第149話:ダンジョンの奥にあるもの
「ああ、もしかしてお前ら、異世界人かニャ?」
俺たちが突然の猫耳娘との邂逅にフリーズしていると、その猫耳娘がぽんと手を打って納得したように言った。
異世界人?
いや、そうだ。
なにせ地球には猫耳と尻尾の生えた人間などいないのだから。
となると、だ。
スノウたちがいた、既に滅んでしまった世界。
俺に剣と意志を託した異世界の勇者、アスカロンのいた世界。
この猫耳娘のいた世界。
そして今俺たちのいる世界。
少なくとも4つの異世界が存在することになる……のか?
「……異世界人、と申しますと、貴女は別の世界からやってきた方だという事でよろしいのでしょうか?」
ウェンディが訪ねると、猫耳娘は何故か自慢げに頷いた。
「そういう事になるニャ。伝承は正しかったようだニャ。あいつもきっと喜ぶニャ」
<あいつ>とやらが誰かは知らないが……伝承?
「伝承ってのはなんだ?」
「ん? ニャンだ、お前らは知ってて<真意層>のこんニャ深いところまで来たわけじゃニャいのかニャ?」
真意層とかいう謎の単語まで出てきたぞ。
ていうか、アスカロンの時もそうだったから特に気にしていなかったが、なんで異世界人なのにすっと会話が通じているのだろうか。
ちなみにスノウたちが最初から日本語をペラペラに喋れるのは、俺が召喚して知識の共有が入った為だ。
まあ、スノウは元々日本のアニメや漫画を見たり読んだりしていたらしいので知識の共有がなくても喋ることくらいはできたかもしれない。
フレアも元々日本の文化が好きだったらしいし(その証拠に召喚時に和服だった)、ウェンディに至っては召喚前から日本語、英語、ドイツ語、中国語あたりの主要な言語を抑えていた。
シトリーがどうなのかは知らないが、召喚前に俺たちの状況を知っていたということは多分日本語を聞いて理解することくらいは元々できたのだろう。
そう考えると、スノウも偶然俺が日本人だったというだけで勤勉な方なのかもしれない。
ウェンディは別格として。
それはともかく。
異世界人であるはずのアスカロンやこの猫耳娘と完全に会話ができるのは不思議な話だ。
……ちょっと試してみるか。
「色々知らないことがあるようだ。教えてくれると助かる」
と、英語で言ってみた。
すると猫耳娘は俺の喋っている言語が変わったことを特に気にする様子もなく、
「ニャはは、よくあのエルフにお前は馬鹿だって言われてたけど、そのあたしより馬鹿ニャ奴もいるもんだニャ」
と笑ってみせた。
……日本語じゃなくても通じるのか。
日本語と英語以外はちょっと話せないので試しようがないが、多分他の言語でも通じるのだろう。
要検証だな。
ウェンディとシトリーはどうやらこの猫耳娘自体に危険性はないと判断したようで、場の成り行きは俺に任せることにしたようだ。
綾乃はまだ混乱しているが、そろそろ慣れてくるだろう。
「で、伝承ってのはなんなんだ?」
「ダンジョンの奥は異世界に通じてるって話ニャ」
「……マジか」
ウェンディとシトリーは首を横に振った。
どうやら聞いたことのない話らしい。
ダンジョンの奥が異世界に通じてる……
というより、ここに彼女がいるということは、異世界同士のダンジョンが繋がっているという感じだろうか。
だとしたら俺たちがこのまま奥へ進み続けると異世界へ辿り着くのか?
「ま、お前らが異世界人って言うんなら納得ニャ」
猫耳娘は頭の裏で手を組んだ。
割と大きめな胸が10センチくらいの帯みたいなサラシに巻かれている他、下半身もショートパンツみたいな感じなので露出度が非常に高い。
そんな状態で腕なんて組まれたら目のやり場に困るじゃないか。
健康的なエロスを感じる。
いやいや、真面目な話の最中だ。
うっすら浮かぶ腹筋に見とれている場合じゃない。
俺たちが異世界人なら納得と言っていたが……
「なんでだ?」
「あたしの知る世界で一番魔力の多いエルフよりもお前の持ってる魔力の方が多いからニャ。そんな強大な魔力を持ってたら超有名人ニャ……人だよニャ?」
「……人だよ」
異世界基準でも俺の魔力は多いのか。
母さんの分も俺が受け持っているというのもあるかもしれない。
「そこの女二人もお前ほどじゃニャいがかなり強いニャ」
ウェンディとシトリーを見て言う。
なんならあの二人は俺より強いので、ちょっと目測を見誤っているが。
「あれ……お前らの方は人間じゃニャいニャ?」
鋭いな。
野生の勘だろうか。
するとウェンディが答える。
「我々はマスターの忠実なる下僕です」
「ニャるほど、召喚精霊かニャんかのあたりか」
おお、正解だ。
忠実なる下僕という程俺の言うことを聞く奴はあまりいないような気はするが……
それこそウェンディくらいだ。
それも昼間だけの話で、夜は意外と……
おっと。
今はそれどころではない。
「だとすると、そっちの女はなんニャ? お前の
「つ、つが……!」
綾乃を指して言う猫耳娘に、律儀に顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる綾乃。
「仲間だ」
「あ、そ、そうですよね。仲間です!」
ちょっと残念そうな顔をしていたが、流石にこの猫耳娘の言う通り肯定すると後が怖い。
主にこの場にいるウェンディやシトリーとか、この場にはいないけどフレアとか知佳とか。
そうなると案外スノウが一番安全なのかもしれない。
最悪未菜さんのところに転移して逃げよう。そうしよう。
「にしても、この世界の人間はみんなこんニャに強いのニャ? だとしたらちょっと自信をなくすのニャ……」
「いいえ、マスターが特別なのです」
俺が答える前にウェンディが即答する。
恥ずかしいから特別とか言うのやめてほしい。
「ふぅん、じゃあみんなお前みたいニャ馬鹿げた魔力を持ってるわけじゃないってことニャ?」
「まあ、そうなるな。お前はこっちの世界だと……相当強い方だよ」
少なくとも、未菜さんよりも魔力は多いし……この感じで肉弾戦が苦手ということもないだろう。多分。
もしかしたら魔力無しの近接戦闘で未菜さんを上回ることさえあるかもしれない。
だとしたらあの人は悔しがるというより、燃えそうだが。
「ま、当然ニャ!」
ふふん、と得意気な表情で胸を反らして威張る猫耳娘。
触れってことだろうか。
シトリーが猫耳娘に訊ねる。
「猫ちゃんはダンジョンを一人で攻略してきたの?」
「当然ニャ! あたしは強いから群れる必要なんてないのニャ!」
「そうなの、すごいわねえ」
「ニャはは、もっと褒めてもいいニャ!」
有頂天になっていた。
……扱いやすそうだ。
シトリーとの相性がかなり良さそう。
にしても、この猫耳娘はひとりで異世界側のダンジョン(?)からここまで――俺たちの世界まで攻略してきたのか。
ダンジョンの難易度が同じだとしたら、相当な実力者であることには間違いないだろう。
「そんな凄い猫ちゃんは、どうしてダンジョンを攻略してたのかしら? 異世界に行きたかったの?」
「別にそういうわけでもないニャ。どうしても異世界に行きたがってた奴を知ってるから、金稼ぎのついでに奥まで来て伝承を確かめてやっただけニャ」
「優しいのね~、猫ちゃんは」
「それ程でもないニャ! あのエルフにも恩を売れるかもしれニャいしニャ!」
謙遜するようなことを言っているがかなり嬉しそうだ。
チョロいな、こいつ。
シトリーの他人を警戒させない柔和な笑みの力もあるとは思うが、そもそもこいつがチョロい。
「……そういえば、そのエルフってどんな人なんだ?」
エルフ。
そして世界一大きな魔力を持っている。
となると、俺としてはやはりアスカロンのことを思い浮かべてしまう。
「嫌な女ニャ。あたしのことを脳筋だって馬鹿にするのニャ!」
……このチョロさを見るに馬鹿にされるのは仕方のないことのような気もするが……
女となると、アスカロンではないか。
「……アスカロンという名を聞いたことはあるか?」
「んー、ないニャ。そいつもエルフなのかニャ?」
「まあな。ちょっとした知り合いなんだ」
まあ、知っていたところでどうということでもないのだが。
仮にアスカロンの世界なのだとしたら、その墓に参るくらいだろうか。
「そのエルフが異世界へ行きたがってるのか?」
「同行してる人間ニャ。どうやらそいつも異世界から来てるらしいニャ。あのエルフが言うには、瀕死の状態で空から突然降ってきたらしいニャ。お前らの世界の人間かどうかは知らニャいけど、元の世界に帰りたがってるのは確かニャ」
へえ、空から……
なんか漫画とかの導入でありそうな感じだな。
ダンジョンの奥から異世界へ行ったとかって訳ではないのだろうか。
「もしかしてその人、美少女だったりする?」
「ただのテンションがちょっとうざいおっさんニャ」
違うのか……
どうやらボーイミーツガールという訳にはいかないようだ。
いや、そのエルフは女性らしいから一応ボーイミーツガールなのか?
まあボーイはおっさんだし、ガールもエルフなんだからめっちゃ年食ってたりしそうだけど。
と。
猫耳娘の腹がぐう、と音を立てて鳴った。
「ニャ……そういえば食料が尽きたからそろそろ帰ろうと思ってたのニャ」
特に恥ずかしがる様子もなくそう言い放つ。
帰るって……
しかし異世界人なんて面白いモノ……じゃなくて色々参考になりそうな人物をはいそうですかとすんなり帰すわけにはいかない。
もちろん後で俺たちも異世界までダンジョンを潜るのは確定としても、まだまだ彼女から色々話は聞けそうだ。
「良ければ、俺の家に来るか? それなりに美味いもんは用意できるけど」
「お、いいのかニャ!? 異世界の料理、楽しみだニャあ……あ、あたしはルルって言うニャ! よろしくだニャ!」
そういえば名前を聞いてもないし名乗ってもなかったな。
「俺は悠真。皆城悠真だ。こっちは
順番に紹介していく。
綾乃はようやく衝撃からは立ち直ってはいたようだが、俺の裏にずっと隠れていた。
ウェンディとシトリーは紹介されたタイミングで綺麗なお辞儀をしていた。
で、俺たちの自己紹介を聞いた猫耳娘……ルルは難しそうな顔をして首をひねっていた。
「どうした?」
「んニャ、ニャーんかお前の名前に聞き覚えがあるのニャ。ユウマ……ユウマ……」
聞き覚え?
ルルの世界にも似たような名前の人がいるのだろうか。
「あ、そうニャ、思い出したのニャ! あの人間が言ってた息子の名前と一緒なのニャ!」
思い出せてすっきりしたいい笑顔でルルは言う。
「……あの人間?」
ちらりと、ほんの少しだけ何か――予感のようなものが脳裏を過ぎった。
「ほら、さっき言った異世界から来た人間ニャ。とんだ偶然もあるもんだニャあ……あれ、そういえばユウマ、あいつに目とかがちょっと似てる気がするニャ?」
じいっと俺の顔を見るルル。
心臓が早鐘のように打っている。
まさか。
そんなはずはない。
だが――
「そ、その人間の名前は、なんて」
ルルは言う。
異世界からやって来たという、空から瀕死の状態で落ちてきたテンションがちょっとうざいおっさんの名前を。
「カズマって言ってたニャ。番の女と息子に会う為に元の世界に帰るとか言ってた――ニャ!? ニャンで肩を掴むのニャ!? か、顔が怖いのニャ!!」
間違いない。
生きてたんだ。
「そいつは、俺の父親だ。俺の親父なんだよ、ルル」
母さんの予感は正しかったんだ。
親父が、生きていた。
異世界で。
――このダンジョンの先で。
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