第167話:必要な儀式

「心配しすぎだよ、悠真。確かにあの不思議な流星が落ちた方のは俺の故郷がある方角だけれども、世界は広いんだ。そこに落ちた可能性なんてほとんどない。それに、仮に近くに落ちてたとしても彼らは大丈夫だ。エルフは魔力に優れているからね」


 俺がすぐにでも故郷の様子を見に行った方がいいと言っても、アスカロンは楽観的だった。

 いや、違う。

 俺が悲観的なのだろう。

 彼の言う通り、世界は広いのだ。

 落ちていった方角が同じだからってあの流星がアスカロンの故郷にピンポイントで落ちる確率なんて限りなく低いだろう。


 しかし、このタイミングのアスカロンに出会ったということがどうしても俺は引っかかる。


「俺があんたに会いに来た理由がこれかもしれないんだ。後悔したくはないだろ」

「うーん……」


 困ったようにアスカロンは笑う。

 

「……どうしても行かねえっていうんなら、俺は一人でも勝手に行くからな」

「それは悠真にとってどんな意味があるんだい?」

「俺の自己満足だ」

「そのために切り捨てられる人がいたとしても?」

「当然だ。俺も――あんたも助けられる人数には限りがあるだろ」

「…………」


 俺の言葉に何かしら思うところがあったようで、アスカロンは眉を寄せた。

 

「……俺は大勢を助けたい。その為に強くなったんだ」


 絞り出すように出てきた言葉は、そんなものだった。

 そりゃ高尚だ。

 尊い考えなのだろう。


「それに君だって俺と同じタイプの人間だろう? 悠真」

「そうだな――」


 俺も他人からこうして諌められる側だ。

 どの口でこんなことを、と自分でも思う。

 

「俺は良いんだよ。あんたは駄目だ」

「ふっ……」


 アスカロンは苦笑とも失笑とも取れるような微妙な感じで鼻を鳴らした。

 

「……なるほど、未来の俺が短時間で悠真を気に入るのもよくわかるよ」

「じゃあ未来の自分に免じて俺の言う通りにするんだな」

「そういう訳にもいかない。悠真は間違えていないけれど、俺も間違えてない。正義と正義が衝突した時にどちらが正しいことになるか、知ってるかい?」

「……どういうことだよ」

「勝利した方さ」


 アスカロンは俺に剣を渡して、三歩ほど離れた。


「……弟子入り一日で師匠を超えろってか? テンポが重視される週刊連載もびっくりの超展開だな、おい」

「週刊連載?」

「こっちの話だ」


 なるほど、要するにアスカロンは俺の言うことを飲むつもりはないわけだ。

 自分は間違えていないと思っているから。

 いや、事実間違えていないのだろう。

 多くの困っている人間を助けたいアスカロンとしては、危険に晒されている可能性もまず低い上に、そもそもその危険を自力で乗り越えることのできる故郷をわざわざ慮る必要はないと考えているのだから。


 俺が未来を知っているというだけでは根拠は薄い。

 このタイミングでアスカロンの『大切な存在』がいなくなるとは限らないからだ。


「ちなみに、先に聞いとくぞ。あんたが一番大事に思ってる人ってのは、故郷にいるのか?」

「幼馴染だよ」

「女か?」

「まあね」

「なら尚更帰らせるからな、絶対」


 自分に置き換えて考えればわかりやすい。

 もし俺がアスカロンのような選択をした結果、帰ってきた時に知佳やスノウたちが死んでしまっているような結果になっていたら。

 俺は一生自分のことを許せないで、自分自身を憎しみ続けるだろう。

 

「一発でも入れたら悠真の勝ちだ。俺の方の勝利条件は……君が参った、というまでか、シエルさんが止めるまでかな」

「わしか?」


 興味なさげにしていたシエルが反応する。

 もう少し興味持ってほしいんだけど。


 シエルは何か言いたげにアスカロンのことを見た後、結局何も言わずに「はぁ」と溜め息をついた。


「わかった。わしが一応審判もどきのようなことをやるとするか」

「助かるよ」

 

 ホッとしたようにアスカロンが笑う。

 止める人間がいないとやりすぎるかもしれないからだろうか。

 正直ちょっと怖くなってきたんだが。


「よし――先手は譲るよ。俺は師匠だからね」

「んじゃ遠慮なく――」


 魔力の制限や魔法の制限はかけられていない。

 一発入れれば俺の勝ちだと言うのなら、先制不意打ちでぶち込むのが一番いいに決まっている。


 アスカロンが言い終わる前にもう俺は動いていた。

 小細工なし、真っ直ぐを全速力で突く。

 俺のフルパワーは要するに全開の魔力に付与魔法エンチャントだ。

 仮に胴体に当たればさすがのアスカロンと言えども即死しかねないので、腕を狙ったのだが――

 

 躱すでもなく、合掌した手で――真剣白刃取りで止められていた。

 

「……バケモンかよ」

「ちょっと肝を冷やしたよ。そう来ると思っていたから止められたようなものさ」


 ひゅん、と体が後ろに浮き上がった。

 剣ごと投げられたのだ、と気付いた頃にはアスカロンの拳が目の前にあった。


「――ッ!」


 顔面ど真ん中を振り抜かれそうだったのを、辛うじて少し頭を下げることで額で受けることに成功する。

 ガゴッ、と鈍い音。

 魔力での肉体強化は圧倒的に俺の方が上なはずなのに、剣をも弾くアスカロン特有の謎強化術のせいで普通に痛い。

 

 割れたかと思った。

 

 ていうか……


 つつぅ、と額から血が流れてきたのがわかる。

 本当にちょっと割れてるよ。


「容赦ねえな、アスカロン。今のモロに食らってたら歯の一本や二本は折れてたぞ」

「普通はその程度で済まないんだけどね」


 でしょうね。

 今のをゴブリンやオーク相手にやっていたら上半身が消し飛んでいただろう。

 

 多分今のでも本気パンチではないのだが。

 俺の方は本気で腕の一本くらい飛ばすつもりだっただけに、あっさり返されて少し驚いている。


 不意打ちなら決まると思ったんだけどな……


「もう降参するかい?」

「いんや、全然」


 ……試してみるか。

 ずっと前から密かに練習していた、まだ未完成の魔法を。


「――ふぅ――」


 足を肩幅に開いて、深呼吸する。

 明らかに俺が何かをしようとしていても、アスカロンは邪魔してこないだろう。

 そういう男だ。


 自分の中に制御装置リミッターがあるのを想像する。

 普段は自分が怪我しないように抑えつけている力があると、思い込む。

 全力で思い込む。

 

 そして次にやることは、その制御装置を魔力と体力で解放してやることだ。

 

 段々と鼓動が速くなっていく。

 体全体が軋みだす。

 そして、徐々に痛みが全身を支配していく。


 代償なしでこの魔法を使えないことは薄々わかっていた。

 効果はシンプルだ。

 膨大な魔力に物を言わせて、体の限界を超えて強度や速度を増す。


 制限時間は今の所、たったの4秒。

 考えている暇はない。

 

「――!!」


 左足での蹴りが防がれる。

 しかしあとほんの少し反応が遅れていればクリーンヒットしていただろう。

 蹴った脚をそのまま三次元的に軸足にして、右足で地面を蹴り上げて地面と平行の体勢から今度は剣を振るう。


「くっ――」


 ギィン、と硬質な音と共に弾かれる。

 しかしアスカロンの腕も一緒に後ろへのけぞっていた。

 ――が。


「ぐおっ……!」


 背中側から衝撃。

 いつ用意していたのか、炎弾が背後から炸裂したのだ。


 肺に溜まっていた空気が全部口から出ていく。

 剣も手からこぼれ、同時に魔法の効果も切れる。

 まだ4秒も経っていないが、不測の事態だ。


 ふっ、と一気に力が抜け、アスカロンもそれを感じ取ったのか一瞬だけ気を緩めた。

 

 ――隙はそこにしかない。


 俺とアスカロンの間にはそれだけでかい差がある。

 


「喰らえ――」


 ダンジョンで出会った亡霊にも防がれ、今のアスカロンも自分なら防げると言っていた魔法。

 俺が一番最初に使えるようになったオリジナルの魔法――魔弾。


 の、改良版。

 威力なんてどうでもいい。

 速度だけに全てのリソースを割いた、の魔法。


 あるいはシトリーの雷さえも凌駕するスピードのそれを、アスカロンは流石に避けること叶わず、咄嗟に両腕でガードした。

 いや、今の防御するだけでも意味わからないんだけどな。


 だが。


 ごつん、と俺の拳がアスカロンの額に当たる。

 全然痛くはないだろう。

 触れただけのようなものだから。

 というか、それしかできなかったから。


 そのままべしゃっと俺は地面に墜落する。

 もはや受け身を取るだけの余裕すらなかった。


「けど、一発は一発だ」

「……驚いたな」


 攻撃とも言えない攻撃だったが、どうやら認めてくれはするらしい。

 絶対火傷してる背中を擦りながら俺は立ち上がる。


 すると、後ろから肩をぽんと叩かれた。

 それと同時に痛みも完全に消え去る。


「うむ、頑張ったのう」

「そりゃどーも」


 この一連の流れに興味なさげにしていたシエルだった。

 

「わしから見れば確かに一発入っていたが、アスカロンからはどうじゃ?」

「完全に一本取られたよ」

「では、茶番もここまでで良いな?」

「ああ、異論はないさ」


 ……茶番?

 いや俺は真剣に戦って……

 アレでも、アスカロンは本気とは言えなかっただろう。


 本気なら最初に額を割られた時点で勝負はついていただろうから。

 オークやゴブリンの上半身を吹き飛ばすのなんて俺でもできる。

 アスカロンが本気で殴れば、俺の意識はあの一撃で刈り取られていた。


「ふふん、あたしは気付いてたニャ!」


 珍しく黙っていたルルが得意げな顔をして語りだす。


「最初から稽古をつける為の動きだったのニャ! 本気で戦うつもりなんて全然なかったニャ!」

「すごいな。そこまで見抜いてたのか」

「まあニャ! あたしは天才ニャのだ!」

「……戦うつもりはなかったって、じゃあ故郷に戻る戻らないの話はなんだったんだよ」


 腑に落ちない。

 俺の説得は?

 割られた額と焼かれた背中はやられ損だったのか?


「この男にとっては必要な儀式だったんじゃろ」

「いやあ、まあ……必要というかなんというか……」


 アスカロンが照れたようにはにかんだ。

 世のお姉さま方が見たら一発でコロッと落ちてしまいそうな仕草だ……

 じゃなくて。


「だからどういうことだよ」

「全く、おぬしも察してやれ。本当は故郷が心配で帰りたくて仕方なかったが、ダンジョンを攻略して大勢を救うと言った手前そう簡単にじゃあ戻るとは言いだせんじゃろが」

「……は?」

「まあ、概ね間違えてはないかな」

「はあああ!?」


 最初から帰る気満々だったのかよ!

 俺と立ち会って一発入れられたら帰るって、そのための口実にしたかっただけか!


「マジかよ……完全にやられたわ……」


 まあ思い返せば、アスカロンは誰にでも分け隔てなく優しい男だ。

 しかし仲間が危険な目に遭っているかもしれないとなった時に全く心配をしないような奴ではない。

 むしろ必要以上に慮るだろう。


「でも、悠真が戻った方がいい、と言い出さなかったら戻るつもりはなかったよ。実際、無事である可能性の方が遥かに高いからね。確かにあの流星は異様だけれど、ダンジョンからモンスターが溢れ出たり、周りで湧いたりしてる方がよほど危険だと判断していた可能性は高い」


 アスカロンの方は吹っ切れたようでいい笑顔なのだが……

 対して俺は最悪の気分だ。


「あ゛ーなんかこっ恥ずかしいこと言ってた気がする……最悪だ……」


 どうしてもアスカロンを説得しないといけないと思ってたからな……

 

「いいや、色々響いたよ。助けられる人数には限りがある、とかね」

「受け売りなんですすみません!」


 なんかの漫画で読んだだけだよ!

 あー恥ずかしい!


「それじゃお前あれか、最初から俺に一発入れられるつもりだったのか」

「もちろんわざとそうなるつもりはなかったよ。納得行く動きが出るまでは粘るつもりだったけど、それが案外早くて驚いたんだ。悠真は誰かの為に戦っている時が一番強いのかもしれないね」

「やめてー!」


 恥ずかしくていっそのこと逃げ出したい。

 4秒しか使えない魔法を切り札みたいにドヤ顔で出した過去も消し去りたい!

 切り札が決め手にならなくても機転を効かせた俺かっこいいとかちょっとでも思った過去を消し去りたい!!


 くそぅ……


 俺が悶えていると、ルルが慈しむような表情で近づいてきた。

 そして俺に視線を合わせ、何故か決め顔をしてちょっと低めの声音で――


「『俺は良いんだよ。あんたは駄目だ』」

「テメエ覚悟しやがれこの雌猫があ!!」

「ニャッハハハハハ!! 一生このネタを擦り続けてやるニャ!!」


 クソ、あいつすばしっこい。

 いや違う、俺が例の切り札を使ったせいで鈍くなっているのだ。

 ぜってえ許さねえからな……


 あんなことやこんなことをしてわからせてやる。

 ニャンニャン言ってる余裕がないくらいわからせてやる。

 

「ニャ!? お、悪寒だニャ……」

「どうせ痛い目を見るのはおぬしじゃろうに……」


 身を震わせるルルにシエルが呆れたように呟く。

 

 そんな様子を見て笑っていたアスカロンが俺に手を差し伸べた。


「悪かったよ、悠真。ダンジョンの探索はしばらく休んで俺の故郷へ向かうけど、付き合ってくれるかい?」

「……しゃーねーな、付き合ってやるよ」


 俺はアスカロンの手を取った。

 やっぱり顔に似つかわしくないゴツゴツした手だった。

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