第164話:妖精王オーベロン

「オーベロン……?」


 俺の前に姿を現した金髪のエルフの男――どこからどう見てもアスカロンにしか見えない男は、しかし俺の知るものとは違う名を口にした。

 アスカロンとは偽名だったのか?

 あるいはこちらが偽名……?


 警戒する俺を見てオーベロンは怪訝そうな表情を浮かべる。


「……俺は皆城 悠真。アスカロンって知ってるか?」

「何故その名を?」


 オーベロンの纏う空気が一変した。

 先程までの人の良さそうなものとは違う。

 明らかにこちらを警戒するような空気。


「この世界の妖精の王よ。わしらは別の世界、そして別の時空からやってきた旅人じゃ」


 俺が何かを言う前にシエルがそう言った。

 

「……別の世界で、別の時空……? それが君達が俺の真名を知っている理由になるのか?」


 オーベロンは警戒を緩めない。

 聞き慣れない単語に戸惑ってはいるようだが……


「この小僧は未来の別の世界でおぬしの亡霊と出会っておる。その時に真名を教えてもらったのじゃろう」

「それを証明するものは?」

妖精女王ティターニアの名にかけて。異世界の、じゃがな」

「妖精女王……なるほど……。確かに貴女ほどの魔力を持ったエルフは少なくともこの世界では見たことがない。この世界の妖精王としてその言葉を信じよう」

 

 そう言ってオーベロンの空気が元の人の良さそうなものに戻る。


 妖精女王? 妖精王?

 今度は俺にとって聞き慣れない単語が頻出するハメになった。

 ルルの方を見ると、俺と同じかそれ以上に何も理解していない顔だったのでちょっとほっとする。

 俺だけじゃないんだな、ついていけてないの。


「ユーマが迂闊なこと言うからとんでもないことになったニャ。しっかりして欲しいニャ」

「悪かったよ」


 ルルに言われるのは癪だが、事実俺のせいなのは間違いないようなのでとりあえず謝っておく。


「オーベロンも……悪いな。あんたを警戒させる気はなかったんだ」

「いや、アスカロンの名を知っているのならアスカロンでいい。それにしても、そうか。異世界からな上に、未来から。奇妙なこともあるもんだ」


 よっこいしょ、とオーベ……じゃなくてアスカロンが木に寄りかかって腰を下ろした。

 ややこしいな。

 アスカロンというのが名前で、オーベロンとかいうのは役職名みたいなイメージだろうか。


「強い気配を感じたから見に来てみれば、猫の獣人とエルフ、それに莫大な魔力を持った人間がいた。更にその三人は未来の異世界から来たと言う――」


 アスカロンは懐から手帳のようなものを取り出した。

 羽ペンっぽい何かでそれにさらさらと書き込んでいく。


「また俺の自伝に新たな要素が追加されてしまったね」

 

 キラン、と歯を光らせて言うアスカロン。

 ……なんだか面倒な気配を感じるのであの手帳については触れないでおこう。


「悠真、この男はおぬしが寝ている間に周りの警戒をしてくれてたのじゃ」

「そうなのか……ありがとう、アスカロン」


 だからルルもシエルも特に警戒してなかったのか。

 俺が目を覚ます前に既にアスカロンと接触していたらしい。


「礼には及ばない。しかし君たちは何故未来の異世界からここへ来たんだい? 俺の真名を知っていることと言い、ここ最近で置きている異変と何か関係があるのかな」

「……異変?」

「ダンジョンは知っているかい?」

「ああ、そりゃもちろん」


 そのダンジョンのことを知る為にこんな状況になっているようなものなんだから。


「そのダンジョンのモンスターが強く狂暴になっていること、そしてそのモンスターがダンジョンの外でも湧くようになっているんだ」

「それって……」


 シエルたちの世界と同じだ。

 強く狂暴かどうかは知らないが、ダンジョン外でもモンスターを見るという点は被っている。


「その現象はいつから始まっているんじゃ?」

「そうだな……50年くらい前か。各地を回って異変の原因を探っているが、今の所は何もわかっていない。ダンジョンを攻略してしまえばその近くにはモンスターは湧かなくなるようなのでとりあえず攻略して回っているという感じだね」


 50年間もダンジョンを攻略し続けているのか。


「なあ、アスカロン。キーダンジョンって聞いたことあるか?」

「キーダンジョン?」

「未来のあんたから言われたんだ。キーダンジョンを探せって」

「未来の俺が……」


 アスカロンはしばらく考え込むようにしたが、どうやら心当たりはないようだった。

 彼がキーダンジョンのことを知るのはこの時系列よりも後なのだろうか。

 だとしたら何故、なのだろう。


 綾乃の<幻想ファンタジア>には謎が多いな。

 以前は見るだけだったはずの過去なのに、実際に今は話せているわけだし……


「ダンジョンで俺の亡霊と会ったということは、未来の俺はダンジョンで死んでしまうのだろう? あるいは死んだ後に得た知識なのかもしれないな」

「そういう可能性もあるのか……ていうかあんた、死ぬのは怖くないのか。サラッと言ってるけど」


 将来的にダンジョンで死ぬ。

 告げられる未来の情報としてはかなり重いものではないだろうか。


「エルフは長寿だが、永遠に生き続けられるとは思ってないさ。誰だっていつか死ぬのはわかっているだろう?」

「そういうもんなのか……?」

「それに、ダンジョンで死ぬと言われたところで潜るのをやめる訳にもいかない。俺がそれをやめれば多くの人が犠牲になる」

「……流石は勇者だな」

「勇者? その呼ばれ方は初めてだな」


 アスカロンが勇者と呼ばれるのはこの後のことなのか。

 ダンジョンが起こしているらしい異変関係でのことだろうか。

 はたまた完全に別件か。


 この調子じゃ最低でもあと数百年は生きていそうだな、アスカロン。

 あれ? ダンジョンを攻略すればモンスターが湧かなくなるってサラッと言っていたが……


「真意層も含めて全部攻略したのか? だとしたら向こう側は異世界なんじゃ……」

「真意層? よくわからないが、ダンジョンは一番奥にいるボスを倒したら終わりだろう?」


 あれ。

 アスカロンの世界ではまだ真意層が出現していないのか。

 俺たちの世界、そしてシエルたちの世界では出ていたが……

 何が違うのだろうか。


 謎を解き明かす為に剣の記憶を探ろうと思っていたのに謎がどんどん深まっている気がするんだが。


「……未来ではボスを倒した後に淡く光る階段が出てきて、そこから下もまだダンジョンが続いてるんだ。しかも一番奥まで行くと異世界に繋がってる」


 それを聞いたアスカロンはへえ、と興味深そうに頷いた。


「異世界へ繋がる……か。それは凄いな」

「……疑わないんだな」

「魔力を視れば君たちが悪人でないことくらいわかる」


 そうなの?

 シエルの方を振り向くが、怪訝な表情で首を横に振られるだけだった。

 どうやらアスカロンにのみある特殊技能らしい。


「ところで、何故君たちは未来の異世界からここへ来たんだい? というか、どうやって来れたんだい? 俺も長く生きているつもりだが、そんなことが可能だとは知らなかったよ」

「あんたから受け継いだその剣の記憶を覗いてダンジョンについての情報を得る為に仲間のスキルを使ったらこうなってたんだ。それ以上は俺たちも何もわかってないから、説明できない」

「この剣を? 俺が君に?」

「ああ」


 かなり意外そうだ。


「……となると、未来の俺は君のことを相当評価していたようだね。この剣は神剣アスカロン。俺が生まれた時に先代の妖精王が神から授けられた剣らしいんだ。名付けもそこから取られている」

「神って……」


 そんなものはいない、と否定することはできない。

 あの銀髪の少女も神に選ばれただのなんだの言っていたからだ。

 神って案外ホイホイ干渉してくるもんなのか?

 いやでも今のところあの少女とアスカロンだけなのだから、そんな頻繁にというわけでもないのか……


 少女の方がどうかは知らないが、アスカロンの方は時間軸的にはかなり昔のことなようだし。


「……あんたはその剣を俺に託して成仏したよ。最後は誰かに会いたがっていた」

「誰かに……ねえ。未来の俺がダンジョンで死んだ時点で、誰か身近な人が既に死んでいたのかもしれないな」

「今のあんたに言うのも変かもしれないけど……後悔しないように生きろよ」


 アスカロンは目を丸くして俺の顔を見る。


「未来の俺は後悔していたように見えたかい?」

「どっちかと言えばな」

「……そうか。肝に銘じておくよ。なんだか変な気分だな」


 そりゃ俺もだ。

 死んだはずの男と会い、成仏(?)するのを見届けたのに今度は生きているその男と出会うのだから。

 ダンジョンに関わるようになってから不思議なことばかり起きているな。


「そんなことよりどうやったら帰れるかを考えるニャ。鰹節がない世界ニャんている意味がないのニャ」


 と、爪の手入れのようなことをしていたルルが言い出した。

 まあ、実際そうだな。

 鰹節はともかく、元の世界に戻る方法を探さなければ。


 この場合、剣の記憶を探るどころかそのままキーダンジョンがなんなのかを探せそうな気もするが……

 でも今のアスカロンはキーダンジョンが何かを知らないようだし、何をすれば良いのかやっぱりよくわからないな。


 見ているだけだった前回と違って直接干渉できるという点もやっぱりよくわからない。


「なあ、シエル」

「なんじゃ?」

「もし俺らが過去で何かやらかしたりしたら、未来にも影響が出たりすると思うか?」

「なんとも言えんな」

「だよなあ」


 こんなの実際に何か異変が起きたりしてみないとわからない。

 バタフライエフェクトなんて言葉もあるが、逆に運命の強制力みたいなのが働いて最終的に同じ結末に収束する、みたいな話もよく聞くし。

 そもそも俺のときもそうだったが、誰も知らない過去のことを知れるスキルってかなりの影響力を持つような気がする。

 下手すりゃピラミッドの秘密とかも暴けたりするんじゃないのか?

 <幻想ファンタジア>は俺たちが想定しているよりもずっとヤバいスキルなのかもしれない。

 話を聞いていたアスカロンが片眉をあげる。

 

「帰る方法がわからないのか?」

「……前にこのスキルを使った時の感じからして、ある程度知りたいことを知れたら帰れるとは思うんだけど……」


 そもそも前回のも、魔法を直接習得するというよりはヒントを得られた感じだった。

 そして魔法自体には何の関係もないような情報も多々あった。

 俺が知りたいと思っていたことが無意識に反映されていた……とかだろうか。


 今のところ、何を考えても推測の域は出ないのだが。


「キーダンジョンっていうのについて知りたいんだっけ?」

「それ以外にも色々。未来のあんたはダンジョンについて『恐らく全てを知ってる』って言ってたからな」

「未来の俺も大きく出たもんだね……」

 

 困ったように言うアスカロン。

 まあ、今の彼からすれば関係のない話なのでこんなことを言われても困惑するだけか。


「ダンジョンが起こしているらしき異変について、俺の方が知りたいくらいだって言うのに」 

「ダンジョンのモンスターがあちこちで外に出てるって言ってたな、そういえば」


 どうしたもんか。

 キーマンがアスカロンなのはまあ疑いようもなく間違いない。

 つまり彼と一緒にいるのが俺たちが帰る為にも最善の選択だということも、やはり間違いない。


「ルル、シエル。アスカロンを手伝おうと思うんだけどいいか?」

「まあ、この状況じゃすることもないしのう」

「報酬は鰹節ニャ」


 特に二人も異論はないようだ。


「というわけで、俺たちもあんたを手伝うよ、アスカロン」

「……いいのかい? 確かに君たちも手伝ってくれるとなれば格段に楽になるとは思うけれど」

「帰るまでの間だけどな」

「それでも助かるさ。よろしく、悠真」


 俺は差し出された手を握る。

 優男風な見た目からは考えられないほど、ゴツゴツとした硬い手。

 確かに生きている、そんな熱を感じるのだった。

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