第146話:顔出し会見

1.


 『柳枝利光の右腕は精巧な義肢である』


 世間にはそう公開されることになった。

 実際にはもちろん柳枝さんの腕はばっちり生身のものが生えているのだが、それを公開する訳にもいかない。

 

 というのも、まだあの赤い実のことを公表する気はないからだ。

 ちなみに、便宜的にアレのことを<エリクシード>と呼ぶことになった。

 エリクサーのような効果を持ち、種の状態でドロップしたのでseedを合体させただけの簡易的なものだ。

 

 実の状態でもエリクシードなのがややこしいが、まあそれは良しとして。


 柳枝さんの右腕が治った翌日。

 国中がとある二つの重大なニュースに沸き立つことになった。


 うち一つは、『柳枝利光が探索者へ復帰する』というニュース。


 俺が言っていたことを受け入れてくれたのかどうかはともかく。

 昨日の今日で俺もびっくりしたが、柳枝さんのことだ。

 勢いだけで決めたというわけではないだろう。


 元々、柳枝さんの現役復帰を望む声は多くあった。

 俺もそのうちの一人だったのだ。

 

 国民的英雄が現場に戻ってくる。

 それも、ダンジョン周りである意味盛り上がっている最中での出来事である。


 注目が集まっていた分、ニュースでの取り扱いも大々的なものになった。

 ただしこれは、もう一つのニュースと合わせての話題性だということも否定はできないが。


 なにせ国中が沸き立ったもう一つのニュースとは、『INVISIBLEが顔出しで会見をする』というセンセーショナルな内容だったのだから。


 ニュースやワイドショーではそればかり取り上げられ、管理局のホームーページサーバーがパンクし、主要SNSのトレンドの上位をかっさらっていくという話題性の強さ。


 当然である。

 誰だって驚く。

 俺だって今朝のニュースを見て驚いたのだから。

 

 二人の英雄が同時に表舞台に出てくるようなものだ。

 それも、さっきも言った通りここ最近のダンジョン産業への注目度は高い。


 ロサンゼルスで起きたビルがダンジョンと化す異変から始まり、新階層という今までにない新たな要素。

 更にはWSRトップレベルの実力者たちが大量に誘拐され、各国が揺れている。

 しかも、自分でも言うのもなんだが妖精迷宮事務所という、日本のダンジョン産業における新たな看板とも言えるような会社まで出てきている。

 まあ、自分で言うのもなんだがとか言ったものの、俺の手柄というよりもほぼ知佳とスノウたち精霊の手柄なのだが。


「そのうちダンジョン攻略の様子を撮った動画も出るだろうし、更に有名になるんだろうな」


 魔石の売り先も今やダンジョン管理局に限った話ではない。

 色んな企業から既に打診が来ているという。

 魔石以外にも、会社所属の探索者にならないかとか一度会って話がしたいだとか、以前にも来ていたが化粧品とかその他コラボ商品の誘いとか色々あるらしい。

 まあ、魔石関連以外はほぼ全て断っているとのことだったが。


 一応綾乃から報告は受けているが、ぶっちゃけ女性向け商品の方が多いので俺の耳には馴染みのない企業ばかりである。

 なのでどこからどんな話が来てるのかはほぼ覚えてない。

 唯一覚えているのは、某自動車メーカーからCMの話が来たってことくらいだが。


 それに関しては一旦保留ということにしてある。

 ちょっと大口すぎて簡単には断れないのだ。

 受けるメリットも当然大きい。


 それを考えるのは俺じゃないけどね。

 つくづく何もしない社長である。

 

 ……で。


 元々あんまり働いていなかったらしいが、最近はよく働くようになったと(俺と柳枝さんの中で)話題になっている未菜さんが来るのを俺は待っているのだが。


 管理局の社長室で。

 本当に忙しいのだろう。

 

 今日の夜にある会見のこともあるしな。


 時間は既に30分ほど過ぎているが、連絡もない。

 というか連絡があるわけがない。

 あの人、その手の機器何も持ってないし。

 

 どうせもうしばらく来ないだろうし、くつろぐか……と思ってソファに深く座り直し――


「やあ、すまない。待たせたな!」


 そうとしたタイミングで扉が開いた。

 おかげで変な体勢で止まってしまった。


「ど、どうも」

「……何か変なことでもしようとしていたのか?」


 訝しげにする未菜さんに釈明するところから始まるのだった。



2.



 俺の対面……ではなく隣に座る未菜さん。

 距離が近い。

 あと、柑橘っぽいいい匂いがする。


 未菜さんはいつものスーツ姿にポニテだ。

 スレンダーな体躯からは今現在、探索者として世界3位の実力を有しているとは思えないだろう。

 見る人が見れば、その鋭い眼光から実力を見抜けそうなものだが。


 しかしこの人、いつ見ても綺麗だよな。

 そして男の俺から見ても男前だ。

 綺麗で男前って反則だよな。

 もう無敵じゃん。

 女性であるローラが惚れていたのも正直気持ちはよくわかる。


「急に呼び立ててすまないな、悠真君」

「いえ、それは別にいいですけど……忙しいのに俺なんかと話してていいんですか?」

「構わないさ。悠真君とは色々話したかったし」


 未菜さんはにっこり笑う。

 笑っているのだが……

 なんだか圧を感じる。

 ような気がする。


 まあでも、俺も聞きたいことはある。

 柳枝さんの件もそうだし、未菜さんの件もそうだ。


「まず、柳枝のこと。既に柳枝からも言われているとは思うが、私からも礼を言うよ。ありがとう」


 そう言って未菜さんは頭を下げた。

 髪の毛ツヤツヤだなあ……

 じゃなくて。


「いや、そんな。効果の確証もないダンジョン産のドロップを食べてもらっただけですから。うちの研究者はむしろこちらから礼を言いたいぐらいだと言ってましたし」


 うちの研究者とはもちろん天鳥さんだ。

 得難い実験ができたと大喜びだった。

 あの人やっぱりマッドだよなあ。


「探索者に復帰するっていうのは、元々柳枝さんから聞いてたんですか?」

「いや、昨晩うちに電話をかけてきたよ」

「……流石に家の電話は通じるんですね」

「私をなんだと思ってるんだ?」


 不満そうに未菜さんが口を尖らせる。

 精密機器クラッシャーです。


「ともかく、電話でその相談を受けた時に私も顔を出すことを決めたんだ」

「……柳枝さんが現役復帰することと、未菜さんの匿名性には何か関係があるんですか?」

「ま、奴のポリシーみたいなものだな」


 その言い方だと関係はなくもない、と言ったところだろうか。

 どうやら柳枝さんの現役復帰と、未菜さんの顔出し会見は全くの無関係というわけでもないらしい。

 二つのニュースが重なるのはある意味必然だったわけだ。


「……でも柳枝さんはともかく、よく顔出しする気になりましたね」

「元々私はそろそろ正体がバレても困らないなとは思っていたんだ。小娘だった10年前とは違う」


 そういえば、九十九里浜のダンジョンへ行った時にいずれ公開する気だとは言っていたな。


「そんなことはどうでもいいんだ。次が本題だ」

「本題ですか」

 

 俺は生唾を飲み込む。

 なにせ今日、ダンジョン管理局の歴史が動くと言っても過言ではないのだ。

 そしてその歴史に俺は関わっている。

 柳枝さんの腕の件だ。


 多分、それ関係なのだろう。

 どうしよう、お前が柳枝の腕を治したせいで面倒なことになったとか言われたりしたら。

 そんなことは言わないと信じているが、嫌な想像が止まらない。


「昨日、柳枝に会ったそうだな」

「……はい。エリクシードを渡したかったですし」

「エリクシード?」


 ああ、まだ未菜さんは知らないのか、この呼び方。

 

「赤い実のことです」

「ああ、あれはそんな名前なのか……って、それはどうでもいいんだ。私が言いたいのはそこじゃない」

「じゃあなんなんです?」


 未菜さんは俺を上目遣いで見る。

 そもそも俺と未菜さんとでは身長が10cmくらい違うのだが、未菜さんは脚が長いので俺と座って並ぶとそれ以上の差が出るのだ。

 決して俺の脚が短いわけではない。

 決して。


「何故私にも会いに来ないんだ」


 言いながら、拗ねたように視線を外す未菜さん。


「……え?」

「柳枝には会うのに、私には会わないのか!」

「いやだって、アポも取ってないですし……」

「今更私と君との間にアポなんて必要ないだろう!」


 必要ないということはないと思うのだが。

 最近忙しそうだし。

 あまりダンジョンにも潜れていないようだ。

 

「最後に会ったのは転移石を渡しに来た時だぞ。しかも渡すだけ渡してすぐにどこかへ行ってしまったし!」

「柳枝さんにも渡したかったので……」

「つまり私より柳枝を優先するんだな?」

「えええ!?」


 何を言っているんだこの人は。

 確かに俺は柳枝さんのファンだ。

 しかしそれと同じかそれ以上にINVISIBLEのファンでもあったのだ。

 ほとんどの作品では男性として扱われていたので実際に会って女性だったのには多少面食らったが、それは変わらない。


「君は多くの女性を侍らせているようだが」

「別に侍らせては……」

「柳枝という変わり種も時には欲しくなるということか?」

「どういうこと!?」

「……ふっ」


 と。

 未菜さんが堪えきれないと言った具合に吹き出した。


「君な、ちょっと慌てすぎじゃないか?」


 苦笑気味で言う未菜さん。


「……からかったんですか!?」

「まあな。でも君と話したいというのは本当だ。アポなんて取らないで気軽に会いに来てくれ。転移石もあることだしな」

「だって未菜さん、連絡つかないじゃないですか。転移した先がお風呂場とかだったらどうするんです」


 ふむ、と未菜さんは少し考える。


「服を脱ぐ手間がなくなるな」

「俺は服着てるんですけど!?」


 いくら俺だって全裸で転移するなんてことはしない。

 もちろん、転移石で転移すると衣服だけが置いていかれるとかそういうこともない。

 ちゃんと服や持っているものも一緒に転移してくれる。


「……ダンジョンからドロップした素材でスマホを作れば、私が使っても壊れないものができるんじゃないか?」

「物理的に壊れなくても、未菜さんって『何もしてないのにパソコンが壊れた』って言うタイプの人でしょ」

「何故わかる?」

「それ、知佳の前で言ったら3時間くらい説教されますからね」


 まあ本当に何もしてなくてもマザボ? だか電源だかの経年劣化で壊れるパターンはあるらしいのだが。

 大抵そういうことを言う人は何か余計なことをしているとのことだった。


「いっそ私も君の家に住み着いてしまうか。お母様にも挨拶をしておきたいし、会見の後にでも行こうか」

「全国民が注目する会見の後に来られたらうちの母は驚きすぎてまたうっかり石になりますよ」

「なるほど、それは困るな」


 母さん、その手の話題になっているものは絶対見るからな。

 15年分のブランクを取り戻すがごとくあらゆる方面にアンテナを張っているので、分野によっては既に俺より詳しい程である。

 疑似二世帯住宅は結局納得させたが、多分俺の世話になることに負い目を感じているのだろう。

 だがよく考えてほしい。

 浦島太郎状態は改善されつつあるとは言え、がダンジョンの外に出られるという状況でもし俺が母さんを放り出しなんてしたら、あの世から親父がぶん殴りに来るぞ。

 ゾンビの相手はダンジョンだけで十分だ。


「冗談はともかく、何かしらの連絡手段は欲しいな。スマホくらい使えるようになるか」

「使えるようになろうと思って使えるようになるんならそれに越したことはないですけどね」

 

 何かの特殊能力でも持っているのかと聞きたくなるくらいマジですぐ壊すからな、この人。

 スキルや魔力が関係しているのかと疑いたくなる程だ。


 ……家へ呼ぼうっていうのに柳枝さん経由だったり秘書さん経由だったりするのはまずいもんなあ。


「そういや、未菜さんって顔出しして今までと何か変わるんですか?」

「仕事が多少増えるかもしれないな。テレビに出たり、インタビューを受けたり」


 ああ、確かにそういうのはありそうだ。

 特に未菜さんは人目を惹く美人だし。

 柳枝さんもなかなかのイケオジだが、どちらの需要があるかと言えば恐らく美人だろう。


「柳枝さんは現役復帰して、管理局の仕事はどうするんでしょうね」

「兼任するんじゃないか。奴の責任感の強さからして。流石に管理局での仕事量は多少減るとは思うが」


 過労死とかしないだろうな、柳枝さん。

 疲労回復作用もあるっぽいエリクシードを後で大量に贈ろうか。

 

「ところで、悠真君」

「はい?」

「流石に私も緊張していてね。君の力で緊張をほぐしてくれると助かるんだが」


 未菜さんは妖艶な笑みを浮かべていた。

 あれはまるで獲物を狙う目だ。


「安心しろ。最低でもあと一時間は誰もここへ来ない」


 

 どうやって未菜さんの緊張をほぐしたのかは、ここでは触れないでおこう。



3.



 夜。

 会見を見ながら、SNSを覗いてみると案の定な反応が大量にあった。


『管理局の社長、女なの!?』『今25ってことは攻略当時は15だったのか……』『絶対男だと思ってたわ……影武者とかじゃないんだよな?』『ファンになりそう。いやなった』『柳枝さんとデキてんのかな……』


 などなど。

 英雄と英雄がカップルというのは確かにありそうな話ではあるが、あの二人の間に恋愛的な感情は一切ない。

 柳枝さん視点では娘みたいなもののようだし、未菜さんからもしかり。


 しかしこのSNSの様子じゃ、俺と未菜さんの関係を知られたりしたら殺害予告を受けそうだ。

 そもそもスノウたちの件もそうだが。

 もしかして俺、結構な綱渡りをしてないか?

 

 もしバレたらどうしよう。

 包丁とかで刺されても死なないとは思うけど。

 むしろ怪我するのは包丁を持っている方の手だろう。

 仮に怪我しても治癒魔法あるし、エリクシードあるし。

 

 なんてことを思っていたら、野次馬根性旺盛な記者が「交際している方はいらっしゃるのでしょうか!? ご結婚は!?」なんて質問をしやがった。

 それに対して未菜さんはミステリアスな笑みを浮かべ、


「歳下だ。3つくらいな」


 と答えた。

 俺と並んでテレビを見ていた女性陣の視線が俺に集まったことは言うまでもないだろう。


 べ、別にやましいことはない。

 知佳も綾乃も、スノウたちもみんな知ってることだし。


 母さんだけが事情を知らなかったようで、ははーんといった感じの表情を浮かべた。

 

「悠真、あんた本当モテるわねえ。お母さん嬉しいわ」


 余計なお世話だ。

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