第158話:似たもの同士
全ては偶然だった。
キュムロスダンジョンの近くまで来た俺は、近隣の村で親父達がダンジョンから出てくるのを待とうと思った。
どれだけ強いパーティでも必ず物資の補給にダンジョンからは出るからだ。
中へ入る方が行き違いになる可能性は高いと踏んだのだ。
村の人たちへ言伝を頼んで俺達もダンジョンへ入るという選択肢ももちろんあった。
だが、やはり自分らで待つ方がより確実だろう。
ウェンディ達もそれに同意していたのだが……
ただ待つだけだと聞いたルルが「どうせならあたし達が先にダンジョンを攻略してあのエルフを見返してやるニャ!」とか言い出したのでダンジョンへ入る事にしたのだ。
元々攻略されていたダンジョンなのか、先行する親父たちが全てを倒していったのか、真意層に辿り着くまでには一度もモンスターに合わなかった。
それに加え、道筋もはっきりわかった。
樹海ダンジョンに近い、森の中を彷徨うようなタイプのダンジョンなのだが<魔力の残滓>とでも言うべきようなものが、まるでヘンゼルとグレーテルが落としていったパンの欠片のように残って道筋となっていたのだ。
「これを残していったの、かなりの使い手よ」
とシトリーが言っていた。
どうやら見た目ほど簡単なものでもないらしい。
それに、ルルが「こんなことするのはあのエルフだけニャ」と進言したことで、俺達は半ばダッシュに近いくらいの速度でその道筋を辿っていったのだ。
そして――
道中で木の化け物――トレントとか言うらしい――みたいな奴に襲われたりもしたが、そいつらは全部フレアが燃やしながら到着した真意層、12層目。
真意層に入るまでもそもそも10層あった。
そこから更に12層だ。
まさかこんなに深くまで続いているとは思わなかったが、その層に入った瞬間に俺達は異様な魔力を感じ取った。
どろりとした、嫌な魔力。
嫌な予感がした俺達が急いだところ、まさにトドメを刺されそうになっていた親父を見つけたという訳だ。
「10年ぶりに見たかと思えば、殺される直前って……何やってんだよ、親父」
俺は呆れたように言う。
記憶にある姿と全く変わらない――流石に着ている服は違うが――親父の姿にどこか安堵を覚える。
ていうか本当に全く変わらないな。
ルルの言っていたことは本当だったのか。
「悠真……なのか?」
ぽかんとした顔で呆然と呟く親父。
「他の誰かに見えるか?」
「…………」
親父は答えない。
ただ俺の姿をじっと見るだけだ。
混乱しているんだろう。
「なんか答えろよ、恥ずかしいだろ」
まったく。
子供心のわかっちゃいない親父だな。
俺はちょっと前から親父がこの世界で生きているということを知っていたからまだマシだが、あちらからしてみれば寝耳に水だからな。
「みんな、親父を頼む」
「みんなって……」
親父が後ろを振り向くと、既にシトリーの手によって全快させられたヒゲモジャのおっさん――多分ドワーフだろう――と、それに少し遅れて到着したウェンディ達がいた。
「は……? ルル……?」
「いつまで呆けてるのニャ。早くここから離れニャいと息子の魔法に巻き込まれて今度こそ死ぬことになるニャ」
「え、お、おう」
風で持ち上げられたドワーフの人と、ルルに背中を押された親父が離れた位置へ退避していく。
この場に残ったのは俺とシトリー、そしてあの赤茶髪の男だ。
スノウとフレア、そしてウェンディは親父達を守る方に専念するのだろう。
父子の感動の対面……って訳にはいかなかったな。
あのガタイのいい、赤茶髪の男のせいで。
あいつ相当強いな。
少なくとも……ルルよりも格段に強い。
下手すりゃ俺が戦った、あの異世界の勇者――アスカロンにさえ匹敵するかもしれない。
とは言えあの時のアスカロンは全力を出せている状態ではなかったのだが。
というか、エルフがいると聞いていたがどこにいるのだろうか。
まさか目の前にいる男が……?
探ってみるか。
「悪いな、待たせて。で、あんた誰? なんで俺の親父を殺そうとしてたんだ?」
しかし赤茶髪の男は質問に答えようとしない。
代わりに、シトリーを凝視していた。
男だもん、おっぱいに目がくらむのは仕方ないよね。という感じではなく、明らかに何かに驚愕しているような顔。
「……そうか、貴様が召喚術師か。この世界にいるということは、ダンジョンを抜けてきたのだな」
今度は俺の方を見て言う。
……おや?
俺のことを知っているのだろうか。
それに、ダンジョンの向こう側が異世界だという事も知っているらしい。
ますます何者なんだ、この男。
シトリーのことも知っているようだが……
「シトリー、知り合い……か……」
思わず絶句してしまった。
俺の後ろから隣まで歩いてきたシトリーが――激怒していた。
今まで見たこともないような、敵意が剥き出しになっている表情。
本能的に、傍から見ているだけの俺が死を感じる程の怒気。
「……あなた、あの時いた男よね」
「……
まさかこいつ、シトリー達の世界を滅ぼした時の――
俺の思考が完結する前に。
大気が震えた。。
いや、大気が裂けたとでも言うべきか。
それと共に凄まじい轟音と、眩い閃光が走る。
次の瞬間、男は左腕を失い、片膝をついていた。
赤い血が地面に水たまりを作ってゆく。
「あの子達を離しておいてよかったわ。こんな姿、見せるわけにはいかないもの」
あの子達、とは妹三人のことだろう。
シトリーだけ残ったのはこの男に見覚えがあったから、ということか。
離れたとは言え、魔力強化を使えば会話は聞こうと思えば聞けるが……いや、これは結界を張ってるな。
そこかしこからシトリーの魔力を感じる。
もう何度も結界の中に入っているので慣れたもんだ。
しかし流石長女、キレてはいても冷静だ。
なにせ、一撃で殺しはしなかったのだから。
そうなってもおかしくはない程に激怒している。
まるでいつものふわふわとした雰囲気のシトリーとは別人だ。
「言葉は慎重に選びなさい。次は殺すから」
「ぐっ……!」
赤茶髪の男が呻く。
……一撃で殺しはしなかっただけで、どうやら死ぬのは既定路線らしい。
まだ俺が相手だった方が幸せだったかもな。
「何故……貴様が吾のことを覚えている。精霊となった者に記憶は残らないはずだが……」
「答える義理はないわね」
シトリーは冷たく言い放った。
これで確定だな。
シトリー達の世界が滅ぼされた時――つまりシトリー達が精霊にされた時にこの男がいたのだろう。
「今死ぬか、情報を吐いてから死ぬか選びなさい。あなた達の目的は何」
男は目を閉じ、静かに呟いた。
「殺せ」
「そう」
次の瞬間。
男の首から上はなくなっていた。
どこか滑稽にさえ見えるように血がぴゅーぴゅーと吹き出て、そのまま力なく後ろに倒れる。
カラン、とかなりの業物であったことの伺える剣が地面に転がった。
「……ごめんなさい、悠真ちゃん。どうしても我慢できなかった」
どこか泣いているようにも聞こえる小さな声だった。
「いや……」
俺は間一髪、間に合った。
だが、シトリーの両親は恐らくだが……
万が一、間に合わずに親父が死んでいたら。
そうなっていれば有無を言わさず殺していたのは俺の方だった。
むしろ、情報を吐くように誘導しただけでも理性をよく保っていた方だ。
「外で強い気配を感じたかと思ったら、やっぱり貴女だったんだね――雷のお姉さん」
パキッ、と卵の殻が割れるような音と共に空間にヒビが入った。
そしてそこから現れたのは、黒いゴスロリ調のドレスを身に纏った小柄な少女だった。
銀髪で、耳が尖っている。
ルルの言っていたエルフか……?
いや、それなら何故シトリーのことを知っているんだ。
それに、この魔力量。
こんな量は見たこともないぞ。
有り得ない。
こんな奴が――
「あ、これあげるね。ちょっと遊びすぎちゃって、死にそうだから」
少女は手に持っていた何かを俺に向かって投げつけてくる。
「おわっ……」
辛うじて受け止めたそれは、あの少女と同じく銀髪で耳の尖った女の子。
しかし、魔力をほとんど感じない。
元々少ないというより、消えかかっているような感じだ。
意識もないようでぐったりとしている。
「それで、君が召喚術師くんかぁ」
いつの間にか。
その少女は俺の目と鼻の先にいた。
紅い瞳が俺を射抜く。
全く油断はしていなかった。
多少、投げつけられた女の子の方に意識が行っていたとは言え。
未菜さんのようにこちらの認識を掻い潜った――のではない。
ただ、速すぎて見えなかった。
「ふぅん……見た感じ普通だけど、確かに魔力はすごいね。素のわたしと同じか、それ以上かも。生まれる順番が逆だったら選ばれたのは召喚術師くんだったかもね」
言いながら、バチン、と少女は何かを弾いた。
そしてシトリーの方を見る。
「雷のお姉さん、今はちょっと召喚術師くんと話してるからじっとしててよ。また今度遊んであげるから」
「嘘でしょ……!」
シトリーが驚愕している。
今のは辛うじて見えたが、シトリーの雷撃を難なく素手で弾いたのだ。
それも、先程あの赤茶髪の男へ放ったものと同じような威力のものを。
「貴女何者なの! 悠真ちゃんから離れなさい!!」
「あれ? ワンちゃんのことは覚えているのにわたしはわからないの? お姉さんのご両親の魔法も完全ではなかったってことかな……ざーんねん」
目の前の少女は悲しそうな表情を浮かべた。
この少女はどうやら一方的にシトリーのことを知っているようだ。
だが、シトリーは彼女のことを覚えていない。
そのことについて本気で残念がっている?
いや、違う。
これは……
「……離れろよ、お前」
「ん?」
「離れろって言ってるんだ」
「どうして? 別に今、召喚術師くんたちに危害は加えないよ? 仲良くしよーよ」
可愛らしく小首を傾げる少女。
そんな気持ち悪い仕草に、俺は本気で吐き気を催すような気分だった。
「感情があるように装ってんじゃねえ、この化け物が……!!」
この少女は――
俺達のことを見ているようで、見ていない。
本能的にそう感じ取れた。
言動はいちいちわざとらしいが、そこに感情は伴っていないのだ。
「ふぅん……」
すぅ、と少女は目を細める。
そこには何の色も感じない。
ただ俺を品定めしているように見えた。
「案外、近いのかな。それとも真逆だから……? 鏡になってるのなら理解もできるもんね、うんうん」
そう言って少女は立ち上がる。
「うん、思ってたよりずっと楽しめそうかな」
嬉しそうに言う。
なんなんだ、こいつは。
「……お前、以前俺達の世界の人間を攫ってった奴の仲間か」
「仲間? 違うよ、あれは部下……というか下僕みたいなものだからね」
こいつが……親玉なのか。
どうやら宣言通り本当に危害を加えてくるつもりはないようだ。
シトリーを目で制してから、俺はできる限り情報を得ることにする。
どのみちここで戦闘になったら。
間違いなく皆殺しにされる。
精霊が四人揃っていようが、俺が本気で戦おうが何も結果は変わらない。
この少女は――
強いとか、強くないとかそういう次元じゃない。
超常的な何かを感じる程、もはや住んでいる世界が違うのだ。
「何が目的だ」
「そこのお姉さんにも言ったことあるよ。遊びみたいなものだって」
ニコニコとした笑みを浮かべる少女。
しかしその腹の底を知っている以上、そんな表面的なものに絆される気はしない。
目の前にいるのはシトリーの、殺意の籠もった攻撃を簡単に弾く化け物だ。
「……遊びで世界を滅ぼすのかよ」
「? ダメなの? どうして?」
「それは――」
そこに人々の暮らしがあるからとか。
命があるからとか。
そんなことは言っても無駄なのだろう。
だから言い淀んだ。
これを説得するのは無理だ。
絶対に相容れない。
止めるしかないのだ。
力ずくで。
だがその力が、通用しない。
「お前は何者なんだ。本当に俺達と同じ人間なのか?」
それとも、本当にただの化け物なのか。
そう言うと、少女はきょとんとした表情を浮かべた。
「何言ってるの召喚術師くん、同じじゃないよ。だってわたしは選ぶ側だもん」
「……傲慢だな」
「ねえ、神様って信じる?」
ニコニコと笑ったまま面倒くさいことを言い出したぞ、こいつ。
「初対面の女に神様が云々とか言われても信じるなって婆ちゃんに教えられてるんだよ、俺」
「いるんだよ。全部で12個ある世界を作った神様が。わたし達のことを観察してるの」
――12個ある世界?
俺達を観察してる?
一体何を言っているんだ。
「わたしはね、その神様に選ばれたの」
「……お前の頭がパーなのはわかったよ。関わり合っちゃいけない奴だ」
言葉では否定する。
だが、もしかしたら本当に神とやらに選ばれた存在なのかもしれない。
心のどこかでそう思ってしまう自分がいた。
それだけの力を持っている。
この少女は。
「その神様とやらに会って、あなたは選ばれましたとでも言ったってのか?」
「神様は観察するだけだよ。でもね、ちゃんとわたしが選ばれた証はあるの」
「……証だと?」
「召喚術師くんにとっても馴染み深いモノ。なんだと思う?」
「知るか。質問してるのはこっちだ」
「じゃあ教えてあーげない。いつかわかることだしね」
そう言って少女は踵を返し、歩き出す。
どうやら帰るつもりのようだ。
それはいいのだが。
倒れる赤茶髪の男の体の上を、まるで汚い水たまりに対してそうするかのようにぴょんと跳んで避けていった。
「――仲間じゃないのか、そいつ」
少女は立ち止まって、首だけでこちらに振り向く。
「ん? どれが?」
「そこで……死んでる奴だ」
「ああ、これ? だから部下だよ、これも。たくさんいる内のひとつだし、代わりはいるから生き返らせる必要もないでしょう?」
少女は不思議そうに言う。
さも当然のように生き返らせるとか言ったが、まさか蘇生できるのか? 首から上がないのに?
有り得ない。
いや、この少女ならあるいは……
「あ、そーだ。召喚術師くんさ、ちょっと予習していきなよ」
くるりと振り返った少女は屈託のない笑みを浮かべる。
さも名案を思いついたかのようなテンションだ。
「……予習?」
「召喚術師くんたちの世界もいつか壊しにいくから、その時にたくさん抵抗できるように。この世界、もう最終フェーズだしあともう少しで滅びるんだ。だから、予習」
「――は?」
この世界がもう少しで滅びる?
「わたしは戦わないであげるから、頑張って抵抗してみてよ。本番に備えてさ」
そう言い残して、再び少女は歩き始めた。
徐々にその存在は薄れていき、やがて全く知覚できなくなる。
未菜さんのスキルとは違う――というより、完全にそこから消えてしまったような感じだ。
「なん……だったんだよ、あいつ……」
体中から力が抜けて、その場に崩れ落ちる。
自分の体が震えていることに気がついた。
恐怖していたのか。
あの得体の知れない少女に。
――と。
少女が消えたタイミングでシトリーも結界を解いたのだろう。
離れた位置から声が聞こえてきた。
「悠真ー! 悠真!! 生きてるか!? いま父ちゃんが助けに行くからな!!」
それに続いてスノウの怒声も聞こえる。
「だからあんたが行ったって悠真とシトリー姉さんの邪魔になるだけだって言ってるでしょ!? ちょっとフレア、ウェンディ姉さん、見てないで止めてよ! 嫌われたくないからってあたしだけに任せるのずるいわよ!!」
……考えることは色々あるが、とりあえず今はあの親父との再会を喜ぶことにするか。
2.
「本当に……悠真なんだよな? 夢じゃないんだよな?」
さて。
慌ただしい中での再会だったのでほとんど会話ができなかったのだが、とりあえずは落ちついたということで改めて俺と親父は向かい合っていた。
当然まだダンジョンの中なのでモンスターは湧いてくるのだが、精霊たちが対処してくれるだろう。
というか、気を利かせているのか全員が周囲の見回りにいってしまった。
ルルも含めて。
エルフの子とドワーフのおっさんは傷は既に全快しているので、そのうち目を覚ますだろう。
「現実だって何度も言ってるだろ。なんなら殴ってやろうか」
「……今のお前に殴られたら死にそうだから遠慮する」
「親としてどうなんだ……」
しかしアレだな。
なんというか、距離感がわからない。
10年ぶりに再会した父と子。
感動の対面!
……という感じではない。
お互いに。
水を差されてる訳だしな。
あの訳のわからん二人組に。
ちなみに赤茶髪の男の死体は、ダンジョンの修復判定が出ない程度に地面に穴を掘って埋めた。
あまり深く掘ると元に戻ってしまうのだ。
手を合わせるべきかは悩んだが……一応合わせておいた。
ちなみに距離感がいまいちわからないのは親父も一緒らしく、珍しく困ったように眉を下げてボリボリと後ろ頭をかいていた。
そして口を開く。
「……あーなんだ、一応ハグでもしておくか?」
なんて提案してきやがる、この親父。
「しない。今の親父汗臭いし」
「しょーがねえだろ!? さっきのさっきまでダンジョン探索してたんだから……」
親父の言葉が尻すぼみになっていく。
なんというか、会話が続かない。
どうすりゃいいんだ。
どうやって話してたっけ、昔。
そんなことを考えていると、親父がパチーン、と自分の頬を両手で叩いて気合(?)を入れた。
「その……なんだ。元気してたか、悠真」
「見ての通り、ピンピンしてるよ」
気合いを入れた割に当たり障りのない会話だ……
「親父こそどうだったんだよ」
「……昔は父さんだったのに、いつの間にか親父になってるな」
「そりゃ10年も経てば呼び方だって変わることもあるだろ」
「そうか……10年……10年だもんなあ……」
今、親父は何を考えているのだろうか。
「……ごめんな、父ちゃん、お前の一番大事な時期に一緒にいられなかっただろ」
――そうか。
親父は後ろめたいんだ。
俺に対して。
そして母さんに対して。
だからこそ、喜ぶよりも先にどこか慎重にこちらを窺うようになっている。
「ああ、ほんと大変だったよ。母さんもいなくなって、親父もいなくなって。何が必ず戻ってくるだ。嘘ばっかりじゃねえか。俺まだ小学生だったんだぜ。婆ちゃん家に引き取られて同じ市内とは言え学校も変わったし、先生や周りの大人は俺に気を遣ってばっかりで鬱陶しかった。同い年のガキにだって親がいないってことを煽られたり憐れみの目で見られたりうざかった。気にしないようにしてても授業参観だの面談だのがある度に母さんも親父もいねえってことを再認識させられたし、運動会にだって周りは母親や父親が来てるのにうちだけは婆ちゃんと爺ちゃんだ。もちろん二人には感謝してるけど、どうしたって周りの目が気になるだろ。なんで俺には母さんも親父もどっちもいねえんだって周りを呪ったりもした。そんな自分がウザくて情けなくて、悲しくてしょうもねえ八つ当たりもした。何に当たったって変わらねえんだから、しまいにゃ諦めた」
思っていたよりもすらすらと言葉が出てきた。
親父はもはや俺の顔を見られないのか、情けないほどに意気消沈している。
――親父らしくもない。
「悠真、すま――」
「けど、大学に入った時くらいから色々変わった。婆ちゃん達にゃ悪いけど、一人暮らしを始めたっていうのも一つの転換点だったのかもな。でも一番大きかったのは……好きな奴に出会えたことだ。アレがなかったら今も俺は荒んでただろうな」
「…………本当にすまん。俺は親失格だ」
――謝るんじゃねえよ。
俺は親父の胸ぐらを掴む。
「でも、そうはならなかった。今の俺を見てどう思う!? そんなしょうもねえ人間に見えるかよ!! 言っとくけどな、俺はあんたらの息子なんだよ!! そこにいようがいなかろうが、あんたらの子供だ!! ちょっと離れてたくらいでそれが変わるのか!!」
「悠真……お前……」
俺に吊られるだけになっている親父は、ようやく俺の顔を見た。
いつの間にか涙が溢れてぐちゃぐちゃになっているなっさけない俺の顔を。
「親失格だと!? ふざけるんじゃねえ、そんなこと認めてたまるか!! 父さんが親父になろうがなんだろうが、あんたのことを親じゃないなんて思ったことは一度もねえんだよ!!」
だから――
「だから親父は、いつもみたく馬鹿みてえに笑いながら、でっかくなったな、なんて言って、頭でも撫でてくれれば、俺はそれで……」
言い切る前に、親父は俺を抱きしめた。
汗くさいし、ゴツゴツしてるし、最悪の気分だ。
でも、悪くない。
父子のコミュニケーションなんてこれくらい不器用でいい。
「でかくなったな、悠真。俺なんかよりよっぽど」
「……10年だからな」
「お前と母さんのことはこの10年間、一度も忘れなかった」
「……俺はそうでもないけどな」
「こいつ」
軽口を叩いたら強めに頭をガシガシと撫でられた。
多分親父も泣いてるから顔を見られたくないんだろう。
だってめちゃくちゃ鼻声だし。
父子揃って情けない話だ。
「……親として鼻が高いよ、俺は。お前が息子で本当に良かった」
こうして俺達は、再会を果たし。
ついでに仲直りもしたのだった。
「ただいま、悠真」
「……10年遅えよ、クソ親父」
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