第145話:英雄の腕
「腕が元に戻るかもしれない……か」
柳枝さんは渡した赤い実をまじまじと見る。
俺は天鳥さんと二人で柳枝さんの元を訪れていた。
既に仕事に復帰していてバリバリ働いているのは流石のタフさである。
「はい。そういう可能性がある、というだけですが」
「摂取すると3時間の眠りにつき、起きたら改善したい点が治っている。もはや神の所業とさえ言えるな」
そうは言いつつも、どうやら俺たちの言っていることがホラだとは思っていないようだ。
まあ、今までだって色々あったからな。
今更か。
「効果の方についてはまだ不透明な部分は多い。その実にも限界はあるようだしね」
天鳥さんは当然のように国民の英雄に向かってタメ口である。
柳枝さんもそれを特に気にしている様子はない。
変人の相手は慣れているのだろうか。
俺? 俺は常識人だよ。
それよりも、限界とはなんだろう。
そんな話は聞いていないが。
それを指摘すると、天鳥さんはやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
「この僕が実を食べているんだ。本当に全てが望み通りになっていたら、身長が20センチは伸びているし、肩の凝るこの胸は知佳ほどとは言わずとも小さくなっているはずだ」
「それをなくしてしまうなんてとんでもない!!」
人類の損失である。
おっぱいは命の象徴だ。
母なる大地? 母なる海?
いいや違う、真に人を育てるのはおっぱいなのである。
別に俺は大きい方が好きだというわけじゃない。
小さくたってそれがおっぱいならば好きなのだ。
しかしわざわざ小さくしたり大きくしたりするのは違う。
ありのままのおっぱいが最も美しい。
俺は心の底からそう思っている。
……おっと、柳枝さんの前で取り乱すところだった。
「とは言え、継続的に続ければどうなるかはわからないけどね。胸も縮むかもしれないし、身長は伸びるかもしれない」
天鳥さんはちっこくておっきいのがいいのだということを後でこんこんと言って聞かせることは決定したとして、しかし確かに一発で変わらなくとも何度か継続することでその効果が現れる可能性もあるわけだ。
既存の薬にだってそうやって継続的に使用するものはあるしな。
「ふむ……」
柳枝さんはそれを聞いて唸る。
「老化の抑制や病気については?」
「要検証ってところだね」
あ、そうか。
望む通りになるというのなら老化の抑制だったりもできる可能性がある。
そこまで行くともはや薬というよりは、もはや魔法だが。
俺たちの知る物騒な魔法ではなく、絵本やお伽噺に出てくる夢のような魔法。
髪の毛の悩みだって解決されるかもしれない。
視力や肩こり、ハンコ注射の痕がなくなる訳だからな。
……待てよ。
ちょっと怖い想像をしてしまった。
すぐに忘れ去りたいところだが、重要なことなので一応聞いておく。
「……天鳥さん、ちょっと気になったんですが」
「どうかしたかい?」
「この赤い実で柳枝さんの腕が本当に生えてきた場合、元々腕が二本ある人が更に腕を生やしたいと本気で願いながら赤い実を摂取したらどうなるんでしょう」
「三本目、あるいは四本目が生えてきたりするかもしれないということかい?」
「はい」
もしそんなことになるとしたらちょっとしたホラー映画が始まってしまう。
天鳥さんは少し考えるようにし、意外にも柳枝さんが先に答えを出した。
「それは無いのではないか」
「そうなんですか?」
俺が聞き返すと、確信を持った様子で頷く。
「恐らくこの赤い実の役割は<ダンジョン内での回復手段>だ。3時間という数字がそれを物語っている」
「3時間?」
「ダンジョン内で休息を取る際、3時間以上の睡眠を取ることが世界的に推奨されているからだ。アメリカが最初に言い出したことで、最初は3時間という数字の理由が曖昧に濁されていた為よくわかっていなかったのだが……最近ではその答えもわかってきた」
「なんです?」
「3時間の睡眠で魔力の大半が回復するのだ」
……そうなのか。
そもそも睡眠して回復しなければいけないという段階まで魔力が減ったことがないので全然気にしていなかった。
だが確かに、3時間の睡眠が推奨されているという話は俺が遠い昔にダンジョン管理局の試験を受けた時に勉強したので覚えている。
というか、今聞いて思い出した。
天鳥さんは基本的に全くダンジョン攻略自体には関わりがないので勘付けなくて当然だが、俺がその可能性に思い当たらなかったのはよろしくないな。今度ちゃんと勉強しなおそう。知佳あたりに教えて貰いながら。
……ん?
待てよ。
なんで俺がダンジョン管理局の試験を受けている時からあった推奨ルールを打ち出したアメリカは3時間で魔力が回復するということを知っているんだ?
今までも一部の探索者は魔力というものの存在を知っていた。
しかし魔力が消費されるということはほとんどなかったはずだ。
唯一の例外は魔力を消費するスキルを持っている人物だが、そういう人も自分が魔力を使っているとは思わなかっただろう。
魔法という、明確に魔力を消費するものが出てくるまでは。
俺がダンジョン管理局の試験を受けていたのは今から3年ほど前までだ。
そして魔法が発見されたのはつい最近の話。
どう考えてもタイミングがおかしい。
いや、あるいは偶然3時間という数字になっているだけで何も関係はないのか……?
だが。
そもそもアメリカは今までにも怪しかったポイントが幾つもある。
魔力測定器の事もそうだし、最初のスキルホルダー、そして最初の攻略者がアメリカの軍人だというのも出来すぎな気がしてきた。
WSRだってそうだ。
「……迂闊に首を突っ込まない方がいい」
俺の考えていることを顔色から察したのか、柳枝さんが釘を差してきた。
「アメリカという国家が相手ならまだしも、そうじゃない可能性もある」
「そうじゃない……可能性……」
「我々も馬鹿ではない。何が起きるにしても、ダンジョン関係のことは明らかにアメリカが有利に進んでいることには気付いている」
「……それでアメリカが相手じゃない可能性なんてあるんですか?」
むしろ真っ黒だ。
関与確定みたいなものじゃないか?
しかし柳枝さんは真剣そのものの表情で続けた。
「ダンジョンのことをたかが一国家程度が御すことができると思うか?」
……確かに、それは思わないな。
たかが、とは言えどもアメリカ。
しかしダンジョンという不思議で危険なものから見た時、確かに国家など矮小なものだと考えるのはそんなにお門違いな話でもないように感じる。
アメリカが舞台で何か起きているのは間違いないが、アメリカそのものが関わっている可能性はあまり高くない……のか?
あるいは何かしらの取引を行っているだけとか……
なんにせよ、流石にここまでの事になると俺には手出しができない。
知佳に調べさせることは、あいつの技術ならばもしかしたら可能かもしれないが、相手によっては危険な橋を渡らせることになる。
最悪、俺が精霊とホワイトハウスに乗り込んで直接大統領から聞き出すという手もあるのだ。
別に暴力に訴えるというわけではない。
あくまで話し合いである。
だが、今はとりあえず……一旦保留、といったところか。
ちょうどそのタイミングでパンパン、と天鳥さんが手を鳴らした。
そしてちょっと不満そうな表情で、
「僕はそういう陰謀論みたいなのには微塵も興味がないので、本題に戻ってもいいかな?」
「あ、ああ。すまない」
柳枝さんが謝っている……!
いや、柳枝さんだって普通に謝るとは思うが。
なんか衝撃的な光景だ。
完全にロリっぽい見た目の天鳥さんに、国民的英雄が頭を下げているというのは。
天鳥さんのマイペースさが勝ったのだ。
「だいぶ話が逸れたからね。この赤い実が<ダンジョンにおける回復手段>だという仮説が立ったところから」
「そう、<ダンジョンにおける回復手段>だからこそ、そこまで劇的な変化をもたらすことはないのではと思うのだ。腕が増えたり、あるいは翼が生えたり。異常に賢くなったりなど」
「その根拠は、ダンジョンが人間に親切だから……かな」
「親切……か。まあ、その通りだ」
そういえば、柳枝さんとはそんな話をしたことがあった。
ダンジョンが人間にとって都合が良すぎる、と。
それを天鳥さんは親切だと表現したのだ。
言葉から得られる印象はかなり違うが、得られる結果は同じか。
「まあ僕もそんなところだとは思う。メタボな人がスリムになったり、禿頭の人の髪の毛が生えたり……その程度の変化はあるかもしれない。老化に関するあれこれも否定はできないが、体そのものが人間から大きく逸脱するような結果にはならないと考えている」
「でも身長やおっぱいの大きさは人間から大きく逸脱しているとは言えないですよね?」
「だからこれは継続的な実験で実証するしかないだろうね。僕としては……大なり小なり効果は出ると思っているよ」
天鳥さんや知佳で試すのはやめてもらおう。
失いたくないものが、そこにある。
やるなら俺の身長とかで試そう。
「その実験の一つが、俺の腕か」
色々遠回りしたが、ようやくスタート地点に帰ってきた。
「<ダンジョンにおける回復手段>、というのならば少なくともそうなった経緯が怪我である限り、治る可能性は高いだろう」
天鳥さんは冷静にそう分析する。
確かにそうだ。
元々欠損のある人がどうなるかはまだ完全に未知数。
だが柳枝さんのはあくまでも怪我だ。
「……わかった。眠ってしまうというなら、家へ戻ってからでいいか?」
「できればバイタルを測定したいのだけれど、その話をしたら悠真クンがちょっと怒ったので今回は結果だけ教えてくれればいい」
「別に俺は構わないのだが……」
「俺が構うんです。ちょっとそこまで柳枝さんを実験対象扱いするのは良心の呵責がというか……」
他の人がそうなる分には構わないと暗に行っているようなものなので、かなり自己中心的な考えではあるが。
まあいいじゃん、だってこの研究、俺の金でやってるんだし。
天鳥さんも俺の気持ちを蔑ろにしてまでやる意思はないようだ。
柳枝さんにはずっと世話になっているし、もし腕が治ればいいな、程度の恩返しのつもりなのだ。
結果の共有くらいは構わないが。
「そう言うのなら、善意として受け取っておこう。危険がないことは君が証明しているようだし、な」
「まあ、はい」
実は柳枝さんのところへ来る前に俺が一粒この赤い実を食べているのだ。
天鳥さんとこの研究所で。
3時間後に目覚めたらやけにつやつやしている着衣の乱れたロリ巨乳がいたのだが、きっと何もなかった。彼女も何もなかったと言っていたので俺はそれを信じる。
ちなみに、嘘のように体が軽くなっていた。
元々怪我や病気なんかとは無縁な俺だが、流石に疲れくらいは多少は蓄積する。
色んな疲れが。
ダンジョンとか、夜のアレとか。
その辺が元気になったというわけだ。
もちろん体に異常はない。
何故かズボンのチャックが開いていたのだが、俺の体には異常はなかった。
……。
「……あの、柳枝さん。嫌なら嫌でいいんですけど、もし腕が元に戻ったら探索者としての現役復帰を考えてくれないですか?」
「探索者として?」
柳枝さんは俺の目を驚いたように見る。
「いややっぱ……俺、普段の柳枝さんにもお世話になってますけど、探索者としての柳枝さんのファンなんですよ。ずっと残念だなって思ってたんです。ほとんどダンジョンに潜らないようになって。何か理由があるとは思うんですけど……」
「ふっ……」
言い訳がましく口数が多くなる俺に、柳枝さんはニヒルに笑いかけた。
そして、
「そうだな、それもいいかもしれないな」
そう答えたのだった。
その日の夜。
柳枝さんからメールが届いた。
題名は無題。
内容は一文。
両腕でマッスルポーズを取る顔文字である。
どうやら、英雄が帰ってきたらしい。
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