第140話:ゾンビ映画を作成する

1.


 「あー」だか「ゔぁー」だかよくわからないうめき声をあげながらゾンビが一歩こちらへ近づいてくると、スノウはささっと俺の後ろに隠れた。


「ほら悠真、あんなのさっさと倒しちゃいなさいよ! あんたならやれるわ!」


 完全にスノウは及び腰になっていた。

 何でだよ。

 ただのゾンビだぞ?


「スノウ、お前なら瞬殺だろ。何ビビってんだ」

「ビビってないわよ! 全然ビビってないわ!」


 なんとわかりやすい奴なのだろうか。

 フレアの方を見ると、思い当たるところはないようで困惑している様子だった。

 

「すみませんお兄さま、フレアにも何がなにやら……」

「ったく……」


 小さく作った<魔弾>でゾンビの上半身を吹き飛ばすと、それでも立ち上がる――なんてことはなく、あっさりと光の粒になって後には魔石が残った。

 新階層でもないので、もちろん素材は残らない。


「何が怖いんだよ」

「こ、怖くないわ。怖くないけど……」


 ゾンビの残した魔石をスノウが睨む。


「万が一ゾンビに噛まれたらゾンビになっちゃうのよ!?」


 さも恐ろしいことのようにスノウが絶叫した。

 

「……いや、多分ならないと思うけど」

 

 これあれだ。

 ゾンビ映画の見過ぎだ。

 英語の勉強の一環なのだろう、頻繁に洋画を字幕で見ているのは知っていたが、まさかそんなところまで影響されてしまうとは。

 異文化交流の弊害だ。


 確かに大抵のゾンビ映画では噛まれた人間もゾンビになってしまう。 


 しかしあくまでもこいつらは謎ウイルスによってゾンビ化した人間というわけではなく、元々そういうものとして生まれたダンジョンのモンスターである。

 そんな風に同族を生み出す能力があるとは思えない。


「そもそもスノウ、貴女なら近づかれる前に倒せるでしょう。近づいて戦うしかないのならともかく……」

「あいつら走ったり飛んだりするのよ!? 燃えても平気なゾンビだっているんだから、凍っても平気な奴がいてもおかしくないわ!」


 へー……今のゾンビってそんな進化してるんだ。

 トロい動きでよたよたと近寄ってくるゾンビは時代遅れなのだろうか。

 

「走ってこようが飛んでこようが対応できるだろうに……凍らなくても魔法があるんだからどうにでもなるだろ?」

「あ、あと見た目が気持ち悪いのよ。無理。生理的に無理」

「それはまあ、気持ちはわからんでもない」


 俺がゾンビ映画を好んで見ない理由がそれである。

 個人的にパニックホラーものは嫌いではないのだが。

 そういえば、何年か前に知佳と映画を見に行った時もホラー映画だったな。


 周りに他人がいると落ち着かないから家で映画を観たい派の知佳を一番最後のレイトショーへ連れていくことでなんとか大迫力の映像と音で観ることができたのだ。


 しかし意外な弱点だ。

 俗世に浸かりすぎたが故に新しく芽生えた弱点だとも言えるだろう。


 にしても、普段は強気なスノウがビビっている姿というのはこう……

 ぐっとクるものがあるな。


 悪ふざけでゾンビの群れの中にぽんと背中を押しでもしたら、俺の局部が凍らされたりするかもしれないのでやめておこう。


「ねえ、もうこのダンジョンは辞めにしない? ほら、この世界の人たちのレベルアップの為にも手頃なダンジョンは残しておくべきよ」

「未攻略のダンジョンなんて山程あるから大丈夫だって」

「く……」

 

 そもそもこのダンジョンは難易度の上がり方が各層毎に大きすぎるのでそういう目的には向いていないだろう。

 ここから先どこまで下に続いているかはまだわからないが、ボスも新宿ダンジョンの奴よりは強そうだしな。


「でもスノウがどうしても怖いって言うなら、引き返すのも有り」


 知佳がぽつりと言った。


「べ、別に怖いわけじゃないわよ。知佳、あたしは――」

「何の成果もないまま戻ったら、ウェンディ達はなんで帰ってきたのかと不思議に思うだろうけど私も含めて誰もスノウがゾンビに怖がって進めなくなったからなんて言わない」

「怖がって進めなくなるなんて不名誉なこと、あたしにあるわけないでしょ! 先を急ぐわよ!」


 明らかに空元気だが、スノウがずんずん前へ進んでいってしまった。

 それを見て、知佳がぺろっと舌を小さく突き出す。


 ようやるわ、ほんと。



2.



 ゾンビにガチビビリするスノウというちょっとしたハプニングはあったが、結局俺たちは特に何事もなく5層に辿り着いた。


 というかこれ、知佳がいると未踏破の部分の難易度が著しく下がるな。

 新宿ダンジョンのように建物で道順を覚えられるようなところならまだしも、樹海ダンジョンのようなあまり代わり映えのしないダンジョンともなれば普通ならばマッピングしながら進むことになるので、モンスターとの遭遇があったりするのも加味するとかなり遅くなるのだ。


 しかし知佳がいるとそのマッピングという作業がなくなる。

 なにせ敢えて地図を描いたり、印を付けたりしなくとも知佳は一度通った道を完璧に暗記しているからだ。

 そしてモンスターとの遭遇は一瞬で終わるので、爆速で攻略が進むわけである。


 まだダンジョンに突入して2時間ちょっと。

 それで人類が一度も踏み入ったことのない5層目まで来ているのだから驚きだ。


 で、出てくるモンスターの強さは……


「ま、これじゃわかる訳ないよな」


 ゾンビを遠距離から<拡散魔弾>で近づく前に倒す。

 フレアの炎が焼く。

 知佳の影が貫く。

 スノウが明らかなオーバーパワーで氷漬けにする。


 レベル99のプレイヤーがレベル1の敵とレベル10の敵に対して違いを理解できるかと言うと難しい話だ。

 しかもどちらもワンパンで倒せてしまうので尚更。

 今までの傾向からして、既に新宿ダンジョンの9層に出てくるモンスターの強さには匹敵しているのだろう。


 だが、あちらは天狗だの鬼だの見た目が明らかに強そうな奴がいたのに、こちらには動きのトロいゾンビくらいしかいない。

 

 ただゾンビがこちらへ進んでくる時、進行方向にある木が簡単になぎ倒されている辺りを見るに、多分力が強いのだと思う。

 筋肉まで腐ってそうなゾンビのくせに。


 どのみちスノウが怖がって使い道にならなくなってしまうのを防ぐ為に遠距離から攻撃して倒しているので、力の強さはあまり関係ないのだが。

 天狗みたいに風で特殊な攻撃をしてきたりする方が厄介だ。


「もしかしてこのダンジョン、魔法で攻略することが前提になってたりしてな」

「どういうことですか? お兄さま」


 少し前を歩くフレアが肩越しに振り向く。


「あのゾンビ、オークやゴブリンに比べてかなり力が強そうだろ? 下手すりゃ新宿ダンジョンの赤鬼よりもパワーは上かもしれない。多分だけど、並の探索者じゃ力負けすると思うんだよ。しかも数もそれなりだし、正面きって戦おうとするとなかなか厳しい」

「なるほど……確かにそうかもしれません」

 

 フレアがうんうんと頷く。


「ダンジョンへ行くと魔法が使えるようになるっていう事から考えても、魔法が使えること前提のダンジョンがあったりしてもいいと思うんだよな。今世の中で高難易度って言われてるダンジョンはもしかしたら今までの探索者たちみたいに近接戦闘メインじゃなくて、魔法メインで戦うと案外楽になったりするのかも」

「あのゾンビも、近寄らなければ危険はなさそうですからね」

「そういうこと」


 言いながらフレアの炎がじゅっとゾンビを焼いた。

 焼いたというより、高密度の熱線が体を吹き飛ばしているとかそんな感じなのだが。

 

「悠真にしては一理ある」

「前半は絶対余計だろ」


 曲がりなりにも知佳も同意してくれた。

 スノウは……周りへの警戒で忙しそうなので、多分話自体を聞いてないな。


「もしかしたら練習用ステージみたいな意味合いなのかも。遠距離攻撃を使ってくるモンスターも全然いないし」

「……じゃあ攻略しないで残しておいた方がいいのか?」

「似たようなダンジョンはたくさんあるだろうし」


 気にしないでいい、とのことだった。

 

 しかしこのダンジョン、仮に攻略できたとしてもその後どう使うのだろうか。

 ゾンビものが好きな人用のツアーなんかを組めたらいいのかもしれないが、確認できた感じでは4層からしかゾンビはいないようだし。

 その4層まで来れる人はそもそも一級探索者かそれになれる程の実力者なわけだ。


 全てのダンジョンが攻略後に商用利用されている訳ではないと思うが……


「あ、そうだ」


 知佳が何かを思いついたようで、スマホを取り出した。

 ネット環境がないのでダンジョン内で使えるものではないが……


 なんてことを思っていたら、


「悠真ちょっと下がって。男が入ると荒れるから」

「えっ」


 どういうこと?

 困惑する俺と差し置いて、知佳はスノウとフレアにスマホの――カメラを向ける。

 

「ずっとダンジョンを攻略してる様子を撮影しようと思ってたけど、あまりいいタイミングがなかったから。魔法のPRにも使えるしちょうどいい」

「あー、なるほど……てことは俺あまり喋らない方がいい?」

「カメラに写りさえしなければ平気。編集でどうにでもできる」

 

 なるほど。

 しかし確かに、魔法の練習用とさえ思うようなダンジョンで、その魔法を使って(精霊のそれは厳密には違うらしいが)攻略していくのだから画面映えはするよな。


 ゾンビと美女、そして魔法。

 どんなB級映画だとツッコミたくなるところだが、その魔法がCGもびっくりの大迫力な本物なので問題はないだろう。

 そこに知佳と綾乃の編集が加わればそこらへんのB級映画よりよほど視聴数が取れるだろう。


「というわけで、スノウは遠慮なくビビってくれていい。そっちの方が需要ありそう」

「ビビってないわよ!」


 知佳の無慈悲な宣言にスノウがもはやテンプレとなった反応で叫ぶ。


「あと、悠真は喋ってもいいけどあまり派手に戦わないで」

「あいよ」


 元々、<拡散魔弾>があるとは言えスノウやフレアの殲滅力には遠く及ばない。

 俺が手出ししないでも全て彼女らがやってくれると言うのならそっちの方が手っ取り早いだろう。

 


 映像に撮られているからなのか、フレアとスノウがやや派手めに攻撃をするようになった。

 ダンジョンそのものを破壊してしまうわけにもいかないし、あまり強すぎてもそれこそCGを疑われたりするので威力は控えめである。

 魔力効率はすこぶる悪そうだが、その魔力の大部分を俺が担っているので問題はないだろう。


 多分、この程度じゃ24時間ぶっ続けでやっても平気だ。

 

「ところで、こんな映像公開して大丈夫なのか? 魔法関連であれこれ荒れてる中」

「むしろ、今だからこそ」

「?」

「世間の注目を集めるチャンス」

「それはそうかもしれないけど……」


 まあ、過去一バズリそうではある。

 実際に魔法を使った華々しい戦闘が公開される訳だからな。

 それも、散々今までダンジョンを攻略したという実績のみの情報や、実際に動画で簡単な魔法を使うだけで焦らしていたスノウたちが。


「炎上したりしないか?」

「しないようにある程度は誘導する。後は元々の好感度の高さでなんとかなると思う」

「みんなが魔法使いたいって言ってるのに見せつけやがって! みたいな人出てこないかな」

「出るだろうけど、少数意見。そんなの気にしてたらこんな目立つことできない」

「そりゃそうか」


 そもそもそういう人が出てきたとしてもなんとでも言いくるめることはできる。

 なにせこちらのバックには実際に日本における魔法の管理をするダンジョン管理局がついているのだから。

 虎の威を借る狐というやつである。


 まあ、もっと言えばそもそも本来の魔法の出どころがスノウたちなのでそんな文句を言われても困るというものなのだが。


「魔法ブームに油を注ぐ形になりそうだなあ……」

「ブームの進行もそうだけど、魔法を使ったダンジョン攻略映像も遅かれ早かれ出てくる。なら私たちが第一人者としてお金儲けするしかない」

「強かだなあ」

「知ってるでしょ?」

「そりゃもうよくご存知です」


 ちらりとこちらを見上げてくる知佳は自信満々な表情を浮かべていた。

 4年前――どころか、20年近く前からこんな子と知り合ってたんだもんな。

 実質幼馴染みたいなもんだとわかってからも特に俺たちの関係が変わるということはなかったが、そう考えるとなかなかどうして、昔の俺も捨てたもんじゃないな。

 お陰で今の関係があるのだから。


 と。

 

「ねえ、知佳。これって気付いちゃったんだけど、あんたが悠真とそうやって楽しそうにしてる間――」

「お兄さまとイチャイチャしてても、フレアたちは混ざれませんよね!?」


 スノウとフレアが流石双子だと言わんばかりの息の合い方で振り向いた。


 俺はカメラに写れない。

 つまり、スノウとフレアに近づけない。

 それに気付いた二人が文句を言ってきたのだ。


 当の知佳はと言えば……

 ふっと小さく笑みを浮かべた。


「悠真の名前が出たところは全カットだから。撮れ高が減る」


 と言って、二人を焚きつけるのだった。


 ……強かだなあ……。 

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