第122話:灼熱の女

1.sideフレア


 彼女フレアの能力は姉妹の中で最も攻撃に特化している。

 スノウの氷のように守りに使える力でもなければ、次女ウェンディの風のような汎用性もない。

 長女シトリーの雷のように自由な発想で拡張性を持たせることも難しい。


 フレアはそのように自身の力を認識している。

 

 他の姉妹たちのように便利な力ではない。

 しかしそれでも総合的に見て、彼女は他の姉妹になんら劣っていない。

 

 フレアにとっての炎とは力の象徴。

 そしてフレアの炎は破壊の権化である。

 

「――手応えはあるはずなのですが」


 フレアは自身の出す灼熱の炎とは裏腹に、冷静な思考の中ひとりごちる。

 確かに攻撃は当たっている。

 文字通り必殺の炎だ。

 彼女にとって愛すべき主人マスターであり、お兄さまと慕う悠真の必殺技それとは物からして違う。


 現在の悠真のイメージ力では<必殺>の技を切り札として使う他ないが、フレアの<必殺>はその挙動に纏う全ての炎がそうなっている。


 要するに、当たって耐える――それも何度も当てているのに消耗の様子さえ見えないと言うのは、フレアの常識では有り得ないことだった。

 

 幻影を使うようなタイプの敵ならばとっくに看破している。

 フレアは自身の能力に妹のような両面性も、姉たちのような汎用性や拡張性がないと思っているが実際は違う。


 炎や熱に関することなら大抵なんだってできてしまう。

 極論、敵から熱を奪って凍死させることさえ可能だ。

 スノウの氷と比べてあまりにも効率が悪いのでわざわざそれを実行することはないが。


 現在、フレアは魔力探知と並行して熱源感知を行っている。

 その範囲は実に3kmにも及ぶ。

 しかし自分の探知能力が当てにならないこともわかっていた。

 忍者リザードマンの存在はティナを除いて全く感じ取れていないし、現在戦っている忍者もフレアだけでなく、他の姉妹や悠真、そして知佳もその居場所を掴めていない。


 <魔法>と<スキル>の間にはどうしようもない差が存在する。

 魔法である程度再現可能なスキルでも、やはりある程度という範囲に収まるのだ。


「探すのは無駄……なんでしょうね」


 現れる忍者を炎で焼きながら、フレアは分析する。

 倒せない敵など存在するはずがない。

 しかし炎を防いでいる様子もなければ、躱している様子もない。

 熱に対して耐性を持っている――完全に無効化するレベルの耐性を持っていればあるいは耐えることは可能かもしれないが、それならそうとすぐに気付けるはず。


 となれば、答えは一つ。


「なるほど、忍者らしい戦い方と言えます」


 フレアが出した結論は単純なものだった。

 これは分身かなにかの類なのだろう、と。


 それも、幻影や何かでできている分身ではなく、分身体も本物――とさえ言えるような高度なもの。

 本体はどこかに隠れている。


 ならばそれを炙り出すだけだ。


 


「――スノウ」


 端的に名前を呼んだだけで、双子の妹スノウは今からやろうとしていることを察知したようだ。

 ウェンディに言って、自分たちの体を浮かせた上で周りを氷で覆った。


 直後。

 世界は灼熱に包まれる。


 探知していた他の数百体以上のモンスターが一瞬にして蒸発するのをフレアは感じ取った。

 何℃出ているのか、フレアの立つ地面は溶けている。

 どういう訳か、その溶けている地面に沈んでいくことはないが。


 そしてフレアの力は破壊の権化であっても、彼女自身はそうではない。

 他の姉妹たちも造作もなくそうできるように、フレアも自身の熱が広がる場所を制限できた。


 故に周りの建物が被害を受けるようなことはなく。

 空間そのもの、そしてフレアが最も怪しいと睨んでいる地面だけが高熱に包まれている。


 ――やがて。

 

 ズボッ、とマグマのようになった地面から忍者が姿を現した。

 纏っている衣服は一部が溶けてしまっているが、流石というべきか、フレアの行った程度で死んでしまうようなモンスターではなかったようだ。

 

 忍者は毒を塗った苦無を構え、熱を発生させている赤髪の少女を狙う。

 あるいは普段なら、近距離で少しは切り結んでその上で倒す。

 それくらいの敬意をフレアは相手に払っていたかもしれない。


 ウェンディのように図抜けていないというだけで、フレアも体術には秀でている。

 悠真のように不意打ちを食らうならまだしも、真正面で見えている敵に遅れを取るようなことはない。


 だが、そうするのも普段なら、の話だ。

 フレアにはそうできない理由があった。

 どうしても看過できない理由が。


「お兄さまに傷を付けた罪――万死に値します」


 右の人差し指と中指を、溶解する地面から飛び出して、未だ空中にいる忍者へと向ける。

 フレアにとってそれは気負いするようなものではない。

 

 彼女の攻撃は全てが必殺。

 狙いを定めて撃つだけで、事は足りるのだ。

 

 空中で動けない忍者は咄嗟に分身を作り出し、自身の体を分身に蹴り出させることで攻撃を避けようとした。

 だが、それは叶わなかった。

 

 いや、避けるという行動自体は取れたのだ。

 ただそれが、躱すという結果には繋がらなかっただけで。


 圧倒的な熱の奔流が極太の光線となって忍者を焼き尽くす。

 焼き尽くす――などという言葉では言い表せないかもしれない。

 焼けたり溶けたりする前に、ただ純粋なエネルギーによって既に忍者はこの世から焼失していたのだから。


 この忍者は悠真の読み通りユニークモンスターだった。

 生前はアスカロンにも匹敵する猛者だったと言えるだろう。

 しかしあのエルフと違った点は、自身の魂を呼び起こすに足る仲間と好敵手との戦闘がなかったこと。


 そして囚われた先が、正々堂々とは程遠い忍者のようなモンスターだったことも不運だった。


 いや、この場合は不運ではなく、幸運だったのかもしれない。

 倒されたことにより彼の魂は解放されたが、もし自我のある状態でフレアの最後の攻撃を食らっていれば、その自我さえ崩壊していたかもしれないのだから。


 しかしそのことを誰かが知ることはなかった。

 一つの魂が解放された。

 その結果以外は。



2.



「マジかよ……」


 俺は呆然と呟くことしかできなかった。

 最後の一撃。

 破壊力――というか破壊の規模で言えば、俺の<魔弾>の方が上回っているだろう。

 なにせダンジョンの地平線のはてまで全てを吹き飛ばすような威力だ。

 

 ダンジョン内の地平線っていうのがもうよくわからない話だが。

 それはさておき。


 ご存知あの必殺技は一体の敵を倒すという目的にはあまりに向いていない。

 威力をデチューンしまくった<拡散魔弾>でようやくそれらしいものを作ることができた。


 しかし、今しがた眼前で行われたフレアによる戦闘は、そもそもその認識さえ間違っているのではないかと思わせるようなものだった。

 いや、思ったところでどうこうできる問題でもないのだが。


 強いことは知っていた。

 スノウやウェンディを見ていたから。

 しかし、フレアがちゃんと戦ったところを見たのはこれが初めてのような気がする。


 今までは雑魚を蹴散らすだけだったし。

 そういう意味ではシトリーの戦闘もまだちゃんとは見れていないのだが……

 

 それは置いといて。

 シトリーから聞いていた、精霊姉妹たちの


 特に苛烈な攻撃を行っていたと言っていた、フレア。

 それも頷ける。

 あんなもの、存在自体が反則みたいなものだ。


 俺は今まで一番怒らせちゃいけないのはウェンディだと思っていたが、ある意味それはフレアだったのかもしれない。

 下手すりゃ戯れで俺が死ぬ。

 死ぬというか、蒸発させられる。


 いや、溶けちゃった地面以外、周りの建物が全く燃えてもなければ溶けてもないというところを見れば力の加減もバッチリできるのだとは思うけど……


 ……そういや、あいつユニークモンスターぽかったけど消えちゃったな。

 話を聞けたら良かったんだが、少なくとも相対してあいつの中身が親父じゃないってことはなんとなくわかった。


 俺の親父が中身にいたらたとえガワが忍者でもグーで殴りに来る。

 真正面から。

 そういうオッサンなのだ。


 まあキーダンジョンについてのことも聞きたくはあったが……

 そもそもあのアスカロンですら重要なことはほとんど喋れなかったんだし、あの忍者もそうだったに違いない。

 それに忍者がたくさんいたのならまだしも、一体だったしな。

 アスカロンの時のように自我を取り戻すこと自体、困難だっただろう。


 ダンジョン内部なので、溶けてしまった地面が自動で再生する。

 建物も再生してくれるんなら遠慮なくぶっ壊せるのだが。


 そうなってようやく、ウェンディの風で宙に浮きながら、スノウの氷に守られているという状況から脱することができた。


「お兄さま! 大丈夫でしたか!?」


 ぱたぱたとフレアがこちらに駆け寄ってくる。

 つい今しがたとんでもねえ炎で忍者を吹き飛ばした少女と同一人物だとは思えない、俺を心配しているだけの弱々しい表情。


「大丈夫、解毒してもらったから。お疲れさま、フレア」

「ああ、フレアはとても疲れてしまいました。なのでおんぶか、お姫様抱っこしていただけるととても助かります」


 嘘つけ。

 流石におんぶだのお姫様抱っこだのはダンジョン内なので我慢してもらって、赤毛をぽんぽんと撫でていると、


「悠真、これ」


 と知佳が何かを持ってきた。

 何か、というか……


「スキルブック……だよな?」

「うん。だと思う」


 話題に出たさっきの今でまさかのドロップか。

 状況的に考えてさっきの忍者からだとは思うが……

 

「フレアが良ければ、約束通り私がこれは使いみちを決めるけど」

「いいですよ。私も知佳さんと同じ使い方をすると思いますから」


 フレアはにやりと笑った。

 それを見て知佳もちょっとだけ笑う。

 なに、俺の知らないところで気持ちが通じあってるの。

 ちょっと悲しい。


 そういえばフレアって、俺と話してる時は一人称が<フレア>なのに、俺以外の時は<私>なんだよな。

 これって俗に言うぶりっ子ってやつなのだろうか。

 話に聞く限りでは俺はちょっと受け付けないないと思っていたのだが、いざ実際に目の前にいると可愛くてしゃーない。

 俺、チョロい。

 いやでもこれって誰でもそうなると思うんだよな。

 これでフレアが嫌な奴だったりしたらまた話は別なんだろうが、姉妹たちとはもちろん、知佳や綾乃、ティナとさえ良好な関係を築いているわけだし。


 文句の付けようがない完璧なぶりっ子(?)だ。


「何に使うんだ?」

「内緒」

「……フレア、何に使うつもりなんだ?」

「秘密です」


 うーむ。

 知佳もフレアも教えてくれない。

 

 ……あ。

 待てよ。

 知佳とフレアで使い方が共通してるとしたら、俺の予想が正しければ綾乃……だろうか。


 性格的に戦いに向いているとは思えないから無意識に除外していたが、魔力量という点で見れば現在の綾乃も相当なものだ。

 大穴で天鳥さんという線もあるが、あの人はスキルを手に入れても戦うよりその研究に力を入れそうだし。


 でもこれ、あれだな。

 知佳もフレアも黙っているつもりでいるってことは、俺が気付けなくて綾乃に使ってびっくりするのを期待しているのだろう。


 つまり今の俺はあれだ、ドッキリに事前に気付いてしまった人間だ。

 あるいはサプライズでもいいが。

 だとしたら、俺はそれに気付いていないフリをしてあげるのが優しさというものだろう。


 ふふふ、知佳よ。

 俺がいつまでも鈍感マンだと思ったら大間違いだぜ。


「あ、お兄さま、先程の熱の余波で多分ですが周りにいた忍者リザードマンも何体か倒してると思います」

「お、マジか。じゃあそれ拾い集めて、一旦戻るか。ティナと綾乃も心配してるだろうしな」

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