第138話:予測される事
1.
襲撃事件から二週間が経った。
今の所、連中が再びモーションをかけてくるようなことはない。
ウェンディ達が言うには、あの結界を張るのにも相当な魔力量が必要なはずなので、次に同じようなことをしようと思ったところでどう短く見積もっても半年程度は期間を空ける必要があるそうだ。
で、一週間だけ我が家に滞在してその後は婆ちゃん家に世話になると言っていた母さんはまだうちにいる。
というか、俺が止めたのだ。
ぶっちゃけ、奴らがダンジョンの外に出てくるようなことはないと思っていた。
あの虚無僧も、外に出ることができないようなことを言っていたからだ。
もちろん転移石という保険を持たせるつもりではあったが、俺の目の前に現れた貞子もどきしかり、何の前触れもなく奴らは現れることがわかった。
基本的には肌身離さず転移石を持っていてもらうつもりではいるのだが、現実的にそれが厳しいタイミングもやはり存在する。
着替えのタイミングや、風呂に入って体を洗ったりしている時。
それから寝ている時だって難しいだろう。
この辺りのことはあらかじめ予測しておけという話なのだが……
単に俺の見通しが甘かった。
半年という猶予も予測に過ぎない訳で、長く実の子―つまり母さんから離れていた婆ちゃんたちには悪いが、何かあっても俺たちがすぐに助けに入れるようなところに居てもらうことにしたのだ。
なので現在、俺はうちのすぐ隣の土地を買い上げて家を建てている。
ちょっと変則的な二世帯住宅にするのだ。
最初は俺もそちらに住もうと思っていたのだが、その母さん自身の反対を受けてそちらに住むのは今の所は母さんだけという形になっている。
親離れしなさいとのことだ。
気を遣わせているという部分もなくはないのだろう。
ちなみに食事などはこちらに来て食べることになる。
近距離ならば結界を張られるようなことがあっても俺たちの内の誰かがすぐに察知できるし、無防備な時間帯は
この程度の距離ならば俺からの魔力供給を受けられなくなるということもないし、フルスペックで活動できるらしい。
母さんの方へ行くのは俺でも良いのだが、どうやらウェンディだけでなく――スノウたち他の精霊にとっても、
それだけでなく、俺の母親と仲良くなっておこうという打算を感じなくもないが……
その辺りを突っ込むと怖いのでやめておく。
それから、ダンジョンへ行く際の面子も変更した。
これまでは全員で潜っていたが、これからは俺と、精霊二人。
そして知佳か綾乃のどちらか、という基本的には四人の編成になる。
何故わざわざ人員を減らしたのかと言えば、何かあった時の為だ。
奴らが襲撃してきた時、俺が離れることによって弱体化しているとは言え、その状態でも上位探索者より遥かに強い精霊が二人。
守る為の戦力としては申し分ないだろう。
知佳と綾乃、どちらか一人というのは二人のうちどちらかには残ってもらわないと会社の仕事が回らないというのが一番の理由になる。
そして肝心のダンジョン組の方だが、最初の方針と違っているのは俺自身の戦力が大幅に変化したから、と言うのと転移召喚や転移石と言った安全策が多くあるからだ。
それらを加味すれば、俺、そして精霊二人、更に戦術の幅の広い知佳や綾乃の内から一人という四人でも十分以上に攻略を進められるという判断である。
もちろん場合によって増えたり減ったりするとも思うが。
極論、俺が精霊と同じくらいまで強くなったりすればお守りもいらなくなる訳だしな。
ただ、油断は禁物だが。
完全に力を使えていたはずの――精霊になる前の彼女たちは四人揃っていて、しかも他に仲間もいる状態で敗北しているのだから。
だから敵がこちらに干渉してくることが確定した今、キーダンジョンを探して攻略することと同じくらい俺が強くなることなんだよな。
俺が精霊と同じくらい強くなれば。
シトリーだけが覚えている、最悪の事態というのは回避できるかもしれないのだから。
まあ。
連中がシトリーたちの世界の崩壊(?)に関わっているのはほぼ確定だと俺は思っているのだが、どういう経緯を辿ってそうなったのかは未だに不透明なんだよな。
その辺りの真意もできるだけ探っていきたいのだが、そうなるとやっぱりあちら側の干渉を待つ必要がある訳で……
「……考えることが色々あるな」
難しいことは誰かに丸投げしたくなるのが俺の性分なのだが、こればっかりは俺がやるしかない。
親父や母さんのこともそうだし、精霊たちの件でも俺は連中に借りがある。
それを全て精算しないことには始まらないからな。
「スズキさーん、スズキ ユウタさーん」
そんなことをあれこれ考えていると、ようやく名前を呼ばれた。
スズキ ユウタというのはもちろん偽名である。
何故って?
ここは日本人なら誰でも知っている英雄、柳枝さんが入院する病院だからだ。
万が一にもマスコミや世間に情報が漏れると面倒だからね。
2.
「すまないな、お忍びのようになってしまって」
「いえ、割とこういうのも楽しめる人間なんで」
だってワクワクするだろ、偽名とか。
「だと助かる」
以前にも一度、転移石を渡す為に面会に来ているのだが、その時よりも元気そうになっているな。
極度の貧血状態で一時は生死の境を彷徨ったらしいが、全くそんな様子は見えない。
唯一。
右腕がないということを除けば、普段通りだ。
まあ、病院内だからかヒゲを全て剃っているという点と、髪型も普段のものとは違うので印象自体は結構違うのだが。
ヒゲ生えてないとこの人かなり若く見えるな。
別に生えてるからと言って老けて見えるという話でもないのだが。
ちなみに、柳枝さんが最初に運び込まれた病院はどこからか情報が漏れて笑っちゃうくらい様々な人が押しかけているので、既に二回転院しているそうだ。
ここはまだバレていないらしいが、退院が先かバレるのが先かという塩梅なのだとか。
「あ、お見舞いの品です」
「ああ、以前電話で言っていた君の故郷のものか」
スポンジで生クリームを包んだアレだ。
実は母さんとその話をした時に久しぶりに食べたいという話になったので取り寄せたのである。
柳枝さんに持ってきたのはその余りだ。
「はい。美味しいんで是非。柳枝さん甘いもの好きなんですよね?」
「よく意外だとは言われるがな」
まあ、意外っちゃ意外だよな。
見た目は渋いイケオジだもの。
「伊敷にも会ったそうだな?」
「はい、二日前に。忙しそうにはしてましたけど、元気でしたよ」
「まあ、俺もしばらくすれば戻るからな。そうなれば多少はあいつも楽になるだろう」
未菜さんが忙しそうにしていると聞いて少し笑みを浮かべた柳枝さんは言う。
ちなみに未菜さんは一日で退院した。
傷自体はすぐに治したものの、出血量はかなりのものだったはずだが、パワフルな人である。
「やっぱり職務復帰はするつもりなんですね」
思わず苦笑してしまう。
あんなことがあったのにまだ働くのか、この人は。
「最近ではやりがいも感じるようにはなっていたからな。それにいつまでも伊敷一人に会社を任せておくわけにもいくまい」
「その未菜さんは会社を放り捨てて俺のところに厄介になりたいとか言ってましたけどね」
「まったくあいつは……」
今度は柳枝さんが苦笑する番だった。
柳枝さんは冗談として受け取っているが、あれは半分本気のトーンだった。
俺としても本当にそうなった時に断る理由はないので、もしかしたらいつか本当に未菜さんが妖精迷宮事務所所属になるなんてこともあるかもしれない。
「そういえば……以前ちらりと話していた、君のお母様の手続きについてはどうなったんだ?」
「こちらで処理しました。大変な時期ですしね、ダンジョン管理局も」
流石に柳枝さんが居ない……というだけではなく、襲撃事件に関する対応に負われている管理局にそれを丸投げすることは憚られた。
まあ、こちらで、とは言ってもやったのはほとんど綾乃と母さん本人なのだが。
「にしても……本当に良かったな」
「前この話をした時なんて柳枝さん涙ぐんでましたもんね」
「歳のせいか、この手の話には弱くてな……」
照れくさそうに笑う。
甘いものが好きだったり意外と涙もろかったり、このおっさんちょくちょくあざといな。
こういうところも柳枝さんが国民的な英雄足り得る部分なのかもしれない。
映画でも甘いもの好きはピックされてたしな。
たとえその対象がおっさんであろうとも、皆ギャップが好きなのだ。
知らんけど。
「ところで、大統領から何か連絡はあったか?」
「え? 大統領からですか? 無いですけど……」
「アメリカの実力者も多く犠牲になっている上に、あちらは君がWSRで1位だということを把握している。もしかしたらなんらかの形で応援を要請してくるかもしれないぞ」
「応援……ですか?」
「強制まではしてこないとは思うが、受け入れざるを得ないような状況にされる可能性は多いにある。例えば、次に何かしらの襲撃があった時に君に対処を任せたりするようなこともあるかもしれない」
……受け入れざるを得ない状況なんてあるだろうか。
別に俺はヒーローになりたい訳じゃない。
自分の身内を守るので精一杯だ。
まあ、転移石を渡してある柳枝さんや未菜さん、そしてティナあたりが完全な身内かというとそうではないのであまり強くは言い切れないのだが。
アメリカと言えば、ローラだな。
彼女は襲撃を受けてもほぼ無傷で切り抜けたらしいが、それでも心配なものは心配だ。
今度ウェンディにアメリカまで飛んでいってもらって、転移石だけ渡して帰ってくればいいのだろうか。
そこまでする義理があるか? と言われると俺も首を傾げてしまうが。
やはり一度でも関わった以上、どうしても見捨てるのには抵抗がある。
「……もしかしてこういうところを突かれるのか?」
「君のお人好しなところをか?」
俺の考えていたことはどうやら柳枝さんにとってもお見通しであったらしい。
「俺がもしアメリカ大統領の立場で、皆城悠真という強力な存在に自国を守って貰おうと思ったら――確かにその性格に付け入らない理由はないな」
「ですよねえ」
自分でもわかっているのだが、多分これは生まれつき……というか、親父と母さんの影響なのでどうしようもないのだ。
なにせ父親が消防士で母親が警察官である。
別に極端に正義漢という訳でもないとは思うが、他の人に比べてそういう傾向が出るのは仕方がないと思う。
うん、仕方ない。
「後はそうだな、警戒すべき点は……女性関係だな。特に君の場合は」
「えっ」
「英雄色を好むとも言う。くれぐれも気をつけるように」
「……でもそれだと柳枝さんも色を好むってことになりません?」
「客観的に見て、俺と悠真君のどちらがより英雄的かと言えば君の方だろう。俺の場合は戦略的に作られた偶像の英雄だ」
全然そんなことはないと思うのだが。
確かな実績と実力があるからこその事である。
だが、確かに柳枝さんの周りに女性関係の影は全く見えないし(巧妙に隠しているだけかもしれないが)、俺の方はその辺筒抜けである。
真面目な表情で注意を促す柳枝さんに、俺はこれ以上何も言い返せなかった。
事実だもんなあ……
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