第136話:敵の狙い

 掌で受け止めたレーザーがじゅっ、と音を立てて消える。

 ロサンゼルスで会った時は成すすべもなくこのレーザーに体を貫かれていたが、今度は違う。


 掌に魔力を集め、相殺したのだ。

 そもそも魔力量自体もあの時よりずっと多いしな。

 母さんの件もあるが、それ以前に日常的に魔力が増えるようなことをしていたからである。


「ウェンディ、未菜さんの治療を頼む。それと、手は出さないでくれ。あいつは俺がやる」

「はい、マスター。お気をつけて」


 これで大丈夫だろう。

 精霊の治癒魔法は死んでさえいなければなんとかなる。

 仮契約状態のスノウでさえ、死にかけた俺を完治させていたくらいだ。


 ちなみにそのスノウと、他の姉妹たちは万が一に備えて母さんや知佳たちを守ってもらっている。

 

 未菜さんは俺と少し会話を交わした後、気を失ってしまったようだ。

 限界まで気力を振り絞っていたのだろう。

 上半身と下半身が分断されている目の前のスーツマンは必死に修復を試みていた。


 悪趣味な印象を受ける紫色の髪の毛に、ぼこぼこと顔面の至るところにピアスを開けている。

 それでいて腕や脚はひょろ長く、そしてスーツを着ているという凄まじい違和感。

 だが、あの時よりもかなり……人間臭くなったように感じるな。


 何故こいつがロサンゼルスの奴と同一人物かとわかるって?

 こんな禍々しい魔力、俺が間違えるはずがない。

 あれだけ弄ばれ、死にかけ――はっきりと体が覚えている。


 突入してすぐに嫌な魔力を感じたので、ここへ真っ先に来たのだ。


「今のお前も依代ってやつか?」

「……運が良いんだか悪いんだか――あの女まで居るじゃねえか。ここで仲良く死ねやぁ!!」


 男は俺の質問には答えず、掌をこちらに向けてきて、一瞬遅れて極太のビームが発射された。


 心臓を狙う軌道のそれを、俺は魔力を込めた拳で払いのける。


「くそっ……出力が全然出ねえ……!!」


 ギリィ、と男は歯噛みする。

 未菜さんとの戦闘でほぼ死に体なのだろう。


 依代としての性能はロサンゼルスの時に比べてこちらの方が上っぽいように感じるが、ビームの威力はそう変わらない程度か、それよりも下かもしれないくらいだ。

 魔力を敢えて込めなくても、今の俺なら貫かれることすらないかもしれない。


 というか、ロサンゼルスで出会った時よりも強かったであろうこいつをここまで追い詰めるって、未菜さんも未菜さんでなかなかとんでもない人だよな。

 当時の俺は最後に一矢報いた以外では手も足も出なかったんだが……


「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 

 俺は一歩、男に近づく。


「ああ!? 答えるわきゃねえだろうが!!」


 ぎゃあぎゃあとうるさい奴だ。

 恐らくこの状態になっても生きているということは、これも依代なのだろう。

 だからこそここまで余裕を持っているということか。

 逆にそれがわかっていれば、俺も遠慮しないで済むわけだ。


「お前らは何の目的でこんなことをしてる?」

「知らねえな」


 知らない、か。

 どうやら答えるつもりはないようだ。


「22年前、お前らはこの世界に来てたか?」

「あァ……!!」


 突然毛色の変わった質問に顔を顰める男。


「んなもん、知らねェよ!!」

「そうか」


 嘘か本当か、俺は判断することはできない。

 関わっていることは間違いないとは思うのだが、実際こいつは知らない可能性もある訳だ。

 

 俺は男の目の前まで辿り着くと、長い腕に蹴りを入れて骨をへし折った。

 右腕だ。


「ぐッ……がぁッ……!!」


 苦悶の表情を浮かべる男。

 どうやら依代と言えども痛みはあるらしい。

 

「もう一つ聞く。10年前、ダンジョンがこの世界に出現したのはお前らの仕業か?」

「……知らねェな」


 俺を睨みつけて男が答える。


「そうか」

「がァ……ッ……くッ……てめェ……そこの女がいなきゃ何もできねえ雑魚のくせに調子に乗んじゃねェ……!!」


 もう一度蹴りを入れて、今度は左腕をへし折る。

 これでビームは撃てないだろうか。

 いや、油断はしないべきだろう。


 そこの女――というのはウェンディのことだろうな。

 反応的に俺のことは覚えていたようだが、当然自分のことを細切れにしたウェンディのことも覚えていたらしい。


「じゃあその雑魚に良いようにされてるお前はなんだ? プランクトンか何かか?」

「てめェ……次会った時はぜってぇ殺してやるからな!! 覚えときやがれ!!」

「そうか、よく覚えといてやるよ。その代わり、お前には伝言を頼みたい」

「あ――?」


 手に持っていた剣――アスカロンに魔力を込める。


「一番偉い奴に伝えとけ。何が思惑であろうと、お前らは俺が徹底的に叩き潰してやると」

「馬鹿が!! てめェなんぞ俺が本体で来りゃいっ――」


 男の言葉は最後まで続かなかった。

 首を落とされたあの貞子みたいな奴からして予想はしていたが、やはり首を斬られれば生きてはいられないらしい。


 まあ、そもそも依代を生きていると言って良いのかと言う問題はあるが。

 

 黒いモヤのようになって、男の体と首が霧散する。

 わかっていたことだが、やっぱり貞子みたいなあの女と同じ消え方だな。

 つまり、あの貞子もまだ本体は生きていると考えていいだろう。


「マスター、お怪我はありませんか?」


 ウェンディが俺の隣へ立つ。

 手を出すなと言われていたので今まで待っていたのだろう。


「ああ、全く。未菜さんは?」

「怪我は治療しましたが、魔力がほとんど空になっています。回復するまでは目を覚まさないでしょう」


 後ろを振り向くと、穏やかな寝顔の未菜さんが横たわっていた。

 あれなら心配ないだろうな。

 流石は治癒魔法だ。


「あいつの体、弱ってても相当硬かったからな。多分付与魔法エンチャントで叩き切ったんだろ」

「恐らく斬る瞬間だけに全力を注いだのでしょう。素晴らしいセンスです」

「へえ……」


 ウェンディが褒める程なのか。

 そういえば、精霊たちは付与魔法ができないんだよな。


 そもそもの難易度の高さはもちろん、付与魔法には膨大な魔力消費が伴うからだ。

 まあ、難易度の問題はダンジョンからドロップした素材で武器を作れば解決はされるが。

 未菜さんの場合は既存の武器でも付与魔法を使えるのでそこはあまり関係ない。


 斬る瞬間に付与魔法というのは一つの答えなのだろう。

 高い技量と瞬発力、そしてセンスが求められるのは間違いない話だが。



「……やはり君の魔力だったか、皆城君……相変わらず……大きすぎてわかりにくいな……」


 

 扉の方から声が聞こえて、そちらを振り向くとそこには柳枝さんが立っていた。


「や、柳枝さん、その腕……!」


 右腕がなくなり、血が滴っている。

 それ以外に目立った外傷はないが――

 どう見ても重症だ。

 意識も朦朧としているのか、焦点が若干あっていないように見える。


「ウェンディ、治療を!」


 ウェンディがすぐに駆け寄り、柳枝さんの治療を始める。


「何があったんですか!?」

「……変な奴が現れたので……こちらで対処しただけだ。伊敷は?」

「寝ているだけです」

「そうか……」


 ずるずると壁によりかかったまま柳枝さんはその場に崩れ落ちる。

 

「どうやら……血を失いすぎたようだ……申し……訳ないが……他の社員たちの安否を……」


 そのまま柳枝さんも気を失ってしまった。

 自分がギリギリの状態で他人を気遣うのか。

 柳枝さんらしいと言えばらしいのかもしれないな。


「ウェンディ、すまんが、頼む! 他に敵の気配はないよな!?」

「はい。既に風で他の方々の安否確認もしています。どうやら侵入者は二人いて、結界が解かれている事からも既にどちらも倒れているのは間違いないので、問題はないかと」


 お、おお……

 流石だなウェンディ。

 というか、柳枝さんは一人で侵入者を倒したのか。


 未菜さんでもギリギリだったのに……

 とは言え、こいつらの強さが全員同じくらいかどうかはわからないが。


「それより……マスター、すぐにでも救急車を」

「え、治せないのか?」

「失われた血は戻せませんし、失血死を防ぐ為に傷口を焼いています。治癒魔法は千切れた腕もすぐなら治せますが、ここまでとなると、私では……」

「焼いて……そうか」


 確かに、腕が千切れているにしては血の量もそこまで多くは見えなかった。

 焼いて止血していたのだとすれば納得の行く話だ。

 柳枝さんとしても決死の決断だったのだろう。

 恐らく、柳枝さんが負傷したのは俺たちがこのビルへ突入する以前。

 失血死するよりは傷口を自ら焼いてでも止血する方を選んだといったところか。


「シトリーや他の面子でも無理か?」

「……難しいでしょう」


 未菜さんの傷の方は欠損を伴わない上にすぐに対処できたので痕もほとんど残らないようだが、柳枝さんの方はそうは行かなかった。

 くそ……。

 あいつら、本当にどこまでも……!


 その後、管理局に救急車が到着し、未菜さんと柳枝さんは運ばれていった。

 

 そしてもう少し後になって、今回の襲撃は俺とダンジョン管理局のみならず、全世界の有力な探索者たちを狙ったものなのだと知ることになるのだった。

 

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