第165話:師匠

 ドドドドド、と連続した破壊音が響く。

 立ち込める土埃がなくなった後、そこには赤紫色に光る魔石のみが残っていた。

 拡散魔弾でダンジョンの外に湧いていたモンスターを蹴散らしたのだ。

 

「どうよ、俺も結構やるもんだろ?」


 俺はドヤ顔で振り向く。

 しかしアスカロンの反応は芳しくなかった。


「確かに強力な魔法ではあるけど……ある程度以上の相手には通用しない。例えば俺だったら、さっきの弾は全部叩き斬れる。シエルさんも叩き斬れはしないでも防ぐことは可能だろうね」

「まあ、防ぐだけなら容易いじゃろうな」


 シエルも同意する。


「……やっぱあんたらクラスから見ると全然駄目か?」

「いや……多分だけど、そこの猫の子でもできるんじゃないかな」


 俺がルルの方を向くと、ピンと尻尾を立てて警戒するルルは俺たちから一歩離れた。


「試すとかは絶対嫌ニャ。でもあれを防げるか防げないかで言えば、多分防げるニャ」

「そうなのか」


 いや、ルルだって間違いなく強者だ。

 単独で真意層含めてダンジョンを突破できる人なんてそうはいないだろう。

 しかしアスカロンやシエル、精霊たちが防げると聞いてもそりゃそうだろうな、とは思うがルルにまで防御可能だと聞くと釈然としない部分がある。


「ニャんだか差別を感じるニャ……」


 俺以上に釈然としない表情のルル。


「差別じゃない、区別だ。けど、じゃあどうするのがいいんだ? 強い相手には全力で魔弾を放つってわけにもいかないし」

「いや、魔法の発想そのものには問題ない。問題があるのはその放ち方……とでも言うべきなのかな」


 そう言ってアスカロンは俺に剣を手渡してきた。

 剣の方のアスカロンだ。

 ……ややこしいな。


 そうしてアスカロン自身は手刀を構える。


「ちょっと打ち込んできてみようか。全力でいいよ」

「……この剣で?」

「ああ、大丈夫。怪我はさせないようにするから」

「…………ほほーう」


 アスカロンは強い。

 精霊やシエルと同クラスだと考えていいだろう。

 近接戦闘に関しては明確にそれ以上だ。


 もちろん戦って勝てるとは思ってない。

 だが、俺は剣を持っていて相手は手刀。

 それで全力でかかってきて良いと言われ、怪我はさせないとまで気遣われる。


 ここまで舐められて火がつかない奴は男じゃないだろう。


「腕の一本や二本くらい落ちても知らねえからな!」


 俺はそう言って地面を蹴った。

 流石に付与魔法エンチャントを使うのはまずいだろう。

 しかしそんなものがなくても並の武器より遥かに切れ味のいいこの剣だ。

 当てる角度によってはアスカロンの腕どころか、体まで真っ二つにしてしまいかねない。


 その辺りのことを考えて振るった剣は――


「――!」


 キィン、と甲高い音を立てて手刀に弾かれた。

 生身でこの剣を弾いた……?

 そんなのは魔力量だけならアスカロンよりも優れる俺でも無理だ。

 魔力量と肉体強度はほぼイコールなはずである。


 それなのに何故、こんなことができる?


「考え事は無しだよ、悠真」


 右手の手刀が迫る。

 恐らく、俺が見て躱すことのできるギリギリの速度を意識してやっている。

 手加減されているのだ。

 

 ――くそっ。

 

 アスカロンの思惑通り、俺はそれを辛うじて躱す。

 と。


 左の掌が、俺が躱した先にまるであらかじめ置いてあったかのように自然にあった。

 そしてその左の掌から眩い光が出る。


「うぉっ……!」


 思わずたたらを踏んだ俺に、アスカロンが追撃してくることはなかった。

 あくまでも模擬戦。

 今のが俺の魔弾のような性質を持った攻撃だったら、俺の頭は吹き飛んでいただろう。


「魔法は避けられない状況を作り出すことが重要なんだ。悠真のような一撃必殺級の威力なら特に、ね。確実に自分を倒せる威力の魔法は一度見られれば間違いなく近接戦闘へ持ち込まれるから」

「……なるほど」


 まさかここまでの差があるとは。

 互いに本気ではなかった。

 だが、本気で戦っても勝てはしないだろう。

 それだけの差がある。

 それは受け止めよう。


 そもそも、アスカロンに稽古を付けて欲しいと言い出したのは俺なのだ。

 

 ただダンジョンの探索を手伝って、この過去から抜け出す方法を探すだけでは勿体ない。

 なにせ、アスカロンは恐らく俺が知る人物の中で唯一、高い魔法技術と高い戦闘技術を兼ね備えた存在なのだから。


 ルルは戦闘技能に関してはともかく魔法は俺と同レベルだし、精霊たちも魔法のレベルはずば抜けているが近接戦闘に関してはそこまで劇的に俺より上というわけではない。

 シエルだって恐らく同じことだろう。


 しかしアスカロンは精霊たちやシエルに比べてどうかまではわからないが、魔法を高いレベルで使いこなす上に戦闘技術も高いサラブレッドだ。

 

 俺の目指すべき位置はここなのだろう。

 というわけで、師事を仰いでいるのである。


「とは言え、さっきのでも並の相手なら余裕で倒せると思うけどね。ダンジョン内で使う分にはあれで全然問題ない」

「いや……そんなレベルで満足してちゃ駄目なんだよ」

「例の銀髪の少女かい?」

「……ああ」


 あの化け物じみた魔力量。

 自分の魔力を正確に把握しているわけじゃないからなんとも言えないが、少なくとも今まで会った中ではダントツで一番多い。

 正面からぶつかりあっても、使える魔法の質からしてまず勝てないだろう。

 なにせ相手は死者蘇生すら可能っぽいことを言っていた程だ。


 しかし先程アスカロンも言っていたじゃないか。

 相手が一撃で自分を倒せるのなら、距離を詰めて近接戦闘を行えばいい。


 俺の魔法だって一撃必殺級の威力はある。それはアスカロンのお墨付きだ。

 勝機があるとしたらそこなのだろう。


「正直、俺としては悠真が魔力量で敵わないかもしれない、なんて相手がいるのは信じられないんだけどね。その魔力量は脅威だよ。ある程度距離が離れたら、もう成すすべなくやられるしかない」

「そうなのか?」

「遠くからその……<魔弾>だっけ? それを連発されるだけでかなりキツイよ。弾いたり斬ったりして無効化したとしても、爆風は生まれる。ダメージを完全に無効化できるわけじゃない。近距離なら連発の隙を狙って接近できるけど、遠くにいるのならいずれこちらがジリ貧になる」

「でもそっちにも魔法はあるだろ?」

「スピードに特化した魔法や破壊力に特化した魔法、あるいは防御に特化した魔法なんかを持っていればなんとかなるだろうけど、俺の場合はそういうのがないからなあ」

 

 なるほど、つまりアスカロンにはその手段で勝ててもスノウたちには勝てないんだな。

 スノウの氷の防御を抜くのは大変だろうし、フレアの方が一撃の破壊力は優れている。

 ウェンディの精密さがあれば俺の魔弾を躱しながら反撃するのも容易いだろうし、俺にとっての長距離なんてシトリーからすれば瞬きする間に移動できてしまう。

 シエル相手も……多分無理だろう。

 魔法に対する知識量が段違いだ。


 あの少女も無理だ。

 押し負けるのが俺になる。


 うん、やっぱ近接戦闘磨くしかないな。


「……そういえば、さっき剣を弾いてたのはどうやってたんだ?」


 俺の力であの剣を振るったのだ。

 どれだけ肉体強化を施していようが難なく切り裂けるはずである。


「ああ、あれは……説明が少し難しいんだ。俺も意識してやってるわけじゃないから」

「どういうことだよ」

「うーん……」


 どうやら本当に説明が難しいようで考え込んでしまった。

 でもアレできるとできないとじゃかなり違う気がするんだよな。


「シエル、エルフって魔力を肉体強度に還元みたいなこと言ってたよな?」

「そうじゃな。少なくともアスカロンみたいなのはかなりの特例じゃろ。普通は精々わしくらいじゃ」

「そうニャ、エルフは肉体は弱っちいのニャ。だから押し倒してしまえばこちらの勝ちなのニャ!」


 ルルが何故か勝ち誇っているが、シエルとの力量差を考えればまず近づくことができないだろうな。

 

「でもそんなおぬしの肉体強度も悠真に比べたらカスみたいなもんじゃぞ。捕まって押し倒された時に困るのはどちらじゃろうなあ」

「ニャ!?」

「しかも悠真は明確にわしの味方じゃからな。のう、悠真?」

「え? まあ、ルルかシエルかって言われたらそりゃシエルだよな」

「ニャニャ!?」


 ショックを受けたようにその場に崩れ落ちるルル。


「考えてみればあたしはちょっと不憫すぎる気がするのニャ。何も悪くないのに監禁されてるようなもんニャ! ただちょっと<失われた魔法ロストマジック>を使ってるところを見ただけニャのに!」

「そういうことを迂闊に叫んじゃうから監視しとく他ないんだよなあ……」

「ニャ!?」


「……ロストマジック?」


 未だに謎の肉体強化について悩んでいたアスカロンが反応した。

 ほら見ろ、他の人に知られたじゃないか。

 まあアスカロンなら知られたところでどうこうされる心配はないが……


「膨大な魔力が対象の存在に直接介入して消失させてしまう……って俺の知ってる巨乳が言ってたよ」


 シトリーである。


「……その人が巨乳かどうかは置いといて、それはもしかして<神話級魔法>のことじゃないのかい?」

「そういえば神話にも出てくるって言ってたな。なあ、ルル?」

「ニャ? なにがニャ?」


 こいつさっきの今でもう話を聞いてないのかよ……

 頼りにならないルルの代わりにシエルが引き継ぐ。


「確かに神話にも出てくる魔法じゃの。神を罰する為にあった魔法じゃと聞いておる。おぬしの剣、アスカロンが本当に神に託されたものじゃとすると、あの魔法も本当に神話通りの意味を持っておるのかもしれんな」

「俺も父からそう聞いているだけだから、本当に神が存在するのかまでは知らないが……悠真が<神話級魔法>を本当に扱えるというのなら、紛れもなく一撃必殺じゃないか」

「当たれば、だけどな。出す為の隙がまずでかい。詠唱が必要だし、俺の足も止まる」


 相手がでかくてトロい相手ならばあの白い玉自体を大きくすることで飲み込めるが、人間サイズともなればそうはいかないだろう。


「そうか……まあ、神をも滅ぼす魔法をそう簡単に使えるはずもないのかな」

「だろうな。自称神に選ばれたガキにお仕置きするのにはちょうどいいのかもしれないけど……」


 当てるまでが大変だろうなあ。

 でも確かにアレならばそもそも防ぐことなんてまずできないだろう。

 あの魔法はそんな次元にあるものじゃない。

 当たれば終わり、当てれば終わりだ。


「戦いながら詠唱するのは駄目なのニャ?」

「動きながら詠唱なんてしたら舌噛んじゃうだろ。それくらいなら他の人に拘束してもらって留めだけっていう方がよっぽど現実的だ」

「舌くらい噛みちぎってもそう簡単には死にゃしニャいニャ」

「そんだけニャーニャー言っててよく舌噛まないなとは思うけどな」

「あたしがニャーと言わなくニャったらキャラが薄くなるのニャ」

「そんなこと考えてニャーニャー言ってたの!? 嘘だろ!?」

「常識的に考えて普通にしてて語尾がニャになるわけないニャ」


 なんだこいつ、偽物の猫耳娘か!?

 こんな奴がいていいのか!?


「フリーの探索者は特徴を覚えられてなんぼニャ。強い猫獣人なんてどこでにもいるのニャ。でもニャーニャーいう猫獣人はあんまりいないニャ」

「……なんでだ? キャラが薄くなるんだろ?」

「恥ずかしがってやらニャいのニャ」

「…………」


 嫌な話を聞いてしまった。

 しかし他人が恥ずかしがることを平気するルルは大物なのか、それともアホなのかどちらなのだろう。


「考えてもみて欲しいニャ。犬の獣人が語尾にワンとつけて喋るわけないニャ?」

「もう黙ってくれ」

 

 俺の猫耳娘に対する憧れのようなものが音を立てて崩れていったような気がする。


 俺たちのコントが終わったところでアスカロンが会話に入ってくる。

 

「彼女が言った、動きながら詠唱するというのは結構いい線いってるよ」

「え、そうなの?」

「ほら見ろニャ。崇めるの――ニャ!?」


 胸を張るルルの胸を揉んだ。

 うむ、柔らかい。

 

「おおおお前乙女の胸にニャんてことするのニャ!!」

「ここにはスノウやフレアの目がない。つまり何をしても後で怖い目に遭うことはない」

「こいつ無敵にニャってるニャ!? せめて乳を揉むならもっと有難がって揉むの――喋ってる途中に揉むニャ!!」

「ありがたや」

「女の敵ニャ!!」


 有難がればいいと言ったのはルル本人だというのに。

 騒ぐルルを無視して話を進める。

 

「ああ、悪いアスカロン。それで詠唱しながら戦うのがありっていうのは? 舌噛んじゃうだろ?」

「ほ、奔放だな、君は……詠唱しながらと言ってもずっと詠唱し続けるわけじゃない。動作動作の合間に一節ずつ挟むようなイメージだ。ただし、高等技術であることには間違いないね。まず戦闘をほぼ無意識でやれるくらい練度が高い必要がある」

「できるまでにどれくらいかかると思う?」

「……少なく見積もっても、30年くらいはいるだろうね」

「無理じゃん」


 いや、無理ではないんだが。

 俺もうその頃には50過ぎになってるよ。


「やっぱ一足飛びに強くなるってのは無理なんだなあ……」


 そう甘い世界ではない。

 それはわかっていたつもりだったが……


「君たちが帰る算段がつくまでどれくらいかかるかはわからないけど、なるべくその時までに鍛えられるだけ鍛えるつもりではいるよ。悠真は動きの勘は悪くないし、短期間でも強くなれると思う」

「動きの勘?」

「なんというか、悠真の場合戦闘経験自体の浅さはともかくとして案外戦闘時の動きは模範解答に近いものができているんだ」

「模範解答ねえ……」


 もしかして俺がそういうバトル系の漫画やアニメばかりを好んでいるのも関係していたりするのだろうか。

 というか、してそうだな。

 体が思い通りに動く現状、参考にするのはやっぱり漫画やアニメのとんでもない動きだったりするわけだし。


「まずは素手でルルさんに勝てるくらいになってもらおうかな」

「えっ……魔法も無しでってことか?」

「もちろん」


 うーむ。

 現状だとまあまず無理だな。

 ルルの獣じみた動きは目で捉えるだけでも大変なのだ。


「ニャんであたしが一番最初の関門みたいにされてるのニャ……納得いかないニャ……」

「まあまあ、後で乳揉んでやるから」

「ならまあ……ってなるわけないニャ!!」

「はっはっは」

「笑い事じゃないニャ! こ、このままじゃ本当になし崩し的にハーレムに加わることになるニャ……スノウの言っていた通りニャ……」


 勘違いしないで欲しいのだが、本気で嫌がってるのなら俺だってしない。

 だが俺は知っている。

 夜のプロレスをしているとルルが興味津々でこちらを覗いてきていることを。

 なんならシエルとの時も……

 まあこの話は別の機会にしよう。


 猫特有の抜き足差し足で気付かれてないと思っているのだろうが、こちとら魔力で超強化された聴覚があるのである。

 そんなもので誤魔化される俺ではないのだ。


 でもスノウとかいると後が怖いからやらないけどね。


 それはともかくとして、ここからは恐らくそう長くはない期間の間にどこまで強くなれるかだな。

 最低限、素手でルルに勝つ、か。

 アスカロンはさらりと言ったが、難題であることは間違いない。


 ……まあ、頑張ってみるさ。

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