第163話:剣の記憶

1.



「というわけで、おぬしの息子をちょくちょく借りるぞ」

「……悠真の素質を活かし切る為に鍛えてやりたくて、あっちの世界のが都合がいいってのは理解したんだけどよ。悠真とシエルおまえら、なんか距離近くねえか?」


 親父は怪訝な表情を隠そうともしない。


「気のせいじゃ」


 異世界が滅びる。

 それは恐らく間違いないのだが、いつ何が起きるかまではわからない。

 その間ずっとあちらにいる訳にもいかないので、ガルゴさん経由で何か異変が起きる度に報告しに来てもらい、それを受けて俺たちも異世界へ行くという形を取ることになった。


 ようするに先程シエルさ――シエルが言っていた、ちょくちょく借りるという言葉はそういう意味だ。


「いや、気のせいっつうか、思いっきり肩寄せてるし。お前、俺に対してはそんな距離感じゃなかったよな?」

「おぬしは妻子持ちの中年じゃぞ」

「妻子持ちは事実だが中年は余計だ!」

「その点悠真は良い。若く強く、逞しい。どこかの中年とは大違いじゃ」


 それを聞いた親父は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見た。


「悠真お前まさか、シエルまで誑かしたのか……?」

「……誑かしたというか、成り行きでそうなったというか……」


 シエルの病気はまだ根本的な解決はしていない。

 言ってしまえば俺の寿命分、タイムリミットが伸びただけだ。

 故にいらんお節介を焼きそうな親父には話せない。

 

「元々言っておったじゃろ。わしより強い男がいればそういうこともあるかもしれん、とな」

「いやそれにしたって……」

「そもそも既に悠真は何人も囲っておるのじゃから今更とやかく言う必要もなかろう」

「そういう問題か……? そういう問題なのか……?」


 親父はなんだか納得いっていない様子だが、この調子だとほっといてもシエルが言い包めるだろう。

 それに、俺たちには強い味方もいる。


 俺は親父の隣で話を聞いていた母さんに目配せをした。

 母さんには事前にシエルの症状と成り行きを話してある。

 親父に真実を伏せたまま俺達の関係を納得させる為だ。


「あなた、もしかして悠真に嫉妬してるの?」

「はあ!? 嫉妬? そんなワケ――」

「異世界でシエルさんとどんな関係だったのかしら」

「いや待て待て待て盛大な勘違いをしているぞ! なあシエル、俺たちの間には何もなかったよな!?」

「シエルさんに聞いてるんじゃなくて、あなたに聞いてるのだけど」

「!?」


 その後親父の弁明タイムが始まり、やがてなし崩し的に俺とシエルの関係も認められることになった。

 まあ、別に認められる必要があるかないかで言えばないのだが、どのみちシエルは下手すりゃ本当に俺が死ぬまでずっと一緒にいることになるのだからこういうのは早ければ早いほどいいだろう。


 だが――

 母さんに責められてたじたじになっている親父を見て心のなかで合掌する。


 すまん親父。

 いつか解決した時に本当のことを言うからさ。



2.


 

 最近、両親が夜な夜な二人で出かけている。

 何をしに出かけているのかとは聞けない。

 というか聞きたくない。

 俺は何も知らないし何も察していない。


 それはともかく。

 シエルが目を覚まして3日が経っていた。

 ガルゴさんは既に異世界へ戻っていて、ようやく親父を連れ戻した関係のごたごたは一旦収まったという頃だろうか。


 親父、ルル、シエルと三人分の戸籍獲得はダンジョン管理局へ丸投げした。

 俺たちに役所的な影響力はないのでやれることがやはり限られているのだ。

 どうしても情報が流出しちゃいそうだしな。

 その点絶大な影響力を持つ管理局はやはり頼りになる。

 

 柳枝さんも未菜さんも相当忙しくしている関係か、他の社員も今かなり忙しそうだけどね。

 異世界やこの世界の危機の件については未菜さんが秘密裏に動いているとして、その代わりといわんばかりに柳枝さんのメディア露出が増えている。


 まだあの槍渡せてないんだよな。

 俺たちの中で槍を扱える人はいないので今の所宝の持ち腐れである。

 ん、待てよ?


「シエルは槍使えたりしないのか?」

「ん?」


 何故かうつ伏せになってスノウに腰を揉んでもらっているシエルが顔をあげた。

 何故か、というかつい先程チェスでこてんぱんにされていたその罰ゲームみたいなものだとは思うが。

 

「槍か。使えんこともないが、わしが使っても大したもんにはならんぞ。エルフは魔力による身体強化のかかりが悪いからの」

「……そうなのか?」

「今この瞬間にあたしが本気で力を入れたら骨が砕けるくらいには強化できてないわね」

「ほほ、智力で勝てなければ武力か」

「ぐっ……! 次は絶対に勝つわ……!」


 スノウが手玉に取られている……

 というか、よく考えてみればスノウが全面的に強気に出られるのは俺くらいだ。

 フレアは対等だし、ウェンディやシトリーは言わずもがな。


 シエルにもこの調子で、知佳や綾乃に対しても対等に接している。


 ……あれ、俺ってもしかして結構不憫だったりする?

 まあその分夜のベッドでは……ゲヘヘ……


「でも俺の知ってるエルフはそんなことなかったけどな」


 アスカロンは弱体化している状態でも俺が見失うくらいの超スピードで動けていた。

 魔法による補助も恐らくあったとは思うが、そもそもあれだけのスピードに耐えうる肉体は持っていたということだ。

 流石に速度だけで言えばシトリーには及ばなかっただろうが、ウェンディには匹敵していたのではないだろうか。

 本来の力が出せていれば、あるいはそれ以上だったかもしれない。


「ふむ? わし以外のエルフを見たことがあるのか?」

「ああ。あーでも、住んでる世界が違うのかな。12個あるとか言ってたし、多分別の異世界だ」

「それでもあちらの世界の人間もこちらの世界の人間も大して変わらんのじゃから、エルフにしたって同じことじゃとは思うが……なんて名じゃ?」

「アスカロン」

「ふむ……まあ聞いたことはやはり無いの」

「そうか……」


 なんとなくわかってはいたが、やはりアスカロンの故郷はあの世界ではないらしい。

 

「アスカロンって、あの落ち武者エルフよね? 確かにやたら強かったわね」

「そこまでの強者じゃったのか」

「悠真が一対一で決着をつけるって言ってたけど、途中で横槍を入れようか真剣に悩んだくらいには強かったわ」


 まあ終始押され気味だったからなあ……

 あの時点で勝てたのも偶然だ。

 今やっても勝てるとは思うが、それでも彼が弱体化しているということが前提になる。

 万全なら恐らく精霊やシエルと同クラスだ。


「エルフでそこまで動ける者となると、よほどの鍛錬を積んだのじゃろうな。その者が使っておった武器などは無いのか?」

「あるぞ。今は俺が使っている」

「ふむ、見せてくれまいか」

「別にいいけど……」

 

 武器を作ることもあるらしいガルゴさんならともかく、シエルがアレを見ても何も面白いことはなさそうだが。





「やはりの。魔剣化しておるわ」


 アスカロンをしみじみと眺めるシエルは呟いた。

 何故か俺の部屋のベッドに潜り込んでいた(本当に何故だ。別にまだ寝る時間でもないのに)フレアも加わって、スノウ、俺、シエルの四人で同じように剣を見つめる。


「魔剣?」


 なんだか禍々しい響きだ。

 そういうものを持つような人間(エルフ)には見えなかったが……


「強い魔力と高い技術を持った使い手に長い年月使われ続けた道具は稀にこうして持ち手の魔力を僅かに宿すようになるのじゃ。具体的に言うと、付与魔法エンチャントが使えるかどうかが鍵じゃな」

「付与魔法か……」


 そう言えばあの時、試作型E.W.という管理局の研究部門が開発してくれた武器が破壊されたんだっけか。

 アスカロンも付与魔法を使っていたので、武器の性能の差で押し負けたのだ。

 もしかしたら付与魔法の練度にも差があったかもしれないが。


「最低でも時間にして100年分くらいは付与魔法がかかっておらんとこうはならんがの。魔剣と化した剣にはそのものの記憶の一部が残ることがある。少し試してみるか」


 そう言って、シエルは剣に触れて目を閉じた。

 瞬間――


 俺のものでも、スノウやフレアのものでもない――もちろん、シエルのものでもない魔力が一気に部屋中に溢れ出す。

 これは、忘れもしない。

 アスカロンの魔力だ。


「むっ……凄まじいのう。なるほど、異世界の勇者か」

 

 シエルが少し冷や汗を垂らしながら剣から手を離した。


「……その話、シエルにはしてないよな?」


 確かにアスカロンは自らを勇者だと称していたが……


「じゃから記憶の一部が残る、と言ったじゃろ。あくまでわしは武芸者でもないので断片的なものじゃがな。同じエルフだということが上手く作用しただけじゃ」

「断片的な……」

「この剣の元の持ち主――アスカロンという男は魔力だけで言えばわしやスノウたちと同等か、若干劣る程度。そしてその武芸の技量に関してはわしらの中の誰をも上回ると見ていいじゃろ」


 マジかよ。

 そんな強かったのか、アスカロン。

 ……弱体化してなかったら俺、殺されてたな。


「シエルお姉さま、その記憶とはどこまで遡れるものなのですか?」

「ふむ……上手く記憶を探ることができればそれなりの情報は得られるじゃろうが……」


 フレアはシエルのことをお姉さまと呼ぶ。

 多分、年上だからだと思う。

 俺のこともお兄さまだし。

 ……あれ、でも精霊になってからの年齢も含めればフレアの方が上なんだよな?


 この辺りのことを細かく突っ込むといくらフレアと言えど怒りそうなのでやめておこう。


「お兄さまが言うには、アスカロンという男性はかなりダンジョンについて詳しく知っていそうだったとのことです。その記憶を得られれば、何かわかることがあるかもしれません」

「ほう、ダンジョンのことに、か。わしもダンジョンについてはそこまで詳しくないからのう……しかしそれは無理な相談じゃ」

「……何故ですか?」

「さっきも言ったが、わしは武芸を嗜んでおらん上に、このアスカロンという男に認められておらん。可能性があるとすれば――」

 

 シエルは俺を見る。

 フレアと、ついでにスノウも釣られるようにして俺を見た。


「悠真じゃろうな」

「……俺か? でも記憶を探るとかそういう特殊技能は持ってないぞ、俺」

「魔剣は前の持ち主の記憶に基づいて持ち主を選ぶ。そういう点で言えば、おぬしは間違いなく選ばれている人間なのじゃが……今までそういうことも一度もなかったのかの?」

「無い……と思うけど」


 いくら俺でもそういうことがあれば記憶に残ってるだろう。

 自覚している中では覚えがない。


「ふーむ……となると、まだ剣を持って日が浅いことが関係しておるのかもしれんな」

「日が浅いって言ってもなあ……」


 ダンジョンのことについてあれこれわかる可能性があるのなら今すぐにでも知りたい。

 

「どれくらい持ってたら可能性が出てくるんだ?」

「そうじゃの……ざっと200年くらいかの」

「死んでるわ!」


 どれだけ長生きさせるつもりだよ。

 

「でもシエルは記憶を覗けたのよね?」

「そりゃわしはすごくすごいエルフじゃからな」

「そういう魔法があるってこと?」


 ドヤ顔で胸を張るシエルをシカトして話を続けるスノウ。

 先程腰を揉まされていたことの意趣返しだろうか。

 気持ちしょんぼりした様子のシエルは言う。


「そういう魔法……というか技術みたいなものじゃな。おぬしくらいの才覚の持ち主ならば魔法で再現することもできなくはないじゃろうが……それも結局悠真が使えんと意味はない」

「ふぅん、でも魔法で再現は可能なのね?」

「難しいがの」

「じゃあいい方法があるわ」


 そう言ってスノウは立ち上がって、俺の部屋から出ていった。

 

 俺達は顔を見合わせる。

 シトリーかウェンディでも呼んでくるのだろうか。

 あの二人なら多少難しい魔法でもすぐに習得してしまうとは思うが……


 と思っていたら、スノウはすぐに戻ってきた。

 その後ろには綾乃と、最近綾乃に懐いている(?)ルル。


「魔法でできることなら綾乃のスキルで再現できるはずでしょ」


 名案だろうと言わんばかりに得意げなスノウ。

 

「でも難しい魔法の再現は膨大な魔力が必要なんだから無理だろ?」

「そもそも綾乃のスキルはどんなものなのじゃ」


 シエルが首を傾げる。


 そっか、まずはそこからか。


 綾乃のスキルについて詳細を語りつつ、横でスノウとフレアが同時進行で綾乃へ今の話の流れを説明する。


 しばらくして。


「ふむ……魔法の再現難易度が高いと消費魔力も膨大になるか、そもそもスキルが発動しない場合もある、と……便利なようじゃが、あまり理を捻じ曲げるようなことはできないようになってるのかもしれんの」


 とシエルは納得したようだった。

 魔力の問題だけでなく、そもそも限度があるということか。


「じゃが、魔剣の記憶を覗くという魔法なら恐らく綾乃の魔力でもいけるじゃろうな。ちょっと工夫は必要になるが」

「どういうことだ?」 

「まずわしが――」

「ひゃう」


 綾乃の額に人差し指をあてる。

 

「魔剣の記憶を覗く魔法のイメージを共有する。その後、それを意識しながら綾乃がスキルを使う。恐らくこの手順でいけるはずじゃ」

「イメージを共有……ですか?」


 きょとんとする綾乃。

 魔剣の記憶云々はスノウとフレアから聞いているようだが、まだ話を全て飲み込めているわけでもないようだ。


「そうじゃ。ダンジョンの謎を解き明かす重要な鍵になるかもしれんぞ」

「え、ええ!? そんな責任重大なこと私がやるんですか!?」

「悠真が自力で習得するよりはおぬしのスキルを使った方が確実じゃろ」


 ……俺への信頼がないわけではない。

 スノウやフレアで習得できるなんてレベルの魔法なのだから仕方ないのだ。

 そう、仕方ないのだから俺はなんとも思わない。

 別に悲しくなんてない。


 肩をぽんと叩かれたので振り向くと、恐らく何も理解していないであろうルルがサムズアップして、


「どんまいニャ」


 とか言ってきた。

 なんだろう、字面だけ見れば慰められているはずなのに、どう考えても馬鹿にされているように感じる。

 泣かせたい、このしたり顔。



「あっ、なるほど……確かにこれならできるかもしれないです!」

「どうやら綾乃の方が魔法的センスは悠真やルルよりも上のようじゃのう」


 綾乃とシエルがそんなやり取りをしていた。

 実際、俺は漫画やアニメで見たことある感じの魔法ならばイメージも容易にできるのだが、そうじゃないのは難しいからな。


 その点、知佳や綾乃に関しては漫画チックな魔法はともかくとして他の魔法も安定して使える。

 なので俺としては別に綾乃の方が魔法的センスに優れているという評価に異論はないのだが……


「ニャ!? 悠真と一緒にしないで欲しいのニャ! ふにゃっ!?」


 失礼なことを言う雌猫の尻尾を引っ張っておいて、綾乃に聞く。


「いけそうか? この間みたいな感じになるのか?」

「はい。多分そうなると思います」


 この間、とは母さんの魔石化を治す魔法を習得したあの時のことである。

 つまり何かしらの光景を見せられて、そこから魔法のヒントを探す感じ……かな。

 まだまだ綾乃の<幻想>には未知数な部分が多いのでどうなるかはわからないが。


「とりあえず試してみるか。駄目そうだったら駄目そうだった時にまた考えるとして」


 ぶっちゃけ同じ感じになるかもわからない訳だし、あれこれ考えるより先にやっちまった方がいいだろう。


「わかりました。では、悠真さん。目を閉じてください」

「ああ」


 あの時と同じように俺は目を閉じる。

 すると、額に何かが触れる感触――綾乃の掌だろう――がある。

 

 そして囁くような声と共に俺の意識はどこかへ飛んだ。


「――<幻想ファンタジア>」



3.



「起きるのニャ。いつまでも寝てるんじゃないのニャ」


 ぺちぺちと頬を叩かれながら、ルルの声が聞こえた。

 

「悠真ならほっといてもそのうち目を覚ますじゃろ」


 シエルの声?

 俺は眩しい光を感じながら目を覚ます。


 視界にはルルのアホ面と――木がある。

 部屋の中にいたはずなのに……木?


 いや、そうか。

 俺は綾乃の<幻想>で……


 まだぼんやりする意識の中、俺は起き上がって周りを見渡した。


 どうやらここは森のようだ。

 近くにはシエルとルルがいる。

 あれ。


「……綾乃は?」

「索敵範囲を広げてみたが、見当たらん。はぐれたというよりは、どうやらこの世界に来たのはわしらだけのようじゃ」

「そんなこともあるのか……」


 以前は綾乃、そして一緒にいた知佳も幻想によって作り出された、この夢の中(?)のような空間にいたのだが……

 

 何故触れてもいないシエルとルルがここにいるのだろうか。

 謎である。


 なんてことを考えていると、パキッ、と木の枝を踏み折る音が聞こえた。

 俺はすぐにそっちを向いて警戒する。

 剣は――ない。


 しかしすぐに思い直す。

 そういえば、以前の時は親父も母さんも、永見先生や幼い頃の知佳だって俺たちのことは見えていなかった。

 この世界でも同じことなのだろう。


 しかしその予想は裏切られる。

 

 茂みから出てきたその男は、紺碧の輝きを持つ瞳に、長い金髪。

 そして尖った耳を持ち、今は俺が持ち主のはずの、見慣れた剣を背負っていた。


 ――アスカロンだ。

 

 俺がそう思ったのも束の間、彼は口を開いた。

 明らかに俺のことを見て。



「ああ、目を覚ましたのかい。俺はオーベロン。君の名前は?」


 爽やかな笑顔を浮かべながら、アスカロンはオーベロンと名乗った。

 ……訳がわかんねえぞ。

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