第157話:走馬灯
side皆城和真
俺がこの世界に来てから、ざっと10年。
その10年の間に愛する嫁さんと息子の元に戻る為に色んな情報を駆けずり回って集めて、ようやくダンジョンの奥深くは異世界に繋がってるなんて情報を得た。
ま、言い伝えっつうか、伝承のレベルなんだけどな。
それが大体1年くらい前。
最近までどうしても断りきれないちょっとした事情で帝国に滞在してたんだが、皇帝にも満足して貰えたんでダンジョンへと来たワケだ。
どうやら何千年って単位で生きてるらしい銀髪でエルフの姫様、シエル=オーランド。
頼りになる盾役兼専属鍛冶師で茶色いヒゲがもじゃもじゃのドワーフ、ガルゴ。
そんで俺こと皆城和真、ナイスガイ。
この三人のパーティは安定していた。
何故って?
シエルとガルゴがめちゃんこ強いからだ。
特にシエルがやべえ。
ドラゴ◯ボールに出てきても多分ラ◯ィッツくらいとなら戦えると思う。
現実に存在する人間(エルフ)が漫画の世界の主人公の兄貴に張り合えるんだ。
どれだけ半端じゃないかは伝わるだろう。
ガルゴも攻撃を受け損ねたところを見たことないしな。
俺はアレだ。
ちっと魔力が普通より多いらしいから多少怪力なんだが、まあたかが知れてる。
10年も戦ってきたから並の戦士よりは強い自信もあるが、この世界にゃ化け物みてえな奴がゴロゴロ居るからな。
何年か前に偶然しばらく一緒に旅することになったルルっていう猫耳の娘とか顕著なもんだ。
シエルがそれ以上のバケモンだからわかりにくいが、あの娘も相当強かった。
俺が10人いても多分勝てねえ。
シエルに至ってはそのルルが10人いても勝てねえ。
100人居たら勝負になるかもしらん。
そんなワケのわからんパワーバランスだ。
ちなみにガルゴは多分ルルと同じくらいだ。
なんでわざわざそんな話をするかって?
今がどんだけヤバい状況かを具体的に説明する為さ。
俺達はキュムロスダンジョンへ潜っていた。
キュムロスなんたらとかいう剣の達人らしい男が何百年だか前に見つけたダンジョンらしい。
100年くらい前に突如世界中の攻略済みダンジョンに現れたっていう真意層とやらを突破して、異世界へ行く為に。
途中までは順調だった。
そりゃそうだ。
漫画みたいな戦闘力を持った奴が居て、俺の10倍強いガルゴも居るんだから。
俺だって弱いワケじゃない。
真意層に出てくるモンスターだって、まあ囲まれなければ捌ける。
そんな俺達の前に。
一人の男と、一人の少女が現れた。
男の方は赤茶色の髪で体のでかい偉丈夫って感じだ。
俺も180はあるんでそこそこ身長は高めの方なんだが、そんな俺より更に10センチくらいはでかく見える。
顔つきは真面目そうというか、融通が効かなさそうというか。
一本の剣を持っている。
魔力を感じるのがシエルいわく『下手っぴ』な俺でもよーくわかる。
アレはやべえ。
打ち合ったら絶対に負ける。
すぐにそう悟った。
で、少女の方。
年齢は10代半ばくらいに見える。
ゴテゴテした装飾のついたドレスっぽい服を着ていて、若干青みがかった長い銀髪で、耳が尖ってた。
紅い瞳が特徴的だ。
身長は小さい……つっても150くらいはあるか。
隣にでかいのがいるから特別小さく見えるだけだろう。
銀髪で耳が尖ってるっていうとエルフ――というかシエルに似ているように見えるが、何かが根本的に違う。
あと、嫌な感じの笑みを浮かべていた。
容姿だけ見れば可愛らしいもんなんだが……
なんつうか、アレは人を虐げて楽しむタイプの人間だ。
そう感じた。
生理的な嫌悪感さえあった。
そんな女が、幼い顔に不釣り合いな妖艶とも取れる笑みと共にこんなことを言った。
「――この世界には、候補者は一人。フェーズが進んではいるけれど、どちらかと言えば外れかしらね。まあ一人もいない世界もあったと考えれば少しはマシかしら」
「その通り――だろうな。候補者となるレベルが一人でもいれば当たりだと思った方がいい」
男が少女の呟きに答える。
「やっぱりあの子達のいる世界へ早く行きたいわ。あの世界、まだまだ準備に時間がかかりそうなのが恨めしいわ……」
「最近は加速していると報告があっただろう。あと数年もあれば最終フェーズまで届くやもしれん。あまり油断はするなよ。聞く話によれば件の召喚術師も<候補者>――いや、それ以上の魔力を持っていると言うではないか」
「わたしはそれ直接見てないからなー。でも、最低でも三人は揃ってるってことは本当にそうなんだろうね。最後までしぶとかった金髪のお姉さんもいるといいなあ」
「あの四人は強い縁で結ばれていた。故に必ず揃うだろう」
「その召喚術師くんが生きてる間はね。それに間に合うかなー? あの世界の人間って寿命どれくらいだっけ」
「
金髪のお姉さん?
四人?
一体何を言ってやがる。
よくわからねえが、10年間戦ってきた勘みてえなもんがずっと警鐘を鳴らしていた。
ヤバい、ここから逃げろってな具合でな。
だが――俺も、ガルゴも、シエルも。
誰も動かない。
誰も、動けない。
「この世界もまだ最終フェーズではないし、先にメインディッシュから終わらせるのもアレよね……つまみ食いくらいにしといてあげる。ま、この世界自体がオードブルって感じなのは否めないけどね」
最終フェーズ……?
メインディッシュだのオードブルだの……
料理の話をしてるってワケじゃねえんだろうな。
「最終フェーズの障害になり得る者は先に排除しておくのではなかったのか?」
「うーん、その気だったんだけどねぇ。最上級の候補者とは言え、四人もいたあの子たちと同レベルってことは単純に四分の一の戦力でしょ?」
「そうとは限らない。油断は禁物だ」
「まあ最上級に拘らなければそれ以外にもそこそこのはいるっぽいけどさぁ……ワンサイドゲームはつまらないし、やっぱここで精霊にしちゃうのは無しにしよっかなって。この世界をもうちょっと楽しみたいのよ。ダメ?」
少女は可愛らしく首を傾げた。
だが、俺にはそれが悍ましい何かにしか見えなかった。
「……
「もう、可愛いワンちゃんなんだから。後の二人は殺そっか。別に精霊にしてもいいけど、あの程度じゃあ例の召喚術師くんの召喚範囲に引っかからないだろうし」
「魔力が強すぎると最上級しか召喚できんというのも不便な話だな」
「んー、でも雑魚を召喚できても意味なくなぁい?」
「弱者には弱者なりの戦い方がある」
「もー、固いんだからあ」
男も女もこちらに一切注意を向けていない。
だが、動けない。
何故俺たちが動けなかったか。
理由は単純だ。
こいつらが圧倒的に強いから。
それを俺たちが全員感じ取ってしまっているからだ。
男の方もかなりのものだが――女の方はもはや魔力の総量が把握できない程だ。
無尽蔵にあるのではないかとさえ思う。
恐らく――シエルよりも多い。
世界最強の魔女である、シエル=オーランドよりもだ。
精霊にするとかなんとか言っていた。
精霊ってのはなんだ。
意味がわからん。
シエルなら知っているかもしれないが、今聞けるような状態じゃないし。
ていうか、どうすりゃいいんだ。
逃げないと死ぬ。
逃げなければ殺される。
そんなことはわかってる。
わかってるのに――
「じゃ、わたしはエルフちゃんとちょっと遊んでいくからその間に残りの二人は殺すなり精霊にするなりして口止めしといてね」
そこでようやく、シエルが口を挟んだ。
「……どうやらわしは生かしてもらえるようじゃが口止めはせんでいいのか? 全部話は聞いておったぞ?」
「んー大丈夫、記憶をちょろっといじるから」
「じゃあ二人も殺さなくていいじゃろう」
「それはだめだよ」
「何故じゃ?」
少女はにっこり笑った。
恐らく今までで一番純粋な――見た目相応の笑顔だ。
「だってこのタイミングで死人が出た方が、ゲームに緊張感が生まれるでしょ?」
その直後。
あの少女とシエルはどこかに消えた。
恐らくシエルが結界魔法に閉じ込めたのだろう。
最低でも、あの男と少女とを分断しようと考えたんだろうな。
で、そこから間髪入れずに赤茶色の髪の男の方も動いた。
とんでもねえ速度ととんでもねえ容赦のなさで振られた剣をガルゴが盾で弾こうとし――その盾ごと、まるで豆腐みたいにさっくりと体を斬られた。
一目で致命傷だとわかる傷だ。
すぐにでもシエルの治療が必要だが……いつ結界魔法から出てくるかわからん。
そもそも、生きて出てくるかも怪しいもんだ。
俺の嫁さん……悠の石化を解く為にもシエルには死んでもらっちゃ困る。
つうか、10年も一緒にいりゃそもそも死んでほしくねえに決まってる。
シエルだけじゃねえ。
ガルゴも一緒だ。
殺させるわけにゃいかねえ。
そんなこんなで俺はガルゴを庇って、赤茶色の髪の男の前に立っている。
長くなっちまったが、これが今の俺が置かれている状況だ。
どうだ、絶望的な状況だってことがわかっただろ?
さぁて……どうすっかな。
まだ死ぬワケにゃいかねえ。
ガルゴにも死んでほしくねえし、シエルにも死んでほしくねえ。
けど、俺より遥かに強いガルゴは一撃でのされて意識不明。
シエルはよりやばい少女を隔離するので精一杯。
むしろこいつをとっととぶっ倒すなり無力化するなりして助けにいかなきゃならん。
「なあ、あんた。一個提案があるんだが、聞いてくかい?」
「……それを聞いて吾になんの得がある」
「俺さ、こう見えても正義の味方なんだよ。街の皆を守る消防士さんってな。だから暴力とかはほんとはご法度なのさ」
「だからどうした」
「話し合いで解決できねえかなって」
「アレが殺せと言ったのだから、吾としては殺す他あるまい」
ダメだこりゃ。
話が通じない。
言っただろ、融通の効かないタイプだって。
俺の勘は結構当たるんだ。
「アレとかワレとかじゃなくて名前が聞きたいなー、俺。ちなみに俺、皆城和真。もう40代なんだけど、何故か見た目変わってないから35ってことでよろしくするわ。ほら、こっちが名乗ったんだからそっちも名乗れよ」
「ふむ……」
剣を構えたまま男は少し考えるようにした。
そして、
「吾の名はキュムロス=ロンド。ここにいるということは、聞いたことくらいはあるやもしれんな」
と名乗った。
誰だよ。
「いや、聞いたこと…………あるな」
キュムロスってこのダンジョンの名前じゃん。
数百年だか前にこのダンジョンを見つけた剣豪の名前じゃん。
生きてんの?
エルフじゃあるまいし人間だって聞いてたから、もう死んでるもんだと……
「アレが興味を示した相手はシエル=オーランドだろう。吾でも知っている、この世界では最強の魔術師だ」
「数百年前にもシエルはいるもんな……」
ていうか、この世界ではサラッと言ってたな。
さっきの話を聞くに、どうやらこいつらは異世界があることを知ってるっぽい。
こんな状況じゃなければ異世界に行く方法を知りたいもんだが、素直に教えてくれそうにもないよな……特にこの男は。
「世界最強の魔術師はシエルだが、世界最強の剣士はあんたじゃないのか、キュムロス=ロンド。そんなのがあんな女の子にワンちゃん呼ばわりされてていいのかよ?」
「アレは吾よりも強い。そして吾はアレに力を授けて貰っている。故に犬扱いされようがなんとも思わん」
やっぱあっちのが強いのか。
そんな気はしてたけどな。
「力を授けて貰ってるのはどういう意味だ?」
「悠長に時間を稼いでいていいのか? 後ろのドワーフは長くないぞ」
「……よかねえよ」
くそ、正面から戦っても勝てないが、話してても絆されるような気配は一切ない。
やるしかねえか。
もはやここまできたらなるようにしかならん。
くそったれ。
俺は剣を握って走り出す。
最速で、最短距離で。
小細工なんざどうせ通用しねえ!!
「――はあっ!!」
「いい殺気だ」
キン、と軽い音を立てて。
俺が全力で振るった剣がへし折られた。
いとも簡単に、奴の細い剣の一撃で。
「その歳の人間としては最高峰だ。過去の吾にならば一撃くらいは入れられたかもしれんな」
キュムロスの剣が首へ迫る。
世界がやけにスローモーションに流れていた。
今までの人生で起きたことが脳裏を駆け抜けていく。
そうか、これが走馬灯ってやつか。
しょんべんくせえガキの頃から、学生を経て、悠との出会い。
消防士として働きながら交際して、こいつしかねえと思ってプロポーズして結婚して、ガキが生まれた。
悠と和真の子だから、悠真だ。
我ながら安直だ。
交流のあった友人達にも散々っぱら笑われた。
だが悠のように正しく育って欲しいという俺の思いと。
俺のように優しく育って欲しいという悠の思いがそう名付けたんだ。
それ以外には考えられなかった。
初めて喋った言葉は「いんいん」だった。
ママでもパパでもなく、「いんいん」。
テレビに映っていた人参を見ていたので多分人参と言おうとしていたのだろう。
悠は「お父さんが人参はいやだ人参はいやだって言うからでしょ」なんて怒っていたが……
少し育った悠真は生意気なガキだったな。
小さい頃の俺そっくりだった。
だが、両親想いの良い子だった。
母さんがいなくなって、悠真は少し荒れていた。
捨てられたと思っていたのだろう。
本当のことを伝えるわけにはいかない。
いつか必ず帰ってくる。
そう言い聞かせるしかなかった。
悠真にも、俺自身にも。
怒ってるだろうな、あいつ。
必ず帰ってくる。
母親も父親もそう言い残していなくなってるんだ。
最低な親父だ。
今頃は22か。
こっちとあっちの世界の時間の流れが一緒なら、だが。
きっと良い男に育っているだろう。
なにせ俺と悠の子だ。
悠は石にはなったがまだ生きている。
置いて先に逝っちまうことになるのが心残りだ。
本当に、心残りだ。
すまねえ。
悪い、悠真。
母さんも父さんもいなくなっちまう。
帰ろうと思ってたんだ。
帰れると思ってたんだ。
また会えると思ってた。
俺が生涯で最も愛したあの二人に。
あとちょっとだったのに――
「――ごめんな」
「――!!」
俺の首に刃が届く寸前。
ぴたりとキュムロスが動きを止めた。
そして弾けるように後ろへ飛び退る。
……なんだ?
「なんだ、この気配は」
だが困惑していたのは俺だけじゃなかった。
キュムロスもまた何かに戸惑っていた。
何に戸惑っていたのかは、その直後にわかることになる。
「10年ぶりに見たかと思えば、殺される直前って……何やってんだよ、親父」
記憶にある姿とも、声とも違う。
だが、それが誰なのかはすぐにわかった。
俺と同じで髪質が固いのだろう、つんつんした髪型。
顔立ちは昔からずっとそうで、悠に似ている。
憎まれ口は――俺に似たのか?
その青年は安堵したような表情で俺のことを見ていた。
……でかくはなったが、間違いない。
俺のことを安堵したような表情で見ているのは――
最愛の息子、悠真だった。
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