第160話:コネ入社

「それで、直接会って話したい事っていうのは何かな、悠真くん」


 もはや何度来ているかわからないダンジョン管理局の社長室。

 そこで俺と未菜さんはテーブルを挟んでソファに座って向かい合っていた。

 今日は柳枝さんはテレビの収録でいない。

 本当は二人に話しておきたいことだったのだが。


「で、色んな話があるんですけど、どれから聞きたいですか?」

「悠真君がそう切り出すと怖いな」


 未菜さんが苦笑した。


「せめてその色々の中に、私にとって楽しそうな話があれば良いのだが」


 難しいこと言うな、この人。


「……未菜さんより強そうな奴を見つけました。三人ほど」


 ルルに、まだ目を覚ましていない親父の仲間のエルフ、そしてドワーフのおっさん。

 エルフはあの世界で一番強いらしいので当然なのだが、ルルも相当なものだ。

 そして親父いわく、ドワーフのおっさんもルルくらい強いようだ。


 親父に関してはまだよくわからん。

 少なくとも魔力量だけで見れば未菜さんと同等レベルはあるが……


 未菜さんは少しだけ驚いたように眉をあげた。


「それは昨晩WSRの7位にランクインした人物と関係があるのか?」

「え、WSRですか?」


 WSR。 

 World Searcher Ranking。

 即ち、世界探索者ランクだ。


 確かに親父がランクインするとしたらそれくらいがしっくりくるが……

 ルルじゃないよな? 魔法はやや苦手らしいが、魔力は未菜さんより多い。

 そもそも親父でもルルでも魔力測定器で測ってないのだから反映されるはずが……

 あれ、もしかして魔力測定器とWSRって関係ないのだろうか。

 そもそもなんで魔力測定器で測るとWSRに反映されると勘違いしてたんだっけ。


 ……未菜さんと時に測ってから反映されてたからか。


 でもそうなると親父、ルル、そしてエルフ、ドワーフの四人がランクインしてないとおかしいのでは。

 もしかして異世界人はカウント外なのか?

 精霊たちもランクインしてないしな……

 

「どうした?」

「あ、いえ。多分関係ないと思います。そっちの話は話で俺とは関係あるんですけど」

「ほう。まあ、そうだろうとは思ったが……WSRにランクインするわけでもなく、私よりも強い人間が三人か。それは嬉しい話だな」

「普通の人間……でもないんですけどね」

「?」


 未菜さんが首を傾げた。

 だって猫耳とエルフとドワーフだもん。


「端的に言うと、異世界人です」

「……精霊か?」

「いや、精霊たちも異世界人ではあるんですけど、更にそれとは別の世界って感じですかね。どうやら世界ってやつは12個あるみたいなんで」


 それを聞いて、静かにコーヒーで唇を湿らせる未菜さん。

 めっちゃ絵になるな、この人。 


「もはや君から聞いてもそこまで驚けないな。実際に精霊という異世界人を事前に見ているのもあるだろうが。どうやって異世界へいったんだ? それともあちらからやってきたのか?」

「ダンジョンの中で異世界人と出会ったんで、そいつについていったらダンジョンの一番奥まで降りると異世界に繋がっていることがわかりました」

「な……」


 流石に驚いたか。

 絶句している。


「あと、死んだと思ってた俺の親父が異世界にいました」

「待て。ちょっと待ってくれ」


 慌てる未菜さん。

 かわいい。


「本当に言ってるのか?」

「本当なんです、これが」

「……もう全部一気に話してくれ。順番に驚くと疲れそうだ」


 とのことだったので、ルルと出会ってから親父を連れ帰るまでにあったことを全て包み隠さずに話した。

 未菜さんになら別に知られても問題ないしな。

 言いふらすような人でもない。


「……とりあえず、おめでとう、だな。そうか、15年ぶりの家族団欒になるのだな。本当に良かった」

「ありがとうございます」


 色々ツッコミどころはあるだろうに、そこを真っ先に言うあたりが未菜さんの人間性を表している。

 バトルマニアではあるが良い人なのだ。


「で、だ……今、君から聞いた話の中で一番の問題は異世界が滅ぼされるかもしれないということ、そしても狙われている、ということか」

「どうしましょう」

「どうしましょうと言われてもな……君はどうしたいんだ?」

「とりあえず、異世界が滅ぼされるっていうのを指を咥えて見てるのもな……とは思ってます」

「……だろうな」


 未菜さんは溜め息をついた。


「君のお父さんは10年間その世界にいたのだろう? 何か言ってなかったのか?」

「いや、親父にはまだ話してないんですよね」

「何故だ?」

「俺の100倍くらいお人好しだからです」

「ふむ……」


 親父に伝えたらあの世界を救いに行こうとするに決まっている。

 確かに、親父は強い。

 戦力になるだろう。

 だが……


 正直、死ぬかもしれない。

 俺だってその危険はあるわけだが……

 生存確率で言えば俺の方がずっと上だ。

 精霊たちだっている。


 普通にダンジョンへ行く程度なら全く問題はない強さだ。

 危険はほぼないと言ってもいいだろう。

 だが、世界が滅ぶような危機ともなれば話は別なのだ。


 もちろん俺だって怖い。

 けど、あの少女は予習だとか言っていた。

 結果がどうなるにせよ、俺が逃げるわけにはいかない。


「精霊たちがいた世界もそいつらによって滅んでいるということは、つまりあのレベルが最低でも四人いる世界が滅んでいるということだ。君だって無事で済むとは限らない」

「大丈夫です。いざとなれば転移石もあるんで。そもそも、異世界だけじゃなくてこの世界も危険かもしれないんですから。それこそ予習しておいた方がいいでしょう」

「……そうか」


 未菜さんは静かに呟いた。

 なにやら思うところはあるみたいだが、呑み込んだようだ。

 

「あと未菜さんには色んな人にこの話をしてほしいんです。もちろんそこら辺で言いふらせというわけではなく、世界中の有力な人たちに。協力しないと、あいつには勝てません」


 それこそ世界中の軍事力をかき集めて対処しなければならないような事例だ。

 未菜さんは現在WSRで3位の実力者。

 それに各国のランカーとも面識があるそうだし、探索者の地位が高い海外諸国へは有利に立ち回れるだろう。

 WSRで1位という俺の立場そのものは使えるかもしれないが、未菜さんのような交友関係はないからな……


 あいつは強い。

 あまりにも強すぎる。


 俺と同等かそれ以上の魔力を持ち、精霊と同じくらいだとルルが評した世界一の魔法使いを一方的に痛めつけることができるあの少女。

 シトリーから聞いた話でも、無尽蔵に近いほどの魔力を持っていて最終的には押し切られてしまったとのことだった。


「協力……か」


 しかし未菜さんは難しい顔をした。


「どこまでそれが実現するかは……未知数だな。そもそも異世界のことや、世界の危機を信じてくれるかすら怪しい」

「……ですよね」

「それに、最悪のパターンは異世界がありますと言っているのに、それを証明できなかった時だ」

「最悪、直接連れていけばいいじゃないですか」

「その世界が残っていればな」


 あ……

 そっか。

 滅ぼされるかもしれないんだから、いつでもいけるとは限らないのか。


「じゃあ、異世界が滅びないようになんとかするのが第一条件なんですね」


 この世界を救うために、全員で団結させるにはまず異世界を救わなければならない。

 つまり最低でも二つの世界を救う必要がある訳だ。

 あの化け物から。


 異世界の方はあの少女は出てこないみたいなことを言っていたが……


「異世界を救えたら、こちらの世界を守る時にも手を貸してくれる人が現れるかもしれないしな。つまり君は異世界を救う英雄になればいい」

「……そんな簡単に言います?」

「君の父はそうなっていたのだろう?」


 それはそうかもしれないが……

 

「まあ、異世界の件は実際に異世界人が目を覚ましてから色々話をしてみます。あと、報告とは違って相談があるんですけど」

「ほう、相談? 私にか?」

「はい。コネ入社させたい人物がいるんです」

「コネって君な……まあいいが」


 いいのかよ。

 流石はコネの力だぜ。


「誰だ? もしかして君の父か?」

「その通り」

「君の話を聞く限り、相当強そうなので探索者として雇うことになると思うが……」

「それで十分です……と言いたいところなんですが」

「なんだ?」

「未菜さんか柳枝さんのペアとして雇ってほしいんですよ」

「……私か柳枝の? 何故だ?」


 首を傾げる。


「死んでほしくないからです。親父に。二人なら信用できる」


 未菜さんも柳枝さんも強い上に、ダンジョン慣れしている。

 親父は戦闘には慣れているかもしれないが、ダンジョンに慣れているかというとそうでもないのだ。

 聞くところによるとダンジョン攻略を始めたのは最近の話らしいからな。 


「……なるほどな。それなら確かにコネの力を使いたくもなるか」

「そういうことです。実際、それなりに強いはずなので足を引っ張るってこともないです。どうです、うちの親父。ちょっとうるさいけどお買い得ですよ」

「私のペアとしては私が気まずすぎるだろう。君と体の関係を持っているんだぞ、私は。どんな顔してその父君に会えばいいんだ」


 あ、そっか。

 それは確かにそうだ。

 自分に置き換えてみれば一発でわかるな。

 気まずいなんてもんじゃない。


「柳枝さんの方はどうですか?」

「そっちは柳枝自身に聞いてみないとなんとも言えないが、奴にとってもいい話だとは思うぞ。部下と一緒に行くと気を使われて面倒だし、かと言って一人で潜るのも非効率的だと愚痴っていたしな。私が出れる時は昔を思い出して一緒に潜っても良かったんだが、今はどちらも忙しくてなかなか時間も合わないし……ともかく一応聞いておこう」

「お願いします」


 さて、結局ほとんどの面倒事をダンジョン管理局へ押し付ける形になってしまった。

 というのも、俺は俺で異世界の方をなんとかしないといけないのでこっちもいっぱいいっぱいなのだ。


「しかし、最近の君はな」

「え?」

「最初会った頃はどちらかと言えば力に振り回されていた印象だったが、今はそうではなく自分の力を正しく理解している。昔の君なら『俺なんかに異世界は救えませんよ』とか言って謙遜していたところだっただろう」

「あー……」


 確かにそうかもしれない。

 未菜さんの言う通り、完全に力に振り回されていた。

 肝心の俺自身の心意気が追いついていなかったのだ。


「別にそういう君も悪いとは言わないがね。突然力に目覚めた人間なんてあんなものだろうと思うよ」

「……もしかして無意識に傲慢になってますかね、俺」

「強い者が強さを自覚することを傲慢というのなら、君のところの精霊はみんなそうなるんじゃないのか?」

「……なるほど」


 確かに、スノウ達は自分の強さを正しく理解しているだけで別に傲慢だとは思わない。

 何故なら実際に強いからだ。


「本当は私も君を手伝いに異世界へ行きたいのだが……それこそ君の言っていることが本当ならば、すぐにでも動かなければ間に合わない可能性がある。世界中を巻き込もうと思えば、年単位で時間がかかるからな」


 それもそうか。

 信じる信じないは置いといてもそんな言われてすぐに動けるわけないもんな、どこも。


「あ、あともう一つ。柳枝さんに渡したいものがあるのですが、いついますかね」

「さあ……明日は会社にいると思うが、何を渡すんだ?」

「武器です。結構良さげな槍が手に入ったので」

「……ふぅん」

「……どうしました?」

「私のはないのか?」

「えっ」


 だって刀はドロップしなかったし、剣とかもなかったし。

 槍は使わないだろう、未菜さんは。


「なら仕方ない。柳枝だけプレゼントを貰うのはずるいので、私は別のを貰うとしよう」


 ちらりと未菜さんは壁にかけてある時計を見て、にやりと獲物を狙い定めた肉食動物のように笑った。

 どうやら時間はたっぷりあるらしい。


 話終わりに未菜さんが時計を見るというのは、半ばと化している。


 

 ……未菜さんがWSRを3位から2位に上がる日もそう遠くないのかもしれない。

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