第125話:ドキドキ実家訪問
1.
「何故こんなことに……」
「そこで立ち止まらないで。蚊とか入るかもしれないから」
「あっはい」
そう促され、俺は玄関の中へと入る。
自宅の、じゃない。
知佳の実家の、だ。
何故こんなことになってしまったのか。
昨日、駅でティナを見送った後の事である。
「東京へ戻るの明日がいい」
「なんでだ?」
「実家に寄りたいから」
「あー、なるほど。わかった」
「それと、悠真もついてきて欲しい」
「えっ」
「お父さんたちが会いたがってるから」
「えっ」
「家族に紹介する」
「えっ」
という訳で、翌日の今日。
俺は知佳の実家へと来ていた。
結構気まずいのだが。
何が気まずいって、俺と知佳との間に大学以前の面識があったであろうという点である。
もしかしたら知佳のご両親が俺に会いたいというのは、娘の幼馴染を一目見たいという意味ではないのだろうか。
そうだとして昔の話なんかを振られたりしたら詰んでしまう。
いや、俺が覚えていないくらいだから結構昔のことなんだとは思うのだが、だとしたら忘れていても仕方ないとは思われるかもしれない。
だがそれはそれ。
これはこれだ。
そんな俺の悩みというか葛藤を無視して、知佳は来客用と思われるスリッパを俺に出すとそのままずかずかと廊下を歩いていった。
俺もここまで来たらついていくしかないのだが……
リビングへ続いているのであろう扉を開いて、そこで知佳は待っていた。
恐る恐るそこへ行くと――
そこには二人、恐らく知佳のご両親だと思われる人物がいた。
ひとりは知佳より少し身長が高いくらいの女性。
見た目はよく似ているが、決定的に違うのは目元か。
知佳は普段から眠そうにしているが、この人は快活そうなイメージの方が強い。
そして、年齢は知佳の年齢から考えてどう低く見積もっても40は過ぎているはずなのだが……
俺の目がおかしいのかなんなのか、マジで知佳とそんなに変わらないように見える。
いや、流石に知佳のように中学生に見えるとまでは言わないが。
え? お姉さん? と素で言ってしまいそうな程だ。
一人っ子だと聞いているので母親なのだろうと推測することができたが、事前情報なしに二人で歩いているところを見たら普通に姉妹だと思うだろう。
生命の神秘だ。
この親にしてこの子ありだ。
そしてもうひとりは俺よりちょっと身長が高いくらいで、鍛えているのであろう、ガタイのいいおっさんだった。
こちらは年齢相応で、40代半ば程度に見える。
しかしそれなりに鍛えている俺より体格がいいので、相当体をイジメている人だな。
あと顔が怖い。
顔が怖いというか、目が怖い。
めっちゃ俺のことを睨んでる。
全然ニコリともしてないもん。
けど、お母さんの方は知佳にそっくりなのでともかく――お父さんの方はなんとなく見覚えがあるようなないような気がする。
やはり幼少期に会っているのだろうか。
しかしそうだとしたら順調に20年ほどの加齢があるはずで、見覚えがあるというのもなんとなく違和感のある話ではあるが……
「あらあらまあまあ、あらあらまあまあまあ!」
まるで娘が彼氏を連れてきたような――状況としてはほとんどそのものずばりだと言っていいが――反応をする知佳ママ。
「あなたが皆城 悠真くんなのね! 初めまして、知佳の母で、
「あ、いえ、こちらこそ……」
ぺこりとお辞儀をする知佳ママは――目元以外にも知佳と決定的に違うところがあった。
端的に言うと胸である。
でかい。
天鳥さんよりでかいかもしれない。
またロリ巨乳だ……
知佳はあんななのに……
これも生命の神秘なのか……
「で、こっちが父の創一くん」
知佳ママの紹介を受けた知佳パパがじろりと俺を見る。
軽く会釈をされたような気がするので、俺は腰を45°に折り曲げて挨拶した。
「よろしくお願いします」
知佳パパは俺を見ている。
まるで値踏みをするような視線だ。
怖い。
名前もなんか怖い。
いや怖くないか。
よくある名前だ。
俺、混乱してるな……
「パパ、あまり睨んじゃだめ」
「えっ、いや睨んでいるつもりは……」
「顔が怖いんだから」
「そんなぁ……」
……あれ?
知佳に叱られて知佳パパはしょんぼりしている。
もしかして怖くない人なのだろうか。
てか知佳、パパって呼ぶんだな。
ちくしょう、可愛いじゃねえか。
「ごめん悠真、パパ人見知りだから」
「そ、そうなんだ」
知佳パパごめんなさい、あなたの顔は確かに怖いです。
あれ緊張してた顔だったんですね……
というか……知佳ママ、さっき初めましてって言ってたよな?
てことは幼少期に会っていたわけではない……のか?
いやでもだとしたら流石に覚えてると思うのだが……
知佳のやつ、中学生くらいから多分全然見た目変わってないだろうし。
「話は聞いているわよ、悠真くん……さん? とお呼びした方がいいのかしら? 娘の会社の社長さんなのよね?」
「あ、いや全然そんな。むす……知佳さんのお陰で成り立っているようなものですし、お飾りのようなものなんで」
「そうなの? でも娘はたよ……はいはい、わかったわよ。ふふ」
何故か途中で喋るのをやめた知佳ママ。
知佳の方を見ていたようだったのでそちらを見るが、知らん顔された。
というか
「とりあえず、座って座って。落ち着いて話を聞きたいから」
「は、はい」
落ち着いて話するんすね。
そうっすよね。
2.
4人がけのテーブルに、対面には知佳ママと知佳パパ。
そして俺とその隣に知佳という、まさに結婚前の挨拶をしにきたときの配置で座っている俺たち。
おい知佳お前絶対これわざとだろ。
俺が焦る姿を見て楽しもうとしているだろ。
わかっていても流石に落ち着くことはできないが。
「まずは、いつも娘がお世話になっています」
そう言って改めて知佳ママが頭を下げた。
知佳パパもそれに合わせて少し首を曲げる。
「ごめんね、創一くん今肩を痛めてるから……」
フォローするように知佳ママが言う。
あ、そういう感じ……
俺のことを認めてないから会釈も軽いものとかって話ではないんだ……
「お、お大事に」
「創一くんも、お義父さんに一度ちゃんと診てもらったら?」
お義父さん……と言うと知佳パパのパパが医者なのだろうか。
要は知佳のおじいちゃんか。
そういや、昔は母さんとよく病院行ってた――な……?
待て。
今一瞬、記憶のどこかに何かが引っかかったぞ。
「どうしたの?」
知佳ママが俺の様子を不思議に思ったのか顔を覗き込むようにしてくる。
「あ、いえ……こちらこそ知佳さんにはお世話になっています」
記憶に引っかかった何かはするりと記憶の網を抜けていってしまった。
とりあえず会話を続けよう。
知佳に世話になっているのは事実だ。
いや、下世話な方じゃなくて。
そっちもだけど。
「娘とは大学の同期なのよね?」
「はい」
「それじゃ、それが馴れ初めなのねえ」
「ママ」
「うふふ、はいはい」
知佳が牽制するような声を挙げて、知佳ママはそれをあしらう。
こういう姿は新鮮だ……
あしらわれるのはいつも俺だからなあ。
流石の知佳と言えども母親には敵わないのか。
というか、そこが馴れ初め(?)だと思っているということはやはり幼少期時代に俺がこの人達に会っているということはないのだろう。
そんな昔のガキンチョのことは覚えていないだけかもしれないが、知佳が両親にまでそれを黙っているのも不自然な気はするし。
「この子、無愛想でしょ? 悠真くん、大丈夫?」
「まあ、無愛想なのは見た目だけですから」
「悠真……」
じろっと俺を睨む知佳。
ふっ、この場では知佳ママがいるからな。
俺が反撃を食らう心配はない。
……後のことは知らん。
実際、知佳は無表情キャラのようでいて結構感情は豊かな方だからな。
ただそれが表に出づらいだけだ。
「知佳も、悠真くんをあまり困らせちゃ駄目よ?」
「そんなことしない。悠真には……色々してもらってるし」
敢えて色々を強調する知佳。
何故かちょっともじもじしながら。
いや何故かじゃねえ!
お前なんてことしてくれてやがんだ!
ほとんど捨て身じゃねえか!
「色々?」
知佳ママがそこに引っかかったところで、俺が慌てて補足する。
「あれですよ、大学のこととか会社のこととかで色々ってことです!」
「ああ、そういうこと! てっきりお母さん、もう知佳と悠真くんがそういう関係なのかと思っちゃった」
「ぐっ! ……げほっ、えほっ」
「あら、大丈夫?」
「大丈夫です、ちょっと気管の変なとこに唾液を飲み込んじゃって……」
マジでやめてくれ。
知佳は平然としているし。
なんだこいつ、無敵なのか?
知佳ママいても全然反撃してくるじゃんこいつ。
むしろ攻撃してくる人が二人いて俺のダメージ二倍じゃん。
お父さん苦労してますね、いやほんと。
「でも、悠真くん結構体格いいから知佳と並んで歩いてると変な目で見られたりするんじゃない?」
もはや並んで歩くような関係なのは彼女の中で確定しているらしい。
いや、そもそも会社の社長だろうがなんだろうが実家まで連れてきている時点でどう言い繕ってもそういう関係だと言っているようなものではあるのだが。
知佳パパはもはや俺を哀れんでいるような表情を浮かべていた。
どうやら助けは期待できないらしい。
娘はお前にやらん! とかじゃなくて同情されるあたり、こちらの調子も狂うのだが……
「私もね、創一くん大きいから付き合いたての時は変な目で見られたりしたのよ~」
知佳がハッとしたような表情をする。
流石に両親ののろけはダメージがあるようだ。
これあれだ。
知佳ママが無双してるだけで全員がダメージを受ける地獄だ。
「付き合い始めた時は私が高校生で、創一くんは社会人だったっていうのも大きいかもしれないけど」
「そ、そうなんですね」
知佳パパがめっちゃ気まずそうにしている。
ていうか高校生の時に付き合ってたんだ……結構年齢離れてるんすね……
……変な目で見られるのも仕方のないことなのでは?
「あ、知佳を産んだのは成人してからだから大丈夫よ?」
「ママ……」
知佳が大ダメージを受けた。
駄目だこれ。
誰も幸せになれない空間だ。
俺は知佳で慣れているからわかる。
これは天然に見せかけているが、恐らく計算ずくで俺たち全員をからかいに来ている。
手口が知佳のそれと全く同じだからだ。
「創一くんも奥手だったから、たくさんアタックしてようやくデートするような仲になったんだけど――」
「ママ、悠真も困ってるから」
「あらそう?」
とうとう知佳が俺を引き合いに出して話を止めた。
知佳ママからのアタックだったのか……
……他人事とは思えんな、知佳パパ……
こんな状況でなければ話が合うかもしれない。
知佳は俺をからかう為にここへ呼んだのだろうが、自分まで巻き添えを食っていたら意味がないな。
こいつの場合多少の自爆ダメージは気にしていない可能性もあるが。
そんなこんなで。
等しく全員がダメージを受けたあたりで、「また来てね。楽しみに待ってるから」と意味深なことを言われてお開きになった。
しかし玄関へ向かう途中――
「皆城……悠真くん。少しいいかな」
知佳パパに引き止められた。
「創一くん? どうしたの?」
見送ろうと立ち上がっていたお母さんと、知佳も不思議そうに首を傾げている。
「大事な話がしたい。僕の書斎へ来てくれないか」
「え……」
もしかしてやっぱり娘はやらん展開なのだろうか。
とは言え、断るわけにもいかず――ドキドキしながら知佳パパの後へついていって、書斎へと入る。
当然のように二人きりだ。
怖いんですけど……
知佳パパはそこで立ち止まって、何かを逡巡しているような様子を見せた。
……なにか深刻な話なのだろうか。
「……あの、話というのは……」
どんな話を振られるのか色々予想はしていたが――
知佳パパが切り出したのは、その内のどれとも違う、衝撃的なものだった。
「――君のお母さんのことだ」
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