第153話:水龍降臨

1.


 その後。

 特に何事もなく新階層、もとい真意層の3層目、そして4層目を突破して5層目に到着した。


 ここまで深く潜ってくるのは初めてだ。

 で、ルル曰く――


はここが一番奥なはずだニャ」


 どうやらルルには階段を4つ上がってきた記憶があるらしい。

 つまり最下層はこちらから見た5層目だということだ。

 

 今の所遭遇しているガーディアンも全て大したことない。

 3層目で倒した水に溶ける狼や4層目で倒した水蛇はどちらもシトリーが瞬殺してしまった。


 敵が水棲生物の時点でどう考えてもシトリーやスノウに勝てないんだよな。

 そのスノウはカナヅチなのもあって水に落ちないようにしている方へ注意が向いているようで、あまり役に立っていないのだが。

 まあいざとなればちゃんと戦うだろうし問題はないだろう。


 ちなみに、水に溶ける狼は水の中に入れると見えなくなる毛皮がドロップし、水蛇の方は伸ばそうと思って引っ張ると伸びる縄がドロップした。

 

 ちなみにルルがここまで倒してきたガーディアンだのなんだののドロップ品はなんと特に回収していないらしい。

 というのも、似たような性質のものが既にそれなりの安値で出回っていることが多いのでダンジョンのドロップ品は大した値がつかないらしいのだ。

 それらはマジックアイテムとか言うらしいが、今ルルが持っているのは見た目よりもちょっと多めに入るポーチくらいだった。

 ローラの空間袋の劣化版と言ったところだろうか。

 

 ちなみに魔石に関しては高く売れるという点はさほど変わりないので、ダンジョン探索者な主な収入源となっているとのことだった。

 むしろ、こちらの世界よりも魔石のエネルギーに対する比重は大きいようだ。

 相場をちゃんと比較していないのでなんとも言えないが、もし交易なんかが発達したりした時に大きな値崩れなんかがあるとまた厄介な話になりそうだな。

 面倒なことにならない今のうちに全部売っておこうかな。

 

「一番下にいるガーディアンって、シンプルに考えたら多分一番強いんだよな」

「だろうニャ」

「ルルはこっち側に来る時、ソロでそいつに勝ってるんだよな?」

「そうニャ」


 ふむ……


「ルルのいる世界でルルより強い奴ってどれくらい居るんだ?」

「知らんニャ。会ったことがあるのは一人ニャ」


 多分、親父と一緒に居るとかいうエルフのことだろう。

 となると、実はルルが異世界ではそんなに強くなくて、あちら側とこちら側の探索者との間にとんでもない実力の隔たりがある、とかはないのだろう。

 あちら側の方が魔法がある分、全体的なレベルは高そうだが……


 とは言え、真意層を含めて単独で攻略できる探索者は恐らく俺くらいしかいない。

 未菜さんクラスで出てくるガーディアン次第、と言ったところだろうか。

 基本的には途中で断念するくらいのレベルだと思う。

 柳枝さん曰く、最近の未菜さんは更にがかかっているらしいから案外行けたりもするかもしれないけど。

 皮肉にも以前の<奴ら>の襲撃時に何かを掴んだようだ。


 なんてことを話していたら、段々と道が狭くなってきた。

 元々はモンスターと派手に戦っても問題ない程の広さがあったのに、今や俺が思い切り両手を広げたらどちらの手も岩肌にタッチできそうな程だ。


 前を歩くルルの健康的に引き締まった尻……じゃなくて尻尾の付け根の辺りを己の見分を広げる為に見ていると、不意に尻……じゃなくてルルが立ち止まった。


「どうした?」

「……来た時はこんニャのなかったはずニャ……」


 狭くなっていた道が嘘のように広くなって、目の前には樹海ダンジョンでも見たボス部屋の扉のようなものがあった。

 これまた大きな扉だ。

 

「来た時は無かったって、ルルが戦った最下層のガーディアンはどんなのだったんだ?」

「でかいスライムだったニャ。こんな扉がある部屋じゃニャくて、普通に水の中から出てきたニャ」

「スライムだと!? そいつは服だけを溶かしたりするのか!?」

「ニャ、ニャんの為に服だけ溶かすのニャ。魔法を全て吸収するくせに物理半減の厄介なモンスターだったニャ。動きがトロかったからゴリ押しで倒したけど、魔法使いだと苦戦しそうニャ感じだったニャ」


 なんだ……服だけを溶かさないならそいつはスライムじゃなくてただのぶよぶよした奴だ。

 魔法を吸収するらしいが、どうせ遭遇してもスノウ辺りが凍らせて終わりだろう。

 吸収するから無効なんてタイプは吸収しきれない程の攻撃でやられるのがお約束である。


「……なんでこいつは露骨にガッカリしてるのニャ?」

「アホだからよ」


 俺のことを指差すルルにスノウが無慈悲に答える。

 服だけを溶かすスライムは男にしかわからないロマンだ。

 これだけは絶対に譲れない。

 絶対にだ。


「もうお兄さま、肌が見たければフレアがいつだって見せてあげますよ。いつでもどこでもどれだけでも」


 フレアが俺の腕にしがみついてくる。

 それを見たスノウが若干むっとした顔をするまでがワンセットだ。


 しかしなフレア、それはそれってやつなんだよ。

 パンツをいつでも拝める環境にいるからって、パンチラには絶対に視線が行ってしまう。

 それが男なんだ。

 

 いつでも裸を見れるからって、服だけを溶かすスライムは諦められないんだ。


 と――


 バガァァン!! ととんでもない音がして、ガーディアンが居るであろう部屋の大きな扉が内側に吹き飛んだ。

 見ると、ウェンディがそちらへ腕を伸ばしている。

 風で吹き飛ばした……のかな?


 ウェンディはこちらを冷めた目で見る。


「今回は撮影する必要もないですから、こうするのが手っ取り早いでしょう。急ぎますよ、マスター。お父様が異世界でお待ちです」

「あ、は、はい。そうですよネ」


 フレアは流石の危機感知能力でさっさと俺から離れていた。

 ちくしょう、ずるいぞ。



2.


「また樹海の時みたいなのは勘弁してよ……」


 スノウが眉をひそめる。

 ゾンビ大量発生がトラウマになっているのだろう。

 部屋へ入ると、僅かばかりの点在する岩の足場があるだけで、ほとんどは溜池のようになっていた。


 ざっと見た感じ、向こう岸まで数百メートルはありそうだ。

 上から見たら若干楕円になっているのかな?


 水質はかなり綺麗そうだ。

 完全に透き通っている。


 で、その池へ近づいてみると……


「……なあ、もしかしてあれって魔石じゃないか?」


 その水底に赤紫色に光る石が大量に落ちていた。

 若干のばらつきはあるものの、全部新宿ダンジョンの3層くらいで取れる程度の大きさだ。

 大きければ大きいほど指数関数的に高くなる魔石だが、あの大きさでもこれだけ大量にあればかなりの額になるだろう。


 くいっとウェンディが人差し指を動かすと、池の水が割れて底にあった赤紫色の石が10個ほど俺の元へ浮かんできた。


「うん……やっぱり魔石だな、これ。なんでこんな大量にあるんだ」

「これ全部売ったらしばらくは贅沢して暮らせるニャ!」


 ルルは目を輝かせていた。

 何故か猫に小判ということわざが思い浮かんだが、こちらの世界よりも魔石の価値が高い世界で、これだけの魔石を全部売って「しばらくは贅沢して遊べる」程度の認識って、どんだけ金遣い荒いんだろうこの子。


 仮にこちらの世界で売っぱらっても余裕で一生遊んで暮らせるだけの金額は手に入るだろうに。


「お兄さま、以前アメリカで魔石を大量に摂取して強力になったモンスターがいましたよね。もしかしたら……」

「あ……あー……」


 あの鉱石ダンジョンに居た女王蟻のことか。

 確かにアレは強かったな。

 異常に硬かったし。


 今戦えば余裕で倒せるとは思うが、ガーディアンがそれで更に強化されると考えるとちょっと厄介かもしれない。


「ウェンディ、先に魔石を全部吹き飛ばせるか? モンスターに利用されないようにしたい」

「承知しました」


 ウェンディが両手を池に向ける――と。


「ニャ!?」


 ルルが驚きの声をあげる。

 俺だってちょっと驚いたくらいだかな。

 なにせ、びゅう、と強めの風が一瞬吹いたかと思えば池の水が全て持ち上がったのだから。


 更に魔石も全て浮かびあがり……というタイミングで。

 


 巨大な魔法陣がウェンディの浮かせている水の中に浮かび上がる。

 そしてそこから出てきたのは、真意層4層目でも見た水蛇――ではなく。


 それよりもずっと大きい、一言で言えば龍、って感じの水色のモンスターだった。

 全長は20メートルくらいあるんじゃないか。

 太さは大人が三人両手を広げても囲いきれない程度にはありそう。


「おいおい……」


 龍って。

 そんなもんまで出てくるのかよ、ダンジョンてのは。


「水龍ニャ! みんな逃げるニャ!!」


 ルルが慌てている。

 単独で真意層を含めてダンジョンを攻略する彼女が、だ。

 しかしそれを聞いても精霊たちは顔色を一切変えなかった。


「問題はありません。このまま倒します――スノウ」

「わかったわ」


 一瞬にして全ての水が全て凍りつく。

 その直後、巨大な氷が木っ端微塵になった。


 最初はウェンディが風で刻んだのかと思ったが、どうやらそうではないようで――


「申し訳ありません、マスター」


 とんとん、と軽いステップで俺のところまで下がってきたウェンディが報告する。


「恐らく魔石を取り込まれました。想定していたよりもかなり厄介です」


 当たり前のように宙に浮いている龍はこちらに向かって牙を剥き出しにしていた。

 まさに伝承で語られている龍、という感じの顔だ。

 口と鼻が突き出ている爬虫類っぽい形に、長く立派なヒゲ(?)が左右対象に一本生えている。


 目は黄金色で、先程まで水色だった鱗は赤く染まっている。

 そしてウェンディの申告通り、水底にあった魔石は全てなくなっていた。


「魔石が! あたしの金がなくなってるニャ!」


 当然のように自分のものとして魔石を勘定しているルルはともかく、少なくともユニークモンスターを除けば今まで出会ったモンスターの中で一番強そうである。

 魔石も取り込んでるし。


 だが、こちらには精霊が四人もいるのだ。

 ウェンディとスノウの不意打ちは失敗したが、だからと言って勝てないわけではない。


 というか、まず勝てるだろう。


 なんて俺は軽く見積もっていた。

 まあ言っても余裕でしょ、みたいな。

 

 実際そうなのだ。

 精霊が戦うという前提なら。


「お兄さま、これはチャンスです!」

「……チャンス?」


 何故かフレアが興奮していた。

 俺は嫌な予感がする。


「炎を文句に加えた詠唱であの龍を吹き飛ばしましょう!」


 ……ノーとは言えない雰囲気だった。

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