第159話:一家団欒

1.


「……マジでこんな簡単に帰ってこれちまったのかよ……」


 九十九里浜ダンジョンの最下層を経て俺の部屋まで転移してきたドワーフのおっさんを背負った親父は、部屋の中をきょろきょろと見てしきりに感心していた。

 エルフの少女は俺が背負っている。

 別にやましい気持ちはない。

 ツルペタだし。

 ロリ属性は知佳と天鳥さんで間に合っているのだ。


 ちなみに、一応キュムロスダンジョンの中に転移石を一つ置いていってある。

 使うかはわからないが念の為だ。


 そもそも帝都の外にも転移石は仕込んであるので、いつでも戻ろうと思えば戻れる。


「……と、ガルゴとシエルをどっかで寝かせてやりてえんだが、布団とかあったりするか?」

「ちょい待ち」


 親父が部屋の外へ出ようとするのを俺は止める。

 何故か。

 サプライズをしたいからだ。


 実はまだ親父に母さんのことは話していない。

 親父も母さんの話題を俺に振ってくることはない。

 つまり、まだ親父は母さんが石化していたことを俺が知らないと思っているし、石化が既に治っていることも知らないのだ。


 もちろん事前に精霊たちとルルには伝えてある。

 

 俺は親父を引き止め、綾乃と知佳へ短くメッセージを送った。


『親父を連れて帰った。母さんにサプライズで会わせたい』と。


 すぐに知佳から返事が戻ってくる。


『綾乃がそっちの部屋に迎えに行く。私はお義母さんとリビングで待つ』とのことだった。

 

 既にお義母さん呼びが定着している。

 別にいいけどさ。

 最近は綾乃もどうやら外堀を埋めにかかっているようだし。


「何してんだ?」

「ちょっと仲間に連絡したんだよ」

「こんな美人な人たちに囲まれておいて、まだ仲間がいんのかよお前。贅沢なやつだな」

「まあな」


 そんな軽口を叩いていると、扉がコンコンとノックされ、開く。

 もちろんそこには綾乃が立っていた。

 スーツを着ているあたり、外で何か仕事があったのだろう。


「初めまして、いつも悠真くんにはお世話になっております」


 綾乃が腰を折り曲げてぺこりと挨拶する。

 別に親父にそんな丁寧にしなくていいのに。


 そんな綾乃を見て親父は俺の方を振り向いた。


「なあ、お前の仲間ってのはみんな美人なのか? お前モテすぎじゃないか?」

「まあまあ。行こうぜ、親父。とりあえず二人を寝かせよう」

「お、おう」


 一歩廊下へ出た親父は「うほぁ」とアホみたいな声を出した。


「廊下が広い! なんだこりゃ、お前社長にでもなったのか!?」

「なってるっちゃなってるな」

「なってんのかよ! え、てことはこの子は秘書さんとかなのか!?」

「違うとも言えるしそうとも言える」


 役職は別に秘書ではないが、やってることは秘書そのものだ。


「マジかよ……お前……マジかよ……」


 呆然とする親父の背中をつっついてとりあえず客室へと案内する。

 ここからはリビングは見えないルートなのでネタバレする心配もないのだ。


 

 何事もなくそれぞれ別々の客室へと寝かせた後、ようやく――


「そんじゃ腰を落ち着けてリビングで話すか」

「俺ぁリビングを見るのが今から怖えよ。廊下も客用の部屋もあんだけでかいんだから、リビングなんてもう体育館くらいあるだろ」

「あるわけないだろ」


 シンプルに住みづらいわそんな家。

 

「なあ悠真」

 

 前を歩く綾乃を眺めながら親父は独りごちる。


「……お前まさか面接を顔で選んだりしてないだろうな?」

「面接なんてしたことないっての。そんなでかい規模の会社じゃないから」

「でもお前……」


 今度は後ろを振り向く。

 精霊たちがいる。

 スノウ、フレア、ウェンディ、シトリー。


 全員が絶世の美女だ。

 絶世というか、もはやこの世のものとは思えないような美女だ。


「……説得力皆無だぞ」

 

 ……確かにそれはそうかもしれない。

 そんなことをしていると、綾乃がくすりと笑って顔だけ振り返った。


「お義父さん、私なんかで驚いていたらこの先もっと驚くことになりますよ? リビングにはそれはもう綺麗な方がいますから」

「……マジで?」

「マジだよ、大マジ。親父多分一発で惚れるぞ」

「どんな美女だよ、怖えよ。いやでもな悠真、俺は母さん一筋なんだ。誰か他の人に惚れるようなことなん……て……」


 リビングへやってきた親父は絶句した。

 そこには知佳と母さんがいる。


 もちろん、知佳を見て絶句したわけじゃないだろう。

 もしそうだとしたら俺は仁義なき決闘の後に親父を始末しなくちゃいけなくなる。


 まあ、そんなことはない。

 なにせ、明らかに視線は母さんに向いているのだから。


「……もっと早く言ってくれればちゃんとお化粧したのに」


 俺の方を見て母さんはそんなことを言う。

 ちゃんと化粧つったって、別にしてもしなくても大差ないだろうに。

 

「は……? いや……は?」


 親父の視線が俺の顔と母さんの顔を何度も行き来する。


「なん……ええ?」

「ほら、綺麗な方でしょう?」


 綾乃がにっこり笑う。


「悠真、一発軽く殴ってくれ」

「ったく」


 殴ってくれと言われたので背中をどついて母さんの方へ突き飛ばす。

 母さんはそんな俺たちを見てふっと笑顔を浮かべた。

 

「おかえり」


 親父は泣きそうな顔で口元だけは笑うという器用なことをしている。


「ああ――俺は本当に帰ってきたんだな」


 しみじみと親父は呟いた。

 ああ、帰ってきたんだよ。


 あるべき日常に。



2.


 例のごとく気を利かせた女性陣たちは総出でどこかへ出かけていた。

 知佳からのメールを見るに、多分今日はどこかに泊まってくるんだろうな。

 まああいつらなら女子だけだから危険……なんてこともないだろう。


「にしても……私はともかく、なんでお父さんもほとんど歳を取ってないの? もう45歳くらいでしょう?」


「いやー、それが俺にもわかんねえんだよな。あっちの世界にいってからヒゲも伸びねえ爪も伸びねえ、でもウンコは出るし腹は減るし汗もかくしで」


「年齢だけ取らないってことか? じゃあ親父、もしかしてメチャクチャ長生きするんじゃないか?」


「どうだろな。シエルなんかはこっちの世界に戻ったら加齢も正常に戻る可能性が高いとか言ってたけど……」



「シエルさんってどんな人?」



「ああ違うんだ母さん! 浮気とかじゃないからな! ほんとだ! ほんとだぞ!」


「どうだか、10年もありゃ流石の親父も女の一人や二人くらい引っ掛けてるかもしれないぜ」


「流石の親父ってなんだ。俺はこれでも昔はそこそこモテ――」



「お父さん?」



「――なくもなかったが、いつだって父さんは母さん一筋さ。ていうか悠真、お前は俺のこととやかく言えないだろ。なんだあれは一体どういうことだ」


「親父がいない間に日本は重婚OKになったんだよ」


「え……マジで?」


「悠真、お父さんに嘘を教えないの」


「嘘なのかよ!」


「でもまあ、ちゃんとなんとかするよ。まだ何も思いついてないけどな」


「なんとかするって……本当になんとかするんなら俺としちゃ別に言うことはないけど……全員と結婚して、仮に子供なんかが生まれたらどうするんだ。全員養うってわけにも……いくのか? 悠真お前今幾らくらい稼いでんだ?」


「さあ……もうちゃんと数えてないな。けど確実に親父の生涯年収の1000倍以上は稼いでるぞ」


「嘘だろ……なあ悠真、父ちゃんほしい車あるんだ」


「あまり情けないと悠真に愛想つかされるわよ、お父さん」


「そもそも親父のほしい車って10年前の車だろ。せめて最近のにしろよ」


「ばっかお前わかってねえな。父ちゃんがほしい車は10年前の時点で10年前の車だったから、20年前の車だ」


「尚更最新の買えって」


「そういうのは維持費も大変でしょ? パーツがもう売ってなかったりしたら車検や修理の度にすごいお金かかるわよ」


「でも母さん、こいつ俺の1000倍稼いでるって言ってるぞ。悠真のくせに生意気な」


「へぇ、親父のくせにそんなこと言うのか。ふーん」


「な、なんだその目は。やめろ、父さんが悪いことしてるみたいじゃないか」


「別に何も言ってないだろ」


「あ、そういやなんで悠真が母さんの魔石化を治せたんだ? ていうかなんて知ってるんだ?」


「知佳のお祖父ちゃん……って言っても親父はわからないか。永見先生に教えてもらったんだよ」


「えっ、永見先生に!? そっか、そういやちゃんと挨拶しにいかないとな、永見先生にも色々迷惑かけてるし」


「一応俺からもう済ませてあるけどな。これまでにかかった費用なんかもちゃんと色つけて返してる。というか受け取ろうとしてくれないから押し付けた」


「マジかよ……そりゃ俺のやることだろ」


「親の不始末くらいつけるさ」


「逆だと思うんだが……もうお前のヒモになろうかな俺。スネをかじり倒してやろうかな」



「お父さん、あまり調子に乗ると……」



「わかったから母子揃って俺を憐れみの目で見るなよ! そっくりだなあお前ら!」


「そういえばお父さんの戸籍とかはどうするの? 私は行方不明扱いだっただけだけど、お父さんはもう死んでることになってるよね」


「だな。なんなら墓参りもいってるんだぜ、俺。墓にいない親父に話しかけてたとか今考えると恥ずかしくなるわ。一旦埋めとこうかな」



「誰を!? 父ちゃんを埋めようとしてるんじゃないだろうな!?」



「そういえばお墓の取り下げ(?)もしないとね。役所への申請はどうすればいいのかしら……」


「言っておくが俺はわからんぞ。10年のブランクがあるからな」


「なくても知らないだろ、絶対。いいよその辺は俺がなんとかするから」


「えっ、マジで? 息子が頼れすぎて引くんだけど。もうちょっと子供らしいところ見せろよ。可愛げがないよ」


「22の男に可愛げを求めるなよ」


「そういや母さんは30くらいで年齢が止まってるし、俺は35くらいで止まってるしでお前との年齢差があんまり無いことになるな……じゃあ息子が息子らしい可愛さを失っていても仕方ないか」


「そんなことないでしょ、悠真は幾つになってもかわいいわよ」


「恥ずかしいからやめてくれ」


「前まであーんなにちっちゃかったのに今やこんなになっちまって。しかも……6人恋人がいるってことだろ? あ、もしかしてルルもたらしこんでるのか? じゃあ7人か?」


「ルルは別にたらしこんでないけど、そういう意味で言うんなら6人ではないな」



「まさかお前他にもいるのか!?」



「……まあ色々あって、あと2人くらい」

「マジかよお前……母さん? 別に羨ましいなんて思ってないよ? だから怒らないでね?」



「怒ってないでしょ? まだ」



「怒る予定はあるって暗に言ってるよねこれ。悠真、哀れな父さんを助けてくれ。お前のスーパーパワーで」


「俺がいくら強くたって母さんに敵うわけないだろ」


「まったく、二人してお母さんをからかうんだから」


「いやまあ、からかい半分もう半分は本気……冗談です! 悠真助けて!」


「二人して息子の前でイチャイチャすんな、やりづらい」


「嫌だね、俺は15年分のイチャイチャを取り戻す! 母さん? なんでちょっと離れたの? ねえなんで?」


「そういえば親父、これからどうするんだ? まさか本当に俺のヒモになるのか?」


「それも魅力的ではあるけど、働くは働くさ。健康体なんだから。まだ35だし」



「45だろ」



「体力的には35だからいいんだよ! 見た目もな!」


「見た目は……まあ……」


「え、俺そんな老けてる? 嘘でしょ?」


「大丈夫、お父さん、かっこいいから。ね?」


「なんで慰めモードなんだ? 冗談だよね? 二人して俺をからかってるんだよね?」


「それはともかく、働くって言っても当てとかあるのか?」


「無いこともないが……死んでるからなあ、一度。社会的に。真剣な話をするとどうなるかはちょっとなんとも言えん」


「そっか。もし異世界にいって稼ぐとか言い出したら両足をぶち折って母さんの隣に監禁しとくつもりだったけど、流石にそれはないか」


「そんな怖いこと考えてたの!? 俺の息子が猟奇的!」


「ちなみに母さんは今の所一応俺の会社の手伝いってことで金を稼いでる」


「社会復帰の練習がてらみたいなものだから、お母さんは大したことしてないけどね」


「いや、助かってるよ色々」


「父さんを置き去りにしないで? 俺もその手伝いすればいいの?」


「いやあ、親父には無理じゃないかな……」


「そんなことないぞ、父さんは結構パソコンが得意なんだ。えっちな広告がたくさん出ても頑張れば消せる」




「あなた……?」




「とうとうお父さんじゃなくて笑顔であなたって言い始めた。そろそろヤバい気がするぞ、悠真」


「俺が知るかよ。もう大人しくシバかれてこいよ」


「母さんが本気で怒るとマジで怖いんだ。チビッちゃいそうになるくらい」


「それは知ってるよ。つうか冗談はともかく、多分マジで親父は役に立たない。母さんほど柔軟な適応力はないだろ」


「……無いな。もっかい公務員試験受けようかな。ていうかどうなってんだろ、その辺り。何もわからないけど」


「死んだんだから普通にクビにされてるだろ。無職だよ無職。住所不定の無職」


「うわ、凄く嫌だその響き!」


「悠真がすぐ隣に家建ててくれてるわよ」


「え、マジで? そうか、俺の1000倍だもんな……家くらい建てられるよな……どうしよう母さん、父親の威厳ってどこかで買えるかな」



「買えたとしてその買った威厳で満足するの?」



「うわあ俺の嫁が的確に抉ってくる……しっかしまじでどうするかな、働き口。いつまでも悠真の世話になってるわけにはいかないってのは事実だし」


「あなたも悠真と同じでダンジョンにでもいったら? 異世界でそこそこやってたんでしょ?」


「……いや、ダンジョンは流石に……なあ?」


「俺に同意を求めるなよ。やりたいようにやればいいんじゃないの。異世界にうっかり転移しないようにだけ気をつけて」


「とは言っても、転移した理由がわからねえと迂闊にダンジョンにも行けないしな……」


「まあその辺は確かにクリアしないと駄目か……シトリー達なんか知ってるかな。知らないにしても調べようはあるとは思うけど……」


「10年間のブランクがあるし、あなた不器用だし、一度死んでる人間な上に経歴と見た目がチグハグになってるし、35って世間的にはもうそこまで若くもないし。ダンジョンに行けないとヤバいわよ」


「おおお……そう聞くとマジでヤバいぞ……えーマジか……そんな悲しいことになってんのか俺……」


「別に親父はダンジョン自体は嫌じゃないんだろ? じゃあ転移の謎さえ解けばいいわけだ」


「けど、今まではシエルとガルゴがいたけど流石にあいつらから見て異世界にまでついてきてはくれないだろ。お前と一緒にってのも盛大に足引っ張るしな……まああいつらといても同じことではあったんだが」


「……親父がダンジョン探索で役に立つ人材だってんなら俺の方に当てがなくもない……かも」


「え、マジで? なんでお前そんなに頼りになっちゃうの? 父親の面目丸つぶれなんだけど」


「かもってだけだから過剰な期待はしないでくれ。転移問題も片付けないとだし。癖になってるかもしれないからな、転移」


「そんな脱臼みたいな……あり得なくはないけどよ」


「というか、真面目な話をすると別に親父も母さんも働かなくていいんだぞ。冗談めかして言ってたけど、本気で俺のスネをかじってくれてもなんとも思わん。下手に動かれるよりそっちの方が気楽だってところまである」


「じゃあこっちも真面目な話をすると、迷惑になるんだったら話は別だが、流石にそこまで息子に世話になるわけにはいかない。その気持ちは老後まで取っといてくれ」


「お母さんもお父さんに同意見よ。悠真には悠真の人生があるんだから、お母さんたちのことは最低限でいいの」


「……そういうことなら別にいいけどさ。どうせすぐ隣に住むんだからな。それは決定事項だぞ」


「わかったわかった。たく、親離れできない子供を持つと大変だぜ。なあ母さん」

「そうね、ああ見えて私たちのこと大好きなのよ悠真は。優しい子に育ってよかったわ」



「せめて俺に聞こえないように言えよ!!」


 

 ――とまあ、大体こんな感じで。

 俺たちの一家団欒は長く続いたのだった。

 15年間揃わなかった分、その隙間を埋めるように。


 流石に深夜になったら誰からともなく眠気を訴えだして、眠りについたが。

 別に問題はない。

 なにせ、これから時間はいくらでもあるのだから。

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