第155話:どの異世界へ
1.
時間的にもタイミング的にもキリが良いので、俺達は一旦家へ戻る事にする。
もちろん、戻ってくる時用の転移石を最下層へ置いて、だ。
使ってない部屋に安置してある転移石の元へ戻ってくると、どっと疲れが襲ってきた。
先程の水龍から受けたプレッシャーのせいだろう。
「さて。ルルちゃんはお姉さんとお話しましょうか。一緒にお風呂にでも入りながら、ね?」
「私もご一緒します、シトリー姉さん」
「じゃあ洗いっこしましょうか」
「た、助けて欲しいのニャ~……!」
哀れな猫が風呂場に引きずられていくのを俺は敬礼して見送る。
シトリーとウェンディ、言ってしまえば飴と鞭の二人に調教されることになるルルは気の毒だが、冷静に考えたらシトリーにウェンディ、更に猫耳っ子のルルが居る風呂場は客観的に見たら天国なのかもしれない。
俺も混ぜて貰おうかな……
「あたし達はドロップ品の整理でしょ。あと、姉さん達が出たら次にお風呂に入るのはあたしだから」
「ではお兄さまはフレアと一緒に入りましょう? スノウだけ仲間はずれです」
「はあ!?」
スノウとフレアが小競り合いを始めるのを横目で見つつ、俺は風呂場をもう一つ作ることを真剣に検討するのだった。
リビングでは母さんが知佳から何かを教わっているように見えた。
先に母さんが俺に気づく。
「あら悠真。スノウちゃんとフレアちゃんも。お帰りなさい。怪我はないの?」
「ただいま戻りました、お義母さま。お兄さまはご無事です!」
「ただいまー」
普通に返事してるスノウはともかく、知佳に触発されて最近はフレアも母さんのことを『義母』扱いしているように感じる。
「ただいま。何してんの?」
「お義母さんにパソコンの使い方を色々教えてる」
……知佳ってどちらかと言えば勝手に構われていつの間にかその人と仲良くなっているタイプなのだが、母さんに関しては積極的に自分から絡みに行っているように見えるんだよな。
これは外堀を埋められている段階なのだろうか。
「最近のパソコンは凄いのねえ。なんでもできちゃうじゃない」
「今じゃ当たり前だけど、母さんにとっちゃそんなもんなのか」
この15年間くらいでどれくらいパソコンが進化したのか、とかは俺は全然詳しくないのだが。
ムーアだかマイケルだかの法則を教えてくれたのは知佳だったか。
2年くらいで半導体回路の集積密度とか言うのが2倍になるらしい。
全然言ってる意味は理解できなかったけどな。
集積密度に関しては字面でなんとなくわかるが、半導体回路がもう訳わからん。
とりあえず15年経ったら少なめに見積もっても2の7乗で128倍ということだ。
……本当か?
128倍性能が良くなってるってことだろ?
でも確かによく知らないPCはともかく、当時のガラケーに比べたら今のスマホは128倍くらい凄いのかもしれない。
最近のスマホアプリとか本当に凄いからなあ。
「……親父が帰ってきたら腰抜かすだろうな。色々変わりすぎてて」
逆に母さんは全然変わってないからそういう意味でも驚くかもしれない……というか、親父の認識ではまだ魔石から戻れていないんだろうから、そこでまず驚くのか。
「……お父さんを異世界に迎えに行くのは、本当に無理はしてないのよね?」
「大丈夫だって。あるとしたら最下層くらいだったけど、そこも今日の探索で突破してるし」
ちらりと母さんはスノウとフレアの方を見る。
それに二人が頷き返すことでようやく安心したようだった。
「悠真はお父さんに似てるから、心配なのよ」
「……永見先生からは母さん似だって聞いてるけどな」
「性格の話」
性格ねえ。
ルルにもちょっとうざいと評される親父に似ていると言われてもあまり嬉しくはないのだが。
「知佳ちゃんに大学入った時くらいの話も聞いてるから」
「げっ」
よりにもよって一番荒れてた時期だ。
半分自暴自棄みたいになってたからな。
口止めしていなかった俺も悪いが……
知佳の方を睨むと、そしらぬ顔でちろっと舌を出してきた。
「まあ、それはそれ今は今だ。無茶なんてしないさ」
「ならいいんだけど……」
「大丈夫よ。あたし達がしっかり見張っててあげるから」
スノウがふん、と胸を張る。
「そう? なら安心ね」
母さんは微笑んだ。
ある程度信用はしてくれているんだろうが、心配しすぎなようにも感じる。
まあ……
母さんからすれば、親父もいない今、息子まで怪我をしたり失ったりするかもしれないと考えれば気が気でないのかもしれない。
俺としても、金稼ぎだけが目的ならばしばらくダンジョン探索をやめてもいいのだが……
シトリーから聞いた、精霊達の真実の話もあるし、アスカロンから言われた「キーダンジョンを探せ」という言葉もある。
普通のダンジョンならともかく、<真意層>まで絡む事となってくれば俺じゃない誰かがやってくれる……という訳にはいかない。
ともかく、親父が戻ってくれば多少母さんの心配性もマシになるだろう。
明日からの探索は今日よりも楽なはずだ。
さっさと親父を見つけて、連れ帰ろう。
2.
「はあ……昨日は酷い目にあったニャ……」
翌日。
ルルの先導で俺達はダンジョン内を上り始めた。
そのルルが疲れた様子なのはどうやらお風呂場には先に綾乃が入っていたらしく、耳や尻尾の付け根を重点的にもふもふされた事による疲労から来ているらしい。
放っておくと10時間近く眠るルルにはエリクシードを食べさせて短時間で体力を全回復させているので、疲れ自体は残っていないとは思うのだが。
それはそうといいなあ、俺も尻尾の付け根をもふもふしたい、というかじっくり見てみたい。
エロい意味じゃなくて、知的好奇心からだ。
決してそういう意図はない。
決して。
ちなみに昨日の戦利品である『イカ型モンスターのイカ墨』、『リザードマンの鱗』、『魔法を反射する銀の魚』、『水につけると消える獣の皮』、『どこまでも伸びる紐』は今日中に天鳥さんが引き取りに来るそうだ。
『水龍の槍』に関しては一旦保留である。
とりあえず俺の中では柳枝さんへのプレゼントだ。
綾乃や知佳はあんなでかい獲物を振り回せないだろうし、そもそも戦闘スタイルに合っていないからな。
それから、今日の探索前に転移石がどこまで届くかを試してみた。
最下層には二つの階段が存在する。
一つは俺達の世界から降りてきた階段。
もう一つはルルの世界へ上がる階段。
厳密にはあと二つ、ルルの世界から降りてきた階段と俺達の世界へ上がる階段があるはずなのだが、それらは少なくとも目視はできなかった。
ともかく。
転移石で転移できる範囲は、ちょうど二つの階段の中央くらいまで、というのが俺達の中での結論である。
どうやらちょうどその地点が『異世界との境界線』とでも言うべきような感じになっているようだった。
ちなみに、『こちら側』から『あちら側』への転移はお互いに目視できる距離だとしても不可能だったが、『あちら側』から『あちら側』ならばちゃんと転移できた。
世界を跨いでの使用は不可能だが、異世界の中での転移ならば可能らしい。
まあ簡単な話、最下層に転移石を2つ置いておけば特に問題は無いということである。
で、だ。
陸続きの国境を超えた時の呆気なさと同じくらい軽く異世界へ来てしまった訳だが、異世界側のダンジョンだからと言って特に何かが変わっているような様子は見られなかった。
普通にモンスターが出てくるので普通にぶっ飛ばして、普通に魔石がドロップする。
途中でイカ型モンスターも居たのでサクッと倒してみると案の定電気の通りが異常に良いイカ墨がドロップした。
というかこれ、どんな世界にでもありそうな洞窟のダンジョンだから違和感もないけど、もしこれが新宿ダンジョンやお城ダンジョンのような形になっていたらどうなるのだろうか。
異世界側へ行くと異世界の景色になっているのだろうか。
それともそのまま新宿の見た目だったり城下町っぽくなっているのか。
気になるな。
今度お城ダンジョンか新宿ダンジョンを一番奥まで攻略してみようか。
……というか、そうしたらまた別の異世界に繋がるのだろうか。
もしくは今回と同じ異世界?
うーむ。
わからん事だらけだな。
しかし俺が考え事をしていたところで、うちのパーティは特に止まることもない。
探索を始めて3時間で、最下層にあったものを外して3つの階段を上がった。
超広範囲に渡るウェンディとフレアの索敵によってガーディアンらしき奴を見つけ次第<殺り>にいっているのだから当然のハイペースだ。
ルル曰く、こちら側の世界でも真意層は5層分だったそうなのであともう一回階段を登れば少なくとも真意層は突破できることになる。
ちなみに4層のガーディアン、3層のガーディアン、2層のガーディアンは全て精霊達が瞬殺した。
面白い事に、この道中のガーディアン達はこちら側のものと同じだったのだ。
つまりドロップ品もどこまでも伸びる紐に水につけると消える獣の皮、そしてリザードマンの鱗である。
ルルが言うにはこのダンジョンを攻略した時にこんな奴らと戦った記憶は無いとのことだった。
ますます新宿ダンジョンやお城ダンジョンではどうなっているかが気になるな。
それから。
ユニークモンスターっぽい奴も道中で倒した。
防具を身に着けた、黒いモヤっぽい奴だ。
そうかもしれない、と気付いたのはスノウの氷の槍が容赦なく彼をバラバラに砕いた後だったのだが。
今まであんなモンスターは見なかったし、一瞬だけだが氷の槍を避けようとしているようにも見えた。
もしユニークだとしたら相手が悪すぎたとしか言いようがない。
成仏できているといいのだが……
ちなみにドロップしたのは何かの動物の皮でできた水筒。
と、中に入っている液体。
ぱっと見では水っぽいのだが、試しに舐めてみようという気にはちょっとなれなかった。
天鳥さんに成分分析してもらおう。
あの人に色々任せすぎだって?
いいんだよ、あの人エリクシードで3時間睡眠活動ができるようになってからは無敵みたいなものだから。
彼女がそれを望んでいるのだからもうどうしようもない。
俺としても、他の誰かに任せてリスクを上げるよりは天鳥さんにやって貰った方が安心だし。
本当にヤバそうだったらもちろん止めるつもりではいる。
とは言え、エリクシードもある上にちょくちょくストレス発散にも付き合っているので大丈夫だとは思うが。
「マスター、やはりガーディアンの気配は見当たりません。新階層……真意層から元来のダンジョンの最下層に繋がるところには番人やボスに当たるモンスターが存在しないようです」
目を閉じて静かに辺りの様子を探っていたウェンディから報告が入る。
「てことは、シンプルに階段を見つけるだけだな」
「はい」
真意層の一層目へ続く階段はダンジョンのボスを討伐することで出現する。
ならば逆に真意層の一層目から戻るにはどうなるのかと思っていたのだが、どうやらまたダンジョンのボスを倒さないといけない……ということは無いらしい。
特別扱い(?)なのは真意層だけだということなのだろうか。
今更ガーディアンよりも弱いボス相手に苦戦するということも考えられないが(魔法が効かないはずの樹海ダンジョンのボスがあのザマだったし)、無駄に戦闘が増えるよりはそっちの方が楽で良いだろう。
「……異世界、ねえ……」
「どうした、スノウ。珍しく考え込むようにして」
「珍しくは余計よ」
軽く蹴りを入れられた。
痛い。
「ルルの居た世界がそうじゃないことはなんとなく話を聞いてればわかるけど、他のダンジョンを攻略したりすればあたし達の居た世界にも繋がるのかしらって考えてたのよ」
「――え」
「なによ。どうかした?」
「あ、いや。なんでもない」
俺はシトリーの方を見ないようにした。
スノウ達の居た世界は既に滅びている。
そしてその時に一度、彼女達は――死んでいる。
それを知っているのは俺とシトリーだけだ。
スノウも、フレアも、ウェンディでさえ。
何も知らない。
「……そうだな。もしかしたらそういうこともあるかもしれない」
「でしょ? あたしにもはっきりとはわからないけど結構長い年月が経ってるし、そもそも記憶も曖昧ではあるけどちょっと楽しみでもあるわね」
世界が滅びている、という意味はよくわからない。
全ての生命が滅んでいるということなのか、それとも他の意味があるのか。
仮にどこかのダンジョンの先がスノウ達の居た世界だとして……
どのような光景が広がっているのか。
それは想像もつかない。
「マスター、階段を発見しました」
――と。
助け舟を出すようなタイミングで(もちろん狙った訳ではないだろうが)ウェンディが階段を見つけたようだった。
「よし、さっさと行こうぜ」
俺はスノウの背中をぽんと叩いた。
「な、なによ。そんな急かさなくてもちゃんと行くわよ」
――糞。
何も出来ねえな、俺。
3.
真意層を出ると、すぐに恐らくボス部屋だったのだろう大きな部屋へ出た。
「ここはもう見覚えがあるニャ! 確かあっちの方に……」
ルルが視線を向けた方向には出口がある。
ダンジョンを攻略すると出現する、外まで直通のモノだ。
どうやらここからまたダンジョンの外まで攻略しなければならない、という事は流石に無いらしい。
気持ちを切り替えよう。
ダンジョンの外へ出たら、親父を探さないといけないのだから。
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