第139話:樹海ダンジョン

1.


「うわー……とんでもないことになってるなぁ……」


 そのダンジョンの入り口は大勢の人でごった返していた。

 話は聞いていたが、まさかここまでとは。


「もうやる気なくした……帰りたい……」


 知佳が心底嫌そうな表情を浮かべている。

 今日は新たな構成で望むダンジョン攻略一日目。

 面子は俺、知佳、スノウ、そしてフレアの四人である。


 そしてダンジョンの通称は樹海ダンジョン。

 みんなご存知日本で一番高い山、富士山に存在するダンジョンである。


 やるべきことは幾つもあるが、息抜きも必要だろうということでダンジョンへやってきたのだ。


 ちなみにこのダンジョン、かなり珍しい特徴がある。

 それは入り口が二つ存在するという点だ。


 静岡側と山梨側。

 ダンジョンが誰に何を配慮したのか、何故かそのどちら側にも入り口が存在するのだ。


 それはともかく。

 

 このダンジョンは新階層が解放されていない、未攻略のダンジョンなのだが、その難易度がべらぼうに高い。


 たとえば新宿ダンジョン。

 俺たちが――というかスノウが攻略したあのダンジョンは9層にボスが居て、それまでの人類が辿り着いていた階層は8層までだった。


 つまり、現状人類が到達できる限界点がその辺りなのだ。

 恐らく未菜さんなんかは地図が読めさえすれば単独で9層まで辿り着けるとは思うが……

 

 まあそれは置いといて。

 で、樹海ダンジョンは3層までしか踏破されていない。

 これもまた10年前から存在するダンジョンなのに、だ。


 理由は単純。

 4層目のモンスターが新宿ダンジョンの8層目のモンスターの強さに匹敵するか、それ以上だと言われているからである。


 ダンジョンの囚われていた亡霊――アスカロンの言うことを信じるならば、俺たちはキーダンジョンを攻略しなければならない。

 そのキーダンジョンというものが結局何なのかはわかっていないが、難易度が高いというのは可能性として捉えるには十分な要素だと思う。

 入り口が二つっていうのも結構珍しいわけだしな。


 まあ、そもそもキーダンジョンが日本にあるという保証もないわけなのだが。

 アメリカや中国、カナダやロシアあたりにあってもなんらおかしくないし、どこかの発展途上国に存在する可能性だってある。


 今はとにかく様々なダンジョンに手を出すしかないだろう。


 新宿ダンジョンやお城ダンジョンの新階層を進めるのも案として出たが、毎回同じダンジョンだと中途半端に《慣れてしまって》》良くないのだそうだ。


 要するに慣れから来る油断がよろしくないという話である。


 という訳で俺たちは樹海ダンジョン――の、東京から近い山梨側にある入り口に来ているのだが、まあ人で溢れかえっていた。

 

「これだけ人が居たら目立ちそうだし、もう帰りたい。というか悠真の背負ってるアスカロンが既に目立ってるし」

「まあまあ」


 知佳が珍しくぶーたれるのも気持ちはわかる。

 人混みを特に苦手としていない俺ですらげんなりしているのだから。


 ちなみにアスカロンは一応包みに包んであるのだが、こんな如何にも武器ですって感じのでかい荷物を持っていたらそりゃ目立つ。

 特に今は探索者が注目されている時期でもある。


 フレアがかけている魔法によって、俺たちが誰なのかの認識まではできていないはずだが……

 まあ、誰なのかはわかっていなくてもでかい剣っぽいものを持ってたら人の目を惹くよな。


「面倒ね。フレアが火でちゃっちゃと追い払っちゃえばいいんじゃない?」

「スノウ、そんなことしたら私がお兄さまに嫌われてしまうでしょう?」


 俺が嫌うんでなければ躊躇なくやりますけどね、と言外にアピールしてるよなそれ。

 やめてよ?

 そういう暴力的な解決手段は望ましくないからね?


 このダンジョンは1層でもそこそこモンスターは強いらしいので、一般人の立ち入りは推奨されていないのだが、それでもここまで人が集まっているとなると新宿ダンジョンなんかは更にとんでもないことになっていそうだ。


 この人混みの面倒なとこは、恐らくダンジョンへ来ている目的がみんな魔力を覚醒させようとしている点にある。

 入ってすぐに出ていこうとするから、入り口付近の密集度がかなり高い。


 知佳から聞いた話なのだが、今、空前のダンジョンブームが来ているらしいのだ。

 と言うのも、この間あった襲撃事件の関連で、自分の身は自分で守ろうという流れがあるのだとか。

 ダンジョンへ入れば魔力が解放され、魔法が使えるようになる。

 これを知った人々が、とにかく魔法を使えるようにだけしておこうと殺到しているわけである。

 

 意外とダンジョンに入ったことがない人って多いんだよな。

 単純な話、修学旅行以外で特定の観光地へ行ったことないんだよねーっていう人が割とたくさんいるのと同じ理屈だ。

 好きな人がヘビロテするのも同じ。


 探索者という、仕事で来ている人がいるのはちょっと普通の観光地と違うところだが。


 結局、列に並ぶこと1時間ほど。

 ようやく俺たちはダンジョンの中へ入ることができたのだった。



2.



 樹海ダンジョン。

 読んで字の如し、中はまさに樹海といった感じである。

 鬱蒼としていて、ジメジメと湿気が多い。

 その湿気はフレアの魔法によって散らされているのであまり不快感はないのだが。


 あと、あくまでダンジョンが再現しているだけの樹海なので小さな虫とかがいなくて本当に良かった。

 アメリカの鉱石ダンジョンで見た蟻くらいでかければ一周回って平気なのだが、普通サイズの虫はどうしても駄目なんだよな。


「探索者ライセンスで早めに通してもらえるようにするべきね」

「新宿ダンジョンなんかは既にそうなってるんだけど、樹海ダンジョンは元々そこまで人が来るとこでもなかったからなあ……」


 スノウの愚痴に答える。

 何故あまり人気がないか。

 理由は単純である。

 モンスターが強いから。


 樹海ダンジョン1層に出てくるゴブリンは鍛えてない高校生くらいの強さらしい。

 これは何かの本で読んだ内容そのままの受け売りだが。

 ちなみにその本曰く新宿ダンジョン1層のゴブリンは中学校に上がりたての子程度の強さだ。


 普通に一対一で戦うには高校生程度の強さのゴブリンはちょっと手に余るだろうなというのが想像できると思う。

 囲んで叩けば大したことないのは恐らくどのダンジョンに出てくるゴブリンなどの弱めのモンスターに共通していることだ。


「流石に中まで入るとあまり人はいないのですね」

「それでもちらほらいるのはちょっと怖いもの知らずって感じだが……大丈夫かな」


 高校生程度のゴブリンが出る1層。

 ちらほらまともな武器らしきものも持っていない人がいるが……

 入り口で資格が要らない程度の簡易的な武器の有料貸し出しはあったのに、恐らくその貸し出し代をケチっているのだろう。

 結構高いからな、あれ。


「そこまで気にする必要もない。何かあったとしても自己責任。その為に混雑が加速することがわかってても入り口で誓約書を書かされるんだから」

 

 人混みや混雑、そして列に並ぶことが嫌いな知佳がご機嫌斜めである。

 まあ、言っていることは紛れもなく正論なんだがな。

 ダンジョンでは何かあっても自己責任。

 古事記にもそう書いてある。


「に、しても……」


 カチンコチンになって凍っているゴブリンを適当に叩いて砕く。

 後に残った魔石は袋へ詰め込んでおく。

 

「こんな調子じゃモンスターが強いんだか弱いんだかよくわからないな」

「多少強いって言ってもあたし達の敵じゃないわよ。1000倍くらい強くなってから出直して欲しいものね」

「そんなことになったらこのダンジョンもう誰も来ねえよ」


 ゴブリンが1000倍くらい強くなったら、俺が一番最初に遭遇したボスゴーレムくらいの強さになるのだろうか。

 今の俺ならアレも倒せるとは思うが、知佳だとまだきついだろう。

 汎用性の高いスキルもあるし、魔法もある程度は使えるがああいうシンプルに頑丈そうな奴相手には火力が足りない。


 防御力は……どうだろうか。

 知佳の影の防御、結構理不尽な硬さがあるからな。


 一度試したことがあるのだが、「影を破壊なんてできるわけないでしょ?」というトンデモ理論で俺が結構真剣に殴っても壊れない影の盾を作っていた。

 そもそもそんなことを言い出したら影で物理攻撃を防ぐってなんだよって話なのだが、そこら辺は都合よくできているのだろう。


 絶対に破れないというわけではないだろうが、相当な防御力があるのは間違いない。


 

 しばらく進んでいくと、俺たちは危なげなく2層目へ辿り着く。

 新宿ダンジョンで言えば大体3から4層目くらいの強さのモンスターが出るのだろう。


 まあ、これも当然のように問題ない。

 ゴブリンに混じって、でかい棍棒を持ったオークなんかも混ざるようになってきたがどいつもこいつも大したことはない。


 2層にもなれば1層以上に人を見かけなくなり、知佳がスキルを使っても目立たないので、モンスターの処理は基本的に<影法師>で行われることになった。


 どのみち新宿ダンジョン換算で3層から4層程度のモンスターではここにいる誰の相手にもならないのだが。

 綾乃なんかはまだまだダンジョンに慣れていないので、これくらいから慣らしていった方がいいかもしれないな。



 ダンジョンへ入って1時間と少し。

 新宿ダンジョンでは5から6層換算になるであろう3層も当然のように通り抜け、ようやく俺たちは4層へと辿り着いた。

 ここからは地図もろくにない、人類としてはほぼ未踏破の領域である。


 知佳が俺の腕についている腕時計を覗き見る。


「この攻略ペース、他の探索者が見たら泡吹いて倒れるんじゃない?」

「かもなあ」


 何事もなく散歩のようにずんずん歩いていけるのはやはり精霊の力が大きい。

 索敵が的確なので、危ない場面なんかはもちろんないし、もしそうなったとしても力ずくでゴリ押しできる。


 そもそも知佳の実力はそれこそWSRで50位以内の人たちとそう変わらない程あるのだ。

 魔力量ではまだトップ層に劣るが、スキルの有用性と魔法を扱えるという点はやはり大きなアドバンテージになる。

 その魔力量もまあ……時間の問題だしな。

 母さんがうちに来てからは目を盗んで隠れてやっているような状態なので、頻度自体は落ちているが。


 何がって?

 ナニがだよ。

 

「にしても、樹海ってダンジョンっぽいダンジョンだよな」

「何言ってんのあんた。ダンジョンはダンジョンでしょ」


 スノウが呆れたようなジト目で俺を見る。

 

「そりゃそうなんだけどさ、今までは新宿みたいな風景だったりビルの形してたり城下町っぽい感じだったりで、なんかあまりダンジョンっぽくないのも結構あっただろ?」


 鉱石ダンジョンや最初に落ちたダンジョンなんかも俺の中ではダンジョンっぽいダンジョンに位置するが。

 

「そういえば、この世界にはダンジョンが出現する前からダンジョンという概念があったのですよね? お兄さま」

「ああ、ゲームなんかに結構あったはずだ」

「なんでこの世界の人々はダンジョンがある前からダンジョンのことを知っていたのでしょう?」

「ん……」


 ん……?

 あれ、言われてみればなんでだ?

 なんかそんな話も昔テレビでやっていたような気はするが。

 偶然の一致っていう結論で終わったんだったか?


「たまたまダンジョンっていうものを最初に出した人の想像力と実物が偶然一致してたか、それとも何か事前に干渉があったか」


 知佳がさらりと言う。

 

「事前に干渉って……」

「お義母さんがそうだったんだから、絶対ないとは言い切れないんじゃない?」

「そりゃそうだけど……」


 あと、突っ込むのが怖いから触れないけど、今の「おかあさん」は「お母さん」であって、「お義母さん」ではないよな?

 母さんが来るようになってから、うちの女子メンバーたちがそういう些細なところでマウントを取るようになっているというか、積極的になっているような気がするのだ。

 俺の知らないところで外堀が埋められているような感じ。

 

 別に困らないが。

 むしろウェルカムだが。

 母さんには責任を取るって言っちゃったし。

 俺より賢い奴らがそれを画策しているというのが怖い。


「ま、それこそ知佳の言う通り有り得ない話でもないわね。あんたの言うダンジョンっぽいダンジョンだけが何かしらの干渉で伝えられてたのかも。あたし達にとってはどんなダンジョンもダンジョンよ」

「そうだとすれば、そういう細かいところで認識の差が出るのも当たり前の話か……」

「魔法や魔力って概念が一致してるのも気になる」


 納得しかけていたところに知佳がまた燃料を投下した。

 

「そんなことまで考え始めるとマジで意味わかんなくなるな……」


 事前に干渉があった説がどんどん濃厚になっていくぞ。

 そんなことを考えていると、くいっと袖が引かれた。

 フレアだ。

 

「お兄さま、オークやゴブリンとは違うモンスターが近づいてきます。かなりの鈍足ですが……」

「へえ?」


 樹海ダンジョンで確認されているモンスターは今の所オークとゴブリンのみだ。

 恐らく深いところへ潜れば新宿ダンジョンやお城ダンジョンのようにそのダンジョンオリジナルのモンスターが出てくるとは言われていたが、4層で出てくるのか。


 今までに来た人たちは4層の触りのあたりで引き返していたので、遭遇することがなかったのだろう。


 新階層ではないので素材をドロップするなんてことはなさそうだが、何か発見はあるかもしれない。


「よし、一旦様子を見てみよう。ヤバそうだったらスノウかフレアが対処を」

「わかったわ」

「わかりました」

「私は?」

「知佳は……とりあえず俺の後ろに隠れててくれ」


 そう言うと何を思ったか、知佳は俺の背中にしがみついて甘ったるい声を出す。


「お兄ちゃん、知佳のこと、守ってね?」

「やめろお前」


 不覚にもドキッとしてしまった。

 見た目のあざとさをフル活用してやがる。


 で、だ。

 しばらく待っていると現れたモンスターは……


「ゾンビ……だな」


 ボロボロの服を着た彷徨える死体。

 いや、実際にはモンスターなので死体というわけではないのだが、B級ホラー映画で見るようなゾンビって感じだ。


「別にどうってことなさそうだな……スノウ? どうした?」

「べ、別になんでもないわ」


 いつもだったら強気に「ふん! 大したことないわね!」とか言うはずのスノウが、若干青ざめた表情で後ずさりしていた。

 

 ……もしかして。


「お前、ゾンビ怖いのか?」

「全然怖くないわよ!!」


 必死の形相で否定された。

 どうやら怖いらしい。

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