第142話:悪趣味な扉

「ふあ……ねむ……」


 結局、により一睡もしないまま俺たちは出発した。

 いや、一睡もしていないのは俺だけで知佳たちは割と代わりばんこに寝ていたのだが。


 まあいいさ。

 今の俺は一日くらい寝なくても著しくパフォーマンスが落ちることもない。

 眠いなあ、という感覚があるくらいだ。

 

 妙にツヤツヤしている三人が例のごとく動画を撮りながら進んでいくのをぼんやり眺める。

 ちなみに、ここは既に7層目だ。

 スノウたちの見立てではそろそろボスが出るのではないかと言うことだったが……

 

 しばらく地面から出てくるゾンビを封じる為に足元を凍らせつつ8層を彷徨っていると、でかいゾンビ……というよりはなんか体つきのガッチリした、血色のいい(?)ゾンビが出てきた。


「あ、あいつ絶対走るわよ!」


 スノウが悲鳴のように叫ぶのと同時に、案の定そのゾンビはこちらに向かって全力でダッシュしてきた。

 しかもまあまあ早い。

 100メートル9秒台くらいかな。

 とは言え、精霊たちの反応速度にかなうはずもなく、フレアがあっさり炎で吹き飛ばした。


「まったく、怖気づきすぎよスノウ」

「い、今のはあんたに手柄を譲ってあげただけよ……」


 スノウの語気が弱い。

 さっきのマッシブなゾンビが1万体いたとしても余裕で殲滅できるだろうに、何をそんなに怖がるのか。

 とは言え、俺たちだって『黒いあいつ』に物理的に負けるはずもないのにビビり散らかしているのだから原理としては同じ話なのかもしれないが。


「スノウは完全にビビってんなあ……」

「見世物としてはいい反応」


 知佳はもはや撮れ高しか気にしていない。

 悲しき撮れ高モンスターだ。


 ちなみに、俺は淡々と別の場所からやってくるゾンビどもを排除している。


 昨日と今日とでかなり<魔弾>の威力調節が上手くなったのではないだろうか。

 飛ばす速度や込める魔力である程度のコントロールが効くのだ。

 とは言え、それは威力を抑えに抑えた時の話であって、相手がボスクラスになってくるとまた調節が難しくなるのだが。


 蛇口をひねってぴったり100mlの水を出したい時に一気にドバッと出してぴったりを目指すのは難しいが、ちょろちょろ出して狙うのは簡単……みたいなイメージ。

 

 そんな俺の様子を横目で見ていた知佳がふと思いついたかのように口を開いた。


「悠真、別チャンネルで動画に出てみる?」

「……はあ?」


 何を言ってるんだこのロリっ子は。

 スノウやフレアたちのような精霊は画面に映っているだけでも価値がある。

 億再生だって余裕で行く。


 しかし俺はどうだ。

 ただのパッとしない大学生である。

 トークが面白いわけでもなければ、華がある訳でもない。


「俺が動画に出てどうするんだよ。視聴回数30回くらいとかで悲しい気持ちになるのは俺なんだぞ」

「流石にスノウたちほどバズるかはわからないけど、結構良い視聴回数になるはず。100万再生とかなら楽勝」

「楽勝ってお前なあ……」


 しかし知佳の言うことだ。

 あながち冗談というわけでもないのだろう。


「……こういうことあんま表で言うのはあれだけど、ぶっちゃけ今更小銭を稼いだところであまり意味はないんじゃないか? 総資産いくらだと思ってるんだ」

「目的は小銭稼ぎじゃなくて、有名になること。どうせもう名前は知られてるし、いずれ大学とか高校の知り合いから見た目も割れるだろうし」

「え、名前知られてんの?」

「会社の社長である以上、隠すのはほぼ無理。ダンジョン管理局くらい力があれば別だけど」

「へー……じゃあ妖精迷宮事務所の社長だってことがバレてるってことか。で、顔写真もそのうちバレるからいっそ動画で公開しようって?」

「そう。美少女や美女じゃ釣れない層が悠真だったら釣れるかもしれないから」


 そんな層いるのか?

 サイトの機能で視聴者の層を見れるから知っていることだが、きょうび女子中学生だってスノウたちの動画を見てるんだぞ。

 

「アイドルみたいな人たちを嫌う人って一定数いるから。そういう人は悠真みたいな普通の人が画面に映ってるのには抵抗がないはず」

「あー……」


 確かに、いるなあ。

 そういう人たちは確かに動画を見ることもないか。


 しかし普通と言われてもなんら否定できないところがなんとなく悲しい。

 大魔力を持っているという俺の最大の特徴だって、カメラで写されてる分には一切通じないもんだしな。


「悠真は感性も比較的普通だから普通の人――探索者じゃない人なんかに共感が得られやすい。まだしばらくは探索者の間だけで魔法を管理できるだろうけど、いずれそれじゃ間に合わない時が来る。その時の為にスノウたちじゃカバーしきれない人たちからの注目も集めておきたい」

「その時の為にって……何する気だ?」

「魔法が広まれば、いずれ新しい格差が生まれる。魔力の多い人、少ない人。魔法の上手い人、下手な人。けど探索者のトップ層がどれくらいのものかがわかっていれば、そういう格差が多少はボヤける……かも」

「……言いたいことはわかった」


 確かに、魔力の多い人が少ない人を差別し、そして魔法を上手く使える人がそうでない人をやはり同じく差別する。

 そういう世界になることはもはや避けられないだろう。

 

 なにせ今は難易度が高いことで知られる樹海ダンジョンにまで人が殺到する程だ。

 人類総魔法時代なんてものが数年後には到来していてもおかしくない。


 そしてそれを機に人の価値観は変わる。

 価値観が変われば、新たな差別が生まれる。

 その前に俺が探索者のトップ層として有名になっておくことで、多少それが抑えられるかもしれないと言いたいのだろう。


「けど本当にそれって効果あるのか?」

「わからない。全くないとは思わないけど、全体で見て効果的かどうかは断言できない」


 だろうな。

 そこまで断言できたらもはや未来予知だ。

 

「でもやらないよりはマシ。今までは探索者のトップ層がどれだけの身体能力を持っていたかも普通の人はほとんど知らなかった。それは色んな国で、日本でもそういうことが表沙汰にならないように牽制し合ってたから」


 普通、探索者は上へ行けば行くほど様々なしがらみに縛られる。

 フリーで活動している探索者が極端に少ないからだ。

 俺の知る限りではフリーで活動している実力者はローラのみである。


 アメリカならほとんど政府にスカウトされるし、日本でもどこかしらの企業に所属している。

 そしてどの国にも共通して言えることだが、魔力の存在はひた隠しにされていたのだ。

 今でこそ魔法という新たな技術と共に人々の間に浸透しつつあるが……


 それだって何のしがらみにも縛られていないが動いた結果なわけだ。


 だからこそ、探索者という、一種のベールに包まれていた謎を引っ剥がして公開するのも俺の役目……なのかもしれない。


「けどさ、それって俺が相当な有名人にならないと成立しないよな? 俺がWSRの1位だってことを明かすとか?」

「それは危険スノウたちの誰かだと思われている分には安全だけど、正直悠真だと心配」

「……それもそうか。じゃあどうするんだ?」


 俺にできることと精霊にできることを比較すればどちらに注目が集まっている方が安全なのかは一目瞭然だ。

 そもそも精霊たちは注目が集まったところで人の目には触れないように魔法が使えるわけだし。


「100位以内くらいならアジアに住んでる匿名の人も結構いるから、悠真はそこに入っているっていう体でいく」


 魔力の存在や、探索者の実力の詳細が隠されていたとは言え、普通より肉体強度が高いということは周知の事実である。

 日本でも探索者をメインとした映画は幾つもあるしな。

 だからこそ50位以内の探索者が半数以上行方不明になったという件であれだけの騒ぎになったのだ。

 

 要は今まで魔力と身体能力が結びついていなかったという点である。

 ダンジョンのモンスターと戦えばレベル的なものが上がって強くなる、みたいな認識の人が大半だからな。

 まあ、その認識は間違ってもいないのだが。


「もしそうするのなら、最初に公開する動画はもう決まってる」

「まさか俺にまで変なダンスを踊らせるんじゃないだろうな?」



「変ってなによ!!」


 話は聞いていたらしいスノウがこちらを振り向いて怒鳴る。

 ダンス自体は変なんだよ、スノウ。お前が踊ってる分には様になってても、俺がやったらヤバイ儀式だ。 

 

「悠真のダンスは需要がないからいらない」

「さいですか」


 無表情ですっぱりと知佳は言い切った。

 無表情どころか、もはや冷たい。

 もはや冬場で放置した金属くらいの冷たさである。


「実は、悠真の<体力測定>を動画に撮ってある。先輩のに撮ったものではあるけど、編集すればそのまま公開できると思う」

「いつの間に!?」


 何故か研究用を強調して言う知佳。

 ちなみに『先輩』というのは天鳥さんのことだ。


 体力測定……2ヶ月程前にやったアレのことだろう。

 短距離走だったり反復横跳びだったり。

 全然気づかなかったぞ……

 しかし確かに、知佳は特に何かをしているわけでもなかったので動画を撮ろうと思えば撮れただろう。

 というか、研究用だって言うのなら別に隠し撮りする必要はなかったのでは……?


「……でもあんなの公開したらCGだって思われるんじゃないか? 流石に……人間離れしすぎてたような気がするけど」

「別に最初はCGだと思われてもいい。明らかに人とかけ離れてるやつは公開もしない。注目を集めることができれば、後はスノウたちと同じでダンジョン探索の様子なんかを映してもいいかも」


 まあ、と知佳は続ける。


「今後どうなるかはまだわからない。もう少し様子見してもいいと思うし、そもそも目立ちたくないなら無理にやろうとは思わない」

「目立ちすぎるのはちょっとな……」


 スノウたちのように能動的に気配を消すような魔法を使えるわけではないので、外出する際に毎回誰かにお願いしたり変装したりしていくことになる。

 しかし知佳の言う通り、抑止力のようなものが必要になるのも事実だ。

 その象徴として俺が動画を撮るのも……


 いや待てよ。


「なあ、多分それって俺らがやらなくてもそのうち誰かがやるよな?」

「多分。もう企画してる人もいるくらいかも」

「じゃあ、注目を浴びるのはそいつらに任せようぜ。けど、体力測定の様子は公開しよう」

「……顔を隠してってこと?」

「そういうこと」


 目立ちたくはない。

 しかしトップレベルがどれくらいのものなのかを示しておく必要は出てくる可能性がある。

 だから今は顔を隠してあの動画を公開する。


 そうすれば……


「今はCGだと思われても、探索者の力が明らかになっていくにつれて注目を浴びるかも」

「しかも妖精迷宮事務所とも何の関係もない、その動画一本だけのチャンネルを作るんだ。そっちの方がオカルトとかミステリ好きな奴には刺さると思うぞ」

「なるほど……そういう路線も有り」


 正体不明のヤバイくらい動ける奴、なんて注目を浴びるに決まっている。

 しかもCGにしては出来すぎな映像である。

 何故ならCGではないのだから。

  

「知佳さん、私もお兄さまの意見に賛成です」


 スノウと同じく、話は聞いていた様子のフレアが割り込んでくる。


「理由は?」


 知佳が首を傾げる。


「だって、お兄さまが有名になってしまったら色んな女性が殺到しちゃいますから! そうしたらうっかりその方たちを焼……じゃなくてその方たちにヤキモチを焼いてしまうかもしれませんから」


 不穏な言葉が聞こえかけた気がしたが、ちょっと噛んだだけだろう。

 そう思いたい。そう思おう。


「……女性が……殺到……?」


 スノウが俺の顔をまじまじと見ている。

 

「はんっ」


 挙句の果てには鼻で笑われた。

 よし、あいつは後で懲らしめてやろう。

 ナニでとは言わんが。


「大丈夫」


 ぽん、と知佳に肩を叩かれた。


「悠真はフツメン」

「…………そうですか」


 なんと言っても墓穴を掘りそうだったのでやめておいた。

 まあ、母さんは美人寄りだし、親父だってワイルドな男前ではあった。

 その息子な訳だし、少なくともブサイクではないのだろう。そういうことにしておこう。


「そういうわけだフレア。別に動画で目立つ気はないけど、もしそうなったとしてもその手の心配はいらないぞ」

「そうですか? ではお兄さまの魅力がわからない方の目はくり抜いてしまいましょう」

「怖いな!?」


 どっちに転んでも地獄でしかねえ!

 それを地獄の炎並に熱い炎を出せそうな奴が言ってるのが怖え。


「ふふ、それは冗談ですよ、お兄さま」

「だ、だよネ……」


 ていうか、動画に撮ってるはずなのに俺割とベラベラ知佳と喋っていたが平気なのだろうか。

 そういう雑音も後でカットできるのかな。


 まあ、喋っている間はいい具合にスノウの緊張も解けているようだし結果オーライか?

 



「フレア、見えてきたわよ」


 そのまましばらく歩いていると、スノウが何かを見つけたようだった。

 カメラを意識したのか、俺と知佳の名前は呼んでいない。

 何が見えてきたのかと言うと――


「ボス部屋……か?」


 巨大な山のような岩に、これまた巨大な金属製の扉が備え付けてある。

 ざっと縦に10メートル、横幅は6メートルから7メートルくらいはあるように見えるな。 

 よくわからない模様が全体に入っている。

 この扉を持ち帰るだけでもダンジョン産ということと相まってそれなりの値がつきそうだ。

 

 まあ、普通は持ち上げることすらままならないとは思うが。

 

 扉の周りには頭蓋骨がまるで装飾のように飾り立てられている。

 その扉から少し離れた位置には人魂をイメージしているのか、青白い炎が灯りのようにふよふよと何個か浮いている。


 はっきり言って、変な模様と相まって趣味は最悪だ。

 

 スノウとフレアも露骨に嫌悪感を顔に出していた。


 まあ、どう見てもボス部屋へ続く扉だよな。

 


「……にしても、珍しいな。こんな感じでここにボスが居ますよって主張してくるダンジョンは」

「そうでもないわよ。今までがたまたま続きだっただけで、こういう感じのも結構あるわ」

「あ、そうなのか」


 今までは普通にダンジョンの道を歩いてたらエンカウントする感じだったからな。

 しかしこれはこれでテンション上がるな。

 扉の趣味は悪いが。


「当然、入るわよね?」


 ちらりとスノウは知佳の方を確認する。

 それに知佳は無言で頷いた。


 単純な難易度だけで言えば新宿ダンジョンを上回る樹海ダンジョンのボス。

 とは言え、こちらは万全に戦える精霊が二人もいるのだ。


 と。

 知佳が少し扉に入るのを迷っているように見えた。

 まあ、不気味だもんなあこれ。

 俺はボスに殴られても死なないという自信があるから平気だが(死ななければスノウやフレアの治癒魔法で大概は治るし)、知佳はそうはいかない。

 魔力も多くなってきたとは言え、まだまだ人間の中だけで見ても未菜さんやローラには敵わないのだ。


 相手が雑魚ならともかく、ボス戦ともなれば緊張くらいするのだろう。


「安心しろよ、お前は俺が守るから」

「……」


 スノウとフレアが戦うのならその役目は俺だろう。

 それが役割分担というものだ。

 いわば当然の話である。


 そんな俺を、知佳は何故かぽかんとした様子で数秒見つめた。

 

「……どうした?」

「ん、なんでもない。ちゃんと守ってください」

「? おう」


 どういう訳か敬語になった知佳を不思議に思いつつも、俺たちはボス部屋へと入っていくのだった。

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