第152話:詠唱魔弾

「詠唱はイメージを固定化させる効果があるニャ。生まれた時から魔法が使えます、みたいな連中には必要ニャいけど、そうじゃニャいのなら慣れるまで普通は詠唱をしながら魔法を使うのニャ」


 真意層の2層目を歩きながらルルから説明を受ける。

 生まれつき魔法が使えます、というのはスノウ達のことを言っているのだろう。

 実際まさにそんな感じだろうしな。

 もちろん、その後の研鑽もあっての今だとは思うが。


 しかし、イメージが魔法となるというのはルルの世界でも同じことらしい。

 

「魔法に名前とかってあったりするのか?」

「当然あるニャ。あった方が使いやすいのニャ。何度も繰り返している内にその名前を唱えるだけで同じイメージ力を安定して出せたり、無詠唱でできるようになっていく感じニャ」

「なるほどね」


 <魔弾>を使う度に練度が上がって行くように感じていたのはそういう側面もあったのかもしれない。

 何度も使うことによってイメージが安定する。

 確かに言われてみれば当然の話だ。

 どんなことでも反復練習によって体に覚えさせ、定着させるのが大事なわけで、魔法はそれがイメージだというだけのこと。


「でももうできてるんだから詠唱なんていらないだろ? それに俺、アニメや漫画でイメージはばっちりだしさ」

「なんでさっきから詠唱を嫌がるのニャ。アニメだか漫画だか知らニャいけど、そんな簡単なもんじゃないニャ!」


 恥ずかしいから。

 ぶっちゃけそれ以外にない。

 いやだって、恥ずかしいよ!

 それが必要なことだとわかっていても今のところ困ってないし、別によくない? と思ってしまうのだ。

 

 大声で詠唱とか叫んでみろ。

 <魔弾>だってこっ恥ずかしい気持ちを抑えてなるべく派手にならないように名付けたのに、詠唱なんてした日にはもう……もう……!


 端的に言おう。

 なんでも受け入れてくれそうなフレアやウェンディ、シトリーはともかく、スノウとか知佳とかの積極的にからかってくる連中の前でそういう隙を晒したくないのだ。

 厨二っぽい詠唱を叫んでいるところなんて見られれば絶対そこでからかわれるに決まっている。

 

「……無詠唱の方が隙も少なさそうだしさ」

「ユウマは自分が強いから勘違いしているようニャけど、どの世界にも上には上がいるニャ。それで通用しない相手が出たらどうするニャ?」


 痛いところをついてくる。


「お前の魔法にはまだ伸びしろがあるニャ。嫌なら嫌で良いニャ。後悔する時が来ないとも限らニャいけどニャ」


 もしあの時ちゃんと詠唱を教わっていれば。

 そう思う時が来ない――そんなこと言い切れるはずもない。


「わかったよ……詠唱がどんなのかだけでも教えてくれ」

「そう難しいものでもないニャ。例えばさっきの魔法をどんなイメージで使ってるのニャ?」


 どんなイメージと言われてもな……

 俺のイメージの根底にあるのはやっぱり漫画やアニメだろう。

 自分の中のエネルギーを掌に伝え、馴染みのある形で具現化してそれを飛ばす。

 破壊力や速度は都度都度調整しているくらいだ。


 というのを伝えると、


「ならこんニャ感じニャ。『巡る力へ命ずる 根源たる我が意を得て形となり顕現せよ 手中に収めし魔の力は風よりも疾く邪悪なる敵を討つ』。で、その後に技の名前を叫ぶ感じニャ。簡単だニャ?」

「……簡単ではあるけど……」

「本当はあの魔法の形や特性、威力をもっと具体的な単語で指示してもいいニャ。『光る』とか『丸い』とか『凝縮』とか」

「そ、そうなんだ」


 巡る力とは魔力のことだろう。

 根源たる我が意を得て~の部分は魔法の形を指すと思われる。

 手中に収めし、というのは魔弾を掌に作って使ったのを見たからだろう。

 風よりも疾くは速度の指定と言ったところか。


「……毎回邪悪なる敵かどうかはわからなくないか? モンスターとかは別に邪悪ってわけでもないしさ」

「こういうのは勢いが大事ニャ。邪悪なる敵だと思って魔法を使っても別に不都合はないしニャ」


 ないけどさ。

 ようはテキストフレーバーみたいなものだろう。

 雰囲気が出ればそれでいい、みたいな。

 

「素晴らしい詠唱ですね、ルル」


 前を歩いていたウェンディも話は聞いていたらしく、唐突にルルを褒めた。

 素晴らしいのかどうかは俺はよくわからないが……


「特に風より疾く、という部分が良いです。私よりもマスターの方がずっと素晴らしいのですから。貴女は見る目がありますね」


 風よりもってウェンディの風は誰も意識してないと思うよ。

 なんならルルだってそうだと思うよ。

 当のルルは「それほどでもあるニャ!」とか調子に乗ってて聞いてないみたいだけど。


 ウェンディの風よりも速い魔弾なんて撃ってみろ。

 どんなオーバーキルだよ。

 

「ルル、それは例えば、『炎のように敵を薙ぎ払え』などと言ったりしたら威力は向上したりするものなのでしょうか?」


 フレアが興味を抱いたようだ。


「使用者が炎に対して強い印象を持っているのなら当然そうなるニャ」

「なるほど……つまりお兄さまに対して炎の強いところをお見せすれば……」


 フレアが何やらぶつぶつと呟き始めた。

 ……自分じゃなくて俺なの?

 大丈夫だろうか。

 わからされている頃には俺の丸焼きが出来ていたりしないよな?


 というかウェンディの風に関してもそうだが、炎の強いイメージなんてこの世界で俺以上に理解している人間は居ないと思う。

 消防士だった俺の親父よりも多分理解してるよ。

 炎怖い。

 マジで。

 炎というかフレアが怖い。


「アレンジは好きに加えればいいし、毎回同じ詠唱じゃなくても支障はあまり無いニャ。要は自分のイメージしやすいようにやっていれば、いずれ慣れていくのニャ」

「ねえ、氷は何かないの?」

「あたしに言われても知らんのニャ。ユウマの持つ氷のイメージの問題ニャ」

「雷も色々ありそうよねえ……」


 ちらちらとシトリーがこちらを期待するような目で見てくる。

 スノウに至っては「わかってるでしょうねあんた」みたいな圧を感じるんだが。


 ほら、風がどうこう言ったせいで段々増えてきたぞ!

 いやしかし、精霊の力に合わせた詠唱は案外理にかなっているのかもしれない。

 それぞれどれだけ強い力を持っているのかは簡単にイメージできるしな。


「どうニャ?」


 風というワードが入っていることでウェンディも俺に高評価されることを期待しているのか、珍しくそわそわした様子でこちらを振り向きつつ前を歩いている。


「……いい詠唱だと思う」

「当然ニャ」


 ルルがふんすと胸を張った。

 マジで揉んでやろうかなこいつ。

 

 ちらりとウェンディの方を見ると、もうこちらを振り向くことはないのだが後ろ姿からもなんとなく上機嫌っぽいのが伝わる。

 可愛い。

 じゃなくて。


 ルルが即興で作った詠唱はどうやら良いものらしいのだが、それはそれでこれはこれだ。

 試してみるニャとかこの猫が言い出さないように誘導しないと。

 必要に駆られればもちろん詠唱も使うよ?

 俺だって後悔したくないしさ。

 使うけどさ、別にねえ。


「そういやルルが魔法使う時はどんな感じなんだ?」

「あたしはこうニャ」


 そう言って、ちょうど横道にいたリザードマンにルルは手を向ける。


「火よ穿て。炎の槍」


 ぼう、と炎でできた槍状のものが放出されてリザードマンを焼く。

 魔法は苦手だと言っていた割に真意層のモンスターをこんな簡単に倒せるとは、流石……じゃなくて。


「おい」

「なんニャ?」

「めちゃめちゃシンプルじゃねえか!!」

「これは簡単な魔法だから当然ニャ」

「もっと難しいの見せてくれよ!」」

「あたしは難しい魔法はどうせ使えないからそういう詠唱も使う必要がないのニャ!」


 こいつずるいな!

 絶対わかっててやってるだろ!

 

「ユウマの魔法は雑なせいで複雑ニャ。だから詠唱も長くなるのニャ。慣れれば短くもできるニャ」

「よくもまあすらすらと……」

「嘘はついてないニャ!」


 それはそれとしてからかう意志はあるのだろう。

 ルルは猫っぽい八重歯を覗かせてにんまりとした笑みを浮かべている。

 

「次はユウマの番ニャ。あたしの魔法はもう見せたニャ」

「くそ、てめえマジで覚えとけよ……ていうかあれだよ、俺の魔法は結構危ないからさ、そこらの雑魚にぽんぽん使うのは良くないと思うんだよな。最低でもガーディアンクラスじゃないとちょっとリスクを冒してまで使う必要がないというか――」

「マスター、前方にガーディアンを発見しました」


 そう言うウェンディの視線の先には空中に浮かぶ二メートルくらいのデカ目の魚がいた。

 悠々と空中を動いている。

 見た目はマグロっぽいのだが、銀色に輝いている。

 

 それ以外は至って普通だ。

 いやまあ、空中に浮いてたり銀色に光り輝いてる時点でおかしいのだが。

 それにその魔力量も結構なものがある。


「くっ……くく、良かったニャ、ユウマ。す、すぐ練習台が見つかって……!」

 

 ルルが笑いを堪えきれないと言った具合に俺の背中をバシバシと叩いた。

 ウェンディが俺を期待するような目で見ている。

 よほどあの風のワードが入った詠唱を俺の口から聞きたいらしい。

 

 ガーディアン見つけるの速いよ。

 1層の半分も時間かかってないじゃん。

 そりゃ、どこにいるのかもわからないんだから攻略時間がバラけるのは仕方ないんだけどさ。


 ……腹くくるか。


「やればいいんだろ、やれば」


 俺は先程のルルのように、こちらに気付く様子もない魚へ遠距離から狙いを定めて右腕を向ける。

 なんとなくそうした方がいいような気がしたので左腕で右腕を支えるようにし、詠唱を始める。


「巡る力へ命ずる 根源たる我が意を得て形となり顕現せよ 手中に収めし魔の力は風よりも疾く邪悪なる敵を――」


 キラリ、と魚の鱗が光を反射した。

 俺はなんとなく嫌な予感がして、咄嗟に最後の文句を変える。


「穿て」


 魔力が掌に集まっていくのが認識できる。

 それは普段の<魔弾>とは少し形が異なり、まるで名前の通り銃弾のような形を取っている。

 そして――


「<魔弾>!!」


 音もなく、目にも留まらぬような超速度で撃ち出された。

 右腕へ強い衝撃。

 左手を添えていたお陰でブレることなく撃ち出せた。

 そんなレベルだ。

 

 そして撃ち出した魔弾の方だが、音もなく魚の体を貫通し、更に向こう側にあったダンジョンの壁も容易く貫いていた。


 もちろん体をぶち抜かれた魚はそのまま光の粒となって霧散し、ダンジョンの壁も徐々に修復されていく。

 後には大きめの魔石と、消えた魚が何故かそのまま丸ごと残っていた。

 しかし穴は空いていないし、生きているようにも見えない。

 恐らくこれそのものがドロップ品ということなのだろう。

 

「へえ」


 最初に声を出したのはスノウだった。


「確かに凄いわね、詠唱。厨二っぽいけど」


 厨二は余計だ。


「なんで最後言葉を変えたのニャ?」


 ルルが不思議そうに……というか、どちらかと言えば訝しげに俺に聞いてくる。


「いや、なんというか……この魚の鱗が鏡っぽく反射したのを見て、なんか嫌な予感がしてな。ああいうのは魔法を反射してくるのがセオリーだし。だから咄嗟に変えてみたんだよ」


 俺の視線の先では、とりあえず保存の為だろう、スノウが魚を急速冷凍している。

 便利だなあ。

 もはや携帯式冷凍庫じゃん。

 本人にそんなこと言ったら次に冷凍庫で冷やされるのは俺になってしまうが。


 そしてルルが小声で呟く。


「……もしかしてユウマのことをおちょくってる場合じゃニャいニャ?」


 小声すぎてよく聞き取れなかったが、文句を言われた感じではないしとりあえず合格点ではあるっぽい。

 恥ずかしい詠唱をした甲斐があったってもんだ。

 でももうしばらくは勘弁だけどな。


 炎だの氷だの雷だのが入った詠唱もすぐには思いつかないし。


 新たに出現した次の層へ続く階段を見ながら、俺は密かに溜め息をつくのだった。

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