第147話:攻略動画
1.
柳枝さんが探索者への現役復帰を表明し。
未菜さんが顔出し会見を行ってから、一週間が経過していた。
その間俺たちはダンジョンに潜っていない。
というのも、柳枝さんが現役復帰をすると宣言したことで本当にちょっと引くくらいの人数がダンジョンへ押し寄せて柳枝さんを待ち構えているからだ。
特に新宿ダンジョンはヤバイ。
あそこへ知佳や綾乃を連れていったら人混みでショック死してしまう。
樹海ダンジョンの新階層へ行くことも考えたのだが、せっかくならということでこの一週間は俺も動画の編集を手伝っていたのだ。
そういえば、樹海ダンジョンが攻略されたというのも既にニュースになっているのだが、完全に未菜さんと柳枝さんのニュースにかき消されている。
もちろん、高難易度と称されていた樹海ダンジョンが攻略されたのだって大ニュースなのだ。
しかしその攻略したのが我らが妖精迷宮事務所なせいで鎮火も早かったというわけである。
ま、話題性はそっちじゃなくてスノウとフレアの攻略風景でどうにかなるから別にいいのだが。
動画は一本の映画くらいの長さになる上に、知佳も編集にかなり力を入れるつもりらしい。
それを俺も手伝っているというわけだ。
にしても、編集ソフトって数万円とかするんだね……オラびっくりしただよ。
もちろんその手の作業についてはド素人もいいとこなので既に俺よりもマスターしている母さんや、いつの間にか基礎的なところは抑えているウェンディなんかから教わりながらあれこれやっていた。
やり始めてわかったのだが、知佳は化け物だ。
俺が10時間かけてやる作業をあいつは1時間とかからずにこなしてしまう。
これは俺が非効率的な作業をしているというより、知佳がおかしいのだと思う。
とは言え。
俺が30時間働けば知佳の負担は3時間分減るわけだ。
全くの足手まといということもないだろう。
多分。
それに、ここ一週間は未菜さんはもちろん、柳枝さんも色んな番組に引っ張りだこだった。
二人のファンとしてはもちろん全ての番組はチェックする他ない。
メディア慣れしている柳枝さんはもちろんのこと、顔出ししたばかりの未菜さんも堂々とした態度でハキハキと受け答えをするのでどうやらテレビ局からの評価が高いようだ。
それでも合間を縫って管理局の仕事をこなしたり、ダンジョンに潜ったりしているらしいが。
二人にダンボールに箱詰めして送ったエリクシードのお陰で多少の無茶は効くなんて言っていたが……
もしあれが普及したらブラック企業が増える要因になったりしないだろうか。
睡眠時間が3時間で済むようになるわけだからな。
しかもそれでダンジョンへ潜ることができるほど快復するのだから恐ろしい話である。
……まあ、仮にエリクシードが普及したとしても、そんなエナドリみたいな感覚で誰もが手に入れられるかはわからないが。
けど魔力で育っちゃうから一度手に入れれば無限に増やせるんだよな、あれ。
どんな怪我や疲労も一発で治る。
なんてものを誰もが簡単に手に入れられるようになったら色々な問題が起きそうだ。
すぐに思いつくところだと、考えるのも悍ましいが虐待やイジメの隠れ蓑になったり……とかな。
一応、天鳥さんとはその辺りの話もしている。
知り合いの植物学者にあたって種が出ないように品種改良できないか試すらしい。
まあ、そっちは学者に任せるとしよう。
俺からはちょっとなんともできない。
綾乃のスキル、<幻想>でそういう品種改良も出来そうではあるが、及ぼす影響がでかい魔法の開発は魔力の消費量も大きい。
俺や俺と契約しているスノウたちならば全く問題のない消費量だとしても、普通の人にとっては命に関わるレベルで魔力が消費される可能性があるのだ。
母さんの魔石化を解いた魔法に関しては、効果が限定的だったので魔力消費量も抑えられたのだろう。
当初は無敵のスキルかのように思えたが、どうやらどんな魔法でも自由に作り出せるという訳ではないようだ。
スノウが冗談交じりに「もしあんたが<幻想>を手に入れてたら死者蘇生もできたかもしれないわね」なんて言っていたが……
絶対に無いとは言い切れないな。
それはともかく。
今の俺が何をしているのかと言うと、2時間半にも及ぶ大長編攻略動画の最後の仕上げを知佳がしているのだ。
俺が手出しできることもないので、ぼけっと昨日、未菜さんと柳枝さんとで裏で被っていた為に録画したもう片方の番組を見ている。
ちなみに録画して見ている方は柳枝さんの方だ。
特に理由はない。
『攻略済みのダンジョンで確認された、更に下へと続くダンジョンへの挑戦もなされるということですが』
番組の司会者が柳枝さんへ質問を行っている。
50前後くらいの、元芸人の人だ。
芸をやっているところは見たことがない。
で、更に下へと続くダンジョンっていうのは新階層のことだな。
既に世界中のトップ層の探索者が挑戦し、ことごとく敗走しているのは有名な話である。
俺たちは難なく突破しているので分かりづらいことではあるが、はっきり言って新階層の難易度は異常なのだ。
モンスターの数も質もそれまでとは一線を画す。
知佳や綾乃も、俺や精霊がいない状態で新階層へ挑めば10分も経たずに引き返すことになるだろう。
『はい。そのつもりでいます』
しかし柳枝さんは特に動じる様子も見せずに即答した。
現在の柳枝さんのWSRでのランクは恐らく4桁台の半ば程度だと思われる。
3桁台や、ともすれば2桁台の探索者がろくに先へ進めずに戻っている現状だが……
『攻略できるんですかねえ。ブランクも相当長いんでしょう?』
わざとらしい言い方をする司会。
「なんだこの司会者、失礼だな。クレーム入れてやろうか」
「落ちついてくださいマスター。台本だと思われます」
テレビを見て憤る俺を宥めるウェンディ。
そ、そうだ。
テレビだもんな。
全部素で言っている訳もない。
意地の悪い質問に柳枝さんは苦笑した。
『確かにブランクは長いですね。やれることをやるまでです』
『随分と謙虚ですね? 我々はまた、10年前に英雄と呼ばれた柳枝利光――そしてINVISIBLE、伊敷未菜さんの伝説を目撃することができるのでしょうか』
『英雄だったり、伝説だったりと呼ばれるのは少し恥ずかしいものもありますが……』
『そうですか……では少し質問の趣を変えましょうかね。柳枝さん、ずばり<妖精迷宮事務所>についてどうお思いですか?』
柳枝さんはその名を聞いても全く表情を変えない。
既にダンジョン管理局と妖精迷宮事務所にある程度の付き合いがあることはそもそも隠してもいないので世間も知っていることだ。
なので司会者がここで聞きたいことは、会社としての付き合いではなく、柳枝さん個人がどう思っているか、なのだろう。
『どう思っている、とは具体的に何を答えれば良いのでしょう?』
『新進気鋭のダンジョン攻略を掲げた会社です。我々は昔のあなた方みたいだ、と思う訳ですよ』
『旧い英雄が新たな英雄に対してどう思うか、ということですか』
『えっ! い、いえ、そういうことでは……』
柳枝さんがここで一矢報いた。
今のシーン、次の日(つまり今日)あたりにネットニュースで切り抜かれるだろうな。
『彼女たちは今後のダンジョン攻略におけるキーマンになるでしょう。それこそ、昔の私等比べ物にもならない程に』
彼女たち、と言ったのは俺が表に出ていないからだろう。
妖精迷宮事務所と言えばスノウたち四姉妹のことだ。
しかし、他の誰にどう思われていようが特になんとも思わなかったが、まさか柳枝さんにそんな風に思われていたとは。
流石にそれはちょっと肩に力が入るな。
なんてことを考えていたら、部屋で作業をしていた知佳がリビングへやってきた。
「今日の夜7時に公開する」
どうやら完成したらしい。
2.
どうやら動画公開は生放送のような形で行われるらしい。
もちろん事前に作ってある動画なので厳密にはそうではないのだが、リアルタイムで流して視聴者がチャットできるのだとか。
事前にSNSでダンジョン攻略の様子を投稿するということは告知していたらしく、動画公開まであと10分近くあるというのに200万人以上が集まっている。
しかもこれ、他に20個くらい枠を取ってあるらしいのだが全部同じだけ集まっているそうだ。
現在急遽更に枠を増やしている最中だそうで、なんとそれにはこの動画配信サイトの運営が直々に協力してくれているらしい。
最大で1億人が同時に公開される動画へ接続できるようになるのだとか。
そんなに行くのか……? と思っていたが、どうやらそれも杞憂に終わりそうだ。
注目度が半端じゃないことになってるな、ほんと……。
だって1億って言ったら全員から1円ずつ貰ったらそれだけで1億円じゃないか!
しかもこれ以上に増える可能性もあるので、随時運営サイドがミラー配信を増やしてくれるそうだ。
正直こちらに肩入れしすぎていて大丈夫なのかなと思う部分もあるのだが、まあ全ての動画が二桁億再生されているようなコンテンツを優遇するなというのが無理な話なのかもしれない。
多分無いとは思うが、こちらがサイトに愛想をつかして出ていったりされたら大きな損失だもんな……
逆に既存の動画配信サイトや新規のものがあったら、こぞって妖精迷宮事務所を取り込もうとするだろう。 その辺りの面倒なことは全部綾乃に丸投げするけどね。
ガンバッテネ。
俺はあれだよ。
ダンジョンに潜るのが仕事だからサ。
「ていうかこれ、このサイトのサーバーごと落ちたりしないのか?」
「大丈夫……だと思う。事前に伝えてあるから臨時で増強してるはず」
「大掛かりだなあ……」
もういっそ本当に映画として公開してしまっても良かったんじゃないか。
知佳の編集もありとは言え、流石に映画として見るとチープな感じは拭い去れないが……
「まあ落ちたら落ちたでその時。動画自体は残るはずだから、各々リアタイじゃなくて後で動画を観てってなるだけ」
「好きなコンテンツはできるだけリアタイしたいものだからなあ」
昨日もテレビを二つ並べて未菜さんのと柳枝さんのをどっちも見ようと思ったが、さすがに現実的じゃないので泣く泣く録画したのだ。
「魔石からエネルギーを抽出できるようになって、サーバー維持にかかる電気代その他の費用も安くなってるから10年前に比べたら技術の進歩以上にサーバー事情は良くなってるはずだけど……流石にここまでの数だと責めることもできないし」
とのことだった。
ぶっちゃけこの辺りはツッコんで聞いてもちんぷんかんぷんなので割愛。
魔石による恩恵は意外なところにも出ているということらしい。
「さて、始まるぞ……」
サイトではカウントダウン演出が始まっているところだった。
こんなのまで用意したのか。
なんて思っていたら、どうやらこれはサイト側に元々ある演出らしい。
凝ってるなあ。
なんとなく幾つかある枠の中でも国ごとに視聴者が別れているので、日本語ネイティブの俺は当然日本人の視聴者が多いところを見ることにする。
「コメントの流れが早すぎて全く見えないな……」
とは言え、ちらほら辛うじて拾えるのを読んでいくと純粋に楽しみにしている人が9割以上を占めている、という感じだ。
後はダンジョンの話やダンジョン管理局の話、スノウたちに向けてか、「見てるー?」みたいなコメントもちらほら見えた。
見てるよ。
スノウじゃなくて俺だけどね。
カウント画面が切り替わり、スノウとフレアの後ろ姿が映る。
その瞬間、コメントの流れが加速した。
俺の動体視力をもってしてもコメントを捉えきれない。
というか、サイトの表示が追いついていないのでコメントがワープ(?)している。
画面の中ではスノウとフレアがゾンビを蹴散らしているところだった。
幾つかのカットが次々と映り、最後にはボスとの戦闘が一瞬だけ写って――
壮大なBGMと共にやたらと作り込まれたタイトルロゴが表示された。
本当に映画みたいだ。
そこからの2時間半はもはやサイトのコメントは全く追えないのでSNSで呟かれる感想を眺めていたのだが、魔法がCGである派と本物である派、カメラの視点が低いので撮影している人は小柄な女性か子どもだということまで特定されているのを見た。
CGかどうかはともかく、撮影者(知佳)の身長まで特定するってどこに注目してるんだ、この人たち。
「そういえば、カメラで撮ってるだけなのに音声が明瞭だな?」
正面からのカットももちろんあるのだが、基本は後ろからついていっているような形なのに声がちゃんと聞こえている。
戦闘時の音なんかも違和感がない。
集音器なんてなかったよな?
「お姉さま程に自在に操るのは難しいですが、声が通りやすいように風を操るくらいならフレアでもできるんですよ、お兄さま」
「へえ……器用だな」
「えへへ」
フレアがにへらと笑う。
可愛い。
フレアはたまに怖いが、基本は可愛いのだ。
そんなこんなで動画公開はつつがなく進み、2時間半に渡る大長編にも関わらず最終的な同時接続数は14億人にもなった。
冗談みたいな数字に見えるが、これが紛れもない本当の数字なのだから怖すぎる。
1円ずつ貰ったら14億円じゃん……
翌日以降。
ダンジョンへ入って魔力を得たいというだけの人ではなく、探索者を志望する人が世界中で爆発的に増えたのは言うまでもない。
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