第166話:転換点
1.
「ふー……」
本日三体目のモンスターを倒してひと息ついた。
疲労感から片膝をついてしまう。
「うん、やっぱり動きは良くなってきてるよ」
アスカロンの差し伸べる手を取って立ち上がる。
体が疲れているわけではない。
精神的な疲れだ。
「そうならいいんだけどな……」
俺たちはダンジョンを攻略している。
現在地は洞窟型のなんてことないダンジョンの5層目なのだが、凶暴化しているとあって俺たちの世界で出会うモンスター基準で言えば、真意層でもそこそこ潜った方くらいの強さはあるのではないだろうか。
俺はそんなモンスター相手に、アスカロンの指示で魔力による肉体強化の度合いを下げて戦っている。
恐らくだが、今の俺の身体能力は並の探索者よりも若干優れている程度。
下手すりゃ知佳に腕相撲で負けるレベルまで下がっている。
今倒したのは岩でできた鎧に守られていたでかいトカゲみたいなやつ。
リザードマンとは違って四足歩行なのが案外戦いづらい。
「今のお前ならあたしでも瞬コロできるニャ」
「おうやってみろよ、その瞬間に全力出してわからせてやるから」
ルルの軽口に応じつつ、俺は呼吸を整える。
肉体強度を下げている関係で、相手の攻撃が当たれば今の俺は普通に怪我をする。
もちろんシエルもアスカロンも治癒魔法をかなり高いレベルで使えるので俺が怪我したところですぐに治ってしまうのだが、怪我した瞬間はやっぱり痛いし、自分の方が圧倒的に強かった時には感じなかった根源的な恐怖のようなものに足がすくむ瞬間もある。
なんだかんだ、精霊たちがいたらこんな戦い方は許可されなかっただろう。
あいつら過保護だからな。
それで助かってる場面も何度もあるので、それが悪いとは全く思わないが。
まあ……
「ほら、怪我はないか? 大丈夫か? どこも痛くないか?」
孫を心配するお婆ちゃんみたいなノリで治癒魔法をかけてくるシエルも過保護と言えば過保護なのだが。
「ちゃんと見てただろ? 別に大した怪我はしてないって」
そもそもかすり傷くらいなら流石に自分で治せる。
欠損レベルまで行くと無理だが。
そんな俺の腕を持ち上げてシエルは袖のあたりを指差した。
「でもおぬし、ここに血が滲んでおるではないか!」
「……あたしやカズマのおっさんが怪我した時は舐めとけば治るとか言ってたくせに、随分な変わりようだニャ」
「おぬしらは勝手に治せばいいのじゃ」
「これだから色恋にやられた女はめんどくさいのニャ」
やれやれなんて感じで肩をすくめるルルだが、そんな達観したように言えるほどの経験を詰んでいるのだろうか。
シエルの冷めた視線を見る限り、誰かが言っていたことの受け売りのようにしか思えないが。
「ははは、君らといると退屈しないな」
「悪いなアスカロン、むしろ効率悪くなってるだろ」
「いや、一人で黙々とやるのにもやはり限界はあるからね。俺にとってもいい刺激になるし」
「だといいんだけど……」
アスカロンとの探索は驚くほどのハイペースで進んでいった。
風を飛ばしてルートを探ったりモンスターを排除するという、ウェンディがよくやっている探索方法に近いものを実践しているらしくほとんど迷うことなく次の層へと進む階段を見つけてはサクサクと下へ降りていく。
道中、手頃なモンスターを見つけては俺が魔力を制限した状態で相手をする。
そして改善点があればすぐにアスカロンから指摘を受け、あるいは実践したものを見せてもらったりして、シエルが傷を治してルルがそれを茶化すという一種のルーティーンのようなものができあがっていた。
そして、ダンジョンの9層目に入ってしばらく歩いたところでアスカロンは立ち止まり、呟いた。
「ボスだ」
直後。
轟音が鳴り響いて、地形が変化していく。
先程まで通路だったところに壁が出現し、大きく盛り上がっていって天井も高くなる。
やがて、俺たちを中心として大きな部屋のように変わり果ててしまった。
「これは……」
少し離れたところには岩でできている巨人がいた。
そっくりだ。
あの時、俺とスノウが出会った最初のボスに。
いや、もちろんよく見れば全く別のゴーレムだということはすぐにわかる。
あの時であったのは5メートル程度の大きさだったが、こいつは更にそれより一回りほど大きい。
後ろを振り向くと、これまたあの時と同じように逃げ道は塞がれていた。
「今の倍くらい魔力を解放するんだ、悠真。それであのゴーレムを倒してみようか」
「……今の倍か」
大体、未菜さんより若干劣る程度の身体能力になるといった具合か。
彼女が単独でボスを倒せるかと言うと、相手によっては、という答えになるだろう。
この手のデカブツ相手ならば、今の未菜さんは難なく倒してしまうと思う。
つまり、俺にだって勝機がないわけではない。
「アスカロン、わしは危ないと思ったらすぐに割って入るからの」
「ああ、好きにしてくれ。俺もそうするつもりではいるが――きっと大丈夫さ」
そうこう言っている間にゴーレムは動き出す。
鈍重――ではない。
むしろデカさの割に早いくらいの動きだ。
普段ならばともかく、正面から攻撃を受けるのは得策とは言えないだろう。
ゴーレムが大きく振りかぶった拳を、少し余裕を持って後ろに飛んで躱す。
ゴッ、と派手な破壊音が鳴るが、肉体強度を制限しているとは言え攻撃を見きれない程ではない。
これならばちゃんと致命打を与えることができれば勝てるだろう。
神剣の方のアスカロンは、付与魔法をしなくても岩くらいならバターのように斬れてしまう。
付与魔法さえあればダイヤモンドだって容易に斬れるだろう。
勿体ないからやらないけど。
要するに、攻撃することさえできればなんとかなる算段はつくのだ。
「あの時のリベンジだな」
あの時はスノウに守られるだけだった。
だが、これからは違う。
隣に並んで一緒に戦えるだけの力を俺自身も持たなければならない。
「……気が変わった」
俺は剣を地面に突き立てる。
この武器は強すぎる。
アスカロンの意図とは違ってしまうかもしれないが、あの時と同じ状況――素手であいつに勝ちたいのだ。
「ニャんで剣を捨てるのニャ!?」
ルルの声が聞こえるが――
俺は既に走り出していた。
あの時のように、逃げる為ではない。
遮二無二なんとかしようと、無謀なタックルをかます為でもない。
あそこまでデカければ足元への攻撃は苦手なはずだ。
そうでない可能性ももちろん選択肢からは消さない。
何が起きても対応できるように余裕を持つのだ。
足元まで駆け込んだ俺へ、ゴーレムは垂直に拳を振り下ろしてきた。
それを横にステップを踏むことで躱す。
「<凍てつけ>!!」
スノウのような氷――とまではいかない。
使う魔力を制限していることもあって(そうでなくてもだが)規模も威力も段違いだ。
しかし、地面にめり込んだゴーレムの腕を一瞬固定する程度ならば十分だった。
一瞬だけできた隙で、俺は右手の人差し指と中指を伸ばしてゴレームの頭部を指差す。
「<火よ 穿て>!!」
炎が発射され、ごうん、と爆発するような音。
ゴーレムと言えども頭部はやはり弱点なのか、他に比べて脆いようだ。
今の一撃で顔面が崩れかかっている。
とは言え、そこを崩したからと言って終わりというわけではないらしい。
ゴーレムはまだ動き、先程の氷を簡単に砕いて俺を狙ってくる。
もちろんその動きは見えているので、俺は難なく大雑把な攻撃を躱す。
再び大きな拳が地面に突き立てられ――
「――<風よ>!」
俺は魔法で風を起こし、自分の体を上空に吹き飛ばした。
その直後に、俺がつい先程までいた地面から円錐形の杭が生えてきた。
土を変化させる魔法……だろうか。
ゴーレムだから直接攻撃しかないと思っていたら、どうやら魔法もあったらしい。
シトリーに教わった、常に魔力を放出し続けるというカウンターのお陰で当たる直前に感知することができたのだ。
結局、魔力強化の都合上、一撃で致命打を与えるということはできずともちまちまと削り続けることには成功し、30分ほど後にはゴーレムを倒すことに成功したのだった。
2.
「想定していた以上の動きだったよ。まだまだ改善点はあるけれど、今回の探索だけでも随分強くなった」
「なんかあんまりそういう実感は湧かないけどな」
出口から外へ出た俺はアスカロンから先程の戦闘についての評価を聞いていた。
「とは言っても劇的に強くなれるわけではないからね。ああいうのを何度も繰り返しているうちに最適な動きを自分の体で覚えていくんだ。でも、少なくとも魔法の使い方に関してはあの時点でできるほとんど正解に近い動きだったよ」
「参考元が近くにいるからな。でも、途中でゴーレムが魔法を使ってきたのには流石に肝を冷やしたな……」
何をしてきてもおかしくないように備えてはいたが、まさかあんな手まであるとは。
「ああ、あれはわしがやったんじゃ」
しれっとシエルがカミングアウトする。
「ええ!?」
「指示したのは俺だけどね。案外余裕そうだったから、少し緊張感を持たせる為にやってもらったんだ」
「そうだったのかよ……」
あの円錐型の杭みたいな攻撃、かなり殺意が高いなと思っていたのだが。
「もし当たってたらどうするんだ……」
「少しでも当たればそこで止めるつもりじゃったから大丈夫じゃ」
「その為に少しでも魔法が得意な彼女に頼んだのさ」
頼んだのさって言われてもなあ。
まあ確かに、あの円錐型の杭があったお陰でアスカロンの言う通りよりギリギリの緊張感はあったかもしれない。
魔力を制限して戦わされていることからもわかる通り、アスカロンは「限界を超えた先に成長がある」と考えているタイプの人間……エルフなのだ。
もちろん普通に動きに対しての指導もしてくれるのだが、そういう点は結構スパルタだよなあ。
「そういえば悠真、氷や火、風の魔法を使っていたけれどあの中でどれが得意とかはあるのかい?」
「うーん……特にこれと言って得意なのはないかなあ」
どれも必要に応じて使うといった感じだ。
雷に関しては明確に扱いが難しいのでまた別として。
「やっぱどれかに特化させた方がいいのか?」
「いや……俺もどちらかと言えば悠真に近いから、別に特化させないといけないってことはないよ。一芸を持っていると便利だってことは間違いないけどね。シエルさんみたいに」
「シエルって得意魔法とかあるのか? オールラウンダーなタイプだと勝手に思い込んでたけど」
姉妹たちみたいにわかりやすい特徴とかもないしな。
「悠真の言う通り、わしは大抵の魔法はそれなりに使えるのう。じゃが、中でも変化系の魔法は得意と言えるかもしれん」
「変化系?」
「先程のように土の形を変えたり、物の形を変えたり……おぬしが今思い浮かべているあの四人姉妹のように何かを生み出すタイプではなく、あるものを利用するのがわしのスタイルじゃの」
「へえ……」
そういう魔法もあるということはもちろん知っていた。
だが、その変化させる物についての理解度が高くないと魔法としても中途半端になってしまうので難しいと聞いていたのだ。
シエルは長く生きている。
年の功が為せる技なのかもしれない。
「伊達に長生きしてないニャ! じょ、冗談ニャ。マジで冗談ニャ! あ、足が動かないニャ!? ニャーーー!」
おお、足元の地面をああやって変形させれば簡単に身動きを取れなくすることも可能なのか。
汎用性高そうだな。
使い人の地頭の出来で強さもかなり左右されそうだが。
まあシエルならその心配は不要か。
自業自得な猫がシエルから折檻を受けている間に、アスカロンは先程攻略したばかりのダンジョンの入り口へ向かって歩いていく。
「どうしたんだ?」
「ああ、ボスは倒したが、モンスターを全て倒したわけじゃないだろう? だからある程度は殲滅しようと思って」
「外で湧くことはあっても、外に出てくることは本当に稀なんだろ?」
「稀にあるってことは、ないというわけではないということさ」
そりゃそうなんだが……
良い奴が過ぎないか、こいつ。
ダンジョンを攻略して回っているだけでもほとんど慈善事業みたいなものらしいし。
どうやらアスカロンは魔石を売ったりするのではなく、無償で必要なところに提供して回っているらしいのだ。
聖人君子ってレベルじゃないぞ。
……師匠とは言え、流石にそこまでは真似しないけどね。
養わないといけない人がたくさんいるのだ。
俺は稼がせていただきます。
まあ、今手に入っている魔石は全てアスカロンに渡しているのだが。
「でもかなりの労力になるよなあ」
「実はそうでもなかったりするんだけどね」
入り口についたアスカロンは、空中に魔法陣のようなものを描き始めた。
器用だな。
「水の魔法陣か……? 何をするのじゃ?」
ルルに折檻を加え終えたシエルが訊ねる。
「悠真ほどではないけど、俺も魔力量には自信があるからね。ダンジョンの外から水を流そうと思って」
「まさかモンスターを窒息死させるってことか?」
「いや、そこまでの量は流石に時間がかかるからやらないよ。ある程度水浸しになったら電撃を流して一網打尽にする。さっき潜っていた時に他の人はいないことも確認してある」
「へえ……」
水浸しにしたり電撃を流したりと、ダンジョンを観光資源にすることもある日本ではちょっと真似できる状況が限られてそうだが手っ取り早く楽そうではあるな。
アスカロンにできるのなら俺にもできるだろうし。
……でも日本ではモンスターが外に出てくるってこともないし、急いで掃討する必要がまずないのか。
魔法陣からダバダバと水が流れ出す脇でアスカロンに剣術についての指南を受けていると、いつの間にか日が暮れていた。
半日くらいかかると言っていたのでもうぼちぼち終わるとは思うが。
「一旦休憩にしようか」
「……ああ」
俺はその場に腰をどかっと下ろす。
魔力を制限してモンスターと戦うよりも、素手のアスカロン相手に剣を持って襲いかかっているだけのこの時間の方がよほど疲れる。
もちろん魔力は全開、パワーも全開でだ。
魔法も放っていいと言われているのだが、放つ間際に潰されるか放っても受け流すように上空へ弾かれるだけでほとんど意味はない。
もちろん例の<理論魔法>など使う暇も与えてはくれない。
だが続ければ続けるほど自分の動きが良くなってきているのもわかる。
劇的に強くなるなんてことはない、とアスカロンは言っていたが、明らかにアスカロンに師事する前の俺と比べれば別人レベルになっているだろう。
とは言っても達人レベルから見ればまだまだなのだとは思うが……
夕食の準備をしているシエルとルルを眺めながら、そういやいつになったら帰れるんだろうな……なんて思いを馳せていると――
「ッ!?」
「――!!」
シエルとアスカロンがほぼ同時に、弾かれるようにして上を見上げた。
「?」
俺とルルも釣られて上を見るが、ただの綺麗な夜空が広がっているだけだ。
都心じゃこんな夜空を見ることは無理だろうな。
「どうしたんだよ?」
「何かが――凄まじい速度で落ちてくるぞ」
シエルが呟く。
その辺りでようやく、俺の目にもその<何か>が映った。
なんだあれは。
黒っぽく見える――棒?
かなりの高度にあるようで、俺の視力でも辛うじて見える程度。
だがあの高さであの大きさということは、相当デカイぞ。
それが落ちてきているのだ。
しかも、猛烈なスピードで。
「なんだ……あれは……」
こちらに向かってきているわけではない。
落ちる場所は遠いだろう。
しかし、その異様な様子に全員が釘付けになっていた。
その数秒後。
地平線の彼方へとその棒は吸い込まれるようにして消えていった。
「あの方角は……」
アスカロンが呆然と呟く。
「何かあるのか?」
「……俺の生まれた森があっちにある。いや、だが……方角があっているだけだろうね」
「大丈夫なのか?」
「ああ。今はダンジョンの攻略が最優先さ。君たちもダンジョンに関わっていた方が帰れる可能性は高そうなんだろう?」
「それはそうなんだけど……」
不意に、脳裏を過ぎる。
――未来の俺がダンジョンで死んだ時点で、誰か身近な人が死んでいたのかもしれないな。
「まさか……『今』なのか?」
謎の飛翔体。
この嫌な胸騒ぎ。
そして、俺たちが――俺がこの時点でのアスカロンに会った理由。
ここが転換点だ。
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