第151話:無詠唱
1.
「これは反則だニャ……」
精霊達が周りのモンスターを遠慮なく蹴散らすお陰でほとんどお散歩状態になっているダンジョン探索の最中、ルルはそんな愚痴をこぼした。
「何がだよ」
「お前の馬鹿みたいな魔力のせいでシトリーたちの馬鹿みたいな強さが無限に続いてるニャ。こんなの誰も勝てる訳ないのニャ」
「ルルだってこれくらい暴れようと思えば暴れられるだろ?」
「普通はこんなに暴れたらすぐにガス欠になるニャ!」
牙を剥き出しにして叫ぶ。
何故かちょっと怒っているルルを宥めつつ、俺達は新階層を進んでいく。
「そういや、真意層がどうのって話してたな。アレはなんなんだ?」
「知らんニャ。誰かがそう呼び始めたらしいニャ」
多分、文脈的に新階層の事を指しているのだとは思うが……
真意層、ねえ。
誰の真意なのだろうか。
ダンジョンを作った奴か?
そもそも、ダンジョンは誰かが作ったものだと半ば決めつけていたが、異世界同士を繋げるなんて離れ業が人の作ったものでできるものなのだろうか。
あ、そういえば。
「なあ、キーダンジョンって聞いたことあるか?」
「知らんニャ」
……肝心なところで絶妙に役に立たないな、この猫。
「失礼なこと考えてる顔ニャ!」
「気のせいだ」
「ちょっとあんた達、後ろでイチャつかないでくれる? 集中できないんだけど」
スノウが呆れたような顔で振り返る。
別にイチャついている訳ではないのだが。
「ははーん、わかったニャ。お前、ユウマに惚れてるニャね」
「はあ!? 別に惚れてないわよ! こんなのに!!」
顔を真っ赤にして否定するスノウ。
こんなの呼ばわりされている俺が一番可哀想だと思う。
「ふーん、じゃ、こういうことしても気にならないニャ? 別に好きじゃニャいのな――ニャ!?」
ルルが俺の腕を取って割と豊満な胸を押し付け――途中で飛び退った。
尻尾が完全に逆だっている。
そのルルの視線の先にいるのは――フレアとウェンディ、か?
「い、今野生の勘が命の危険を感じ取ったニャ! ユウマ、こいつら狂犬だニャ!」
「それを言うならあんたは駄猫よ」
「ニャにおう!」
スノウとルルがキャットファイトを繰り広げ始める。
「たく……ルル、進む方向はこっちであってるんだよな?」
「んニャ? まあ、多分あってるニャ」
じゃれ合いを中断してルルが答える。
「多分て何よ」
ジト目でルルを睨むスノウ。
「来た方向と反対から見てるから多分ニャ。記憶力にはあんまり自信がないのニャ」
……そういえば、地図とか取ってないんだな。
記憶力に自信ないのに。
なんだかんだ生存能力は高そうだし、それでもあまり困らないのかもしれない。
方向音痴かつ地図が読めないと言えば未菜さんが思い浮かぶが、あの人も個人の戦闘能力がべらぼうに高いお陰でそれでも生き延びていたのだ。
後はパーティを組んでいる時は柳枝さんがその辺しっかりしてただろうしな。
そう言えば、今回の件はまだダンジョン管理局に伝えていない。
親父生存の報告でなんとなくなあなあになっていたが、ダンジョンの先が異世界と繋がっているかもしれないってかなりの大ニュースだよな。
異世界移住計画とか、その逆とかが起きたりするのだろうか。
移民問題とかでいざこざが発生したりしそうだ。
ダンジョンさん、その辺解決するいい感じのドロップ品出したりしてくれませんかね。
とは言え、新階層――もとい真意層のガーディアンを倒したところでモンスターが湧かなくなるのかは未知数なので普通に行き来できるようになるかはちょっと微妙なところだ。
モンスターに為す術なくやられるかもしれないという危険を冒してでも異世界へ行く人、あるいは異世界から来る人なんかが現れないと良いのだが……
そういえば、異世界からこちらの世界に向かって転移石は使えるのだろうか。
その辺りも色々調べてみたいもんだ。
ちょうどこちらの世界とあちらの世界の境目あたりに転移石を置いておけば、とりあえず俺達だけは簡単に行き来はできそうな気もするが……
「……おかしいですね」
そんなことを考えていると、ウェンディが立ち止まった。
「どうした?」
「少し離れた位置に強いモンスター……恐らく
ウェンディがルルに視線を送る。
「ニャ!? 嘘なんてついてないニャ!」
「……まあ、ルルに嘘がつけるとは思えないな」
「そうニャ! ユウマはわかってるニャ!」
ルルは嬉しそうにしているが、別に信用してるとかじゃなくて単に人を簡単に欺くだけの知能がなさそうというか……
そこまで言うとちょっと可哀想なので、嘘とかはつけないタイプに見える、ということにしておこう。
「ガーディアンが復活したとか?」
いやでも、そんな例は無いしな……
シトリーが何か思い当たったのか、ルルに質問する。
「ねえルルちゃん、お姉さん達に会うまで、ルルちゃんはずっとダンジョンを下って来たの?」
「んニャ? ……そういえば途中から上に続く階段が出てきてたような気がするニャ」
基本的にダンジョンは下へ降りていくようにできている。
例外もあるにはあるのだが、まあ9割はそうだ。
この九十九里浜ダンジョンも下へ行くとモンスターは強くなっていき、最深部に近づいていくのだろう。
ルルは首を傾げる。
「多分、その切り替わったところが異世界とこちら側の世界の境界だったのね。途中からモンスターが弱くなったりしなかった?」
「言われてみればそんな気もするニャ」
適当だな……
「うーん……それじゃ可能性としてあり得るのは、ルルちゃんのいた世界から来た時にしか見えない階段、そしてお姉さん達の世界から行く時にしか見えない階段があって、それぞれに対応した
「……そんなことできるのか?」
「ダンジョンの力ならそれくらいの空間魔法は簡単だと思う。現に階段より先にガーディアンが見つかってるからね」
なるほど。
となると、その異世界から来ているという判定と異世界へ行こうとしているの判定はどこで行われるのだろうかという疑問も湧いてくる。
が、それに関してもシトリーは大体の目星がついているらしい。
「多分、新階層……ルルちゃんの言うところの真意層にどちら側から入ったか、あるいはダンジョンの外から中へ入ったのがどちら側からなのか、だと思う」
「シトリー姉さん、それってあっちから来てる人間にしか見えてない階段が偶然あたし達の目の前にあったらどう見えるの?」
スノウがもっともな疑問を口にする。
「突然目の前に現れたように見えるか、その時だけ階段が見えるようになるかのどちらか……かな? 前者の方が可能性は高そうだけど」
「ふうん……じゃあ突然目の前に人が出てきてもびっくりして攻撃しないようにしないといけないわね」
ダンジョンでいきなり訳のわからない状況になったらとりあえず先制攻撃は一つの正解ではあるからな……
逆の立場として考えると、真意層の階段は慎重に登ったり降りたりするのが良いのかもしれない。
「それはそうと、この先のガーディアンはどうするニャ。あたしがやってもいいニャ」
「いや、こっちで処理するよ。<魔弾>の調整も試したいしな」
「魔弾?」
「まあ見てろって」
2.
轟音と共に巨大な斧を持った3メートルくらいあったリザードマンの体が消し飛んだ。
足の先だけは残っているが、それ以外は綺麗さっぱりである。
九十九里浜の真意層1層目のガーディアンだったモノが光の粒となって消え、その場に大きめの魔石と、一枚の緑色に鈍く光る鱗のようなものが残った。
鱗は学校でノートを書く時に使った下敷きくらいの大きさはある。
硬いが、薄くて軽い。
道中で集めていたイカ墨と合わせて、後で天鳥さんに渡しておこう。
俺が鱗を持ってきている鞄に詰めていると、
「ちょっと待つニャ!!」
とルルが叫んだ。
「どうした? これ欲しいのか?」
鱗を見せる。
ガーディアンからドロップしたものだからな。
それなりに貴重なものなのだとは思うが……
「違うニャ! あんニャ雑な魔法があんニャ威力なのはおかしいニャ!」
「雑ってお前……」
俺は割と一生懸命練習しているのだが。
「ただの魔力の塊みたいなもんニャ! 詠唱もしてない、属性すらついてない魔法があんニャことになるわけないニャ!!」
「……詠唱?」
詠唱とかあるのか。
今まで誰もしてなかったらてっきりそんなものは存在しないのかと。
「雑でもなんでも強けりゃいいのよ。イメージしやすいのが一番いいんだから」
「イメージを補完する為の詠唱ニャのに……」
ルルが釈然としない顔をしている。
イメージを補完する為の詠唱……か。
ほほう。
いや、そうだよな。
今までそういうのなんで無いんだろうとはちょっと思っていた。
そういうもんだと思ってたから何も言わなかったが、確かに詠唱みたいなのがあるとやりやすいのかもしれない。
「ていうか、詠唱なんてもんあったなら教えてくれよ」
「いえ、私たちは詠唱付きの魔法を使ったことがないので教えようがなく……」
ウェンディが申し訳無さそうに言う。
それを聞いたルルが絶句していた。
「これだから天才は嫌なのニャ!!」
……大変そうだな、お前も。
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