第148話:とってつけたような

1.


 例の動画が公開された翌日。

 昨晩のネット界隈のざわつきが社会現象としてニュースで紹介されていた。

 

 元々凄まじい人気だったが、これで更に加速することになるだろう。

 もはや当初の目的だった、名前を売るという行為は十分以上に果たしていると言えるだろう。


 しかし昨日今日で人々の魔法に対する意識は随分と変わったようだった。

 元々は未知なる脅威への対抗手段として仕方なく魔法を習得しようとしていた人々が、純粋に魔法を使うということに憧れるようになる。

 これが良いことなのか悪いことなのかはわからないが……


 ただ、一つだけ昨日の動画公開の結果起きた都合の悪いことがある。

 それは樹海ダンジョンが死ぬほど混んでいるということだ。

 しかもニュースによれば日本に旅行で来ようとしている海外の人が激増しているらしく、特に年末年始はとんでもない人口密度になるのではないかということだ。


 まあ、それで経済が潤ってくれるのならいいかって感じだが。

 ダンジョンに入れなくなる、なんて本末転倒な事態にならない限りは。


 少なくともしばらくは少なくとも樹海ダンジョンへは行けなさそうなので、今日は九十九里浜のダンジョンへ行くことにした。


 ウェンディを召喚したあの場所も当然新階層が発見されているのだが、足元が滑りやすい岩でできていて湿っている上に、水棲モンスターが多いので新階層の攻略はかなり難航しているそうだ。


 ……そういえば、新階層にちょこちょこ潜り始めている探索者が出ている割に、ドロップ品が出たって話は聞かないな。

 結構ぽろぽろドロップすると思うのだが、不思議だ。



2.



「い、イカですよねあれ!」

「どう見てもイカだな」

「大きすぎませんか!?」

「大きすぎるな」

「見てないで助けてくださいよー!」

「大丈夫大丈夫」


 綾乃がでっかいイカの攻撃を魔法によるバリアのようなもので防ぎながら、涙目で叫んでいる。

 <幻想ファンタジア>を使って自ら作り出した魔法なのだろう。

 結構頑丈そうだ。

 少なくとも、新階層のモンスターの攻撃を難なく防いでいる。


 相手はクラーケン……っぽいやつ。

 大きさは二メートルくらいか。

 ここのボスも似たような見た目だったが、流石にそれよりはかなり小さいしパワーも数段劣るようだ。

 素で湧くモンスターでボスより強いなんてことがあったら大変だしな。


 遠巻きに眺めているだけの俺をシトリーが不思議そうに見る。


「悠真ちゃん、助けてあげないの?」

「新階層一層目に出てくるモンスターくらい自力で倒せないとな。この先完全に足手まといになるんじゃ困るし」


 そんな俺をウェンディがジト目で見る。


「……マスターは触手に襲われている綾乃様を見て満足したいだけでは?」

「ノーコメント」


 否定はしないがね。 

 あのバリア、かなり硬そうだしあの程度の攻撃で破られるということはないだろう。

 シトリーやウェンディが即座に動かないのもその根拠の一つだ。


 今はモンスターにビビっているから防御しかしていないが、攻撃に転じれば綾乃の魔法ならば恐らく倒せるだろう。

 多分、綾乃の使う魔法は(俺を除いて)人が使うものとしては一番強力だ。

 それだけ<幻想>でイメージを強化した魔法は強い。


「まったく……」


 俺の態度だけで全てを察したウェンディがさっと腕を振ると、クラーケンくんの体はみじん切りになって光の粒と消えた。

 ああ、触手が……

 まあエロ漫画みたいに本当に絡まれたりしたら流石に一溜りもないのだが。


 しかし綾乃はなんというか、困らせたくなるな。

 そもそも綾乃自身にそっちのがあるので嫌がっているようで実は喜んでいるなんてパターンもある。

 今の放置プレイ(?)がどっちなのかは知らないが。


 九十九里浜に来たのは俺、綾乃、そしてウェンディにシトリーの四人だ。

 正直なところ、四姉妹の力はほぼ横並びとなっている中でもウェンディとシトリーはやっぱりスノウやフレアよりも戦闘に慣れているように思う。

 

 特にウェンディだ。

 シトリーももちろん強力なのだが、ダンジョン内における万能さではウェンディに劣る。


 これは俺だけでなく、全員が認めていることだ。

 ウェンディ自身は謙遜しているのか本気でそう思っているのか、決して認めようとしないのだが。


 そしてあのクラーケンが残したドロップ品は……


「イカスミ……か?」


 親指と人差し指でオッケーマークを作ったらそこにすっぽり収まりそうなサイズの小さく透明な丸いボールに、黒い液体が半分ほど入っている。

 イカから出てきた黒い液体と言えばイカスミだろうと思うのだが……

 

「たくさん集めたらイカスミパスタとかできるんでしょうか……」


 綾乃が興味津々に覗き込んでくる。


「食べたことないんだよな、イカスミパスタ。黒い食べ物っていうのがなんか受け付けなくて」

「美味しいですよ? 今度作りましょうか、イカスミパスタ」

「うーん……挑戦してみるか……」


 好き嫌いは良くないしな。

 食べられないと思っていたものが後になって食べてみたら意外と平気だった、なんてものも結構あるらしいし。

  

 それはともかく。

 このボールどうやって開けるんだろう。

 

 とりえあえず切ってみるか。

 ウェンディほどの精度や威力ではないが、指先に小さな風を生み出してそれでボールの上側を切ってやる。


 くんくんと匂いをかいでみたが、少なくとも生臭さはないな。


「ウェンディ、シトリー。なんだと思う? これ」

「んー……」


 シトリーが黒い液体を人差し指の先につけて眺める。

 

「うーん、ちょっとネバネバしてるね」


 親指と人差し指でこすったり粘性を確かめるようにつけたり離したりしている。

 なんかちょっとエロく見えるのは気のせいか?


 ウェンディも同じようにして様々な角度から眺めたり、魔力を流してみたりと色々しているが特に何も起きない。


 うーん……謎だな。

 エリクシードが結局食べても(多分)害のないものだったんだし、イカスミっぽいこれもちょっとくらい舐めてみてもいいが……

 魔法の効かないなにかしらの異常が起きる可能性もゼロとは言えない。

 とりあえずやめておいた方がいいだろう。

 食べ物かどうかもわからないしな。


 なんて思っていると、シトリーが「あ」と小さく声をあげた。


「どうした?」

「この液体、もしかしたらものすごく電気を通しやすいかも。感覚の問題だからまだわからないけど……」

「電気を通しやすい?」


 つまり伝導率が高いということか?

 

 それって何か影響があるのだろうか。

 俺が首を傾げると、綾乃が補足するように説明する。

 

「銀よりも伝導率が高いのなら、素材としての価値はあるかもしれませんね。粘性の液体なのでどう活かすかはわかりませんが……固まったりするのかな?」

「どうだろ……」

「固まったよ。ほら」


 シトリーが俺たちに見せたのは彼女の親指と人差し指の間で固まるイカスミっぽい何か。

 おお、固まるのか。


「となると、後はどれくらい電流が流れるか……」

「ねえ悠真ちゃん」

 

 俺の考察を遮ってシトリーが話しかけてくる。

 何故か泣きそうな顔である。


「なんだ?」

「どうしよう、これ剥がれない……」

「ええ……」



3.



 かなりガッチリ皮膚にくっついていたので、結局ウェンディが慎重に薄皮だけ切って剥がした。

 その後治癒魔法をかけているので元通りだ。

 どうやらシトリーは試しにちょっと強めに電気をあのイカスミにぶつけてみたらしい。

 するとああして固形になり、指に強くこびりついたそうだ。

 この吸着力がどれくらいかにもよれば、かなり使い道は広いのではないだろうか。


 しかしスライムボールと言いこのイカスミと言い、電気に関係するものが多いな。

 偶然なのか、それとも俺たち人間が電気に頼った生活を送っているからなのか……

 考えすぎだろうか。


 しかし電気に起因するものともなれば、あらゆる装置に組み込みやすそうなイメージはあるよな。

 

 道中、リザードマンやゴブリンなどの新階層以前に出現するモンスターも倒しつつクラーケンを見つけ次第狩ってイカスミを確保していく。

 今の所ドロップ率100%なのだが、今までこいつを倒した人は一人もいなかったのだろうか。

 それとも既に発見していて俺たちのようにどこかで極秘に研究しているとか?


 モンスターとの遭遇率やドロップ率から考えても、エリクシード程の重要性というか下手すりゃ何もかも変わるんじゃないかという危うさはなさそうだ。


 囲まれればまずいかもしれないが、一級探索者くらいの実力があれば一匹仕留めるくらいならば訳無いと思うのだが……


 もしかして本来はほとんどドロップしないけど、俺の運が超絶良いとか?

 ……そう思いこむよりは、何か他の要因があると考える方が自然そうだ。


 とりあえず今気にしても仕方のないことか。

 たくさんサンプルが手に入れば天鳥さんも喜ぶだろうし。


「そういえば、九十九里浜の攻略は動画撮らなくていいんだろうか」

「知佳ちゃんが水の中にいるモンスターがメインなら見栄えが良くないから撮らなくていいって言ってましたよ」

「確かにそれもそうか」


 リザードマンだったりゴブリンだったりはちゃんと地上にいるにはいるのだが、こいつらはどこのダンジョンでも見かけるしな。

 特にゴブリン。

 こいつに関しては百発百中で見るんじゃないかってくらいどこにでもいる。

 ダンジョンによって若干特色が出たりもしているのだが。


 アメリカの鉱石ダンジョンでは金属製の鎧をつけていたし、この九十九里浜ではなんか水かきっぽいのが手についてる。

 もしかしたら泳げるのかもしれない。


 俺としてはゴブリンよりスライムの方が目の保養的にお得……じゃなくて雑魚モンスターっぽい印象があるのだが、スノウに言わせるとスライムは魔法が使えるか強力な一撃を持っているかのどちらかでないとかなり手こずる相手らしい。


 残念ながらどちらもある俺たちのパーティにとっては大した脅威にはならないだろう。

 服だけ溶かすスライムとか天鳥さんあたりが開発してくれないだろうか。

 あのスライムボールをベースにして。


 ちなみに対処法を持っていない時のスライムはマジでどうしようもないのでとにかく撤退するしかない程度には厄介だそうだ。

 一度は会ってみたいけどな。

 本物のスライム。


 なんてことをあれこれ考えながらダンジョンを歩いていると、先頭を歩いていたシトリーが立ち止まった。


「……どうした?」

「探索者……の人かな。ちょっと離れたところにいるみたい」

「へえ、こんなところまで入ってこれる人がいるのか。パーティか?」

「ううん、一人だけ……かな?」


 一人?

 新階層に一人で挑むなんて、命知らずだな。

 未菜さんクラスの人でも一人はちょっと危ないので止めたくなるくらいだ。


「立ち往生してるようなら助けに行くけど……そういう様子でもなさそうだな」


 むしろシトリーの表情を見るに、戸惑っているように見える。

 ウェンディもどうやら何かを感じ取っているようで、深刻な表情を浮かべていた。

 俺と綾乃にはそれがさっぱりわからずに目を合わせる。


「姉さん、これは……」

「……ええ。悠真ちゃん、万が一に備えてスノウかフレアをすぐに転移召喚できるようにしておいて。綾乃ちゃんは転移石を用意しておいて。危険を感じたら悠真ちゃんの体のどこかを掴んで転移してね」


 明らかに二人が何かに対して警戒している。

 ボスやガーディアン相手にも余裕で勝てる二人が、だ。

 

「……探索者じゃないのか?」


 ウェンディやシトリーが警戒するほどの探索者が存在するだろうか。

 少なくともぱっと思いつくことはない。

 実力ある探索者と言えば未菜さんとローラ、そして柳枝さんあたりが思いつくが、それでも精霊たちがここまで警戒することはないだろう。

 

 じゃあなんだ?

 探索者っぽい気配を持ったモンスター?


「こちらへ近づいてきます。どうやらあちらも気付いているようです。どうしますか、姉さん」

「……とりあえず先制攻撃はなしよ。敵対意識は感じられないから」


 ウェンディが俺ではなくシトリーに意見を求めるあたり、切羽詰まっているのがよくわかる。

 言われた通り俺はいつでも転移召喚ができるように心の準備を。

 そして綾乃は転移石でいつでも飛べるように、俺の腕を掴んでいる。


 ――と。

 ようやく俺でもその探索者(?)の魔力が感じ取れるくらいの距離に来た。


 思わず顔が険しくなる。

 こりゃ強いなんてもんじゃないぞ。

 感じる魔力量は未菜さんよりも上――それも遥かに上、だ。

 現在WSRの1位は俺、そして以前の襲撃で繰り上がった結果、3位が未菜さんだ。

 つまり2位の人なのだろうか。


 しかし3位と2位とでここまで差が出るものか?

 それに、この気配は……



 ウェンディとシトリーが真剣な表情で戦闘態勢に入り、俺も綾乃を守るような立ち位置になったタイミングで――そいつはひょっこりと曲がり角から姿を現した。



「んニャ? エルフじゃニャい……人間かニャ?」


 

 黒い猫耳と、黒い髪。

 猫っぽい尻尾。

 露出度の高い服。

 健康的に日焼けした肌。

 爛々と光る金色の目に、口元から覗く犬歯(猫歯?)。

 

 そして語尾の取って付けたような「ニャ」。


「嘘だろ……」


 猫耳娘だった。

 

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