第137話:男の子だから仕方ない
1.
襲撃の3日後、報道された内容は衝撃的なものだった。
全世界で行方不明者が100名以上。
そして襲撃に巻き込まれた、一般人を含む死者数は最低でも300人以上。
死者数はまだまだ増える見込みだ。
そしてこの行方不明者の中の36名はWSR――|World Searcher Ranking《探索者ランキング》で50位以内に入っていた者だった。
これは各地で生き延びた人々の証言からもはっきりとしていることである。
入っていた、と過去形になっているのは、歯抜けになった順位分繰り上がりになったからである。
これによって未菜さんは3位に、そしてローラは5位になったそうだ。
未菜さんの元々の順位は4位、そしてローラの元々の順位は12位なので、少なくとも11位以内に7名の行方不明者が出ているわけだ。
元の順位で言えば、3位、5位、7位、8位、9位、10位、11位がいなくなっている。
ちなみにこの行方不明者は全員名前が公開されている。
というか、元の10位以内で名前が非公開なのは俺と未菜さん、そして2位の北米に住んでいる人くらいだ。
その名前までは流石に覚えていないが、3位は南米、7位と8位は中国の人で、5位と10位はヨーロッパ圏、9位はカナダ、11位の人がブラジルだったと思う。
この襲撃事件がどれだけの衝撃を世間に与えたかは計り知れない。
なにせ今やダンジョン産業は世界中で根付いているし、50位以内ともなればそれこそヒーロー扱いだ。
特に政府主導でダンジョン産業を牽引している国では顕著である。
ハリウッド俳優もかくやという程の知名度を有していると言ってもいい。
そんな彼らが行方不明――そうなっていない者も重症を負っている。
そんなことになれば当然、世界中で大騒ぎになる訳だ。
ちなみに、ローラはほとんど無傷だそうだ。
彼女の場合、相手に容赦をしなくていいのなら対人戦闘力はずば抜けている。
アホみたいな破壊力の銃に、それらを威力を保持したままストックしておける
どう考えても強い。
恐らく、今回奴らに連れ去られなかった人の多くはローラのように、順位に反映されない強さを持つ者だったのだろう。
そしてこれは未菜さんとローラの話、そしてスノウの憶測なのだが、恐らく10位以内にやってきた敵は他に比べて特に強力だったかもしれない。
ローラは強いが、未菜さんの戦ったスーツマンほどの敵相手にほぼ無傷で勝利というのは難しいだろう。
逆に、スノウはあっさりと瞬殺したがあの貞子みたいな奴は実際のところ相当大きな魔力を持っていたらしい。
そして、国がダンジョン産業に直接関わっていない日本でもかなりの大騒ぎになっていた。
実は、今回の襲撃でINVISIBLE――未菜さんが狙われ、その対応によって柳枝さんが重症を負ったという情報もどこかからかすっぱ抜かれていたのだ。
柳枝さんの腕は結局、元に戻すことができなかった。
少なくとも今は、だが。
綾乃の<
大方、彼が入院している病院関係者あたりが情報の出どころだとは思うが……
国民が大騒ぎしている理由は3つある。
1つは、ロサンゼルスのダンジョンを単独で踏破した、顔の見えない英雄――INVISIBLEが敵を無事撃破したという事実。
もう1つは、顔の見える英雄である柳枝さんが腕を失うという重症を負ったという事実。
そして最後の1つは、柳枝さんが倒した敵の死体が残っているという事実である。
他の襲撃者たちは撃破すると黒いモヤとなって消えたという報告が上がっている中、何故か柳枝さんの倒した奴だけ死体が残っている。
理由は戦った柳枝さん自身にもわからないようだ。
死ぬ直前に「自分は生身だ」と言っていたらしいので、依代を使わずに来たということはどうやら間違いない。
そもそも未菜さんのところへ向かった奴の監視役でしかない存在だったので、死んでも大丈夫な依代を使用しなかったのではないか、という辺りが今のところできる推測だな。
実際、敵の目的は実力者たちの拉致にあるようなのに、最後の最後にあのスーツマンは明らかに未菜さんを殺そうとしていた。
あの状態から拉致するのは難しいだろうから奴からすればそうする他なかったのだろうが、それにしたって浅慮なのは間違いない。
そういうのを止めるのが、柳枝さんの始末した奴の役割だったのだろう。
それはともかく。
未菜さんが敵を撃破した件、そして柳枝さんが重症を負った件という最初の2つはともかく、最後の1つである敵の死体が残っている、という話は厳重に情報統制が敷かれていたはずなのだがそれでもどこかからか漏洩してしまったらしい。
現在は日本が主導で司法解剖を行っているのだが、これにアメリカと中国が共同で進めることに名乗りをあげているとかそうじゃないとか……
まあこの辺りは俺も、なんならダンジョン管理局ですら関係ない話なのでなるようにしかならないだろうな。
俺が今できる事と言えば、身内に転移石を渡して万が一に備えることくらいなのだ。
2.
「という訳で、これが転移石です。んで、こっちが謎の種と、それが育ってできた赤い実です」
「キミはまたさらっととんでもないものを持ってきたものだね。研究者としての技量を敢えて試されてるんじゃないかと僕は邪推してしまう程だ」
「別にそういう意図はないんですがね……」
白衣を着た僕っ子ロリ巨乳……もとい天鳥さんが呆れたように溜め息をついた。
ここ数日はバタバタしていたので、お城ダンジョンで入手した戦利品を渡しに来るのが遅れてしまったのだ。
もちろん転移石は研究用と、彼女自身が使う用とで分けて渡してある。
合計で10セットだ。
大量にゲットしておいて良かったな。
「転移石とサラッと言ったが、つまりこれは転移できるということかい?」
「見る方が早いですね。そっちの石持って、そこで待っててください」
「わかった」
天鳥さんに石を持って貰って、俺は少し離れた位置に立つ。
「その石に魔力を込めてみてください。やり方はわかりますよね?」
「うむ、キミとの行為によって増えた魔力を使えばいいのだな?」
「……天鳥さんって結構変態ですよね」
「キミに言われたくはないな」
なんてやり取りを交わしつつ、天鳥さんの魔力が転移石に注がれたのを確認した――次の瞬間。
音もなく天鳥さんの姿がかき消え、次の瞬間には俺の目の前に現れた。
「おっと」
流石に自分が転移したのに驚いたのか、バランスを崩した天鳥さんがこちらへ倒れ込んでくる。
柔らかい、とても柔らかいものが胸の中に入ってきた。
何を隠そう、おっぱいだ。
神秘だよな、これ。
男の体と女の体で何故こうも違うのか。
神様ありがとう。
おっぱいを作ってくれてありがとう。
「うん、なるほど、こういう感じになるのか」
何故かおっぱいを押し付けたまま転移石をまじまじと見る天鳥さん。
それを諌める理由が1+1が3になる確率と同じくらい皆無なので俺はそのまま待つ。
「あまり驚かないんですね?」
「まあ、少しはびっくりしたけどな。キミが電話で内容を話せないようなものと言っていた時点で、何が来てもおかしくないとは思っていた。死者の蘇生方法を見つけた、と言われてもそこまで驚かない自信があるな」
「流石にそれは……あ、でも似たような話はありますよ」
そのままの流れで母さんのことを天鳥さんに話す。
「数奇な人生を送っているな、キミも。それを聞くと、そもそもキミがダンジョンへ落ちたことも必然だったのではと思ってしまうよ」
「…………」
「ん? どうかしたかい?」
天鳥さんは黙り込んだ俺の顔を見上げる。
それでおっぱいが擦れて気持ちよかったが、ちょっとそれどころではなかった。
ここ最近、ダンジョンで起きているあれこれは『敵』が関わっていることが多い。
母さんの件もそうだし、ロサンゼルスのダンジョンや、新階層も。
今回の襲撃事件もそうだ。
なら、俺はどうだ?
世界を滅ぼすことさえ出来そうな精霊を四人も召喚し、更に余裕まである俺は明らかにここ最近起きている<異変>の一種と言えるのではないだろうか。
そもそも俺だってその気になれば――東京を吹き飛ばすくらいのことはできる。
あの時、新宿ダンジョンでガーディアン相手に放った<魔弾>だって、本気でやった訳ではなく、物は試しという感じで言ってしまえば適当に放ったものだ。
もし<魔弾>をフルパワーで放てばどうなってしまうかは想像すらできない。
「ま、僕が言い出したことではあるが、そこまで気にしても仕方ないだろう。偶然というのは重なる時は重なるものだ。世の中の大半は偶然でできていると言っても過言でない」
慰めているのかどうか微妙なラインの話をした後、天鳥さんは俺から離れた。
しまった、物思いにふけっていたせいでおっぱいタイムを無駄にしてしまった。
……自分で言うのもなんだが、エロが絡むと著しくIQが下がっているような気がする。
良くないぞ、これは良くない。
でもしょうがない部分もあると思うの。
だって男の子だもの。
「今のところ転移石についてわかってることは、転移先に障害物があったらそれを避けるようにして転移すること、そして距離の制限は恐らくないこと、くらいですかね。少なくとも東京から愛知くらいの距離なら飛べます」
「ふむ……もしこれが一般に公開されたら大混乱だな。今ちょうど世間が混乱しているし、これに乗じて公開してみたらどうだい?」
「あんた何考えてんすか」
素でツッコんでしまった。
混乱に混乱をぶつけても収まるのではなく、さらなる混乱を招くだけに決まっているだろうに。
そんなことは天鳥さんもわかっているだろうから、流石にジョークではあると思うが。
……ジョークだよな?
信じていいよな?
「この転移石、たとえば片方の石を地中深くに埋めたりしたらどうなるんだ?」
「さあ……流石にそれは試してないのでなんとも」
「試すならキミくらいしかできないだろうな。肉体強度的に」
「……もしかしてやらそうとしてます?」
「必要なら頼むかもしれないな」
いやまあ、確かに俺がやるのが適任ではあると思うが。
最悪土の中にそのまま転移するようなことになっても、多分窒息死とかする前に自力で土を吹き飛ばして出てこれるし。
転移した瞬間に何かと重なっていると体がバラバラになる……とかだとヤバイかもしれないが、土やコンクリ程度なら俺の体の強度が勝るのでそれも問題ないと思いたい。
「で、こっちの種と赤い実だが……僕は植物学者ではないのでちょっとなんとも言えないな。苺のように見えるが、香りは桃のような甘さだな。味は……」
「ストーっプ!」
と躊躇いなく口に入れようとした天鳥さんの手を掴んだ。
「急にどうしたんだい? 情熱的に腕を掴んできて……欲情したのならあと数時間待って欲しいのだが。この研究所は17時が定時なので、最低でも3時間は仕事なんだ」
「いやそうじゃなくて! よくそんな得体の知れないもん口に入れようと思いましたね!?」
「大抵のものが僕たち人間に都合よくできているダンジョンで入手したものだろう? それに、苺の見た目に桃の香り――如何にも食べてくださいという、ダンジョンの意思のようなものを感じるじゃないか」
「研究者ならもっと思慮深くいてくださいよ!」
「冒険心がなければ研究者なんてやってられないさ」
せめてマウスとかで実験してからにして欲しい。
「それに、昔の人は明らかに毒々しい見た目のきのこや、なまこですら口に入れていたんだ。誰かが先駆者にならなければ新たな扉は開けないだろう?」
「天鳥さんなら言うまでもなく知ってるでしょ、そういう人たちがどんな目に遭ってきたか」
「今は医療も発達しているし、解毒魔法や治癒魔法を使えるキミの仲間もいるじゃないか」
「それは、それ、これはこれです」
「まったく……仕方ないな」
どうやらこの場で口に入れることは諦めてくれたようだった。
危うすぎるだろ、この人……
「とりあえず、実の方はともかく、転移石はできれば天鳥さんが一人で研究してほしいんです。理由は……言わなくてもわかりますよね?」
「僕のことは信用できても、他の研究員はそうではないということか。一応、僕の同僚……というか部下でもあるのだが」
「それはそうなんですけど……」
「冗談さ。キミの立場からすればそうだろうな。というか、僕は基本的には人を信用しないことにしているんだ。例外はキミと、知佳だけさ」
「知佳はともかく、俺もですか?」
「ああ、肉体を重ねることによって互いのことをより深く……」
「恥ずかしいって感情が欠如してたりしてます?」
これ、男女逆だったらセクハラだぞ。
逆でなくとも厳密にはセクハラなのだが。
一応、立場的には俺が雇い主で彼女が雇われという形になっているので逆パワハラで逆セクハラだ。
どんな状況だよ一体。
「それじゃ、そういう事なんて色々わかったら教えてください。その実、安全性がわかるまでは絶対に食べないでくださいね。食べてヤバくなったからって転移石で飛んできたりしないでくださいよ」
「わかってるさ。ところで、もう帰ってしまうのかい?」
「え? まあ、ここんところバタついてますし……何かあるんですか?」
「実は、例のスライムボールを使った新しい『プレイ』を試してみたいんだ。それにキミも根を詰めすぎるのは良くないんじゃないか? 女体で少しは癒やされるのも必要だと思うぞ?」
「プレイて。女体て」
ストレートだなこの人。
今日は知佳がついてきていないというのもあってか、やりたい放題だ。
いや、知佳がいても同じか……
こうなっては俺の相手が二人になるだけである。
「どうする?」
「…………仕事終わるの待ってます」
仕方ないじゃないか。
だって男の子だもの。
結果、スライムボールの用途がまた一つ増えたのであった。
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