章間:アラサー消防士の俺が死にかけたと思ったら異世界にいた件
side???
「ほいっ」
パカァン、と小気味の良い音が森に響き渡る。
剣によって分断された薪がぽとりと地面に落ちた。
それを拾い上げ、俺は弓を携えるエルフの少女に投げ渡す。
長いサラサラの銀髪の髪に、とんでもなく整った容姿。
エルフってのは皆こうらしいから凄えよな。
ただし、背は小さい。
歳はそれなりに食っているようだが……
「ご苦労さまじゃの」
小さな体躯に似つかわしくない口調でエルフは俺に礼を言う。
「毎度思うけどよ、こんなもん魔法でやりゃあいいんじゃねえの?」
「皆が皆、おぬしのように優れた魔力を持つ訳ではないのじゃ。どんな時でも魔力を温存しておくに限る」
そう言いながら、魔法で薪に火をつけた。
言っていることとやっていることが一致していないのは彼女にとってはいつもの事だ。
それだけの大魔法使いだという事らしいが……
彼女の名はシエル。
シエル=オーランドだ。
なんでもエルフの姫様だか女王様だからしいが、真実はよくわからん。
「…………」
そしてそんな俺たちを見る寡黙な男は、立派な茶色いひげを蓄えたこちらもやはり小柄なおっさんだ。
小柄と言っても、前者のように幼いとまでは行かず、ただ身長が低いだけなのだが。
しかしこの体に巨大なパワーを秘めているのを俺は知っている。
ドワーフ族と言って、手先が器用なだけでなく凄まじいパワーも持っているのだ。
エルフはある程度歳を取ると見た目が10代から20代の年齢で固定されるらしいが、ドワーフは40~50くらいの見た目で固定されるらしい。
どちらも長寿ということには変わりないが、見た目は大きく異なるわけだ。
彼の名はガルゴ。
俺の持つ武器をこさえてくれたのもガルゴだ。
そんな中、ガルゴが不意に視線を他所へ向けた。
その目つきは鋭くなっている。
「……いるぞ」
短い警告。
しかしそれだけで俺たちは異常事態を察知した。
葉と何かが擦れるような音が耳に届く。
「シエル」
異常事態を短く警告する。
「当然、気付いておるわい。厄介なのが来たようじゃの」
シエルは油断なく短い棒きれ――じゃなく、魔導杖を構えた。
赤紫色の石が杖の先には埋め込んであり、杖本体に刻まれた魔法陣との併用で魔法の威力が上がるとかなんとか聞いている。
「ガルゴ、頼むぜ」
俺は大ぶりの剣を構える。
元は刃渡り1メートルもない剣だったのが、構えるのと同時に全体で2メートル近い、分厚い刃へと変化する。
魔剣と呼ばれるものの一種らしい。
「……右側からやるぞ」
ガルゴが構える盾とメイスも同じく魔法の力が関わっているもので、構えるのと同時に適切な大きさへと変化する。
とは言え、小柄なおっさんだとは言え、その体をすっぽり覆い隠すほどの盾が適切かどうかはわからんが。
俺の剣も、180ある俺よりでかい訳なのでやっぱり適切かどうかには疑問が残る。
姿を現したモンスター達は、狼型のものだった。
ただし当然、普通の狼ではない。
体長が3メートル以上はあろうかという巨大さに、角が生えている。
「雷獣種じゃの。雷を操るウルフじゃ」
「厄介だな」
雷属性ってのは厄介だと相場が決まっているのだ。
速くて強い上に、ビリビリ痺れるときてやがる。
「いつも通りガルゴが防御し、わしがおぬしを援護する。そいつで仕留めるんじゃ」
「あいよ、任せときな」
「…………」
ガルゴがまず動いた。
デコイとか言うモンスターの注目を集める魔法を使っているので、狼達の視線はそちらへ誘導される。
そして当然、魔法の効果によって引き寄せられた狼達はガルゴへと飛びかかる。
3メートル以上の大きさのモンスターが一度に4体も襲いかかれば、普通はひとたまりもない。
が――ガルゴは普通ではないのだ。
ガイン、と大きな音を立てて1体目を2体目の方向へ弾き、3体目はメイスで頭を叩いてよろめかせ、4体目は再び盾を用いて、余裕のある防御をする。
俺も地面を蹴って飛び出す。
狙いは3匹目の、よろめいているやつだ。
それ以外のやつはシエルとガルゴがなんとかしてくれる。
体勢が整っていないモンスターを大剣がザンッ、と無慈悲な音と共に両断する。
手に伝わる嫌な感触は、10年経ってもいまいち慣れないな。
最初にガルゴが弾いた2体が俺の方を向いて、角をバチバチとさせる。
「そのまま行くのじゃ!」
シエルの声が後ろから届き、俺はそれを信じて突っ込む。
やがて、角から雷撃が発射されるが――
背後から飛来した岩の弾丸がそいつを受け止めて弾けた。
「はぁっ!!」
結果、俺は2体まとめて両断することに成功する。
最後の1体は、ガルゴがその頭を砕いたところだった。
「ふー……よしよし。とりあえず掻っ捌いて肉にしようぜ、肉。ちょうど飯時だしよ」
「最初の内はモンスターを捌く度に気分を悪くしておったのに、逞しくなったもんじゃのう」
「そりゃあ俺だって人の親だぜ? いつまでも情けない姿でいられるかってんだ」
「おぬしの子じゃと、どれだけふてぶてしいのか想像するだけで嫌になるわい」
「いつか会わせてやるさ」
俺はそう言いながらモンスターの死体の処理を進める。
ちゃんと血抜きしないと臭くなっちまうからな。
「じゃが、おぬしの言い分を信じるのならその息子とやらは異世界にいるんじゃろ? 本当に信じておるのか? ――ダンジョンの最奥は異世界に繋がっておるというお伽噺を」
お伽噺、か。
「そりゃ信じるさ。なんせ、俺がそのダンジョンにいる時にこの世界――異世界に来ちまった人間なんだからな」
「おぬしも酔狂な人間よのう――カズマ。10年前に、腹に穴の空いた人間が空から降ってきた時も驚いたもんじゃが……」
「あの時は本当に助かったぜ。絶対死んだと思ったからな」
「普通は死んどるわい。人間にしては魔力が多いようじゃから、その分体も丈夫だったんじゃろうな」
俺達が話している間、黙々とモンスターの処理を進めていたガルゴが口を開く。
「オレも……カズマのいた世界へ行ってみたい。魔法も無いのに大きな金属の塊が空を飛んだり、馬も魔法も無しで自動で走る車があるのだろう?」
「ああ、あるぜ。ちっこい人間が箱の中で面白いことをするテレビってのもある」
「な、なんじゃそれは……虐待じゃないのか?」
シエルがドン引きしている。
「実際は別のとこの映像をその箱に映してんだけどな。いや、もう今頃は箱っつうか板みたいなもんになってんのかな」
「益々意味がわからんのう……」
まあ、テレビに関しては実際見ないと分からないだろうな。
俺にとっては生まれた時からあるもんだが、こっちの世界の人間にとっては違う。
わかりやすく言うなら、俺にとっての魔法みたいなもんだ。
俺だって自分がそれっぽいもんで死にかけてなきゃ、信じなかったかもしれないしな。
それに――
「石になった人間を治す魔法、使えるんだよな? シエル」
「ああ、そういうモンスターもいるからのう。ただし、ダンジョンから出る魔石に変化した人間も戻せるかどうかはわからんぞ?」
「それでも頼む」
一縷の望みでもあるのなら、俺はそれに賭けたい。
「おぬしは本当に妻一筋じゃのう。羨ましくすら思うわい」
「おっと、俺に惚れると火傷するぜ?」
「誰がおぬしのような中年に惚れるか。わしはもっと若い見た目の方が良いのじゃ。後はそうさの、わしより強ければ文句はない」
「中年て……これでも何故か10年前から見た目は変わってないんだから、そんなおっさんぽくはない……ないよな? そう信じたいんだが。てか、あんたより強い奴なんてそうはいないと思うぜ、シエル」
どころかこの魔女、世界最強だとすら言われているらしいからな。
「おぬしの魔力量も中々のもんじゃし、おぬしの息子あたりが案外いい線いっていたりするかもしれんぞ?」
「俺に似てナイスガイになってるかもしれないしな」
悠真か。
あいつ、今頃何してるんだろうか。
悠――母さんの件はあいつにゃ黙っているから知らないままだろうが、俺まで居なくなっちまって寂しい思いをしてないだろうか。
「……早く帰んねえとな。置いてきちまったもんが多すぎる」
その為に、まずはダンジョンへ挑もう。
懐かしきあの世界へ戻る為に。
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