第168話:ダンジョン化

1.


「空を飛ぶ車がまさか過去の異世界にあるなんてなあ……」


 眼下に流れる景色を眺める。

 自動車ではなく、小型の竜ワイバーンが複数匹で俺たちの乗った箱をぶら下げて運ぶような形なのだが。


 ちなみに俺たちの乗っている箱というのが赤を基調とした結構豪華な内装になっている。

 ワイバーンが5体も集まって運んでいるだけあって広さもかなりのものだ。

 普通に今俺たちが住んでいる家にある一室程度はある。


 よし、これをワイバーン宅配便と名付けよう。

 ちなみに正式名称は知らない。

 

「わしらの世界にも似たようなものはあるぞ。王族くらいしか使わんが」

「へぇ……てことはシエルも妖精女王ティターニアって言ってたくらいなんだし乗ったことあるのか?」

「50年ほど前に乗ったのが最後かのう」


 良いなあ。

 俺も現代日本でこういうのに乗ってみたい。

 と思ったが、もしかして飛行船がそれに近いものなのだろうか。


 飛行船乗ったことないんだよな。

 そもそもどこ行けば乗れるんだろう、あれ。


「ていうかアスカロン、あんた王様なんだろ? 故郷に帰るワープ装置とか持ってないのか?」

「ははは、そんなものはないよ。ダンジョンにあるものを学者が解析はしているけれど、まだまだ実用レベルじゃない」

「ふぅん」


 転移石とかあれば便利そうなんだが……

 ちなみに俺がいつも懐に忍ばせておいた幾つかの転移石も今はない。

 過去にまでついてきてはくれなかったようだ。


「で、到着にはどれくらいかかるんだっけ?」

「一週間くらいにはなるかな。これでもかなりの速度で動いてはいるんだけどね。お陰で路銀は全て使い果たしてしまったよ」

「国の金を使え、国の金を」

「俺が好きで放浪してるのにそんなことできるはずないだろう? それに国ってほど規模の大きなものじゃないさ」


 そもそも王サマが放浪するんじゃねえ。

 

「……ていうか、こんなもんで移動しなくても風かなにか乗ってピューンと飛んでいけばいいんじゃないか?」

 

 ウェンディがよくやる移動方法だ。

 このワイバーン宅配便もかなり速いが、あれはもっと速い。

 愛知から東京まで数分で着くんだからな。

 

「……何を言っているんだい?」


 名案だと思ったのだが、アスカロンは戸惑いを感じているような表情だった。

 

「いや、言葉の通りだって。風で自分らの体を包んでそれでピューンと」

「悠真、そんなことができるのはウェンディくらいじゃぞ」


 俺がご丁寧にジェスチャーまで交えて説明してやったところへシエルからツッコミが入った。


「……そうなのか?」

「あの姉妹の各々の得意属性に対する造詣の深さは天才のそれじゃからな。普通、風で高速飛行なんぞしようとしたら制御できんで墜落する」

「そうだったのか……」


 知らなかった。

 ウェンディがいとも簡単にやるので、俺は無理だとしてもシエルやアスカロンくらいの魔法使いならば余裕なのかと。

 そういえばウェンディ以外があの移動方法をしているの見たことないな。

 スノウたち他の姉妹も含めた。


「あたしから見たらあの姉妹もバ……シエルやアスカロンも大差ないのニャ」

「今なんと言いかけた?」

「な、なんでもないニャ。悠真を見てたらバカって単語が不思議と思い浮かんだだけニャ。決してババアと言いかけたわけではないのニャ」

「バカはお前だ」


 今の一瞬で二人の敵を作る迂闊さよ。

 恒例となりつつあるシエルからの折檻を受けるルルを尻目に、アスカロンは先程の戸惑いを隠さずに聞いてくる。


「本当にそんなことをできる人が?」

「ああ、ここにはいないけどな。頼りになる仲間だよ」

「世界は広いな……と言っても別の世界で、しかも未来の話なのか」

「ああ、他にも三人、それぞれ得意なことは違っても同じくらいの力量の奴がいる。シエルを含めれば全部で五人だな」


 それに加えて明らかに俺とルル。

 更には一般を逸脱した逸般人になりつつある知佳に綾乃。

 結構戦えるっぽい親父。

 よく考えるととんでもない戦力が集まってるな、うち。


「……悠真は世界征服でも企んでいるのかな?」

「なんでみんなして俺を悪の枢軸にしようとするんだよ」

 

 何度そんな感じのことを聞かれたかもうわからないぞ。


 やろうと思えばできるんだろうな、とは思うが。

 それをしたところで俺に何のメリットもない。

 よくわからない面倒くさいことは賢い人たちに任せておく。

 それが俺のモットーだ。


「……俺はこれくらいが自分の限界だと思っていたけれど、まだまだ高みを目指せそうだね」

「その調子で今の100倍くらい強くなれよ。そうすりゃダンジョンで死ぬこともなくなるだろ」

「ははは、確かに100倍も強くなれば老衰や病気以外で死にそうにないな」

「あんたに死なれると未来の俺が困るんだよ。メチャクチャ強かったからな」

「でも勝てたんだろう?」

「そりゃ今のあんたのが100倍は強かったからな」


 もしあの時出会っていたのが今のアスカロンと同じ強さだとしたら俺ではなく精霊が対応していただろう。

 如何にアスカロンと言えども精霊四人がかりなら瞬殺されるだろうし。

 ……そう考えると俺のパーティまじで強すぎるな。

 

 まあ、そんな精霊よりも強そうな奴を一人知ってしまっているのだが。

 

「けど、アスカロンがダンジョンで死ななかったら変ニャことにならないかニャ? 悠真は未来でアスカロンの亡霊に会って剣をもらったって言ってたのニャ。剣がなかったら今ここにもいないわけニャ」


 シエルの折檻から生き延びたルルが会話に入ってくる。


「難しいこと考えると熱出るぞ、ルル」

「完全にバカにしてるニャ!?」

「気のせいだ」


 いやまあ、その辺のタイムパラドクスに関してはもう考えないようにしている。

 この過去が見せられているだけの幻影だとは思えない。

 実際に過去に来ている、という線が濃厚だろう。

 

 だとすれば俺がアスカロンに接触し、ダンジョンで死なないようにしたらどうなるのか。

 剣を手に入れることもなくなるだろうから、この過去に来ることもなくなるのではないか。

 しかし過去に来ることがなくなればやっぱりアスカロンはダンジョンで死んでしまうわけで……


 うん、ルルでなくとも熱が出そうだ。

 

「ま、なるようにしかならないだろ」


 バタフライエフェクトで世界が滅びました、なんてオチにならなきゃいいが。

 そもそもそれがなくとも異世界と俺たちの世界が現状ピンチなのであまり関係ないかもしれないしな。


2.


 

 時折下に降りてワイバーンの休憩がてら稽古を付けて貰いつつ、一週間。

 が、ギリギリ経たないくらいでワイバーンが何も指示をしていないのに勝手に止まった。

 そのまま同じ箇所をぐるぐると回り始める。


「……なんだろう」


 アスカロンが指示をして、下へ降りる。

 このワイバーン宅配便、御者に相当する者がいないのだ。

 乗っている人が指示をすることによって勝手にその方向へ飛んでいってくれる。

 降りたら後は勝手に自分らの家に帰るというシステムだ。

 

 それはともかく。

 

「ワイバーンたちが怯えている……この先に何かあるとでも言うのか?」


 アスカロンは神妙な顔で呟く。

 見たところ、普通の岩山っぽいところで下ろされたのだが……


「……どうやらこの先は歩いていかないと駄目なようだね。君たちはもうお帰り」


 ワイバーンたちが飛び去っていくのを見送りつつ、俺は訊ねる。


「こういうことってよくあるのか?」

「いや……他の竜種の縄張りに入った時なんかでも勝手に迂回してくれるから、こうして一箇所で留まるってことは聞いたことないね。少なくともこの先に何かがあるのは間違いない」

「……ぼちぼちあんたの故郷なんだよな」

「ああ……」


 流石にここまで来てのあのワイバーンの異変はアスカロンにとっても不安材料になるようだった。

 暗い顔をしているところへ、背中をちょっと強めに叩く。


「ぶほっ!」

「イケメンがぶほっ! なんて言ってんじゃねえよ。ほら、急ぐぞ」

「無茶言うなあ……」


 

 少し進んで、真っ先に異常に気付いたのはルルとシエルだった。


「……おかしいニャ。野生動物が全然いないのニャ。鳥すら飛んでないニャ」

「それに異様な魔力をそこかしこから感じるのう。こちらを遠巻きに眺めておるようじゃが……」

「……そういえば、言われてみれば……」


 アスカロンは考え事をしていたようで気づくのが遅れたようだ。

 俺? 気付けるわけがないだろう。

 歩きにくい岩山に悪戦苦闘するばかりだったよ。


「岩山なんだから野生動物なんて普通いないだろ?」

「いや、この辺りは魔物も出るし鹿も多い。それに鳥すらいないのはやっぱりおかしい」


 アスカロンが空を見上げる。

 確かに、どんより曇った空には一匹の鳥もいないが……

 

「――とりあえず周りに感じる視線の主を仕留めてみるとするかの」


 シエルの魔力が広範囲に広がった――かと思うと。

 その直後、円錐形の杭があちこちから上がった。

 ざっと50くらい。


 シエルとの契約はこちらの世界でも継続中なのは確認済み。

 どれだけ派手な魔法を使ってもどうせ消費されるのは実質俺の魔力なので大技でも気にせずに使えるのだろう。


「ルル」

「はいはいニャ」


 シエルが指示して、面倒くさそうに返事したルルがぴょんぴょんと身軽な動きで円錐の下を確認しにいった。

 やっぱり身のこなしは全然敵わないな。

 こういう足場の悪いところだと顕著だ。


 しばらくするとルルは帰ってきた。

 手ぶら……ではなく。


 三つの魔石を持って。


「多分他のも同じだと思うニャ」


 魔物は倒しても魔石にならず、そのまま死体が残ると聞いている。

 魔石になるのはダンジョン産のモンスターだけだ。


「……これだけの数のダンジョンのモンスターが出現していたってことか?」

「そう考える他ないじゃろうな」


 ちらりとシエルはアスカロンを見る。

 そのアスカロンはと言えば、先程よりも険しい表情を浮かべていた。


「……この辺りにあったダンジョンはボスも倒したし、掃討もしている。ダンジョンのモンスターは湧かないはずだ」

「けど実際にこうして湧いてる。何が起きてんだ?」

「試してみるのが手っ取り早いじゃろうな。悠真、あっちの岩山に向かって<魔弾>を放ってみるんじゃ。人がいないのは気配でわかっておる」

「岩山だからって自然破壊はあんましたくないんだけど……」


 まあ、わざわざこのタイミングで言うのだから何かしらの意図はあるのだろう。

 そこまで大規模な破壊にはならないように、加減したものを少し離れた位置にあった他の岩山へぶつける。


 破壊音と共に岩が飛び散る。

 当然の結果だ。

 実は超硬い岩だった、なんてオチもない。

 いやでも、思ったより壊れなかったような気はするな。


「で、何をさせたかったん……だ……」


 シエルにそう聞こうとしている最中に、それは起きた。

 破壊したはずの岩山が元通りに治ったのだ。

 

 まるで逆再生でもしているかのように、何事もなく。

 俺はあの光景に見覚えがある。

 だが、有り得ない。

 有り得るはずがないのだ。


「……ダンジョンの中みたいな直り方だったニャ」


 恐らくこの場にいる誰もが思ったことをルルが真っ先に口にした。

 

「……ワイバーンに乗ってきたのに、知らない間にダンジョンに入ったか?」

「そんなわけはないじゃろうな。自然に考えるのなら、どこかの地点から――恐らくはワイバーンが留まったあたりから、ここら一帯がしておるということか」


 それこそそんなわけはない。

 そう反論したかった。

 だが、俺はダンジョンでないところがダンジョンになる――そんな現象を知っている。


 ロサンゼルスのビルがダンジョンになったあの事件。


 それが、建物ではなく土地そのものに起きているとでも言うのか?

 

「……なんでそんなことが起きるんだ」

「わしに聞かれてもわからん。じゃが、予測くらいは経つじゃろ――のう、アスカロン」

「あの黒い円柱形の飛翔物体……あれが関係している可能性はかなり高いだろうね。野生動物の姿が見えないのは大量発生したモンスターに狩られたからだろう。そこまでの異常が以前からあるのなら俺の耳にも入っているはず。にも関わらず聞いたことがないということは、このは最近になって起きたものだ」


 アスカロンは冷静な分析をする。


「野生動物がモンスターに狩られたんだとして……元々中にいる人たちはどうなる?」

「――――」


 アスカロンは答えない。

 

「この世界の人々は魔法を使えるんだろ? 抵抗できてるよな?」

「――――」

 

 アスカロンは口を閉ざして、答えない。


「悠真。わかってるじゃろ。魔法が多少使える程度で、一般人がモンスターに対抗するのは難しいということくらい」

「…………そんな」


 鳥すら飛んでいないということは、かなりの広範囲に渡ってこの<ダンジョン化>は起きていると推測できるだろう。

 ここらはまだ岩山だからまだしも、どこかに人里だってあるはずだ。

 街なんかも巻き込まれていたりするかもしれない。


 一体、どれだけの犠牲者が出たのか。

 

 考えるだけで背筋がゾッとする。

 

「……急ぐニャ。エルフが強いと言っても、ずっとダンジョンの中にいたら疲弊もするニャ。みんながみんな、悠真みたいニャお化け魔力じゃないのニャ」


 

3.



 誰が言い出すでもなく、俺たちは走っていた。

 アスカロンが無言で先導する中、後ろをついていく。

 

 シエルがキツそうだったので途中からは俺がお姫様抱っこして走っている。

 最初こそ恥ずかしそうにしていたが、そんなことを言っている場合でもないことをわかっているのだろう。

 小さな声で「恩に着る」と言われただけだった。


 そして走り続けること数時間。

 前方に白い煙が立ち上っているのが見えた。

 それもかなりの広範囲だ。


「……っ!」

 

 アスカロンの足が速くなる。

 俺でも追いつくのが精一杯な程の速度だ。

 やはり身軽さでは軍配のあがるルルの方がまだ余裕があるようで、こちらをちらちらと心配そうに振り返る。


 

 そして――。

 

 アスカロンが立ち止まった。

 目の前で燃え盛る炎を呆然と見ながら。


 

 森が燃えている。

 森林火災というやつだ。

 どれだけの広範囲かは想像もつかない。


「くっ……!」


 アスカロンが手を振りかざすと、森の中の木が風か何かで切り倒されて道ができた。

 そこへ向かって再びアスカロンは走り出す。

 

「シエル、炎を遠ざけられるか?」

「任せるのじゃ」


 元々そこに在るものを操るのが得意なシエルならば炎だってある程度誘導できるかもしれないと思っての言葉だったが、どうやらドンピシャだったようだ。

 同じく炎を操るフレアほどではないにしろ、熱さを感じない程度にはなんとかなっている。


 しばらく走り、再びアスカロンは立ち止まった。

 

「……アスカロン?」

「……ここから先は結界に阻まれているんだ。ちょっと待っていてくれ」


 感情を感じさせない声音で言って、何かの紋様を空中に描き始めるアスカロン。

 青白い光の軌跡となって宙に残ったそれは鍵のようなものだったようで、消えるのと同時に目の前の燃え盛っていた森の光景が一変した。



 燃え盛っていた森とは打って変わって、幻想的な形の木々が集まった森の風景。

 その木々の上には数々のツリーハウスがあり、確かに文化的な暮らしを感じさせる。

 何より――


「すげえ……」


 大きな魔力を無数に感じる。

 少なく見積もっても、100人はいるだろうか。

 全員がルルと同等かそれ以上の魔力を持っている。



 そして。

 数々のツリーハウスの中でも、特に大きな――集会場のような様相を呈しているところから、何人かの人が顔を出した。

 全員の耳がアスカロンやシエルのように尖っている。


 エルフだ。


 そのうちの一人がこちらを――アスカロンを指差して、なにやら大きな声を出しながら中へ戻っていた。

 しばらくして、何十人ものエルフがその中から出てくる。



 がくっとアスカロンがその場に膝から崩れ落ちた。


「アスカロン!?」

「――今、俺は恐らく人生で一番、他人に対して感謝しているよ」


 アスカロンはこちらを見上げた。

 その紺碧の瞳には涙が湛えられている。


「ありがとう。悠真が帰れと言ってくれなければ、俺は間に合わなかった」

「ど……ドウイタシマシテ?」


 ストレートにお礼を言われるとこっ恥ずかしいのだが。

 俺はアスカロンに手を貸して、立ち上がらせる。


「とりあえず再会を喜んでこいよ。俺らのことは後でいいから」

「いや、先に外の炎を消そう。あの炎は特殊だから、簡単には消えない。悠真の力も貸して欲しい」


 ……さいですか。

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