第129話:幼年期
1.
「悠真~いい子にしてたか~?」
玄関から満面の笑みで現れた親父。
ツンツンした黒髪で、筋肉だるまで如何にも体育会系なノリで幼少期の俺に抱きついた。
「うざい! じょりじょりする!」
「う~りうりうりうりうり」
ショタな俺くんのデリケートな肌に、朝剃って出かけていっても夕方には既に生え始めているチクチクするひげが炸裂する。
「ふん!」
「ぐおう!」
スパン、といい角度で俺の掌底が入った。
6歳くらいの腕力だからこの程度で済んだが、もうちょっと大きくなったら脳震盪が起きてもおかしくない角度だったぞ、今の。
「父さん悲しいなあ。お仕事頑張ってきたのに……」
わざとらしくしょんぼりする様子を見せる親父を幼少期の俺はガン無視してスイーツをまた食べ始めた。
多分、男の子でも女の子でもこれくらいの子と父親の距離感ってこんなもんだよな。
「もう、お父さん、まず手を洗ってうがいしてきなさい。悠真でも毎日ちゃんとやってるのに」
「んむっ」
呆れた様子で言う母さんに、何故か俺が反応した。
「……悠真? ちゃんと手洗いうがいしてるわよね?」
「し、してるし」
目が泳ぎまくっていた。
絶対してない。
というか、してなかった記憶がばっちりある。
「お父さんと一緒におててきれいきれいしてきなさい」
「はーい……」
「ふはは、父さんが先だな!」
「あ、ずるい!」
「家の中を走らない!」
ドタドタと親父とショタな俺が洗面所の方へ走っていく。
まったく……
見ているのが『今の俺』だけならまだしも、知人も一緒に見ているということで尋常じゃないくらい恥ずかしいのだが。
「元気なお父さん」
「まあな。毎日あんな調子だったよ」
よくお隣や下の階の部屋の人とかから苦情が来なかったもんだ。
逆に騒音被害に悩まされた記憶もないので防音がしっかりしていたのかもしれない。
にしても……いつまでこれを見ていればいいのだろうか。
「どうせ過去の映像を見るんなら、母さんの体が魔石になり始めた辺りから見ることができれば原因も突き止めることができたかもしれないのに、なんで今なんだろうな
「どうなんでしょう……全く意味がないとは思えないんですけど……」
「だよなあ」
何かしらのヒントがあるはずだ。
しばらくすると、悠真少年はテレビに夢中になり始めていた。
アニメを見ているようだ。
赤い鬼と青い鬼と黄色い鳥みたいな鬼の出てくるアニメ。
このアニメの対象年齢が幾つかは知らないが、こういう子供っぽいところをまじまじと知人の前で見られると恥ずかしくてしゃーないんだが。
アニメを真剣に見ている俺を、更に眺めている両親。
そしてそれを見ている今の俺たち。
なんとも不思議な構図である。
――と。
「っ……」
母さんが突然胸のあたりを抑えて顔を顰めた。
それと同時に、めまいのようなものを感じる。
「……?」
どうやら知佳と綾乃も同時に似たような現象を感じたようで、不思議そうにしていた。
なんだったんだ……?
親父はちらっと過去の俺の方を見て、こちらに注目していないことを確かめると小声で喋り始める。
「発作か?」
「そうみたい……ごめんお父さん、薬取ってきてもらえる?」
「あ、ああ」
いつも俺の前では元気な顔しか見せなかった母さんが弱っている姿。
そしてアホみたいにテンションの高い親父がおろおろしている姿。
どちらも俺が見たことのないものだ。
台所の方へ薬を取りにいった親父の後ろを知佳がとことことついていき、戻ってきた。
そして小声で――小声である必要は恐らくないが――俺に報告してくる。
「ただの痛み止めだった。何か特別な薬とかは出てないみたい」
「あ、なるほど……」
そこまで頭が回らなかった。
薬にヒントがある可能性も無きにしもあらずなのか。
錠剤を水で流し込んだ母さんがしばらく目を閉じる。
「……うん、そろそろ夜ご飯作らないとね」
「俺が作ろうか? もう動くのも辛いだろ」
「大丈夫。私は……いつ動けなくなるかもわからないから、それまでは悠真に手作りのご飯食べさせてあげたいの」
「…………そうか」
親父は何かを言いたそうにしていたが――母さんの表情を見て言うのをやめたようだ。
まさか、俺がアニメに夢中になっている間にこんなやり取りが行われていたとはな。
当時の俺がそれに気付いたところで話している内容を理解できたかと言うと怪しいところだが……
「……今まで何も知らずにいたってのは、罪悪感を覚えるよなあ……」
「むしろそうじゃないと困るでしょ?」
「そうですよ、お父さんとお母さんがわざわざ内緒にしてたんですから」
知佳と綾乃はフォローしてくれるが、それはわかっていても、というやつだ。
我ながら女々しい話である。
なんてことを考えていたら――
――ふっ、と。
音もなく場面が切り替わった。
先程まで家の中にいたはずなのに、今度は病院の待合室のようなところにいた。
「えっ……」
「じいの病院だ」
急に切り替わったことに俺が戸惑っている中、知佳は冷静に辺りを見渡して結論づけた。
お前お祖父ちゃんのことじいって呼んでるのか……というのはとりあえず置いといて。
「なんで急に場面が……」
「不必要なところは省いてるのか……それともランダムなのか」
「なんとも言えないですね……」
母さんが待合室のソファで雑誌を読みながら順番を待っている。
そして俺は――
待合室から見える位置にあるキッズスペースで積み木をして遊んでいた。
「はぁ゛っ!! かわい゛い゛!!」
綾乃が怖い。
先程も見たので慣れてほしいものだ――と言いたいところだが。
これ、あれだ。
さっき見たのより更に昔だ。
俺の背が小さい。
多分、3、4歳と言ったところか?
逆算すると母さんの体が石になり始めたのは俺が2歳頃のはずなので、この時点でも結構病の進行はしているのだろう。
そして、キッズスペースにはもう一人。
表紙に赤ずきんちゃんが描かれている絵本を読んでいる――
「知佳……だよな?」
「そう」
こちらもやはり3、4歳の知佳がいた。
「知佳ちゃんもかわいい~! 二人まとめてお持ち帰りしたいです!」
「だから駄目だって」
しかし3歳だか4歳の時点で既に若干ふてぶてしい顔つきの俺はともかく、知佳の方は確かに可愛らしい。
今も(本人に言うと怒るが)容姿としては幼めの部類に入るとは言え、流石に本当にロリ時と比べると全然違うな。
おかっぱ風の髪に、やっぱり眠そうな目。
全体的に丸っこい。
太っているという意味ではなく、幼さ特有の丸っこさだ。
綾乃みたいに持ち帰りたいとまでは思わないが、写真くらいは撮っておきたくなる。
写らないのが残念だ。
というか、改めて見るとばっちり今の面影があるな。
記憶の中では何故か男の子だと思っていたのだが、本当に何故なのだろうか。
男だと思っていたというカミングアウトで知佳が戸惑うのもわかる。
どう見ても女の子だ。
多分、この頃の俺はスカートを穿いてなければ男の子、とかそんな感じの雑な認識を持っていたのだろう。
今も知佳はスカートを穿くことは滅多にないが。
「なあ――」
少年、というか幼年悠真がロリ知佳(今もそうだが)に話しかける。
「おまえ、じゃまなんだけど。かあさんにいっちゃうぞ」
……!
おい
初対面(?)の子になんて口ききやがる!
しかも「かあさんにいっちゃうぞ」て。
100お前が悪いからな?
そんな生意気すぎる幼年悠真を見たロリ知佳は……
「…………」
ちょっと眉をひそめただけでまた絵本の方に視線を戻した。
まるでてめえなんぞ眼中にねえと言わんばかりに。
「あ~、気まずい出会いだったんですね~。悠真くんも知佳ちゃんもかわいいなあ。ほっぺぷにぷにしたいなぁ」
ショタとロリな俺たちの前でうっとりしてしている綾乃はほとんど自分の世界にトリップしているようだ。
そして眼中にねえされた幼年悠真くんはと言えば、ショックを受けたような顔をした後、しょんぼりしながら積み木をやり始めた。
……かなり昔のこととは言え、一応自分のことだ。
多分、知佳と一緒に遊びたかったのだろう。
しかし幼さ故にコミュニケーションの取り方がよくわからず、高圧的な態度を取ってしまった。
逆に恐らく当時の俺の精神年齢をこの時点で大きく上回っている知佳はそんな幼年悠真くんを見てアホらし……とでも思ったのだろう。
知佳が天才性を発揮したのは中学生頃だったという話を天鳥さんから聞いた覚えがあるが、それ以前から少なくとも俺よりは賢かったらしい。
悲しい事実だ。
そしてそのまましばらく積み木を積んでいると――
「皆城さーん、皆城 悠さーん」
と。
母さんの名前が看護師さんに呼ばれた。
「悠真、ほら、お片付けして。いくよ」
「えー」
母さんに言われて渋々片付けを始める俺。
――と。
「いい」
知佳がそんな俺を止めた。
「わたしがあそぶから」
「へ?」
「もっとすごいのつくるから」
「な……!」
…………。
既にマウントを取られている……
初対面っぽいのに……
顔を真っ赤にして怒る幼年悠真くんは母さんに抱きかかえられて診察室へと向かっていった。
「負けず嫌いなのかな~知佳ちゃんは~かわいいねぇ~」
このままここに置いておくと駄目になりそうな綾乃を引きずって、俺たちも診察室へと向かうのだった。
2.
「……経過はどうですか」
診察室の中へ入ると、また俺の年齢が変化していた。
多分、5、6歳くらいだと思う。
最初見たときよりも少し小さいかな、という程度。
もはや二度目なので慣れたが、どういう基準で変えているのだろうか。
謎である。
まだ若く見える永見先生が深刻な表情で母さんに様子を聞く。
ちなみに悠真少年は母親と先生の話に全く興味がないようで、診察室をうろついていた。
じっとしていて欲しい。
恥ずかしいから。
とは言え、母さんも先生もじっとされていて俺に話を聞かれる方が気まずいのだろう。
俺の様子は視界に入れつつも放っておいて、小声で話す。
「……これを見てください」
「これは……」
母さんが先生に見せたのは、爪だ。
普通の爪――ではない。
小指の爪の先が魔石になりかかっている。
「赤紫に光る石……?」
「はい。いつの間にかこうなっていたんです。普段は深爪ギリギリまで切って誤魔化してますけど、これも進行していったら……」
「……まさか爪を剥がすわけにもいきませんからね。ネイルなんかは……もちろん駄目ですよね?」
「ですね。警察官という身だとどうしても……」
と話している最中に、
「お母さん、警察官の方だったんですね。お父さんは……消防隊員でしたっけ?」
「そうそう。だから二人とも公務員なんだよな」
「悠真の両親らしい職業」
「……そうか?」
俺の両親らしい職業というのもなんだか変な話ではあるが……
「――っ」
母さんが胸を抑えてうずくまる。
のと同時に。
ズン、と世界が揺れた。
「――な!?」
しかしそれに母さんも先生も反応する様子がない。
というか、部屋の中は全く揺れていないのだ。
唯一、過去の俺が不思議そうに辺りを見渡したが――揺れを感じたという様子はない。
「な、なんだ今の?」
「わからない。けど、私たちだけが感じたのなら……案外これがヒントなのかも。さっきもそうだったし」
さっき、と言うのは恐らく家で起きためまいのことだろう。
確かに、今のもめまいと近いような現象ではあるような気がする。
だとすれば……
知佳の言う通り、鍵はその辺りにありそうだな。
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