第143話:スカルリッチー
1.
如何にも、と言ったボス部屋の扉を俺が押し開けて開く。
扉は特に重さも感じない。
俺の力が強いから、というよりはそもそもそういうものなのだろう。
中からはすえたニオイが押し寄せてきた。
少し顔をしかめたフレアが、顔の下半分を袖で覆い隠しながら魔法で風を起してニオイを外へと追い出す。
「もうイヤな予感しかしないわね……」
露骨に嫌そうな表情を浮かべるスノウ。
「もう外からこの部屋ごと全部凍らせて終わりでいいんじゃないかしら」
「駄目」
「そもそもこういうのは中に入らないとボスも出てこないタイプだってわかってるでしょ、スノウ」
知佳の無慈悲な返答とフレアのもっともな指摘に諭され、スノウは嫌々ながらも中へ入った。
俺と知佳もそれに続いて入り――
ギギィ、と耳障りな音が後ろで鳴った途端、スノウが振り返って俺たちの背後を指差した。
「へ?」
後ろを振り返ると、閉じかかった大きな扉が途中で凍って止まっている。
「大体こういうのは扉が閉じると逃げられなくなるのよ」
ふふん、とスノウはドヤ顔をする。
かわいい。
じゃなくて、
「それを凍らせて止めるってお前……」
確かにこういう部屋に入った時に扉が閉まって、「引き返せないってことか……」みたいな展開はありがちだが、それをこんな力技で止めるのは初めて見た。
お約束を無理やり回避してしまった。
その様子を撮影した知佳も、まあ仕方ないよね、みたいな表情である。
扉が閉まってくれていた方が動画の視聴者に緊張感は生まれていたかもしれないが、撮れ高の為にそこまで強制するのも良くないか。
中は……広い運動場くらいはあるな。
天井はドーム状のようになっていて、どこかに窓がある様子はない。
光源があるようには見えないが、何故か中を見通せるのはもはや不思議だらけのダンジョン内で起きる異常としては大したことのないものだ。
「――来ます」
フレアが呟いた。
腹の奥から響くような重低音が周囲に鳴り渡る。
それと同時に、中央へ大きな魔法陣のようなものが浮かび上がった。
直径10メートルくらいはあるか?
これまでのボスに比べればかなり凝った演出だな。
そしてその魔法陣の上に黒い光と共に姿を現したのは――
「まるで死神だな」
黒いボロ布を纏った巨大な骸骨。
の、上半身だけが地面から生えているようなイメージだ。
機動力は大したことなさそうだが、あの魔法陣も巨大なだけあってこいつも相当でかい。
大きめの校庭くらいと例えたのでそれ繋がりで言えば、小中学校の本校舎くらいの大きさがあるように見える。
そして手にはこれまた巨大な――自身の上半身と同じくらいな大きさの鎌を持っている。
迫力満点だ。
だが、それでも俺は余裕を持って見ていられた。
なにせ今回戦うのはスノウとフレア。
俺ではない。
流石にあそこまででかい奴と力比べをすることになったら勝てる自信はないので好都合だ。
魔弾ならば力比べに持ち込まないでも倒せるかもしれないが、ここ密閉空間だから最悪俺たちごと吹き飛びかねないし。
小さく、威力を抑えるコントロールはできるようになったが、ここまでの大物を倒す程度の力加減はまだできない。
うっかり全部吹き飛ばちゃったなんてことも有り得そうだ。
死神は鎌を振り上げる。
その動作だけでその場の空気が根こそぎ持っていかれるような威圧感がある。
が――
「トロいわね」
その鎌が振り下ろされる前に、氷が死神の腕の動きを阻んだ。
「あまり派手なことにならなくて申し訳ないのですが――」
フレアが撮れ高のことを気にしながらも炎を放った。
巨大な死神の体を完全に覆い尽くすほど、更に巨大な火炎である。
見事なもので、こちらにその熱は一切届いていない。
しかしそれでも骸骨な見た目の死神でも一瞬で炭になっているだろうと確信できるほどの火力なのはわかる。
あと、これでも十分派手だ。
どんぱちやり合うことはなかったが、これはこれで受けが良いのではないだろうか。
「やった?」
知佳が呟いた。
「あ、お前それフラグ――」
俺が言い切る前に。
炎の中から現れた全くの無傷な死神が鎌を振り下ろした。
「ふん」
つまらなさそうに鼻を鳴らしたスノウの氷が鎌を受け止める。
耳をつんざく大音響と共に、鎌が弾かれる。
「こいつ、魔法に耐性を持っているタイプね。私たちの力は厳密にはそれと違うけど、同じものだと見做されてるみたいだわ」
スノウがなんでもないことのように言う。
「魔法耐性!?」
いや、そうだ。
そんな奴もいるという話は聞いていた。
だが、魔法を軸にして攻略することを前提としているダンジョンのボスが魔法に耐性を持つ巨大な骸骨ってあまりにも意地悪すぎやしないか?
ボス部屋前までは魔法主軸の装備で来て、ボスとは物理主体で戦う……とゲームみたいなことはできない訳だ。
「スノウ、フレア、替わろうか?」
魔法が効かない相手ともなれば俺が戦う方がいいだろう。
流石に肉弾戦ならばスノウやフレアより俺の方に分がある。
防御やカウンターに関しては無敵のシトリーや、肉弾戦もほぼ極めていると言っていいウェンディは別として。
どのみち、パワーだけで言えば俺が上なのでこの手のでかい奴は俺が相手するのが最も効率の良い方法だ。
「別にこのままやるわよ。魔法が効かないんなら効かないでやりようはあるわ」
「スノウの言う通りです、お兄さま。フレアたちにお任せください」
俺の心配を他所に二人は何か作戦があるようだ。
しかし攻撃を防がれた死神もそのままじっとしている訳ではない。
奴の地面に埋まっている(?)下半身を起点に、怪しげな光が地面全体に広がる。
一瞬のことだったのでその光を避けることはできなかったが……これは紋様?
いや、さっきの魔法陣が更に大きくなったもの……か?
そして一拍置いて、地面からゾンビがにゅるにゅると湧き出てきた。
しかも大量に。
きもっ!!
俺でさえそう思った程である。
スノウはもはや顔面蒼白だった。
叫んでいないだけ流石と言うべきか。
俺はアスカロンを手に取り、とりあえず周りにいたゾンビを排除した。
スマホのカメラを二人に向けているので戦えない知佳の後ろに、守るように立つ。
「急に飛び跳ねたりするなよ?」
「わ、わかってる」
流石にこの状況には面食らっているのか(いや本当、めちゃくちゃ気持ち悪い光景なのだ)知佳も緊張している様子だ。
「さっきも言ったけど、心配すんな。俺が守るから」
そう言って知佳の肩にぽんと手を置く。
すると意外にも素直に知佳はこくりと頷くのだった。
緊張は抜けていないのか、後ろから見える耳は赤くなっているが。
「さて――」
俺の<魔弾>はでかいやつ相手に手加減をするのは難しくても、小物相手には強い。
幾つもの小さな魔弾を自分の周りに生み出し、その都度発射する。
ゾンビたちは為す術なく魔弾の前に散っていくが……数が多いな。
スノウやフレアもゾンビに対処はしているのだが、後から後から湧いて出てくる。
魔法の効かないボスが相手でも倒せるとは言っていたが、ほとんど無限湧きみたいなゾンビを相手しながらでは流石に難しいのだろう。
というかこれ、俺たちだから辛うじて対処できているけど、普通のパーティだったら既に全滅してるぞ。
なにせ死神もこの様子を見ているだけという訳ではなく、鎌を振り回して攻撃をしてきているからだ。
動きは鈍重ではあるが、直撃すれば如何にスノウたちと言えども無事では済まないだろう。
スノウが氷で防ぎ、フレアが炎でゾンビを焼く。
大体そんな役回りに落ちついている。
このゾンビの無限湧き状態をなんとかして解除しなければならない。
……試してみるか。
「スノウ、フレア! 跳べ!!」
俺の指示の意味はわかっていないだろう。
しかしスノウもフレアも疑う様子もなく、その場でジャンプした。
流石の身体能力である。
垂直に10メートルくらいは跳んでるぞ。
そして俺は、知佳を抱えあげて――
「はっ!!」
左足で踏ん張り、右足を思い切り地面に突き刺した。
結果――
バゴンッ!! と大きな音と共に、俺を中心にして地面が放射状に割れた。
靴の裏にスパイクをイメージすれば氷の上でも歩ける、というのがヒントになった。
魔法はイメージの世界。
俺の踏みつけの威力が、足の裏を通じて広く地面へ浸透するようにイメージしたのだ。
そして地面の形が変わったことで魔法陣も掻き消えた。
狙い通りだ。
複雑な紋様だったので、この形が変わるだけでも効果を失うのではないかと思っていたのだが、どうやらその通りだったようである。
ついでにゾンビたちも体勢を崩していて動けなくなっている。
そしてその隙を見逃すスノウたちではない。
フレアを中心に青い炎が広がり、ゾンビたちが一瞬にして灰になる。
もちろん俺たちは一切火傷を負っていないどころか、熱ささえ感じていない。
次にスノウが巨大な――超巨大なハンマーを氷で作り出した。
ハンマーはそのまま死神の脳天へと振り下ろされ、それを防ごうとした死神の鎌はフレアの放った蛇のような形の炎に絡め取られ、へし折られる。
どうやらただの炎ではなく、質量を持っている炎のようだ。
よくわからないと思うが、そういうものだと納得するしかない。
魔法が効かないと言われていたはずなのに明らかに魔法でボコボコにしているんだから、そうとしか言いようがないのだ。
きっとあれは魔法の法則というよりも物理の法則に則った何かなのだろう。
ごしゃ、とどこか小気味いい音がハンマーの直撃と共に鳴り、死神の頭蓋骨が半分以上陥没した。
「もう一発――!」
今度はハンマーが横向きに生成され、自重ではなくスノウ自身が掴んで振り回した。
再びごしゃ、という小気味のいい音。
横向きに衝撃を加えられた死神は今度こそ全身を吹き飛ばされ、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
こうして多少驚いたことはあれど、俺たちはあっさりと樹海ダンジョンの攻略を果たしたのだった。
2.
恐らく400億円くらいの値がつくであろう魔石を回収し、俺たちはボスを倒したのと同時に部屋の奥へ出現した『出口』と、新階層へと続く淡い光を放つ階段を見る。
「やっぱり出たな、新階層への階段」
樹海ダンジョンの新階層か。
想像するだけで厄介なモンスター……というかゾンビが出てきそうな感じだ。
既に先程の大量ゾンビ大サービスでスノウのSAN値は発狂寸前まで来ていそうなので、俺たちは一旦出口から出ることにする。
もはや新階層はともかく、普通のダンジョンの攻略は日常風景の1つになりそうな勢いだな。
外へ出ると、まるで待ちかねていたかのようにスマホが震えた。
表示された名前は――天鳥さんだ。
電話に出ると、興奮した様子の声が向こうから聞こえてきた。
『あの赤い実、とんでもないものだったぞ! 転移石のインパクトにも匹敵する程の!』
どうやら何かがわかったらしい。
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