第128話:皆城家
1.
「私のスキルならなんとかなるかもしれません」
綾乃は決意を漲らせた目でぐっと拳を握った。
「スキルって……」
そういえばそうだ。
スキルブックを手に入れて、何に使うのか頑なに言わない知佳へ託して――やはり予想通り綾乃に渡っていたという訳か。
「てっきり、サプライズにでも使うつもりなのかと……」
ちらりと知佳を見る。
「そういう意図があったって事は認める。思ってたよりも凄いスキルだったし」
あっさり認めやがった。
まあ、綾乃に使うというのは完全に想定内のことだしな。
それはともかく、
「凄いスキルか」
しかしまだスキルを獲得して1日、あるいは長くても2日だろう。
それで使いこなせるのだろうか。
「どんなスキルなんだ?」
「スキル名は
「幻術?」
いまいちピンと来ない。
いや、効果そのものはなんとなく想像がつくのだが、それが知佳も認めるほどの『凄いスキル』と言うのにどう繋がるのかがわからない。
凄いは凄いんだろう。
使い勝手は良さそうだ。
しかし、それで母さんの石化をどう解くのかと聞かれるとわからない。
「私のスキルは敵を幻術にかけたりする以外に、私のスキルには使い道があるんです。シトリーさんと知佳さんがヒントをくれたんですけど……魔法を行使する為のイメージを手助けすることができるんですよ」
「つまり?」
「治癒魔法や解毒魔法の効果を底上げしたり――もっと言えば、<石化解除魔法>なんてものを作れたりもするかもしれません」
……マジかよ。
それってとんでもないスキルなんじゃないのか。
しかもそれはスキルの本来の用途ではなく、副次的な効果に過ぎない訳で。
<幻想>に直接の戦闘力はなさそうだが、その副次効果で十分すぎる程に戦えるだろう。
知佳の<影法師>は再現するのにかなり苦労しそうではあるが、スノウたちの力は言ってしまえば超強い魔法なのだから。
超強い、までは行かなくとも強い魔法くらいまで使えれば当然、並の探索者よりずっとアドバンテージがある事になる。
ただでさえ簡単な魔法なら既に使えるようになっている事だし、全ての魔法を強化できる汎用性はかなりレベルが高いのではないだろうか。
というか、本来の使い方ではない以上、そういう使い道を見つけ出した知佳やシトリーが凄いという話ではあるんだろうが、あまりにも強すぎないか?
……ゲーム的な知識に基づけば、ダンジョンを下へ潜れば潜るほど強いドロップアイテムが出るのは当然と言えば当然な気もするが。
逆に言えば、そういう意味では恐らくそこまで深いところで拾ったわけでもない俺の<召喚術>は強すぎるような気もするが。
いや、スノウを最初に呼び出せたから強いだけなのか?
本来はもっとマイルドな性能なのかもしれない。
「今回の場合は……既存の魔法を強化と言うよりは、<石化解除魔法>を作る感じになるんだろうな」
「……はい。ただ、それだと試したことがなくてですね……その、どんな風になるのかはわからないんです」
「どんな風になるって?」
「魔法を強化する場合は、その強化された魔法のビジョンを私と――<幻想>のスキルをかける対象とで思い浮かべて、すり合わせる感じなんですけど、元々存在しない魔法になるとちょっとどうなるかが……」
そうか。
存在しない魔法が故にどうなるかが分からない、と。
そもそも石化を解く魔法っていうのがもう意味わからないしな。
俺の常識の範囲内では、石化するなんて現象がまず無いのだから。
「その魔法は誰が習得するんだ? やっぱりシトリーか?」
魔法の行使という点では頭一つ抜けているのがシトリーだ。
「ううん、悠真ちゃんが使えるようになる可能性が一番高いと思う」
しかし意外にも、それを否定したのがシトリーだった。
「……俺? 治癒魔法も解毒魔法もろくに使えないのにか?」
「悠真ちゃんのお母さんが元気な頃を知っているのは悠真ちゃんだけでしょ?」
治癒魔法や解毒魔法は、結局健康な状態に戻す魔法。
つまり石化を解除する魔法も、石化していない状態に戻す魔法である以上、その石化していない状態を知っている者の方が成功率は高い……のではないか、というのがシトリーの考えらしい。
「私も動いてる時の悠真のお母さん知ってるから、チャレンジしてみる」
知佳が名乗り出る。
ぶっちゃけ俺よりも知佳の方が成功しそうなのでありがたい話だ。
ちなみに、全員に試して貰うというのは無理だそうだ。
少なくとも、日を置かなければ。
単純な話、綾乃の魔力がもたないらしい。
一日あたりの限界は恐らく二人か三人まで――。
最初に挑戦するのが、俺と知佳という訳である。
一発で成功してくれれば良いんだが……
「それじゃ、二人とも目を瞑ってください」
綾乃に言われ、俺と知佳は目を閉じる。
ひんやりとした感触が額に触れた。
綾乃の掌だろう。
「行きます――<
綾乃が呟いた瞬間。
強い酩酊感が俺を襲った。
「くっ……」
「う……」
隣からもうめき声が聞こえる。
恐らく知佳も同じような感覚なのだろう。
そして……
「……え?」
綾乃の戸惑うような声が聞こえる。
「どうしたんだ? 今の所何も見えてないぞ?」
「私も」
「えっと……とにかく目を開けてみてください」
綾乃の言われ、俺たちは目を開いた。
そこは――
「……ここ、どこ?」
知佳は室内を見渡した。
先程までいた、別荘の一室ではない。
なんてことないマンションの、なんてことない一室だ。
何故マンションだと分かるかって?
そんなのは当たり前だ。
幻術を見せるスキル、なんてレベルじゃない。
懐かしい匂いすら感じる、懐かしい場所。
「ここは……俺が住んでた場所だ。親父が死ぬ、10年前まで」
2.
状況を整理しよう。
綾乃がスキルブックによって得たスキル、<
その魔法とは石化解除魔法。
シトリーたち精霊ですらできない魔法を作る方法として俺たちは綾乃のスキルを受け入れ――
何故か、俺が昔住んでいたマンションの一室にいる。
それも、俺の記憶に照らし合わせれば……
「多分、15年くらい前……だな」
家具の配置だったり、部屋の各所に置いてある小物と言い。
母さんと親父が座る位置から一番よく見える場所に貼ってある、俺が描いた家族の絵と言い。
カーペットの上にはおもちゃが散らかっている。
当時放送していた戦隊モノの人形だったり仮面ライダーの変身ベルトだったり――
「ふー、ただいまー」
玄関の方から声が聞こえた。
聞き慣れた声――そして涙が出そうになるくらい懐かしい声。
心臓が痛いほどに鳴っている。
呆然とする俺たちの前に姿を現したのは、母さんだった。
動きやすいからと言う理由で黒い髪はいつも短めだった。
目元はキリッとしていて、その見た目通り性格も結構男勝りだ。
親父なんかはいつも尻に敷かれてたっけ。
俺たちの方を見て一瞬止まる。
しまった、帰ってきて部屋の中に知らない大人が三人もいるような状態、母さんの仕事柄もあってどうなるかわからないぞ。
「こらー悠真ー! また散らかしっぱなしにしてー!」
一瞬肝を冷やした俺を素通りして、母さんはパタパタと他の部屋へ俺を呼びにいった。
何度も言われた言葉だ。
また散らかしっぱなしにして、と。
少し離れたところから「今度散らかしっぱなしにしたらおやつ抜きって言ったでしょ!」と叱る声が聞こえてくる。
ああ、そうだ。
何度もこんなことを言われた。
渋々片付けて、後で一緒に母さんが買ってきたおやつを食べる。
そうしていると少し遅れて親父が帰ってきて、母さんに一口ちょうだいとねだってあーんして貰っていた。
今でも鮮明に思い出せる。
もう戻らないあの日の記憶を。
……これは、綾乃のスキルによって見せられている過去の映像なのだろうか。
「……一旦出ようぜ」
なんとか冷静さを取り戻した俺はふらふらと立ち上がる。
扉は開けるまでもなくすり抜けることができた。
過去には触れられないようだ。
…………。
……。
「……ベンチには座れるんだな。不思議な空間だ」
俺たちは公園のベンチに座っていた。
近所にあった公園。
親父が死んだ頃には既にこの公園はなくなっていて、コンビニだか何かが建つ予定だと聞いたような気がする。
実際、今どうなっているかはわからないが。
「ごめんなさい、悠真さん……こんなことになるとは思ってなくて……」
泣きそうな顔で謝ってくる綾乃。
自分のスキルのせいでこんな状況になってしまったと思っているのだろう。
「いや、綾乃は悪くない。むしろこっちこそ巻き込んじまって悪い。知佳も、付き合わせて悪いな」
「別にいい」
とりあえず現状、この空間――過去(?)から出る方法は不明。
持っていた転移石や転移召喚も試してみたが、対となるウェンディの元へ行くことも、逆に精霊たちをこちらへ呼び出すこともできなかった。
「……とは言え、出る手段がないとは思えない。考えられる可能性としては、経緯が経緯だし、石化解除魔法を習得したら出られるとか――そういう感じじゃないかね」
「私もそうだと思う。お約束的に」
身も蓋もないことを……
まあ、知佳の言う通りだ。
スキルを使ったのは綾乃で、使われたのは俺と知佳。
要するにその俺たちの想定できる範囲は超えてこないのではないかということだ。
知佳の影による拘束が力ずくでは決して解けないように、綾乃のこの能力も正攻法では抜け出せず――特定の条件を満たしたら出られるようになる。
恐らくはそういうことなのだろう。
「だとしたら……」
綾乃は何かを言おうとして、やめた。
言いたいことはわかる。
だが、先程までの俺の状態を見て続きを言い淀んだのだろう。
「……多分、母さんや昔の俺から目を離しちゃ駄目なんだろうな。過去と向き合えってこった」
新たな力を手に入れる為の試練と言ったところか。
……気は進まないんだけどな。
なにせ、助けるつもりでいる母さんはともかく――
こうして関わるのなら必ず出てくる親父は、もう死んでるんだから。
3.
「か、かわいい……!」
という訳で俺たちはまた戻ってきたのだが。
ちょうど片付けが終わり、おやつとして近所のケーキ屋で母さんが買ってきたのであろう、ピレーネという洋菓子を食べていた。
板のようなスポンジの上に生クリームを乗せ、それを包んだ感じのお菓子だ。
そういえば東京で見た覚えはないのだが、これは愛知にしか無いものなのだろうか。
で、綾乃はそんなピレーネを見て……ではなく。
幼少期の俺を見て目を輝かせていた。
「見てください見てください! この生意気そうな目! 悠真さんの面影がちゃんとありますよ!」
「俺のこと生意気そうな目なヤツだと思ってたの……?」
「はああ、かわいい! お持ち帰りしたい!」
「お持ち帰るな」
恐るべき綾乃、ショタコンのケがあったらしい。
よかった、俺たちが過去に干渉できなくて。
もしできていたら今の俺に新たな性癖が植え付けられていたかもしれない。
過去からの影響で。
「美味しい?」
「うまい!」
「こら、うまいじゃなくて、おいしい、でしょ? あとフォークは振り回しちゃ駄目。危ないでしょ?」
「おいしい!」
わかっているのかわかっていないのか、悠真少年は再びピレーネに夢中になっていた。
それを母さんは微笑ましそうに眺めている。
「――少なくとも、悠真の主観でしか記憶が再現されてないってことはなさそう」
「うん?」
「だって、今の悠真はおやつに夢中だし」
「ぐっ……今じゃなくて昔だ昔」
「甘いもの普通に食べてたんだ」
「そりゃ、まあ……」
小さい頃から甘いもの苦手って人はなかなかいないと思う。
別に今も苦手ってわけじゃなくて、特別好まないというだけな訳であって。
現代へ戻ったら、ピレーネを買ってから東京へ帰ろう。
まだあるのかな、あの店。
……にしても恥ずかしい。
綾乃はともかく、知佳もかなり興味津々で悠真少年をしげしげと眺めている。
俺もこの頃の記憶なんてほとんど薄れているし、この流れに関しては何度も繰り返したやり取りだからこそ覚えていただけだ。
「写真に撮れれば良かったのに……」
知佳が真剣なトーンでこぼす。
「マジでやめてくれ」
ちなみに、スマホの写真を撮ろうとしても何故か真っ暗な画面になるだけで何も映らなかった。
もちろん電波は飛んでいないし、そもそもアプリの起動なんかもオフラインで動くものしかできない。
まともに使えるのはメモ機能と電卓機能くらいか。
その電卓に関しても、スマホでやる程度のレベルのものだったら知佳が暗算する方が手っ取り早いしな。
――なんてことを考えていると。
ガチャリと鍵の開く音と、扉の開く音がした。
「愛しのパパが帰ったぞー!」
そして元気な――というかうるさい声が響く。
もう聞くことのない、声が。
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