第150話:にゃんとまさかの鰹節

1.



「ニャ、ニャンと……こんニャものがあったのニャなんて!!」


 ルルは目の前に出された鰹節ご飯――というか、文字通りの意味でのねこまんまを食べて目を丸くしていた。

 まさに猫がびっくりしてる時の顔だ。

 

 米に鰹節とだし醤油をかけただけの簡単なものなのだが、本当にこんなもので良かったのだろうか。

 台所にしまってあった鰹節を見た本人の希望なので良いには良いのだろうが……

 


 親父が異世界で生きている。

 その話を聞いた俺はすぐにでも九十九里浜のダンジョンの最奥まで行きたかったし、行こうと思った。

 が、まずは母さんに話をしておくべきだと思い直したのだ。


 それに、ルルの道案内はあった方が良い。

 腹が減っているようなのでそれを満たす目的も相まって、一度うちへ招待することにしたのだ。

 もちろん猫耳娘なんて目立ちすぎるので転移石で帰っている。


 で、まあ当然猫耳が生えている女の子――しかも半裸みたいな格好だ――を連れて帰ればスノウやフレアが黙っていない。


 スノウはやれまた悠真が女を引っ掛けてきただの好き勝手言うわ、フレアは影で「泥棒猫……泥棒猫……?」とかなんとか呟いてて怖いわで大変だった。

 事情を説明するとなんとかわかってくれたようだったが。


 流石に知佳もノーリアクションとは行かなかったようで、それこそ未知のものに対する猫の反応みたいに遠巻きから様子を眺めて大人しくしていた。


 で、母さんは。

 親父が異世界で生きている、と聞いて発した第一声が「異世界で浮気とかしてないかしら、あの人」だった。


「……いや母さん、もっと驚くとかないのか?」

「だって、最初から知ってたのよ。お母さんと悠真を置いて、お父さんが死んじゃう訳ないでしょ?」


 そういえばそんな事も言っていた。

 だが、俺は丸っきり信じていなかった。


 もうあと数十秒もすれば死んでしまうだろう、という状況まで親父が追い詰められていたのを見ていたからだ。

 あの状況から生き残る事など絶対に有り得ないと思っていた。

 それこそ、精霊クラスの魔法の使い手が近くにいれば別だったかもしれないが……


 だがルルの言い分を信じる分には、恐らくあの直後ぐらいに異世界に転移することになり、偶然その下にいた世界一の凄腕だというエルフに助けられた、と。


 主人公みたいな運命力だ。

 まあそれを言うなら、数あるダンジョンの中で偶然九十九里浜に行った日に、腹が減って帰ろうと思っていたルルと偶然会えたというのもかなりの運命だとは思うが。


 もし俺たちが九十九里浜ではない別のダンジョンへ行っていたら。

 もしルルと会うのがもう少し遅ければ。

 親父が生きている、なんて事を知るのはもっと後だったか――あるいは一生知ることすらなかったかもしれないのだから。


 母さんはねこまんまに夢中なルルに話しかける。


「ねえ、ルルさん……だったかしら?」

「なんニャ、カズマの番の女」

 

 しっかりと口の中のものを飲み込んでから喋っている。

 チョロいのとマナーがしっかりしているかどうかは別らしい。


「夫はその異世界の……どこに居るのか分かるの? そっちへ行ったら会える?」

「知らんニャ。あのエルフのでっかい魔力を追えば、まだ一緒にいるのニャら会えると思うけどニャ……ニャ?」


 そこでルルは首を傾げた。


「もしかしてお前、カズマの妾だったりするのニャ?」

「妾……?」


 ピキ……と母さんの纏う空気が寒々しいものに変わった。

 ような気がした。

 スノウみたいに物理的に冷えるということはないはずなので、錯覚だ。

 錯覚なはずなのだが、スノウがキレている時よりも怖いかもしれない。


「ニャ。カズマの番は魔石になってると聞いてるニャ。でもカズマの番だって言うってことは、妾ってことだニャ?」

「ああ、そういうこと」

「ルル、それは違う。俺が母さんの魔石化を治したんだ」

 

 妾疑惑をかけられた母さんも理由に納得したようで怒りを収めてくれたようだ。

 迂闊なことを言わないで欲しい。

 マジで。


「ユウマが?」


 ルルはじろじろと俺を見る。

 そして首を傾げた。


「魔力は多いけど、あたしと同じでそこまで魔法が得意そうには見えないニャ」

「ま、得意ではないさ。綾乃のスキルの力を借りてる」

「スキル? スキルブックから得られる力のことかニャ?」

「ああ、そうだ」

「ふーん」


 そこで特にその話への興味は失ったようで、再びねこまんまに戻るルル。

 鰹節が好きな辺りはかなり猫っぽいが、他にも猫っぽい特徴はあるのだろうか。


 またたびとか猫じゃらしとか。

 とりあえずルルはねこまんまに夢中なようなので、食べ終わるまで待つか。



2.


 30分後。

 ねこまんまを二回おかわりしたルルがようやく満足したようで手に持っていたスプーンを置いた。


「はー、美味かったニャ。こんニャに美味いもんは初めて食べたニャ」


 ニッコニコだ。

 さぞ美味かったのだろう。

 鰹節だから特別美味く感じたのか、そもそも異世界では食事の文化があまり発達していないのかはわからないがどうやら気に入ってくれたのは間違いないようだ。


「ルル、ダンジョンへ潜ったら案内を頼めるか?」

「別にそれは構わニャいけど、さっきのちっこい石の転移でピューンと行けたりしニャいの?」

「転移石は二つ一組なんだ。もう片方が置いてあるところにしか転移できない」

「ふーん、ちっこい転移装置みたいニャものか。持ち運べる分、そっちのが便利そうニャ」

「転移装置?」

「知らニャいのか? でっかい町には大抵あるニャ。町から町へ転移できるのニャ」


 転移石でもないのに、そんな装置があるのか。

 どうやらルルの世界では魔法が発達しているらしい。


「ふぁ……食べたら眠くなってきたニャ」


 そう言うルルはもう眠くなってきたというか、もはや寝る寸前だった。

 完全にこっくりこっくり船を漕いでいるような状態である。

 マジで猫だ。

 しかし知らない世界の知らない奴の知らない家で知らない食べもんを食べた直後によく眠くなれるな。

 猫らしい警戒心には欠けているのか、それとも野生の勘で俺たちに害意がないのを見抜いているのか。


「おい、ルル――」


 俺が声をかける頃には、完全にソファで丸くなって眠っていた。

 ま、マイペースすぎる。

 まあ、こちらにも準備があったりするので



 眠っているルルの耳をうっとりした顔で触っている綾乃を横目に、俺達はとりあえず作戦会議を始めた。


「俺は今回一発でダンジョンの奥まで行こうと思う。異論は?」

「特にないわ」


 スノウが代表して答える。

 

「俺たちの場合、転移石があるから準備は最低限で良いだろう。幾つか持っていって、進めるだけ進む。限界まで来たら安息地に転移石を一つ置いて、全員で一旦ここへ戻ってくる。休憩を終えたらまたあちらへ転移する」

「新階層の奥なら、人が来る心配もないものねえ」


 シトリーが頷く。

 もちろん、絶対に来ない訳ではないのでリスクが全く無いわけではない。

 だが、無視していい程度には低い確率だろう。


「……で、今回ダンジョンに行くのは俺、スノウ、フレア、ウェンディ、シトリーの五人だ。知佳と綾乃は悪いが留守番しててくれ」

「……わかった」

「わかりました」


 新階層でゆっくり進んで行くのなら問題はないのだが、今回はかなり急な行進になる。

 そうなれば知佳や綾乃を守りながら、というのは難易度が高まる可能性があるのだ。

 

 もちろん知佳も綾乃も弱くはない。

 どころか、並の一級探索者を大きく上回る力を持っている。


 だが……

 

 ここから先の最低ラインは、未菜さんやローラのような本当の一流の実力者になるようなものだと考えて欲しい。

 知佳や綾乃は体が頑丈な俺とは訳が違うのだ。


「……悪いな」

「別に、気にしてない」

「私も平気です」


 知佳と綾乃はこう言ってくれているが、それでも戦力外だと通告されるのは思うところがあるだろう。

 後で何かしらの埋め合わせができればいいのだが。

 だが、今回は俺も余裕がない。

 時間がないわけではないと思う。


 だが、どうしても気が急いてしまうのだ。

 こればっかりはどうしようもない。


「今回は危険な目に遭うかもしれないの?」


 母さんが心配そうな顔で訊ねてくる。

 親父に会いたいという気持ちは俺と同じだけか、それよりもあるだろう。

 しかしそれで俺が危険な目に遭うというのも容認はできないと言ったところか。


「……今回に限った話じゃないし、俺にとっちゃ普段と変わらない。心配は要らない」

「……本当に?」

「ああ、本当だ」

 

 実際、嘘はついていない。

 ルルがここまで来ていたということは道中のガーディアンやボスは恐らく倒されているだろう。

 だとすれば警戒すべきはユニークモンスターくらいだが、問題はないだろう。


 アスカロンの時もそうだったが、そもそもユニークモンスターは生前の力を全て使える訳ではない。

 制限がかかっている状態だ。

 最初から対処を考えておけば、そんな相手に遅れを取るようなパーティではない。


 今回は推定で未菜さんよりも強いルルも居ることだしな。


 万が一には転移石もある。

 対ダンジョンでよほどのイレギュラーがない限りは無敵の布陣なのだ。


「もし危ないと思ったら、お父さんのことなんて放っておいて帰ってきなさい。わかったわね。あの人ならどうせ自分でも帰ってこれるだろうから」

「ああ、わかってるよ」


 母さんが真剣な表情で言う。

 実際、親父には世界最強のエルフとやらがついているそうだし、その人がルルよりも強いようなのでいずれはこの世界に辿り着いていたかもしれない。


 だから今回俺達がやることは、単にそれを更に早めようというだけの話だ。


 ある程度の危険は織り込み済み。

 しかし、知佳や綾乃を抜きで考えるならば俺達にとってのリスクは普段のダンジョン攻略となんら変わりない。


 だとすればやはり目指すのは最速の攻略だろう。

 

「後は、目立つルルをどうやって九十九里浜まで連れていくか、だな。あらかじめあっちに転移石を置いておくべきだったか……」


 ぶっちゃけ動転していたせいでそこまで気が回らなかったのだ。

 帽子でも被せて、普通の格好をさせれば……

 いや、でも尻尾をどうするか決めかねるな。


「魔法でどうにかならないか? シトリー」

「うーん……認識を誤魔化す魔法でも、猫耳と尻尾は目立っちゃうと思うわ」


 だよなあ。

 スノウ達レベルのとんでもない美人を普通の女性、くらいの認識にまで錯覚させることは可能だとしても、尻尾や耳が生えているとなると『尻尾や耳が生えている普通の女性』という事になってしまう。


 そんなのどう考えても目立つ。

 そもそもルルは結構な美少女だ。

 年齢がどれくらいかはちょっと分かりづらいが、多分こちらの基準で成人しているかいないかってラインではないだろうか。

 少なくとも俺よりは歳下だ。多分。


 それくらいの子に猫耳と尻尾が生えてて、しかも普通の女性と認識されてはいるものの女性を侍らせている冴えない男。

 駄目だ、どうやっても目立つ。


「マスター、そう仰ると思って実は一つだけ、九十九里浜のダンジョンの目立たない位置に転移石を置いてきました。安息地ではないので転移後すぐに索敵を行う必要はありますが……」

「よし、流石ウェンディだ!!」


 俺はウェンディの肩を掴む。


「は、はい。お褒めいただき光栄です」

 

 恥ずかしいのかちょっと頬を染めて顔を逸らすウェンディ。

 流石の機転にこのままキスでもしたいくらいの気分だが、母さんの目がある前でそこまではできないのでやめておく。


 後はルルが目覚めるのを待って出発だな。

 

 

 結局。

 ルルが目を覚ますのが10時間後になるとは、誰も思っていなかったのだが……

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