第117話:遠路はるばる

1.



『えっ、<お城ダンジョン>に!?』


 電話の向こうからティナが驚いた声が聞こえてくる。


「ああ、忍者っぽい奴がいるからティナの力を貸して欲しいんだ。もちろん、嫌なら強制はしな――」

『行く! 絶対行くから!』


 思ったよりも食い気味に了承を取れた。


『実はいつか絶対<お城ダンジョン>は行こうと思ってたの!』

「一応言っとくけど、ゆっくり観光とかはできないからな?」

『うん、もちろんわかってるよ!』

「ならいいけど……」


 嬉しそうだ。

 お城ダンジョン、結構海外の人からの人気高いからなあ。

 日本国内からももちろん大勢の観光客が訪れるのだが、それと同じかそれ以上に海外の人も多い。

 事実、新階層へ来るまでに見た感じ日本人とそれ以外の人の割合は大体半々くらいだったしな。


 この調子だと、俺への義理立てで仕方なく来る、とかそういう様子ではなさそうだな。

 

「学校もあるし、土日のどっちか来て貰えればそれでいいんだけど都合がいいのはどっちだ?」

『金曜に学校が終わったらすぐ行く!』

「……土曜日の午前中は学校ないのか?」


 この間ばったり会った時は土曜日だったような気がする。


『大丈夫、ちゃんと事情を説明すれば休めるから!』


 あるにはあるのか……

 一応俺としては学生の本分は勉強ですよと言いたいところなのだが、当の俺も大学生なのに全然大学へ行っていない(単位は足りてるとは言え)状態なのであまり強くは出られない。

 ま、その辺は俺が口出しすることでもないか。

 親御さんの判断に任せよう。


「じゃ、金曜の夜に俺が駅まで迎えに行くよ。詳しい時間がわかったらまた連絡してくれ」

『うん、わかった!』

「それじゃ、また今度」

『うん!』


 そう言って電話を切る。

 テンション高かったなあ。

 出自というか、境遇を知っているだけあってああやって楽しそうにしているのを見聞きするだけで俺としても嬉しい。

 元気そうでなによりだ。

 

 後はダンジョン自体の危険性についてだが……

 精霊はロサンゼルスでビル型ダンジョンへ潜った時から二人増えて四人に、そしてあの時より格段に強くなっている俺、そして知佳までも加わっているのだ。

 忍者からの攻撃は問題なく防げるし、相手の位置さえ掴むことができればすぐに倒せるだろう。


 とは言え、万全を期すのも当然だ。

 何事もなく東京のご両親の元へ帰ってもらうまでが俺たちの役目である。



2.


 そして三日後の金曜日。

 夜の8時頃、俺とスノウが改札近くで待っていると人混みの中でも目立つ金髪ツインテの少女がこちらに向かって手を振っているのが目に入った。

 

 それにスノウが駆け寄っていってハグしている。

 うーむ、微笑ましい光景だ。

 スマホで写真を撮っておこう。


「久しぶり、ユウマ」

「ああ、久しぶり。元気してたか?」

「うん! お陰様でね。あ、これ社交辞令じゃないよ?」

「そりゃどうも」


 いかん、こういう時になんと返すのが正解なのかわからない。

 下手すりゃ日本語のお陰様で、が社交辞令で使われる言葉だと理解しているティナの方が日本語上手かもしれない。


「あ、悠真大変よ」


 ティナと手を繋いで歩き出したスノウがふと思い出したかのように言い出す。


「うん?」

「ベッドが一つしかないから、あんたは床で寝ることになるわ」

「ナンダッテー」


 いや普通にソファで寝るが。

 確かにティナと同じベッドというのは教育上よろしくない。

 ……というか、ティナが来たらはお預けか?

 いやまあ、二日三日の話だしそれくらい我慢すればいいというだけの話なのだがここんところ毎日だったからなあ……


「あれ、わたしが来たからってことは元々みんな一緒のベッドで寝てたの?」

「まあ、そうなるわね」

「……みんな?」

「みんなよ」

「わあ……」


 ティナが顔を赤くして俺から目を逸らした。

 恐らくティナの頭の中であまり教育上よろしくない妄想が繰り広げられているが、その妄想とそう遠くないことを毎日しているわけなのでなんとも言えない。


 だって仕方ないんです。

 そうすると魔力が増えるって言うから。

 不可抗力なんです。


 開き直った男の姿がそこにはあった。



 駅から徒歩一分もない距離にホテルがあるので、すぐについて最上階の俺たちが泊まっている部屋へ着いた。

 その内装をぐるりと見渡して、ティナはほー……と感嘆のため息をついた。


「ロサンゼルスの時も思ったけど、ユウマたちといたら金銭感覚狂っちゃいそう。自分がセレブだと勘違いして」

「ティナも高校卒業したら妖精迷宮事務所に入ればいいのよ。そしたらお金持ちよ」

「新入社員募集してるの?」


 ちらりと俺を見上げるティナ。

 新入社員か。

 そもそも立ち上がって数ヶ月の会社だしそんなこと考えてもなかったな。

 そもそもの話、俺たち全員が新入社員みたいなものだ。


「特にしてないし、これからもする予定はないけどティナなら歓迎するぞ」

「やった! でも大学は行こうかな。パパとママもそっちの方が安心するだろうし」

「ま、そこはティナの意思で好きにしてくれ」


 俺も親父が死んでからしばらく面倒を見てくれた父方の祖父母を安心させる為に大学へ行ったという側面はあるしな。

 ちなみに、爺ちゃんたちには現在会社を立ち上げたということだけ伝えてある。

 それが探索者業であることや、今俺を取り巻いている環境や状況についてはほとんど何も伝えていない。


 いずれは説明するつもりでいるが……

 いや別に不仲というわけじゃない。

 普通にすごくいい人たちだ。

 

 だが、親父がダンジョンで死んでいるということもあるので、多分ダンジョンに関わる仕事については反対してくる……というか、俺が管理局の探索者になろうとしていた時も、表立って反対こそしなかったがいい顔もされなかったからなあ。

 そもそも会社を立ち上げたという時点でかなり心配されたし、これ以上の心労をかけたくないというのが本音だ。


「あ、別にお金が欲しいから妖精迷宮事務所に入りたいわけじゃないからね?」

「わかってるよ」


 そういう子じゃないということくらいはわかってる。

 別に俺としては金にがめつくてもいいと思うけどな。

 だって金、大事だもん。

 莫大な金を稼ぐようになってからむしろそこについての実感は湧いたような気がする。


 もちろん、金銭感覚はダンジョンに潜る以前と以降とでは大きく変わってはいるが、結局世の中って何をするにしても金や利益という部分が絡んでくるんだなということを痛感した。


 ダンジョン管理局との関係も始まりはそうだし、今だとアメリカともそうだ。

 それに魔法がどうこうの話も結局既得権益が絡んでくる話だし、そもそもダンジョン関係でそういう話が多い。


 金に汚い人間になりたいとは思わないが、だからと言って金を蔑ろにする人間も良くないのだと思う。


 なんて、二十歳そこそこの小僧が何を言っているのかという話だが。


「それじゃ、ダンジョン攻略について話を詰めるか」


 議題はもちろん、見えない敵――忍者について。

 待ってろよ、忍者野郎。

 こっちにはティナという切り札がいるんだからな。

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