の許嫁を口説いてるニャ! この男最低だニャ!」

「口説いてねえよ!」


 怖いこと言わないで欲しい。

 幾ら俺にそっち方面の信用がないと言っても流石にアスカロンの許嫁に手を出そうとは微塵も思わない。


 しかもルルもルルで人選が絶妙だ。

 それこそ知佳とフレアに余計なことを言う前に口封じをしておくべきだろう。


「アス……じゃなくてオーベロンはいつ帰ってくるんですか?」

「恐らく集会場に挨拶へ行っているだけなので、すぐに戻ってくるとは思いますが……もしかして今、オーベロンの真名を言いかけましたか?」

「あー……ええ、まあ。普段はアスカロンって呼んでます」


 リズエットさんがオーベロンと呼んでいるのでそちらに合わせた方がいいかと思ったのだが、うっかり言いかけてしまったのだ。


「となると、よほどアスカロンに信用されているのですね。彼が外の人を連れてくることなんて、絶対に無いと思っていたから驚きました」

「絶対に?」


 はて。

 どちらかと言えばお人好しで人懐っこい、俺の知るアスカロンのイメージとはなんだか異なるような気がするのだが。


「エルフの隠れ里は絶対に外部の者には知られんようにするからのう。特に妖精王オーベロンともなれば慎重にもなろうて」

「その通りです。誰にでも心を開く彼ですが、それでもここまで案内してくることはこれまで一度もなかったので」


 シエルの補足説明にリズエットさんが頷く。

 まあ、あんな複雑そうな紋様を描いてようやく結界内に入れるくらいだもんな。

 それにこの結界、中に入ってからわかったことだがかなりの魔力を感じる。

 下手すりゃ結界に精通していそうなウェンディやシトリーでも破れないのではないだろうか。


「……あの、ところで……シエル様とルル様は彼とはどのようなご関係で……?」


 リズエットさんがおずおずと訊ねてくる。

 

「はは、心配せんでもおぬしの許婚とは何の関係もないわ。わしの相手はこの男じゃよ」

「あたしは別にそういうんじゃないニャ。一匹猫ニャ」


 親指で俺を指差すシエルに、そもそも自分は関係ないと言わんばかりの猫。

 一匹猫ってなんだよ。

 狼は群れるから逆に一匹狼って言葉があるが、猫は元々群れない生き物だろ。


 ……というかこの辺りの慣用句だったり故事成語が難なく通じているのは何故なのだろう。

 異世界間での翻訳事情が謎すぎる。

 こういう面倒くさいのは天鳥さんに全部丸投げしよう。

 きっと彼女も猫耳の生えた実験体は喜ぶだろう。


「はっ! ニャんか嫌ニャ予感がしたニャ!」

「気のせいだろ、多分」


 野生の勘が意外に鋭いルルは置いておくとして、俺たちの関係を知ったリズエットさんはほっとしたような表情を浮かべていた。


「まああいつは外で女を作るようなことしないと思いますよ。短い付き合いですけど、それくらいはわかります」

「あ、すみません……私ももちろん信頼はしているのですが……彼、すごくモテるので……」


 でしょうね。

 それはわかってたよ。

 イケメンで誰にでも優しく、その上強い。

 しかも王様だ。

 そりゃモテるわな。



「すまない、事情を聞いたり報告したりするのが長引いて……悠真はなんで俺を恨めしそうな目で見てるんだい?」




2.


 アスカロンが集会場で聞いてきた話とリズエットさんから聞いた話を統合するとこうだ。


 異変が始まったのは巨大な黒い棒――俺たちも見た例の飛翔物体がどこかからか落ちてきてからだという。


 ちなみにこの近辺に落ちてきたわけではなく、距離的には数十kmほど離れているそうだ。

 そして、その黒い棒が落ちた方角から徐々に土地のダンジョン化が始まっているのを確認したとのこと。

 この結界内は物理的に隔離されているようなものなので擬似的な安息地と化しているらしい。


 それでもこの空間と外の空間が繋がっているところが火事で完全に消失してしまったら危ないところだったようだが……


 ちなみに黒い棒が落ちた方角へ偵察に行った若いエルフ二人がまだ帰っていないそうだ。


「建物じゃなく、土地そのものがダンジョン化……しかもどれだけ狭く見積もっても数十km単位で、か」

「広がっておるとのことじゃから、放置しておけば更に広がるかもしれないのう。モノからして、その飛翔物体を破壊すればなんとかなるような類じゃとは思うが……」

「でもそんな話は聞いたことがないのニャ」


 しかし実際に起きている。

 あの飛翔物体が鍵になっているのは間違いないだろう。


「……悠真、シエルさん。頼みたいことがある」

「なんだ?」「なんじゃ?」


 アスカロンが改まって俺たちの方を見た。

 

「この里の結界を強化する手伝いをしてほしい。森全体を覆ってしまうほどのものにしようと思っている。悠真の膨大な魔力と、シエルさんの俺以上の魔法へ対する造詣の深さ。それがあれば結界を更に強化できるはずだ」

「別にいいけど、そんな土下座するような勢いで頼み込んでくるなよ。びっくりするだろ」

「わしも別に構わんぞ。どうせ消費する魔力は悠真のじゃしな」


 まあシエルからすればそうなるか。

 

「しかしそれだけの大規模な結界じゃと最低でも10日くらいはかかるのう」

「構わない。万全にしてから例の飛翔物体の様子を見に行きたいんだ」

「そもそもあんたはここに残っていいんだぞ、アスカロン。様子を見に行くだけなら俺たちだけでも事足りる」

「いや、この里から行方不明者が出ている限りそうはいかないよ」


 こいつも固い奴だなあ……

 せっかく許嫁と再会できたんだからもっとイチャコラしてればいいのに。


「けど……例の飛翔物体の件が片付いたら、里に残ろうと思ってるんだ」

「へえ?」

「えっ」


 驚く俺とリズエットさん。

 俺は純粋に驚きだが、リズエットさんの方は戸惑いと喜び半分って感じの反応だな。


「本当にいいのか?」


 困っている人を助けるというのがアスカロンの信念だったはずだ。

 

「……ああ」


 どうやら迷いはないようだ。

 そもそも俺が偉そうに言えたもんでもないんだけどな。

 まあ、それが一番だろう。

 リズエットさんのこともあるし、危機に陥ることなどないと思っていた故郷が実際に危機に陥っていたのだ。

 自分のいない間にもう一度同じようなことが起きれば――

 そう思うのは自然なことだろう。


「……けどそうしたらあたしらはどうやって帰るのニャ? 未だに帰る方法がわかってないのニャ」

「あー……そりゃあれだ。またじっくり考えよう」


 そもそもアスカロンについていけば帰る方法がわかるというのも憶測でしかない。

 その辺りがわかっていないのは元々なのだ。

 今更状況が悪くなるというわけでもないだろう。


 それに、俺の予想というか、都合のいい妄想が正しければの話だが……


「多分、そろそろ帰れるとは思うんだけどな」

「何故じゃ?」

「そもそもの話、アスカロンの記憶をあの剣から読み取る為にこの世界へ来たわけだろ? この世界でアスカロンとこれだけ仲良くなれば実質記憶を見てるようなもんじゃないか」


 狙いのダンジョン関連の記憶は得られなかったが、それもダメでもともとみたいなものだったのだ。

 

「……案外そこまで間違っておらん考えかもしれんな」

「よくわかんけど、シエルが言うニャら多分そうニャ。悠真の意見だけじゃ信用ならんのニャ」

「よしルル、お前は段々ポイントが溜まってるからな」

「ニャ? ポイント?」

「ポイントが溜まれば溜まるほどお仕置きのレベルが高くなっていく。ちなみに今は53万だ」

「ニャニャ!?」


 具体的な指標は俺も知らないけどな。

 そんな俺たちのコントを見ていたリズエットさんが口元に手を当てて上品に笑う。


「ふふ……いい仲間を見つけたのね、アスカロン」

「ああ、彼らがいなければ俺たちは再会できていなかったかもしれない――いや。かもしれない、ではなく間違いなくそうだっただろうね」


 ――ふと。

 もし俺があのタイミングでアスカロンへあの進言をしなかったら、という未来を考えた。

 恐らく辿

 

 俺があそこで言わないでも、どこかのタイミングであの黒い棒がダンジョン化を引き起こしていると聞きつけたアスカロンは故郷へ戻るだろう。

 しかし俺たちが最速で動いてギリギリだったのだ。


 少しでも遅くなっていれば、ほぼ確実に森は焼け落ち、結界も機能しなくなってダンジョン化の波に呑まれていただろう。


 エルフは種族柄、魔力も多く、魔法に長けている。

 しかし全員がそうであるわけではない。


 エルフにだって子どもはいるし、魔法が苦手な人もいるだろう。

 見た目がさほど変わらずとも戦えないほどに老いている老人だっているかもしれない。

 

 それら全てを守りながらダンジョン化している土地から逃げられるかと言えば、不可能だ。

 一人、また一人と脱落者を出しながら進む。


 しかしダンジョン化は徐々に広がっていっている。

 その侵食速度がどれほどのものかはわからないが、少なくとも数十km先に落ちたものが一週間以内にここまで影響を及ぼしているのだから、大人数での移動でダンジョン化していない土地まで出ることは難しいだろう。

 

 故郷へ戻ってきたアスカロンが見るものはなんなのか。

 あるいは見られなかったものはなんだったのか。


 それを考えれば――あれだけの強さを誇るアスカロンがダンジョンで命を落としてしまう程に消耗するような未来だって有り得るのかもしれない。


「……だとしたら、この時点で未来は変わっているのか?」


 ならもうアスカロンが死ぬことはないのだろうか。

 いや、しかしそれでも歴史の強制力とかそんな感じの訳わからん理屈で覆される可能性があるかもしれない。

 

 しかも、例の飛翔物体の周りは全てだ。

 しばらく里に残ると言っているアスカロンが『ダンジョンの中で死ぬ』という未来に収束する可能性はやっぱりある。


 更にアスカロンの――いわばを高める為にはどうしたらいいか。

 簡単な話だ。

 逆に死亡フラグをへし折ってやればいい。


 故郷に許嫁の幼馴染を残して異変を調査しに行く。

 これが危険すぎる。

 

 ならばどうするか。


「アスカロン、リズエットさん。あんたら今すぐ結婚しろ」

「えっ」「へぇっ!?」


 アスカロンが驚き、リズエットさんが変な声を出す。


「もう婚約はしてるんだろ? ならもうとっとと結婚しちまえよ」

「いや悠真、そんな急な……せめてこのダンジョン化している現象をなんとかしてから――」

「いいや駄目だ。それだけは絶対に駄目だ」


 帰ったら結婚しようは絶対に駄目なパターンなのだ。

 数多の漫画を読んできた俺にはわかる。

 死亡フラグどころか確殺フラグみたいなもんだ。


 新婚の奥さんを残して……ってパターンもあるにはあるが、どちらかと言えば婚約だけしてる状態の方が危険だと思う。

 

「それに、俺の勝手な予想だが未来であったあんたは多分結婚してなかった。そこら辺色々食い違うようにしといた方が都合がいいかもしれない」


 より未来で死んでしまう状況から離しておくのだ。

 そうすればアスカロンが生き残る可能性は高くなる……はず。


「いや、しかし……」

「結界を手伝う代わりにお前らは結婚しろ! それが条件だ!」


 俺は人差し指をズビシと突きつけた。



「……理不尽な奴だニャ」


 ルルの呟きは聞こえないことにした。

 俺も自分でちょっと思ってるからね。

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