第119話:転移石の行く末

「とりあえず、この件については柳枝さんと未菜さんには共有しようと思う」


 ホテルへ着いて、いざ<転移石>をどうするかという話で俺はそう切り出した。

 小判くらいの大きさのオレンジ色の石。

 これに魔力を込めると、二つで一対になっているもう一つの石の方へと<転移>する。

 あのカメレオンっぽい忍者なリザードマンを倒すとドロップするものだ。


 何も知らない綾乃にこれを説明するとかなり面食らっていたが、これが紛れもない事実なのだから仕方ない。


「つまり、ダンジョン管理局にこの技術を提供するということでしょうか」


 ウェンディが神妙な表情で確認するように訊ねてくる。


「いや、管理局に言うんじゃない。柳枝さんと未菜さん――あくまでも個人に、だ」


 管理局を介さなければ出会わなかった二人ではあるが、俺はもう個人的に親交のある二人だと思っている。

 柳枝さんには色々世話になっているし、未菜さんとは言わずもがなだ。

 どちらも絶対に外部へ漏らさないでくれと言えばそれを守ってくれるという確信があるしな。


 それに、このお城ダンジョンは未菜さんたちが攻略したダンジョンでもある。

 親交云々ももちろんだが、そもそも知る権利もあると思うのだ。


「それがマスターの決定であれば」

「知佳と綾乃はどうだ? 反対意見とかあるか?」

「いいんじゃない」

「私もいいと思います」


 とりあえずうちの面子の中でブレーンを担当する三人から許可を貰ったので、一先ずそこは安心だな。


「一番の問題はこの技術をこれから先も秘匿するのか、それともいつか公開するのかってところ」

「……だよな」


 知佳の指摘に頷く。

 とりあえずのところは、管理局にも伝えないということでこの<転移石>に関してはしばらくこちらで預かることになるだろう。


「別に隠す必要なんてないんじゃないの? 車だの新幹線だの飛行機だのに乗らなくて済むのは明確なメリットでしょ?」


 スノウが律儀に手を挙げて発言する。

 

「そこだけ見ると確かにメリットだけど……まず色んな業界にでかすぎる影響が出るってことが一つの問題だよな」

「……車とかが売れなくなっちゃうってこと?」

「いや、個人的には多分そうはならないと思う……けどな」


 転移石を数百万、あるいは数千万個量産できるような体制があるのならまだしも、今の所あのカメレオン忍者を倒せるのは俺たちだけだ。


 でかい爆弾なんかを持ち込んで一気に周辺を爆破したりすれば巻き込んで倒せるのかもしれないが、どれだけ便利なものが手に入るとしても流石に日本のダンジョンでそんな無法は許されないだろう。

 というか、仮にやったとしてもいずれにせよ多くて数百個手に入るのが関の山だ。


 スライムボールみたいに無限に複製できたりしたら本当にとんでもないことになるけどな……


「けど、そうならないとも言い切れない……ということです、スノウさん」


 綾乃が俺の言いたいことを引き継いでくれた。


「そうならないとも言い切れない……ねえ。確かにそうかもしれないけど、そこまであんたが考える必要もないと思うわよ。そんなの偉そうにしてる連中が勝手に考えることよ」

「身も蓋もないなあ……まあその通りでもあるんだけど」


 俺の好きな漫画で、好きなキャラが有り得ないなんてことは有り得ないという台詞を言っていた。


 現に、それ単体では大した質量でもない新宿ダンジョンガーディアン産のスライムボールっぽいものはほぼ無限に複製できることがわかった訳だし。


 仮にそうなった時、流通業界に激震が走ることになる。


 そして流通と全く関係のない業種以外は全て影響を受けることになるし、その間接的な影響のみならず直接的な影響を受けるような業種も出てくるだろう。


 ダンジョンが出てきたときもかなり世間を騒がせ、魔石の登場によって様々な影響が出たが――それと同等クラスの混乱が起きることは間違いない。


「でも、イノベーションが起きる時ってそういうもの」

「まあな」


 知佳の言うことはもっともだ。

 ぶっちゃけ、転移石の存在が明るみになり、複製ないしは大量生産、あるいは主要企業や政府なんかが上手い使い方を見つけたとして運用されるようになった場合、間違いなく人類史上でかなり重要な技術革新として扱われるような案件だ。


 それによって一時的な経済の混乱は見られても、長い目で見て人類にとって損ということはないだろう。


「お兄さまが本当に危惧しているのは、業界へ与える影響などではなく、この<転移石>の軍事利用なのではないですか?」

「…………」


 俺は無言で頷いて、フレアの言葉を肯定した。

 それでスノウもピンと来たらしい。

 納得したような表情を浮かべていた。


「ぶっちゃけた話、この石から石へと転移するって力をもっとも有効に、そして手っ取り早く使おうと思ったら軍事利用が一番だと思う」


 たとえば敵地にこの石の片方を何らかの手段をもって送り込み、転移する対象に細菌兵器なんかを持たせた上で転移させる。

 そうすれば相手からすれば訳のわからない手段でいつの間にかやってきたたった一人のせいで戦力を壊滅させられてしまうかもしれないのだ。


 まあ細菌兵器の使用は禁止されているらしいので普通の爆弾なんかに置き換えてもいいが、その爆弾にしたって敵地で炸裂させるのに本来は莫大な費用と人が必要になるのに、この石があればそれがほとんど必要なくなってしまう。


 それも、そういう使い方をするのであれば別に数百万個とか必要ないしな。

 数十個もあれば十分な話だ。

 

「……ダンジョンから得られる力を悪用する大人がいるってことはもうわかってることだしな」


 戦争に利用することが悪用かどうかはまあ、一先ず議論しないとして。

 ティナの<気配感知>もダンジョン由来の力だが、実際それは悪用されていたと言って差し支えないような状態だっただろう。


 発言はしないで話だけ聞いていたティナも、俺の言葉に少しだけ影のある表情を浮かべた。

 これからは楽しいことばかりを考えて生きてもらいたいものだ。


「まあ、魔法を公表した時点でそういうのに関しては遅かれ早かれって気もするけどな」


 いずれは見つかっていただろう技術とは言え、これから先魔法による犯罪や戦争なんかが起きるかもしれない。

 そういう時に全くの責任を感じないかと言うと、少なくとも俺はそうではない。

 合理的に割り切ることができるほど器用じゃないからだ。


「で、公開するメリットに関しては軍事利用や悪用はともかくとしてデメリットと表裏一体でもあるってわけね」

「そういうことだ」


 人々の生活が一段回上のものになる可能性は多いにある。

 仮に大量生産できたりすれば、簡単なところでは誰もが一度は考えたことのある通学・通勤時間がなくなりますなんて事態にもなるかもしれないわけだ。


「……ま、ここまでの話を統括したあたしの意見は、めんどくさいから隠しておくべき、ね」

「俺もどっちかと言うとそうだな」


 さっぱりしたスノウの意見だが、実際のところ公表するに際して色々面倒なことが多すぎる。

 結局そうなればほとんどダンジョン管理局に丸投げすることになるとは思うが、それにしたってだ。

 それならば最初からそんな面倒なことはしない方が楽でいい。

 

 一応、他の全員の顔色も窺ってみたがとりあえず反対意見はでないようだ。


「うん……じゃあ次はこの<転移石>で何ができるかを調べたいな。天鳥さん……に単独、あるいは絶対に口外しないとあの人が信用できる人だけで研究してもらうことは確定として、それ以外で俺たちが試せることは色々試していこう。シトリー、転移魔法って主にどんな使われ方をするんだ?」

「そもそも使える人自体、付与魔法エンチャント以上にかなり限られてたけど、結局はやっぱり単純な移動に使われることが多いかな~」


 まあ、そうだよな。

 攻撃に使うということもできなくはなさそうだが、その場合少なくとも二人は必要になるし相当な練度もいるだろう。


 多分、精霊たち四姉妹なら問題なく転移石を使った連携なんかもできるだろうがそもそもそんな事をしなくても反則級に強いのだから必要ない訳だし。


「たとえばここからおうちまで帰るのに新幹線乗らずに済むっていうのは魅力的な話だしね?」

「だなあ……そんな長距離を転移できるのかはわからないが」

 

 これは要検証だな。

 どれくらいの距離まで転移可能なのか。

 もしかしたらブラジルから日本までだって一瞬で移動できてしまえるような代物かもしれない。


「後は……そうねー……ダンジョンの中から外に逃げられると誰かが大怪我したりするような確率は下がるんじゃないかな」

「あ」


 そっか。

 俺がスノウたちと分断されたロサンゼルスの時も、新宿ダンジョンの時も。

 あの時、ダンジョンの中から外へ移動できる転移石があれば危険な目に遭うようなこともなかった。


 それに今だって、ティナはかなり確実な方法で守っているとは言え、ダンジョン内では何があるかわからない。

 それこそどこかの階層に転移させられるような可能性もあるわけで、その時に危険地帯から抜け出せる手段があるだけでかなり違う。


「じゃあ、距離の制限とダンジョン内外を行き来できるかのテスト……他になにか試すものあるかな」

「服はついてきてたし、持ってた武器も一緒に転移してたけど、その一緒に転移できるものにどういう制限があるのか、は気になる」


 知佳が服の裾をつまみながら言う。

 なるほど、そういえば服とかって問題なく一緒に転移してたな。

 あの場でスッポンポンになるウェンディと知佳というのも興ふ……面白い絵面ではあったかもしれないが、そうはならなかったということはやはり身につけているものは一緒に転移するという判定なのだろうか。


 そもそもその身につけているという判定が何なのか、たとえば俺が背中に背負うアスカロンはついてくるのか、それともその場に取り残されるのか。


 転移される瞬間に手に肉まんを持っていたら肉まんも一緒に転移するのか、それとも肉まんは残るのか。


 色々調べる必要があるだろう。

 何故肉まんかって?

 ホテルのすぐ脇にコンビニがあって、そこで肉まんフェアが開催してたからだ。

 肉まん食べたい。


 ……それはともかく。

 天鳥さんじゃないが、色々調べがいのありそうなものがドロップしてくれたな。

 後は単純に、あのリザードマンを倒せば百発百中で転移石はドロップするのかとかそういうところか。


「とりあえずダンジョンの中から外へ行けるか、ね。新階層まで誰かが降りてって、外で石を持ってる人のところまで転移できるか。早速試してみましょう」


 ただの話し合いは退屈だと言わんばかりにスノウが立ち上がりながらそう言った。

 

 にしても、なんというか、こう……

 こういう新しい魔法とかみたいなのって、なんかワクワクするな。

 新階層攻略、これからもこういうのがたくさん見つかるのだとすればまた別のモチベーションも湧いてくるかもしれないぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る