第131話:憎悪
1.
親父の他に、ざっと見る限り11人程の屈強な男たちがダンジョン内にはいた。
有志でダンジョンに飲まれた人々を助けに来た人間だ。
今でこそ誰でも無茶な行動だとわかるような世界になったが、当時は体を鍛えている成人男性や、適切な戦闘訓練を積んだ自衛隊などなら問題なくダンジョン内部も探索できると考えられていたのだ。
いや、現在でもある程度の階層までは全く通用しないという事もないのだが……
突如現れた未知のモノに対して、国が自衛隊を動かすという判断を下したのは、親父たち含め、全国で有志たちが犠牲になった後だったのだ。
そして結局、その自衛隊の動きもほとんど意味なく終わってしまったのだが。
その後、未菜さんや柳枝さんと言った選りすぐりの才能――つまり魔力を持つ者たちによってダンジョンが攻略されるまでは、日本ではほとんどダンジョンに手が出なかったのだ。
ちなみに、海外諸国も似たような状況だったのだが、アメリカと中国はいち早くダンジョンの攻略を進めていた。
特にアメリカはスキルを持って生還した男がいたということもあり、彼の活躍は目覚ましいものだったと言う。
……まあ、そんな彼でも命を落とすまでに攻略できたダンジョンの数は2つなのだが。
ちなみに現在、攻略数の最高記録を持っているのは未菜さん――日本人のINVISIBLEということになっている。
お城ダンジョンと、日本国内でもう1つ。
九十九里浜も未菜さんが関わっていることになっているし、ロサンゼルスのダンジョンも彼女ということになっているので合計で4つだ。
スノウを召喚した時にすぐに記録を塗り替えることになるとか言われたが――まさか本当にそうなるとはな。
というか、人類最高峰の実力を持つ未菜さんでも本来は2つしか攻略できていないのだ。
九十九里浜を含めたとしても3つである。
幾ら鍛えているとは言え、一般人が立ち入れるのは精々2層あたりが限界だろう。
特にお城ダンジョンは難易度が高かったらしいし。
当時のニュースでも、2層あたりで全滅したと考えられる、と報道されていた。
俺たちは手出しできない過去の映像。
今俺たちがそれをわかっていても、彼らを止めることはできない。
「よし、やっぱりちゃんと準備してればなんとかなるぞ、迷宮都市!」
親父と一緒にダンジョンに潜っている屈強な男たちの内の一人が叫んだ。
そういえば――初期はこのお城ダンジョンは迷宮都市と呼ばれていたな。
海外でダンジョン呼びが定着し、いつしか日本でもダンジョンと呼ぶのが普通になっていたが元は迷宮と呼んでいたのだ。
中でも新宿ダンジョンやお城ダンジョンのような内部が町のようになっているところは迷宮都市と呼ばれていた。
「そうやって油断した奴からひどい目に合うってのが、映画なんかだと定番だよなあ」
親父が茶化すように言う。
「げ、そういうこと言うなよなー」
恐らく、緊張感があるからこそ、だろう。
なるべく会話が途切れないように互いに気を使っているように見える。
今のところは全員でモンスターに適切に対処できている。
率先して先頭を歩いている親父も、刺股という一見殺傷能力のない武器でモンスターを意外と器用に倒しているようだ。
「にしても、この石、変な感じだよなあ。モンスターを倒したら残ってるけど、何に使うもんなんだか」
「……さあな」
親父は仲間が持つ魔石を見て少し眉をひそめた。
これは――気付いているんだろうな、多分。
母さんの体が変化した石に似ている事に。
あるいは、全く同じものであるということにも気付いているかもしれない。
まだこの時点で魔石の存在は報道されていなかったはずだ。
確認はされていたとは思うが……
まあ、モンスターから出てくる変な石なんて、正体がわからなければモンスターそのものや迷宮と言った大きな話題に比べればちっぽけなものだしな。
しかしこれを見てる限りじゃ、3層くらいで強めのモンスターに当たっても逃げれそうには見えるぞ。
というか、予想以上に連携が取れているので3層のモンスター相手でも全く戦えないということはなさそうだ。
どうやら知佳も同じことを思ったようで、
「どこかでモンスター部屋に飛ばされたりしたのかも」
「……今のところ順調に見えるよな」
「誰かが突出したりする様子もないし、皆落ち着いてる」
そう。
今の所、全滅してしまうようには見えないのだ。
何かしらのアクシデントがない限りは。
そんなことを考えていると――
「――あ」
かなりの速度で迫りくる何かの衝撃波が、親父の後ろを歩いていた一人の男の首を刎ねた。
俺の目には今のが見えていたのだが、どうやら知佳と綾乃には見えなかったようだ。
「……!」
「ひっ……!」
流石に目の前で人の首が飛んだともあって、ショックを受けたのか知佳がぎゅっと俺の腕を掴む。
綾乃は腰を抜かしてしまったのか、その場にへたり込んでしまった。
だが、俺はそれに構っているだけの余裕がなかった。
「避けろおおおお!!」
俺は叫ぶ。
もう見えていたからだ。
次の攻撃が来るのを。
だが――俺の声は過去に届かない。
成すすべもなく全滅……はしなかった。
「なっ……んだこれ……!!」
親父は周りで血みどろになって倒れる仲間たちを絶望的な表情で見回す。
親父だけが、俺の声がまるで聞こえたかのように全ての衝撃波を躱していたのだ。
いや、仮に俺の声が聞こえていたのだとしても全てを躱すことはできないだろう。
つまり、なんだ?
一級探索者に認定される知佳ですら見えなかった攻撃が――親父には見えていた?
そんなことがあり得るのか?
ダンジョンに入るのはこれが初めてのはずだし――
いや、待て。
もしかして親父は母さんの影響を受けて魔力が増えていたのではないだろうか。
ダンジョンに入ってから魔素を取り込み、魔力が覚醒し……今に至ると。
「おやぁ……この世界は魔力を持つ人間が基本的には居ない……と聞いていましたがぁ……貴方、明らかに普通じゃあないですねぇ……」
ちりん、と鈴の音を鳴らしながらそいつは親父の前に現れた。
虚無僧……というやつだろうか。
籠のようなものを頭に被り、全身を白い装束で覆っている。
手には錫杖を握っている。
声からして男だが――
「……お前さん、生き残りか? それともモンスターの一種か?」
親父はまだこいつが敵かどうかを測りかねているのだろう。
俺にはわかる。
こいつは、ロサンゼルスのダンジョンで出会ったスーツの男。
そして新宿ダンジョンの新階層で遭遇した吸血鬼。
奴らと同じだ。
過去の映像から魔力を感じることはないはずだが――それでもなんとなくわかるのだ。
「親父! そいつは敵だ!! 早く逃げろ!!」
声が届かないとわかっていても叫ぶ。
いや、わかっているのはそれだけじゃない。
今の攻撃を避けられるほど魔力のある親父が、何故ダンジョンで命を落としたのか。
それは今から――
2.
「モンスターの一種……まあ、そちらから見れば似たようなものかもしれませんねぇ……」
気だるげに虚無僧の男は語る。
「全く、このダンジョンも座標からはそれなりに離れているようですし、このようなイレギュラーは発生するしで、仕事が無駄に増えていますねぇ……ああ、億劫だ」
「……座標? ダンジョン? 何を言ってるかわからんが、お前さんがまともじゃないって事だけは俺でも分かるぜ」
どうやら親父もこいつのことを敵だと判断したのだろう。
刺股を虚無僧に向ける。
「まさか、さっきの訳のわからんソニックブームみたいなのもお前さんの仕業か?」
「やっぱり見えてたんですねぇ……」
シャン、と音を鳴らして虚無僧が杖をついた。
その瞬間、先程の衝撃波が親父に襲いかかる。
「うおっ……!!」
だが、どうやら俺が想定している以上に親父の魔力は多いらしい。
それに、身体能力の強化も無意識にやっているレベルにしてはかなり高いようだ。
今の距離でも、ギリギリではあるがちゃんと躱していた。
魔力を感じられず、体の動きから判断するしかないので断言はできないが、未菜さんクラス……とまでは行かずとも、柳枝さんくらいの魔力はあるかもしれないぞ、これ。
「テメェ……!!」
ギリッ、と親父が歯ぎしりする。
激怒している。
初めて見る表情だ。
「人の命を何だと思ってやがる……!!」
「今のも避けますかぁ……まさか貴方が座標だったりしますか? それにしては魔力が弱いようですが……そもそも××××が仕込みをした人間は魔石になっているはずですからねえ」
――は?
魔石になっている?
仕込み?
「またか……!!」
ミシ、と頭の奥で何かが軋むような音がした。
目が熱い。
耳が熱い。
脳が熱い。
「またお前らなのか……!!」
もし今、過去に干渉できたとしたら。
俺は魔弾を躊躇なくこいつの顔面に叩き込んでいただろう。
激しい怒りに脳髄を焼かれながらも、俺はギリギリで踏みとどまっていた。
「……悠真」
「……ああ、わかってるよ」
知佳に腕を引かれ、俺は深呼吸する。
これは過去の映像だ。
落ち着け。
ここで暴れたって何にもならない。
知佳や綾乃が無駄に危険な目に合うだけだ。
そして俺がそうしている間、親父は虚無僧を大きく目を見開いて凝視していた。
「……魔石ってのは、まさかこれのことか?」
親父は魔石を虚無僧に見せる。
「そうですが?」
虚無僧は何でもないような事のように答える。
だが、それは親父の逆鱗に触れるのに十分な答えだった。
「――ってぇ事ぁ、なんだ。テメエの言う座標ってのは、悠のことか」
魔石についての知識や、こいつらについての前知識がなくても話している内容からそこまでは推測できたようだ。
座標というものが何なのかは俺にもわからないが――
こいつらが何かしらの悪意を持って、母さんに魔素を取り込まさせたのはどうやら間違いない。
「この世界の人間の名前に興味はないですが――12年前に妊婦だったのならそうでしょうねぇ」
――12年前?
「……初めてだ。誰かを殺したいと思ったのは」
「ああ、座標のお知り合い……もしかして旦那さんですか? そりゃあ、ご愁傷さまですねぇ。この世界にはアレを治す方法はないでしょうし……」
「治す方法があんのか」
「単純な話、魔力を放出させれば元に戻りますよ? まあ、体が魔石に変化するほど莫大な魔力なので……そのまま放出するとそこら一帯は吹き飛ぶかもしれないですけどねぇ」
「魔力だ……? つまりお前は治せるのか」
「治す理由がないですし……」
「茶化すんじゃ――」
親父の言葉はそれ以上続かなかった。
胸に大きな穴が空いたからだ。
俺は――見えていた。
今の攻撃が。
だが、何もできなかった。
何をすることもできなかった。
夥しい量の血が溢れる。
誰もそれを治すことはできない。
俺も――知佳も、綾乃も。
「く、そが……」
ずるずると親父の体から力が抜けていき、その場に倒れ込む。
「あーあ、喋りすぎちゃったかなぁ。叱られるの嫌なんで、ちょっと死んどいてもらえますかねぇ……」
「た……む……」
「ん?」
「た……のむ……病……気を……治し……て……」
親父は既に気を失いかけているのだろう。
うわ言のように呟いていた。
それを聞いた虚無僧は――
「はっ」
それを鼻で笑った。
「殺したいほど憎い相手に恥ずかしいと思わないんですかねぇ……ああ、死んじゃいましたか」
虚無僧はくるりと踵を返す。
「さて、まだダンジョンから出られそうにはないですし……座標まで届きそうもないですから、一旦帰りますかねぇ」
ちりん、ちりん、と錫杖を鳴らして歩き出す。
俺はそんな奴の背中に向かって言う。。
聞こえないことはわかっている。
見えないことも。
だが、それでも言わずにはいられなかった。
「――必ず殺してやる。お前だけは、絶対に」
パキン、という音と共に、世界が――幻想の世界が割れた。
そして、時間は現代へと戻る。
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