第118話:転移魔法
1.
「ティナ、ダンジョンに入る前に言ったことは覚えてるな?」
「うん。シトリーさんから離れないこと、絶対に指示に従うこと、でしょ?」
俺たちはお城ダンジョンの5層目、新階層へと続く淡い光を放つ階段の前まで来ていた。
シトリーとティナが先頭を歩き、その間にフレアとウェンディと知佳、そして一番後ろに俺とスノウ。
シトリーのカウンター技術は未だ俺よりも優れている。
ティナを最も安全に守れるのは彼女だろう。
だからティナにはシトリーから離れないように指示してある。
というか、可愛いもの好きのシトリーが敢えてティナから離れるようなこともないとは思うが。
今もティナの背後にシトリーがニコニコしながら立っている。
ニコニコというか、ニヤニヤというか、ニマニマというか。
あれが男だったら間違いなく通報されている。
性別が女で良かったな、シトリー。
で、ティナ自身は……
やる気は満々だったが、流石にいざダンジョンへ――しかも並の探索者ではまず入ることすら許されない新階層へ立ち入るということで、流石に緊張しているようだ。
ここは一つ先達の俺がその緊張を解してやろう。
「よし、本当に言うことを聞けるかのテストだ。三べん回ってニャンと鳴くのだ」
「ええっ!?」
「さあ恥ずかしがらずに! さあ!」
「う、うう……」
ティナが顔を赤くして俯いてしまった辺りで、俺の額に氷の礫によるツッコミが炸裂した。
痛え。
俺が痛いってことはかなりの威力だぞこれ。
普通の人だったら額に穴が空いてるくらいの。
「一生語尾にニャンとつけないと喋れない体にするわよ」
「どんな脅しだよ、怖すぎるだろ」
具体的にどうするのかはちょっと興味があるけど。
本当にそういう魔法とかあったりするのだろうか。
イメージ次第では凶悪な洗脳魔法みたいなのも作れそうだ。
……怖いから手出ししないけどな。いろんな意味で。
「ま、悠真のアホはともかく、実際ダンジョン内ではあたし達の……特にウェンディお姉ちゃんとシトリー姉さんの言うことはよく聞くのよ」
「うん、わかった」
氷の礫をぶつけられ、アホ呼ばわりされるという可哀想な目にあった俺だが、どうやら当初の目的だったティナの緊張を解きほぐすという役割は果たせたようだ。
「それじゃ、忍者からの攻撃があり次第、手筈通りティナは<気配感知>をしてくれ」
そうして6層目に立ち入り――
まず、周りにいたモンスターたちを知佳とウェンディとフレアがサクッと掃討したようだ。
俺は魔力を広めに展開して不意打ちに備える。
これでいつどこから攻撃が来ても即座に皆を守れる。
だが、そんなすぐには忍者も襲いかかってくる訳ではないようだ。
昨日もしばらくしてから現れたしな。
いや、現れたというかちょっかいをかけてきただけというか……
実際どんな姿をしているのかはまだ見ていない。
しばらく、現れるモンスターに対してはウェンディたちが、そして俺とシトリーは常に不意打ちに警戒するという状況が続いて――
ふ、と。
シトリーが何かを掴むような動作をした。
「……来たよ、悠真ちゃん」
普段のぽわぽわした感じからは想像もつかないくらい真剣な表情でこちらを振り向いた。
俺もそれに頷き、ティナへ目配せをする。
「――いた」
ティナが指差した方向へ――
シトリーも指を差し向けた。
バチンッ、と強めの静電気が鳴った時のような音と共に、二人が指差している地点から黒い煙が上がる。
「倒してはないよ。動けなくしただけ」
パチン、とシトリーがウインクをした。
……流石、頼りになるお姉さんだな。
2.
忍者の正体は忍者っぽい服を着たリザードマンだった。
爬虫類顔で人型のモンスターなのだが、こいつの場合、普通のリザードマンよりもなんとなくカメレオンっぽい感じ。
さて、これで姿を見ることはできた訳だが、結局それだけで感知ができるようになるわけではない。
このモンスターが単独でしか出てこないやつならまだしも、魔力そのものの感じは大して強そうでもないので、恐らく何体もいるタイプなのだろう。
つまりここからも結局ティナの力は必要だということだ。
それにしても、この中の誰も感知ができなかったと言うのにあっさりと見つけてしまう辺り、やはり魔法とスキルとは別物なんだな。
精霊たちの力も便宜上魔法とは呼んでいるが、厳密には違うみたいなことも言っていたし。
魔法はイメージで大抵なんでもできるが、<出力>だけで見ればスキルの方が優れているのだろう。
感知なんてわかりやすい例だ。
俺でもやろうと思えばできることだし、当然のように精霊たちもできる。
だがそれを上回る感知性能を、特にイメージ強化をしていないティナがスキルの力で実現する。
そう考えると、これからもこの忍者リザードマン以外にもスキル
ちなみに忍者リザードマンは動けなくして、全員が姿を確認した後にきっちり倒した。
フレアが軽く炙って終わりだ。
そして新階層から出てきたモンスターということで、ドロップ品もあった。
それが……
「石……だよな?」
魔石とは違う。
楕円形のオレンジ色の石だ。
大きさは……小判くらいか。
そしてそれが二つある。
「これ、なんだと思う?」
一つずつウェンディと知佳に渡してみる。
「さあ……ただの石ではないことは確かですが……」
「流石に石については詳しくないから、なんとも」
ウェンディが色々な角度から眺めている中――
ブンッ、と音がして。
突然、ウェンディの位置がズレた。
「……え?」
横に数十cmズレただけだが、どうやら俺の見間違いでもないようだった。
周りの皆も、何よりウェンディ自身が一番驚いている。
「……ウェンディ、今何したの?」
「この石に、魔力を込めてみました。そうしたら……」
シトリーの問いかけにウェンディは呆然としながら答える。
「今のは……転移魔法に酷似している感覚でした」
「数十cm横に転移したってことか?」
「だとしか考えられません」
石に魔力を込めると、数十cm転移する?
いや、距離は何回やっても固定なのか?
それともランダムなのか?
そんなことを考えていると、知佳が少し俺たちから離れた。
そして――
「おっ……」
ブンッ、という音と共に、ウェンディの近くへと知佳が移動した。
今のも恐らく転移魔法。
石に魔力を込めたのだろう。
「やっぱり」
何かがわかったようで、知佳は頷いた。
「……なんなんだ?」
「この石と、その石。リンクされてるみたい。魔力を込めたら、もう一つの石の近くに<転移>するんだと思う」
「…………」
それを聞いたウェンディが無言で俺たちから離れる。
先程知佳が数メートル離れたのより、更に長く。
目測でだが、大体20メートルくらい離れたところからだろうか。
離れたので音こそ聞こえなかったが、何の前触れもなくウェンディの姿が消え、そしてその一瞬後に知佳のすぐ傍に現れた。
「……嘘でしょう。転移魔法がこんなに簡単に再現できるなんて、考えられません」
ウェンディが珍しく狼狽えている。
そりゃそうだ。
そもそも俺だって転移魔法で精霊たちを近くに呼び出せたら、という話をしていた時に、難易度が高すぎてダンジョン内でのトラップくらいでしか見たことがないという話だったのだから。
それが、モンスターからドロップした石ひとつ……厳密には二つ持っているだけで出来るようになってしまう。
いやこれ、とんでもないものを見つけたんじゃないか?
世界の運送業界が……いや、それだけじゃない。
あらゆる業界がひっくり返るような大発見だ。
「……一旦戻ろう。安全なところで、じっくり検証しましょう?」
シトリーの提案により、俺たちは一旦ホテルへと戻ることにした。
……いやほんと、どうしようこれ。
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