第161話:意外なところからの問題点

1.


「なあ」

「なに」

「これ、いつまで続けてればいい?」

「あと46億年くらい」

「地球がもう一個できちまうな!」


 俺が今いるのは知佳の部屋である。

 そしてパソコンで仕事をしている知佳の椅子になっている。

 比喩とかではない。

 マジで四つ足ついて椅子にされている。

 

 小ぶりな尻の感触を楽しむ余裕はない。


 怖いんだもん。

 こんなに知佳が怒ってるのは2年前、とある件で激怒された時以来だ。

 アレも似たような内容だっただけに今回は本当に何も言えない。


 というか、今回は2年前よりも事態は深刻だ。


 まず知佳の怒りの発端はとある俺の発言である。


「異世界を救いに行くけど、お前はこっちで待ってて欲しい」


 これだ。


 今回あちらへ行くのは俺と精霊。


 そしてルル、シエルさんとガルゴさんだ。

 名前は親父から聞いた。

 ちなみにシエルさんとガルゴさんは未だに目を覚まさない。

 生死をさまようレベルの大怪我だったので仕方がないだろう。

 三日三晩は寝たきりでもおかしくないそうだ。


 ともかく、ルルやシエルさん、ガルゴさんは当然としても俺達があちらへ行く理由は正直薄い。

 まずそこで知佳は反対した。


「わざわざ異世界に危険を冒しに行くのは非合理的」


 と。

 確かに、予習と言われた事やこちらの世界も同じ危機に晒される可能性があるとして――

 それでも俺がわざわざ行かなければいけないかと言うと、正直そうでもないと思う。


 それらの情報は行く理由があるというだけで。

 本来ならば行かない理由の方が大きい。


 命の危険がある。

 そして異世界でもし俺が命を落とすようなことがあれば、本当にこちらの世界が危機にさらされた時に貴重な戦力を失った状態で抗うことになる。


 自分で言うのもこっ恥ずかしい話だが、相手が兵器すら通用するか怪しいラインなのだから仕方がない。

 精霊達のことも含めて考えれば尚更だ。


 それに親父や母さんには黙っているが、知佳や綾乃には連中の危険度についてもちゃんと話してある。

 尚更知佳としては反対したい立場だろう。


 というか――今回の件に関しては反対しているのは知佳だけではない。

 ウェンディとフレアも反対派なのだ。

 面子からして、要するに合理的に物事を考える人からは反対されているということである。


 シトリーとスノウ、そして綾乃もどちらかと言えば引き止めたいようだが……


 精霊達は自分達も行くということもあって、いざとなれば引き止められると考えているのだろう。

 反対はすれども、知佳ほど強い反発は見せなかった。


 しかし知佳に関してはどうしても納得してもらえなかった。

 異世界へ行くということも、それについてくるなと言われたことも。


 それはそれで腹が立っていることは間違いないのだが、知佳が本当に怒っているところは別にある。


「なあ、知佳」

「仕事してるから黙って」

「……はい……」


 怖い。

 冗談じゃなく47億年こんな調子かもしれないぞ。


 

 俺がしょぼくれながらひたすら知佳の椅子に徹していると知佳が「はぁ……」と溜め息をついた。

 今の溜め息はあれだろうか。

 「もはやこのポンコツを捨ててどこか行こっかな」の溜め息なのだろうか。

 そうなったら俺は泣いて引き止めるかもしれん。


「正座」

「はい」


 俺は言われるがまま床に正座する。

 立ち上がった知佳に見下される。

 なんだか新鮮な光景である。

 スカートじゃないのが残念だ。


「なんで私が怒ってるかわかる?」


 恋人にされたくない質問ランキングで3位以内には入るであろう質問をしてくる。

 いや、この場合はわかってるからこそ怖いのだが。


「……俺が俺自身を蔑ろにしようとしてるから」

「そう。2年前のあの時も同じことを言ったはず」

「……けど、あの時みたいに無謀なことをしようとしてる訳じゃない」

「私には同じにしか見えない」


 2年前、詳細は語らないがあくまでも一般人だった時の話なので、規模は全然違う。

 しかし本質的には同じ。

 知佳にとっては、俺が俺自身を蔑ろにしようとしているように感じるのだろう。


「……今はそれを実行できるだけの力がある」

「本当にそれは悠真がやらないといけないことなの?」

「そうだ」

「なんで?」

「なんでって……そりゃ、次に滅ぼされるのが俺達の世界だってわかってるんだから……」


 知佳は普段の眠そうな目で言う。

 そこにどんな感情があるのかは俺にもわからない。

 

「どうせ、<予習>でなくても、悠真のお父さんがお世話になった世界でなくても、次に滅ぼされるのがこの世界でなくても行ってた」

「それは……」


 どうだろうか。

 いや、実際に自分がその状況に立たされたとしたら、恐らくそれでも異世界へ行くことを決めるだろう。

 半ばその確信がある。

 

 実際にそれを実行した、自分によく似た人間を知っているからだ。

 親子ってのは変なもんだ。

 嫌でも嫌な部分が似てくるんだから。


「止めても行くつもり?」

「行くよ」

「じゃあ、せめて約束して」

「……生きて帰ってきて、とか?」


 そんなこと言われなくても死ぬつもりはさらさらないが。

 その為に万全の準備はしていくつもりだ。


「そんなことは言わない。行くなら絶対に目的を達成すること。それだけ」

「……そりゃ難題だな」


 正直、自分が死なずに生き残ることよりも数倍難しいだろう。

 あの少女が自ら出るつもりはないと言っていたが、それでもあいつは自分たちの勝利を信じて疑わなかった。

 ただの自信過剰なら話は手っ取り早いのだが、部下っぽい奴ですら精霊には劣るものの明らかに強いのだ。


「もし失敗したら二度と悠真とは会わない」

「……そりゃ失敗する訳にはいかねえな」

「だったら頑張って」

「頑張るよ」


 とは言え、帰ってきたらまた説教されるんだろうな。

 ……説教される為に頑張らないとな。


「何終わった気になってるの?」

「……へ?」

 

 俺が立ち上がろうとすると、知佳に顔を踏まれた。

 踏まれたというか、蹴られた。

 痛くはないが、なんてことしやがる。

 舐めてやろうか。


「まだ許してない。誠意を見せてもらわないと」


 その後まあ色々あって、数時間経ってようやく俺は解放されたのだった。

 ……存外、攻められるのも悪くないな。



2.


 

 翌日。

 ガルゴさんが目を覚ました。

 

 まだニートの親父が大体家にいるので経緯を説明してもらう。


「……そうか、ここが……」


 全ての話を聞き終えた後、ガルゴさんは目を細めて俺と親父を交互に見た。


「良かったな、カズマ」

「ああ、本当にな。お前には世話んなったよ、ガルゴ」


 おっさん同士が固い握手を交わしている。

 10年……いや、親父によればガルゴさんは途中で合流したので9年だったか?

 その間ずっと共に旅をしてきた仲だ。

 親父の目標ももちろん知っていたのだろう。


 ガルゴさんは今度は俺をまじまじと見る。


「……似ているな。確かに親子だ」

「ど、どうも」


 親父の知り合い……となると距離感がいまいちわからない俺である。

 もう一度ガルゴさんは親父の方を向く。


「もう一つの目的は?」

「息子が……悠真が解決してくれてたよ」

「そうか……魔石化を解いたか。シエルにもできるかはわからないのに、優秀だな」

「だろ? 俺に似たんだよ」

「それは同意しかねるな」


 寡黙な人物だと聞いていたが、結構喋るんだな。

 親父がよく喋る人だから比較的寡黙だという意味なのかもしれない。

 

「シエルは?」

「あいつはまだ目を覚ましてねえ」

「……まだ目を覚ましていない?」


 ガルゴさんは訝しげに聞き直す。


「ああ、いつまで寝てんだか」

「……そうか」


 ……?

 なんとなくだが、ガルゴさんは何かを言いかけてやめたような気がする。

 なんだろう。


「あいつもさっさと起きねえと息子に寝込みを襲われちまうからな」


 襲わねえよ。


「……お前嫁が目を覚ましたのだろう?」

「この場合の息子ってのは隠喩じゃなくてマジの息子の方。こいつハーレム形成してやがんだ」


 早速告げ口しやがった。


「これだけの魔力ならばそれが自然なのではないか?」

「この世界でのハーレムは皇帝が生涯で一人の女しか愛さなかったってくらい珍しいんだ」

「ほう」


 いまいち伝わりにくい比喩だが、ガルゴさんには伝わったようだ。


「やるな、息子」

「ど、ども……」


 俺はやりづらい。

 色んな意味で。




「ふむ……これがお前の言っていた『てれび』か。遠くで撮った映像をここに映しているんだな」

「俺の知ってたのより薄くてでかいけどな」

「それだけ技術が発達したのだろう」


 ガルゴさんは家の中にあるあらゆる電子機械を興味深げに眺めている。

 ちなみに女性陣は母さん含めてどこかへみんなでお出かけ中。

 なんとあの知佳も出かけている。

 ルルも一緒なのだがあいつ猫耳と猫尻尾どうしてるんだろ。

 魔法でなんとかなるのかな。

 しかし仲が良好なようでよろしいが、男性陣である俺や親父のいないところで悪口を言われていたりしたら立ち直れないかもしれない。



「自動で衣服を洗ってくれるのか」

「これもやっぱり俺が知ってるのより進化してるけどな」

「自動で衣服を洗ってくれるというだけで満足しないのか。この世界の職人は素晴らしい向上心を持っているな」


 洗濯機をしげしげと眺めている。

 親父も10年間離れている浦島太郎なので半ば強制的に俺も一緒に解説役だ。


「自動で乾かしたりもしてくれますよ」

「……この世界に魔法は無いと聞いていたが、魔法のようなことはできるのだな」


 ガルゴさんはそんな風に感心していた。

 確かに、魔法でできることって大抵魔法じゃなくてもできるんだよな。

 物を凍らせたり、燃やしたり、風を起こしたり。

 電気だってそうだ。


 もちろん再現できないものもある。

 転移なんかはわかりやすい例だな。




「ここのボタンを押すとここが開いて収納になってます。こっちはサイドミラーが閉じて、シフトの切り替えはこれで……」

「未来の車、進化しすぎだろおい……」


 車の説明をしている時は親父まで一緒に驚いていた。

 未来じゃなくて現代なのだが。

 とは言え、最新鋭の技術が使われているのは間違いない。

 だって億する車だもん。



 結局家中の電化製品を紹介し終えるまでに3時間程経った。

 疲れた。

 しかし説明していて思ったが、マジで便利だな、最近の家電って。

 最新式に変えたのはこちらに越してきてからなのでそれまでは数年単位で型落ちのモノばかり使っていたが……

 家事とかは勝手にみんながやっちゃうので俺はあまりやらせてもらえないのだ。

 大抵、ウェンディとフレアとシトリーがこなしてしまう。

 母さんが戻ってきてからは母さんもやるし。

 

 

「この世界は興味深いな」


 ガルゴさんはしみじみと呟く。


「俺としちゃ異世界の方が色々興味ありますけどね」


 どんな文化なのだろうか。

 科学の代わりに魔法が発達した世界。

 気になる。


「今度案内してやるよ。なあガルゴ」

「そうだな」

「父ちゃんとガルゴとシエルの完璧なコンビネーションを見せてやるぜ」

「…………」



 おや?

 やはりなんとなくガルゴさんの様子がおかしいような気がする。

 大雑把な性格の親父は気にしていないようだが……


 なんというか、ウェンディあたりが「これは言わないでおこう」という類の気遣いをしている時に近い雰囲気を感じるのだ。

 そんなことを考えていると、ガルゴさんが親父に向かってこんなことを言い出した。

 

「カズマ、少しお前の息子と話がしたい。二人にしてくれるか」

「ん? 別にいいけど、何話すんだ?」

「改めて礼を言うだけだ。これだけの魔力を持っている若者に色々聞きたいということもある」

「ふーん……そんじゃ俺はリビングでテレビでも見てるから終わったら声かけてくれ。電車とか飛行機とかも見せてやりてえからさ」

「ああ」


 ガルゴさんは頷く。

 それにしても、二人きりで話とは一体なんなのだろうか。

 

 親父のしてきた悪行をこっそり教えられるとか? 実は異世界で女を侍らせてた、とかだったらこれまで通り親父を尊敬できるかわからない。

 

 

 しかし俺としても好都合だ。

 親父には聞かれたくないが、ガルゴさんには聞いてもらわないと困る話があるのだから。




3.


「オレはシエルを連れて元の世界に戻ろうと思う」


 別室へ行き、向かい合った俺に向かってガルゴさんは言い放った。

 まあ、戻るということは想定内というか、こちらの世界に残ると言われても色々手続きがあるのでとりあえず今の所は一旦戻って貰ったほうが都合は良いのだが。

 

 わざわざ二人きりにならなくとも、それくらいなら親父のいるところで言えばいいのに。


「シエルさんが目覚めたらってことですよね。その前に俺も話しておきたいことが――」

「いいや、シエルは二度と目覚めることはない」

「……え?」


 目覚めることはない?

 そんなはずはない。

 眠っているだけなのだから。


 魔力欠乏症というらしい。

 その名の通り、魔力を底の底まで使い果たした者が陥る症状で、数日間は寝込んだままになるのだとか。

 

「シエルの魔力は回復しない。そういう病にかかっている」

「回復しない……?」

「つまり、底まで使い切って魔力欠乏症になったが最後、二度と目覚めることがない」

「それ、親父は……」

「知らせていない。普段のシエルが魔力を節約した戦い方をしていたのは自分のことを鍛える為だと思っている。シエルの魔力は膨大だ。普通に戦ったりする分にはあと数百年はもつ計算だった。だが――」


 あの少女との戦闘によって使い果たしてしまった。

 そういうことか。


「カズマが知れば自分の責任だと思う。せっかく妻と息子に会えたのだからもうこちらに戻ってくる理由はないだろう」


 親父が知れば何かしら動こうとする。

 それは間違いない。

 だからガルゴさんは親父に知られる前に姿を消そうと言うのだ。


 ……待て待て。

 それはまずい。

 色んな意味でまずい。


 親父が世話になった人が二度と目を覚まさないというだけでも嫌だが、そもそもあの世界には危機が迫っているのだから。


 精霊と同レベルの戦闘力を持つ人が戦えないとなれば一気に形勢が不利になる。


 俺は慌ててそれらをガルゴさんに話す。

 するとガルゴさんは難しい顔をして黙り込んでしまった。


 しばらくして口を開く。


「……それが本当だとすれば、ほぼ詰みだと言っていいだろう。シエルは強さもそうだが、その存在自体が有名だ。彼女がいれば各国が手を取り合うこともできただろうが、今やそれも叶わない。カズマの息子はこちらの世界へ来ない方がいい。滅びを待つだけだ」


 どうやら、異世界を救う救わない以前の問題が発生しているようだ。

 ……どうしよう。

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